僕の境遇
ご覧になって下さった方々、ありがとうございます。
この作品を読んで、読者の方々も自分の"生きる意味"を見つけてもらえればとても嬉しいです。
太宰治はこう綴った。
「恥の多い生涯を送ってきました。」と。
僕は、
「悔いばかりの生涯を送ってきました。」
と綴ろうか……
……いや、僕の生涯はは彼女と出会った事で変わった。
ならば、こう綴ろう。
「………………」
* * *
中学三年生の時、僕は失恋した。
……違う。僕はこの出来事を”失恋”とは呼べない。
何故ならば、僕は一切直接的な事はしていないからだ。
――――――――
受験も近づいたある日の事。昼休みに僕は知り合いに呼び出されていた。
「なあ、結城。お前、早川に告ったんだろ?」
突然知り合いの口から発せられた予想外の言葉に、僕は焦りや戸惑いなどの入り混じった感情がこもった返事をした。
「……は?なんで?」
確かに、僕は早川さんが好きだ。だけど僕は告白などしていない。
男子の間でもかなり可愛いと評判な早川さんに告白する勇気などないからだ。
「いやいや、惚けても無駄だって。さっき聞いたぞ。」
(誰だ?そんな噂をたてる奴は。)
珍しく怒りと焦りでイライラしていた僕は、その知り合いに誰にその噂を聞いたのかと尋ねた。
「……え?早川が言ってたんだぞ。”結城に告られた。でも気持ち悪いから振った。”って。」
頭の中が真っ白になってしまった。
早川さんが?何故?何のために?
思考が巡り、だんだんと結論に近づいて行く。
「なあ、いい加減認めろよ。告ったんだろ?」
「いいや。告白なんてしてないよ。そもそもどうして僕が早川さんを好きだと思ったの?」
「いや…早川から聞いてたし。お前からの視線をよく感じるって。」
(……気づかれてたんだな………)
確かに、好きという感情が強すぎて自分でも知らない間に早川さんの姿を追ってしまっている事がよくある。
でも告白の件だけは絶対に否定しないといけない。
「あっそう。でも、僕は告白なんてしてない。」
「……そこまで言うなら……本当、なのか?」
そんな事を呟きながら知り合いは自分の教室に帰っていった。
僕はすぐに人がいない四階への階段を登り、誰も使っていないトイレに駆け込むと、一番奥の個室に行き鍵をかけた。
そして今聞いた話をもう一度整理する。
出てきた結論はやはり……
(……勝負さえさせてもらえなかった。そこ
まで早川さんは僕の事が気持ち悪かったのだろうか?…まあいい。……昼休みは後30分もある。思いっきり泣こう。)
そこまでが限界だった。
悔しさと悲しさで頭がおかしくなりそうだった。
必死に抑えるものの、掌に汲んだ水のように鳴き声はこぼれて行く。
閑静な四階の廊下に、僕の嗚咽だけが響いていた。
* * *
気がすむまで泣いた後、泣き腫らした目を洗って教室に戻った。クラスメイトは何も知らずに談笑している。
その中には件の早川さんも混じっていた。
(何もかも壊して回りたい……)
僕がそんな事を考えているとは露ほども知らずに、この学校で唯一友達と言える人物が声を掛けてきた。
「拓海、何処行ってたんだ?探してもいないし。」
九条 大輝。卒部した同じ剣道部に所属していて、三年生の男子は僕と大輝しか居なかったので、必然的に友達、それも”親友”になった。因みに拓海とは僕の名前だ。
「…ああ、ちょっと職員室に呼ばれてな……」
即席で言い訳を作った。
親友の大輝にも、この事は話す気にはなれなかった。
これは僕の問題であり、大輝を巻き込む訳にはいかない。
……という理由で自分を納得させる。
そうでもしないと、大輝に何もかもをぶつけてしまいそうだった。初めてできた親友という存在を失う事が怖いのだ。
「ん?……そうか。大変だなぁ。勉強頑張れよ?」
一瞬不思議そうな顔をした大輝はすぐに表情を戻し、重いとも軽いとも言えない冗談を放った。
「お前もやらなきゃヤバいだろ……」
大輝の成績はあまり芳しくなく、下の上といった所だ。
それで自分のレベルより高い所を受験すると豪語しているので、かなり頑張らないと不味いはずなのだが……
「俺はちゃんとやってるからな。この前の模試の結果も良かったし。」
……杞憂だったようだ。
それに、今は大輝の進路より自分の進路の方の心配をしなければならない。
ならないのだがだが………
(流石に堪えるなぁ………今は何もやる気が起きない。)
早川さんとの一件は、到底すぐには忘れられそうになかった。
僕は気怠げな溜息をつく。この時期に勉強をしないという選択肢は無いのだ。
「受験、ヤバいのか?」
絶望的という訳では無い。安全圏まで達していなくても、ちゃんと合格圏はキープしているので問題ないはずだ。
