第12話 悪巧みってなんですか
豪古に勝った。
通天教主から課せられた試験はこれで合格したはずだ。
建明が気を探ると、通天教主の気を感じとることができた。
結界に遮られずに感知できたということは、通天教主の側でも認識して結界に受け入れてくれたのだろう。
「本当にいんのか?」
孫悟空が疑問を呈した。
額に指を当てて気を探っているが、通天教主の気が捉えられていないようだ。
「結界があります。大聖でも破れないんですね」
「あのおっさん、守るの得意だからなぁ。根こそぎぶっ飛ばせば破れるかもしれない。試していいか?」
「やめてください」
「おう。じゃ、俺たちを入れるように話つけてきてくれ」
「はい」
孫悟空と惠を残して、建明は通天教主の結界に足を踏み入れた。
洞府の前に行くと、通天教主たちが賢明のことを待っていた。
「けんめーい!」
建明の姿を確認するや、封妖索をつけている玉蓉が飛び込んできた。
建明は玉蓉の体を受け止めた。
「おかえり!」
「ただいま」
建明は玉蓉に一言挨拶して、通天教主に目を向けた。
「教主様、二人ほど結界の中に入れていただきたいのですが」
「いいとも」
通天教主が頷いた。
ほどなく、孫悟空と惠が一緒に洞府の前までやってきた。
「……建明」
惠の姿を見て冷ややかな声を上げたのは玉蓉である。
「お姉さん怒らないから、あれが誰か正直に教えてくれるかな?」
「ウサギの妖怪だよ。事情があって助けたんだが、もう身寄りがないんだ」
玉蓉と惠の視線が火花を散らした。
先に口火を切ったのは惠の方だ。
「はじめまして。私は惠。建明様に命を助けていただいたんですが、一族の仲間が皆死んでしまったので、建明様のお世話になることになりました」
と、胸を張る。
自分の武器が何かを理解している振る舞いだ。
「ぐ……。私は玉蓉。はじめましてウサギさん」
玉蓉も負けじと胸を張ったが、それは悲しみしか生まなかった。
「はいはい、さっさと話に入るぞ」
始まりそうな不毛な争いを防いだのは孫悟空だ。
孫悟空はスタスタと一人で洞府の中に向かって歩いていった。
「そうだな。建明、ご苦労だった。中に入って休むといい」
通天教主も中に入っていく。
「わかりました」
建明はその後を追う。
玉蓉が腕に巻き付いてきた。
「建明、一緒にお風呂入ろ」
「え?」
「いいでしょ?」
「しょうがないやつだな」
「えへへ」
玉蓉はチラリと惠に視線を送った。
勝利宣言である。
「く……。ま、負けません」
惠は小さく呟いて、さらにその後を追った。
洞府の前には青玉が一人、呆然と立ちすくんだまま取り残された。
「……俺、泣いてもいいのかな」
風が吹き抜けた。
建明は風呂で身を清め終わったのち、通天教主に呼び出しを受けた。
通天教主の部屋では、通天教主と孫悟空が2人で待っていた。
「お前はこの先どうするつもりだ?」
開口一番、通天教主が問いかけてきた。
「玉蓉と話をしてみないと決められませんが、仙界の片隅か、下界か、どこかで少しゆっくり暮らそうかと思っています」
「そうかそうかそうか」
孫悟空がわざわざ三回も頷いたことに、建明は不安を覚えた。
「大聖、なにか?」
「ちょうどいまさっき俺の分身が時事に詳しい奴に聞いたとこなんだがな。お前、静運山にいた霹天士の弟子だったろ。で、玉蓉は霹天士の養女。あってるよな?」
「そうです」
「一番弟子の張昊天ってやつが、お前が玉蓉を攫ったって騒いでるぞ」
「攫ってません」
「ああ。お前と玉蓉のいちゃいちゃを一目でも見ればそれは分かるさ。あれは玉蓉が惚れてついてきたやつだ。だが、見てない奴は分からねぇだろ」
建明は黙った。
たしかに状況からすると、建明が攫ったと考えられてもおかしくはない。
静運山では、玉蓉は一度も封妖索を外さず、あくまで養女ということで修行もしていないから、仙術が全く使えないとて思われていたのだ。
「で、だ。これは俺からの提案なんだが、いっそこっちから喧嘩売りに行かないか」
孫悟空は楽しそうだった。
建明はあきれた。
「静運山に殴り込めって言うんですか?」
「いやいやそうじゃない。ちょうど来月、洞府対抗で比武の大会があってな。出場資格は修行中の道士であること。建明は今どこの洞府でもないことになるはずだが、俺が推薦すればたぶん出れるからよ」
