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仮装犯

作者: 赤山弾

 10月31日。ハロウィン当日。


 僕の通う高校で行われた仮装大会で、事件が起こった。


 同じクラスの女子生徒──ミカワが、男子生徒にレイプされた。


 レイプ現場である教室の中で、ミカワは1人下着姿で涙を流し、うずくまっていたそうだ。


 僕の通う高校では、毎年10月31日にハロウィン仮装大会が行われ、生徒は各自好きな仮装をする。


 何をするというわけでもないそのイベントは、個々が好き勝手に楽しむ場であり、誰もがそんな事件が起きるなどと予想はしていなかったことだろう。


 ミカワは事件以来、学校を欠席しているようだった。最近は保健室登校でクラスに顔を出さないため、その後彼女がどうなったのかは教師に訊く以外方法はなかった。


 事件があった次の日、仮装大会の片づけが行われる。壁に貼られた名称もわからないキラキラの飾りを剥がしたり、やたらと教室に置かれている小さいカボチャを回収したり、と面倒くさい。


 他クラスからは、ミカワをレイプした生徒は僕のクラス──2年3組──にいると推測され、2年3組では犯人探しが始まった。


 なぜ、事件から1日しか経っていないのにこのクラスだと推測できるのかと言えば、理由は明白だった。

レイプ被害者のミカワは二年生の6月頃から、このクラスでいじめに遭っていたからだ。外見がよく、頭の良かったミカワ。


 そんな彼女をよく思わない4人の生徒がミカワをいじめていた。


 女子はノムラと、クラモトの2人。そしてもう2人は男子生徒のササキとタカギだ。


 初めは無視から始まったいじめも、徐々にエスカレートしていった。ミカワは背中まであった髪を肩ぐらいまで乱暴に切られた。机を蹴り飛ばされたり、机の中にあるもの全部を窓の外に放り投げられたりと、暴力によるいじめと化した。


 それ以来、彼女は保健室登校をするようになった。


 今日は片づけだけで終わった。


 1つあったとするなら、それはいじめグループのノムラたちが犯人だと疑った生徒を泣かせたぐらいだ。


 放課後になり、犯人について考える。


 実のところを言えば、僕は犯人が誰なのかを知っている。けれど、僕の口から告げるつもりはない。


 僕は目立つのが嫌いだ。そんなことを思いながら帰路に就く。


 夕焼けに染まる空を見上げ、冬へと変わる風が頬を刺激する。無慈悲なまでに体温を奪うその風にクラス内の光景を思い出した。


 家に帰宅すると、母親が僕に言う。


「あれ? 最近帰り早いのね」


「うん。まあね」


 僕は9月頃からつい1週間ぐらい前まで、帰宅時間が今日よりも1時間は遅かった。


「何かあったの?」


「いや、特にないよ。景色のいいところを見つけて、そこで本を読むのを日課にしていたんだけど、寒くなって来たしね」


 9月とは違い、11月ともなれば、風は冬へと変わり、冷たい冬風が体温を奪っていく。


 流石にそんな中、外に長時間いられる自信は僕にはなかった。


 母は僕の言葉に「ふ~ん」と言った。


「ご飯はどうする? 一応用意はしてあるけど」


「いただこうかな」


「はーい」


 気の抜けた返事で母親は言い、紺色ののれんの先にある台所へと姿を消す。


 僕はテーブルの椅子を引き、腰を下ろすとテレビに視線を向ける。


 テレビの内容はつい2週間ぐらい前に見たことがあった。今流れているのは母親が録画をしたやつで、いじめを受けた被害者の体験談だ。


 いじめグループの中心人物である女が男に命じて、いじめの一環としていじめ被害者が襲われ、レイプされたという実体験の話を涙ながらに語っていた。


 母はいじめを忌み嫌い、学生時代にいじめに遭っていた子を忘れないようにと、録画をしたらしい。


 それに僕自身が中学生の頃にいじめを受けていたことを気にしているのだと思う。


 母親はどすどすと足音を早め、何ごともなかったような表情で途中で録画を止め、普通のテレビ番組に戻した。


 そして、僕の頭を荒々しく撫でると、台所へと戻っていった。


 これは母が反省している時に、謝罪の代わりにやる、癖みたいなものだ。僕としては反省しているのなら、言葉にしてほしい、と思う反面、気を使わせてしまったことに対する罪悪感を覚えた。


 犯人探しから学校では1週間が経過し、皆がその話題に飽き始めたころ、新しい出来事が起きた。


 朝学校に来ると、白いチョークで、


──レイプ犯はミイラ男の仮装をしていた。


 と、書かれていたのだ。


 その文字は担任の先生が来るまで消されることはなく、このクラスの全員が書かれていた文字に目を通したことだろう。


「ミイラ男の仮装してた人~」


 ノムラが、いたら手を挙げろ、と言わんばかりに手を挙げながら言う。


 ノムラの呼びかけによりクラス内で手を挙げたのは4人。ミイラ男というだけあって、全員男子だ。


 その4人の中に僕も含まれる。


 ヤマガタ、ササキ、タカギ。そして、僕だ。


 ハロウィン当日、僕はミイラ男の仮装をしていた。仮装に興味はなかったし、包帯を巻けばいいだけで済むので、手軽さから僕は選んだ。


 ミイラ男の仮装をしていた生徒は顔まで隠れているため、見分けのつきにくい仮装である。レイプ犯が本当にミイラ男の仮装をしていたのであれば、ミカワも誰とは特定できないはずだろう。