「……いや、勉強だるいなぁ。と思って。」
すると大輝は、そうだよなぁと呟き、
「今日の塾終わりも自習して行くか。…お前も来るか?」
と聞いてきた。
申し出はありがたいし、嬉しいのだが、今は勉強しても何も頭に入ってこない気がしたので断った。
* * *
内容が頭に全く入ってこない授業が終わり、下校時刻になった。
今日は一人で帰ろうと決めていたので、さっさと荷物を纏めて教室を出ようとしたのだが、担任に呼び止められた。
「今から時間あるか?二者面談をしようと思うんだが……」
別に塾以外にこれといった用事がない僕は、その申し出を了承した。
担任に連れて来られたのは、生徒指導室だった。
生徒指導室だからといって何のことはない。進路の話でこの部屋を使う事はよくある事なのだ。
部屋の鍵を開けて僕を招き入れると、
担任はソファーにどっかりと腰を下ろし、僕に向かいに座るように合図した。
「さてと……」
「…進路のお話ですよね?」
「ああ。そうなんだが…………」
担任は話し出すのを躊躇っているようだった。
早く家に帰りたい僕は、担任に続きを促した。
だがそれは、早川さんの件で弱り切っていた僕の心を、もう一度、更に深く抉るような話だった。
「結城。単刀直入に聞く。志望校のレベルを落とす気は無いか?」
「……どうしてですか。」
僕の学力は申し分ないはずだ。模試でも良い結果を取っている。それに、初めて自分で決めた目標なのだ。簡単に諦めたくはない。
……それなのに何故この人は志望校を諦めろなどと言ってくるのか。
「…お前には、内申点が足りてないんだ。このまま受けても、受験者の中でトップにでもならない限り受からない。」
内申点。それは高校受験の時や、大学受験の時によく気にする項目だと思う。
何故それが足りないのか、僕には心当たりがあった。
二年生の時、部活で深刻ないじめを先輩から受け、学校に三ヶ月ほど登校していなかったのだ。
「……登校日数、ですか……」
僕の呟きを聞くと担任は重々しく頷き、僕に現実と言う名の凶器を突きつけてきた。
「残念ながら、お前が受けようとしている高校は、内申点が特に評価される高校だ。過去のデータを見ても、お前と同じくらいの成績で受かった人はこの学校には居ない。」
それを聞き、僕は体の力がすっかり抜けてしまった。
腕や脚だけが神経毒に侵されてしまったようにピクリとも動かない。体制は自然と前屈みになり、顔が隠れる状態になった。
担任は僕が何か考え事をしていると思ったようだ。黙ってこちらを見ている。
……でも、何か喋りかけてくれた方がよっぽど良かった。
……そして、度重なる負荷に耐えられなくなった思春期の弱々しい心は、砕け散った。
* * *
……走馬灯のように景色が移り変わって行く。
(……これは……)
僕は、夢の中にいた。
ここが何処かは全く分からないのだが、ここが夢の中であるという事実だけは、頭の中に常に存在していた。
そして、目の前を流れ行く映像。まるで川のように、僕の目の前を流れて行く。
小さな僕が、同い年くらいの女の子にぶたれている映像。
小さな僕の周りから、一人、また一人と人が離れて行く映像。
小さな僕に、刺々しい形となった言葉を投げつける子供達の映像。
………僕から、母親が離れて行く映像。
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫んだ。理性の無い獣のように。
「忘れてたのに!忘れてたのに!忘れてたのに!」
同じ言葉を何度も繰り返した。壊れた機械のように。
そして、叫び続ける僕の頭の中に、”僕”の声が響く。
「本当に、楽しくない人生だね。」
吐き捨てるように僕の声は言った。
そして、僕の独白は続く。
「…ねえ……結局、僕は何の為に生まれて来たの?」
知るかよ!……僕の意思で生まれたんじゃないんだから……
「嘘だね。僕は答えを一つ出している。それは……」
やめろ!言うな!
「……僕は、母親が強姦された時に出来た副産物であり、この世に生まれて来た意味は何も無い。」
………………
「……違うのかい?実の母親に捨てられた強姦魔の息子さん?」
映像がフラッシュバックする。
深夜、喧嘩する両親。聞いてしまった僕の生誕の真相。
愛情の無い母親。
無表情に、離れて行く……
「……もう……嫌だよ。……誰か……助けて……」
「……僕が自らの境遇を受け入れ、僕の一部とする時、救いが来ると思うよ。」
僕の声はそれだけを告げた後、二度と喋りかけてくる事は無かった。
読んでくださってありがとうございます。
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