姉が婚約破棄されたので、女装して代わりに嫁ぎたいと思います。~溺愛されても容赦はしない、必ず破滅に追い込んでやる……はずだった~
試しに書いてみたら、コメディになりました。
連載候補。
面白かった、と思っていただけましたら「あとがき」も。
「うぅ……」
「ど、どうしたの? 姉様!?」
ある日の出来事だった。
アルバート伯爵家の玄関先にて、その家の令嬢であるクリスティーナが泣き崩れたのは。養子であり義弟のフランは、何事かと駆け寄った。
そして涙に濡れる姉に話を聞く。
すると彼女は綺麗な顔をくしゃくしゃにして、こう言うのだった。
「私、なにも悪くないのに婚約破棄だって……!」
「そんな、どうして!?」
フランが驚くと、クリスは啜り泣きながら答える。
「何もしていないの。マルス王子には私という婚約者がいるので、他の方は遠慮してほしい――そう伝えていただけなのに」
「そんな当たり前のことを言っただけで!?」
「なにもしてない。私は一度たりとも、イジメなんて……!」
そこまで話して、彼女はまた泣き崩れてしまった。
その姿からも分かる。婚約破棄を言い渡された現場で、まるで悪役のように仕立て上げられ、吊るし上げられたであろうことが。
マルスはこのガリア王国の第二王子であった。
しかし、この事態にあってフランはそのような些事は気にも留めない。
「許せない……!」
唇を噛み、少年は立ち上がった。
姉を寝室へ連れて行き、使用人に後を任せて衣装室へと急ぐ。もとより童顔であり、変声期を越えた今でもなお少女と勘違いされるフラン。
己の武器は最初から理解していた。
彼は姉とのままごとを思い出しながら、器用に諸々をこなす。
そして、小一時間経過して――。
「できた……!」
鏡の前には、一人の美少女が誕生していた。
自身の髪色に合わせた長い銀のウィッグ。無邪気さを感じさせる金色の瞳に、柔らかそうな唇には薄っすらと紅を施して。
身に纏うのは姉のおさがりである、控えめな印象のワンピースドレス。
元々、小柄なフランにはちょうどのサイズだった。
彼は鏡に映った自分を見て、小さく拳を握りしめる。そして――。
「絶対に、破滅させてやる……!」
大好きな姉、クリスティーナを貶めた者たちへの復讐を誓った。
あの純真無垢で真面目なクリスが、婚約破棄の際に言われたようなイジメを行うわけがない。そのことは、一緒に生活しているフランが一番知っていた。
少年はその確信を胸に秘め、闘志を燃やす。
行動に移すのなら、すぐだ。
そう考えて、フランはある場所へと足を運ぶのだった。
◆
ガリア王国には、魔法学園と呼ばれる場所がある。
ある一程度の魔力を秘めた者はみな、そこへと通う義務が発生するのだ。クリスもフランも例に漏れず、その王都立魔法学園に進んでいる。
そして、件の憎きマルス第二王子もまたそこの学生であり……。
「はぁ、清々しいぜ」
マルスは中庭の椅子に腰かけて、空を見上げて口角を歪めていた。
そうして思い出すのは、先ほどの一件について。
「しかし、クリスティーナのあの表情は傑作だったな。あれこそ呆然自失というやつか、身に覚えのない罪を着せられたら、そりゃそうだろうな!」
自身の婚約者であるクリスへの仕打ちだ。
彼女には、一つも落ち度がない。それどころか、浮足立つマルスを諫めて、まっすぐなレールの上に乗せようとしていた。
だがしかし、彼にとってはそれが気に入らなかったのだ。
何故なら――。
「けっ……! なにが『王子らしい振舞い』をしろ、だ」
ことあるごとに、女癖の悪さを指摘されて邪魔されたいたのだから。
はっきりと言ってしまえば、マルスは数名いる王子の中でも最も遊び人だ、とされていた。クリスティーナという相手がいながら、そういった噂は枚挙に暇がない。時には街へと繰り出し、そのあたりの少女に手を出して持ち帰るのだ。
