炎上した人々を断罪する権利は僕たちにはあるのか
【注意】まず初めに、ここで述べている炎上とは、特定の失敗に対してインターネットを始めとして、多くの批判、注目を浴びることを差しています。私自身、炎上という言葉を正確には把握しきれていないため、誤った用法をしている場合、ご指摘いただけると幸いです。
2017年に一世を風靡したアニメ作品『けものフレンズ』。私は当アニメは見ていなかったのですが、非常に人気となり、友人たちも「あのアニメは面白い」と言っていたことを覚えています。主題歌や、「君は○○のフレンズなんだね!」といった作中の言葉もかなり有名になりました。
その『けものフレンズ』ですが、数日前、その続編である『けものフレンズ2』が各所から批判の嵐を受ける、いわゆる大炎上していることを知りました。数年前の事件でありますが、ご容赦ください。
私はどちらの作品も見ていないわけですが、調べてみればかなり根が深いというか、どす黒い闇が見え隠れする内容のようでして、しばらくその炎上騒ぎを調べていました。
炎上事件の詳細については、ここでは書きません。ここで書くには話がややこしすぎますし、何より私自身が、上手くまとめられる自信がありません。
ですが事件を追っていて、感じたことがあります。端的に一言。
「ネットって、怖い」
迂闊な発言から周囲にタコ殴りにされ、非難される。ネットは匿名ですから、リアルでは決して言わないようなこと、やらないようなことも当たり前に行われているようです。
つるし上げられ、さらし者にされ、悪意にさらされて、笑いものにされる。挙句の果てには、笑いの消費コンテンツの一つに仕立て上げられてしまう。
炎上する人々は、確かに悪いことをしてしまったのだと思います。『けものフレンズ2』に関しても、ネットに出ている情報が真実とすれば、私だって「ひどい! どうしてこんなことを!」と思います。人間の悪意を感じました。
今回は『けものフレンズ2』という作品をあげましたが、少し時をさかのぼれば、不正を働いて号泣した県議会議員や、新細胞を発見したと思いきや、実は違った女性科学者などがいます。彼らもまた、炎上し、ネットで笑いものにされました。
かつてはテレビやラジオなどで情報を受け取るしかなかった私たちは、ネットの登場により、以前よりもはるかに簡単に声を上げることができるようになりました。
声を上げやすくなったことで、以前ならば闇に葬られていたであろう事件が、明るみに出たということも多いのではないかと思います。そのこと自体は悪いとは思いません。
けれど、そこから一歩進んで、炎上した人々をネタにして、消費コンテンツの一つとしていいものでしょうか。悪事を働いた人間としても、一人の人間です。過度に貶める必要があるのでしょうか。
炎上した事件に対して、言葉を上げることはおかしくはないと思いますが、彼らの言動や写真、映像を切り取って、動画やネタにするのはいかがなものでしょうか。悪事を暴かれ断罪され、さらに笑いものにされて断罪される。ネタとして残ったものは、長い期間、笑いものにされます。彼らは二度断罪されるのです。
いじめをした人間になら、何をしてもいいと言わんばかりの、そんな空恐ろしいものを感じます。まるで笑いものにすることで、罰を与えているのだと言わんばかりです。
悪は明るみに出て、裁かれるべきです。罪には罰でしょう。しかしその罰する役は本当に我々でしょうか。事件とは全く関わり合いのない私たちが、自分たちとは全く関係のない彼らを笑いものにしていいのでしょうか。
炎上した人々によって、被害を受けた人間が断罪するのであれば、まだわかります。彼らには理由があり、権利がある。
ネットで真実を追求しようとする人も、まだわかります。真実を明らかにしようとするだけなら、だめではないのだと思います。
ですが、晒された彼らをネタにして、動画にして、さらし者にするのはどうかという話です。
今も彼らは、ネットの上で、晒し上げられ、笑いものにされています。
彼らを笑いものにして、断罪する権利を、私たちは持ち合わせているのでしょうか。
本エッセイでは、あえて断罪という強い表現を用いております。また、私がこうしてエッセイを出すこと自体、彼らをダシにしているということに他ならないのかもしれません。
ご意見、ご感想などがございましたら、よろしくお願いします。