「推薦なんてできるんですか?」
孫悟空は洞府、すなわち修行場を持たず、弟子もいない。
「無茶を通してこその俺様よ」
無理矢理ねじ込む気だ。
「はぁ。それで?」
「お前が出る。昊天を倒して、玉蓉とのいちゃつきを全仙界に披露する。これで玉蓉誘拐説を信じる奴はいなくなる」
(なんて適当な作戦だ)
建明はツッコミを喉まででこらえた。
「それ、俺にあんまりメリットなくないですか?」
「喧嘩売りに行くんだぞ!? 楽しいだろ? やるだろ?」
孫悟空が何か信じられないものを見たという風に建明を見た。
何か信じられないものを見たのは建明の方だ。
「売らなくていい喧嘩なら売らなくてもいいじゃないですか」
「おいおい、売れる喧嘩売らなくて何売る気だよ!?」
何言ってんだよ建明、と孫悟空。
助けてくれたのは通天教主だ。
「大聖。喧嘩を売る理由を常に探し求めているのはお前だけだぞ」
「何……!?」
孫悟空が愕然としている。
「それに、説明が足りん。いいか建明。大聖の調べによると、仙界に今、1つの噂が流れている。霹天士は殺されたというやつだ。ここまではいい。寿命から解放された仙人である霹天士が死ぬとすれば、自殺か他殺の場合だけだからだ」
建明は頷いた。その通りだ。
「問題は、文殊広法天尊と普賢真人という崑崙二大知恵袋が、自殺か他殺か調べに入ってもどちらとも断定できなかったところにある。しかしだからこそ噂は、他殺だと断定する」
「なるほど」
「さて、そうすると殺したのは誰だろうか。それはもちろん、霹天士が死ぬことで利益を得る者だ」
「まさか」
今度は通天教主が頷いた。
「養女玉蓉を攫って逃げた姜建明か、霹天士の後釜に座りたい張昊天か。だいたい噂はこの2人に分かれている」
「馬鹿な。俺が師匠を殺すなんて事!!」
建明は膝を叩いた。
「落ち着け建明」
通天教主は建明をなだめた。
「私はお前が殺したとは思わん。それほどのことができるなら、人助けのために魚妖魔に殺されそうにはならんからな。お前はお人好しの類いだ。師匠は殺せん」
「……ありがとうございます」
信じてもらえるのは嬉しいが、魚妖魔の件を持ち出されると恥ずかしい。
「それはともかく。そのような噂がある以上、昊天に素直に洞府を引き継がせるのもどうか、と言うことになっているそうだ。しかし二大知恵袋でも分からないことを誰かが突き止められるとは思えない。
そこで、昊天の後見役となっている玉鼎真人が、ひとつの提案をした。今度行われる予定の道士比武大会で、昊天が優勝したら洞府を継ぐことを認める、というものだ」
建明にも少し話が見えてきた。
「つまり、大聖の提案は、俺が出てそれを邪魔しちゃおうぜ、ということなんですね」
「そうだ。同時に、お前にかけられている嫌疑が無根であることを示そうという。
真実などもはや明らかにはなるまいと思うが、玉鼎真人曰く『天網恢々疎にして漏らさず』だと。まったく闡教の奴らが言いそうなことだ。ようは勝てば正義負ければ悪者という結果論だ。気に食わん」
通天教主は吐き捨てるように言った。
殷周革命で負けた恨みがこもっているようだ。
それを孫悟空が茶化す。
「おお、通天教主殿こそ個人的な恨みで喧嘩を売ろうとしていないかね」
「私のは個人的な恨みではない。奴らに殺し尽くされた無数の仙道の恨みだ」
通天教主の目に冥い炎が燃えた。
その炎は意思の力で一瞬で奥へと消された。
「だがこれは私の恨みで、建明と玉蓉には関係が無い。建明、比武大会にお前が出るも出ないも好きにしろ。出ないとしても、どこかにここと同じ結界を張って人知れず暮らせるようにしてやろう」
建明は頭を下げた。
通天教主は、意趣返しのために建明に力を貸すなどと最初に言っておきながら、建明が大会に出るしか選べなくなるような話し方をしない。
通天教主のそうした誠実さが賢明にはありがたかった。
「ありがとうございます。俺は、大会に出ようと思います」
「ほう、いいのか」
「はい。逃げれば逃げ続けることになります。俺は、戦うべき時に戦えるようになるために、ここに来たんです」
建明の返答に、通天教主が微笑んだ。