そんな彼の言うことを周囲が信じたのは、入念な根回しによるところが大きい。いかにしてクリスを貶めるかを考え抜いた。
その結論として。
しばしの間、マルスは心を入れ替えたように真っすぐに生きたのだ。それによって、周囲の者たちは簡単に彼を信じたのである。
不良が少しだけ善いことをすれば、評価が上がりやすい。
それを逆手に取ったのだ。
「さて、邪魔者もいなくなったことだし……」
そこまで思い返してから、マルスはふとこれからを考えた。
貴族の娘もあらかた手を出したので、そろそろまた街の娘にでも手を出すか。そう結論付けてから、彼は視線を前へとやった。
その時である。
「今日は街で物色でも――――え?」
ある少女に、目を奪われたのは。
そこにいたのは、今まで見てきたどの少女よりも美しい少女。銀の髪が風に靡き、それを軽く抑える手は華奢で、触れれば折れてしまいそうだった。
見たことがない。
この魔法学園にこのような、絶世の美少女がいただろうか。
呆気にとられたマルスを見たらしい。
その少女は、小さく微笑んで鈴のような声でこう口にするのだった。
「あの、私になにか御用でしょうか?」
「あ、えっと……」
その言葉に、マルスは柄にもなく頬を赤らめる。
間違いなくそれは、彼の一目惚れだった。数多の女性と噂を立ててきたマルス第二王子にとって、初めての真剣な恋心。
マルスはこの瞬間に、その少女にすべてを奪われた。
「あぁ、申し遅れました。私は――」
彼女は柔らかく微笑みながら、会釈してからこう名乗る。
「フラン、と申します。以後、お見知りおきを」――と。
◆
「親父! 俺にもついに現れたんだ!!」
「どうしたんだ、マルス。帰るなり騒々しい」
ガリアの国王――イアンは、興奮気味のマルスに眉をひそめる。
しかし、そんなことお構いなしといった風に、第二王子は声高らかにこう宣言したのだった。
「俺は決めた! 必ず、あの子と婚姻を結ぶ!!」
「待て待て。お前は今日、伯爵家の娘と婚約の破棄をしたばかりだろう?」
「そんなこと関係ない! 俺はもう、あの子しか見えないんだ!!」
「関係ある。そのように浮足立っては、その相手にも申し訳が立つまい」
「う、ぐ……。たしかに、そうだな……」
「ふむ……?」
イアンが諫めると、マルスは渋々ながらも引き下がる。
その様子に国王は興味深そうに、目を細めた。いつものマルスであれば、ここで自分の意見を通そうと食い下がってくる。
だが今回に限っては、本気で相手の女性を慮っているようだった。
その証拠に、今も必死になって感情を抑えこんでいる。
「しかし、お前がそこまで惚れ込むのも珍しい。儂も一度、その者と会ってみたいものだ」
「あぁ! 親父もきっと、フランに会えばすぐに分かるさ!」
「ほう、フランというのか」
そこでふと、イアンは考え込んだ。
しかしすぐに、それはあり得ないか、と首を横に振る。そして、
「ならば、明日でも連れてくるとよい」
「ありがとう! 親父!!」
父の言葉に、間の抜けた笑顔を浮かべる第二王子。
その明るい表情に、イアンもどこか嬉しく思うのだった。
◆
「今日、ですか……?」
「あぁ、いきなりで申し訳ない。キミのことを親父――いいや。お父様に話したら、是非にと言ってもらえたんだ!」
「そうなのですか? しかし、庶民出身の私なんかが……」
「関係ないさ! 身分の差なんて、俺がどうにかする!」
――翌日。
フランはマルスから、事の次第を聞いていた。
まさか、ここまでトントン拍子に話が進むとは思いもしなかった。だが、これは二度とない好機であることに違いない。
少年は謙虚に振舞いながらも、第二王子にこう微笑みかけた。
「それでは、お伺いさせていただきます」
内心で、強くガッツポーズをしながら。
これで相手の懐に潜り込むことに成功した。素性はバレないように、庶民の出身であるとぼかしているため、そこまで問題にはならない。
いざとなれば、どのようにでも言い訳できる。
フランはそう思い、小さく口角を上げつつ一歩を踏み出した。
その時だ。
「あっ――」
「危ない!」
小さな段差に爪先をひっかけて、転びそうになったのは。
すかさずマルスがフランの身体を支える。すると、不可抗力だが――。
「す、すまない……!」
「い、いえ……!」
息がかかる距離まで、二人の顔が接近した。
当然にマルスは耳まで真っ赤になり、うつむいてしまう。
その姿を見たフランは確信した。彼が自分に心底惚れ込んでいる、と。
「これは、勝ちだな……」
マルスに見えない角度で、ほくそ笑む少年。
ここまで上手くいくとは思わなかったが、何はともあれ大成功だ。
そう考えていると、不意に第二王子はこう訊いてくる。
「な、なぁ……?」
「いかがなさいました?」
「その――」
視線を合わせず、手を差し出しながら。
「手を、繋いでもいいか?」
「…………はい?」
――なんだこの、初心な反応は。
フランは思わず絶句した。
遊び人と名高いマルス王子が、よもやここまで骨抜きになるとは。
しかし、ここで引き下がっては作戦も潰えてしまう。少年は若干の苦笑いを浮かべながら、相手の手を取りながらこう答えるのだった。
「えぇ、その程度ならいくらでも」――と。
直後、マルスが少女のような声を上げた。
なにやら雲行きが怪しい。
フランはそう感じながらも、こう思った。
ここで引き下がっては、クリス姉様のためにならない――と。
しかし、彼の不安はこの後に的中することになるのだった。
◆
「なんと、美しい」
「いいや違うな。あれは、可憐というのだ」
「そのような言葉、いくらあっても足りないだろう?」
王城のとある一室に通されると、フランを待っていたのはガリア王国の王子たちだった。マルス含めて合計四人いる彼らは、口々に少年を称賛する。
そしてお近づきの印にと、手の甲にキスをしてくるのだ。
なんだ、この状況は……?
苦笑するフラン。
そんな彼を守るように、間に割って入ったのはマルスだった。
「お前ら、この子は俺が見つけたんだ!」
まるで、彼の所有権を主張するように。
しかしそれに異を唱えたのは、第一王子のケイウスだった。
「おやおや、抜け駆けは許されませんよ――マルス。貴方は先日、クリスティーナ嬢と婚約破棄したばかり。あまりに節操がないのでは?」
「そ、それは――」
口ごもる彼に、追撃をかましたのは第三王子のミカエル。
「兄さんって、ホントに飽き性だからね。きっと、フランちゃんのこともすぐに捨てちゃうんだろうなぁ~?」
「そ、そんなことない……!」
必死に否定するマルス。
しかし強く出られないのは、過去の自分の行いがあるからだろう。それをしっかりと理解して、第四王子のコルダはこうぼそりと口にした。
「マルス、図星……」
「…………!?」
各々に第二王子を攻め立てる。
間を取り持とうとフランは声を上げようとした。
その時である。部屋に国王のイアンが、入ってきたのは……。
「ほう……?」
彼は、フランを見るなりこう口にするのだった。
「まるで、亡くなった妻を思い出すな」――と。
柔らかく、目を細めながら。
フランはそこに至って、こう思うのだった。
どうしてこうなったあぁぁぁぁぁっ!? ――と。
姉が婚約破棄されたので、女装をして嫁ぎたいと思った。
溺愛されても関係ない。必ず相手を破滅させてやろう、そう思っていた。
その、はずだったのに……。
フランにとっての受難は、こうして幕を上げたのだった。
ご満足いただけたでしょうか……?(超絶不安
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