 ササキとタカギの2人は、ノムラたちと一緒にいたことからアリバイが成立するとかで、結局ヤマガタと僕の2人が疑われることになった。


「スズキは当日何してたの?」


 ノムラは探偵のごとく僕に訊く。


「僕は17時まで図書室にいた後、別棟の3階で本を読んでいたよ」


 この高校は僕たち生徒が授業を受ける5階建の本館と、剣道や、柔道などの武道系の部活で使う3階建の別棟がある。


 事件は本館の3階で起きた。


 時刻は16時。図書室の閉館時間は17時だから犯行のしようがない。


「へえ、そうなの? 誰か見た人いる?」


 ノムラは僕から視線を外し、背を向ける。彼女の問いかけにササキが言う。


「俺見た~」


「あ、俺も見たわ。一瞬本物かと思ったもん」


 と、タカギが言った。


「まじ? あたし見てないんだけど」


「あたしも見たけど、ノムっちずっと彼氏とべたべたしてたじゃん」これはクラモト。


 ノムラはクラモトを睨み、「他にも見た人いる?」と質問をした。クラスの全員──ヤマガタを除く──が手を挙げた。


 なぜこんなにも多く、別棟の本を読むミイラ男が目撃されていたかと言うと、僕らのいる本館からは、どの階にいても基本的に見えるからだ。


 多くの生徒が集まる立食の行われていた食堂からでも十分に見えたことだろう。


 僕のアリバイは成立し、質問はヤマガタへ移る。


「あんたは?」


「俺は本館の自習室にいた」


 髪色が金髪の外見に似合わず気弱なヤマガタはノムラの目に怯えているようだった。


「あれ? 自習室ってその日鍵が閉まってなかったっけ? 三年の先輩が自習室開いてないとかサイアク~って言ってたし」


 クラモトはただ思い出したことを言ったようで、退屈そうな表情でスマフォをいじっている。


 ヤマガタが黙っていると、チャイムが鳴る。それと同時に教室に担任のムラマツ先生が入って来る。


 奥歯に物が挟まったような状態のまま犯人探しは中断し、授業が始まった。


 その日の放課後、帰りの会終了時、ヤマガタは「俺が犯人です」と自白した。


 クラス内の生徒にとって、なぜ認めたのかわからない彼の行動に誰もが驚いた。


 僕らはムラマツ先生と一緒に教室から出るヤマガタの後ろ姿を、ただ見ているだけだった。


 しばらくして教室を出た僕は、すぐに家に帰る気にはならなかった。時刻は16時20分。閉まるまでに残り40分ほどある図書室に、向かうことにした。


「もうすぐ閉めるわよ~」


 図書室の先生が言った。


 図書室内にある時計を見ると、16時50分になっていて、退室する時間だった。


 持っていた文庫本をカバンにしまい、チャックを閉めると、先生が僕に言う。


「あの子、大丈夫かしらね……」


「あの子?」


「ミカワさんよ」


 なるほど、彼女は事件の話をしているのか。彼女の表情から察するに、話を聞いてほしいようだ。聞き役に転じるのは嫌いじゃない。


「あんなことがあったのに、職員室にいてもここにいても、誰もその話をしないのよ。変じゃない?」


 先生は顔にしては分厚い唇を尖らせている。


 彼女の言う通り一般的に考えれば変な話だ。あくまで一般論であれば。


「ミカワさんのこと最近見てないのよ。ここだけの話さ、保健室に行くの禁じられているの」


 ミカワが保健室に登校しているのは知っている様子から、彼女がいじめに遭っていたことも知っているのだろうか。


 僕は確認してみることにした。あくまで事実を知らない態で。


「ミカワさんがなぜ、保健室登校になったのか知っているんですか?」


「そりゃもちろん。って、あれ? 知らなかった?」


 もしかしたら彼女から何か情報が訊けるかもしれないと思い、僕は言う。


「もしかして、いじめに遭っていたのと関係があるんですか?」


「ああ、そっか……」


 先生は少し考え込む。


 数瞬待つと、先生は言う。


「誰にも言わないって約束できる?」


「もちろん」


 僕が答えると、先生は肩までかかった茶色の髪を耳にかけた。


「ありがとう。えっと、ミカワさんが保健室登校になったのは、スズキ君の言う通りいじめが原因だったのよ」


 僕は首肯する。


「でね、マツムラ先生が生徒から目撃情報がありました、って教頭先生に報告したのよ。そしたら、証拠はあるんですか? なんて言ってさ。でもマツムラ先生、生徒から証拠の動画を預かってたみたいで、それを見せたの。そしたらさ、消しなさいって言ったのよ?」


 話の先が気になるので、驚いたふりをする。


「その後会議が開かれたんだけど、ミカワさんを保健室登校にしますって一言言ったら終わっちゃったの。そんなの会議でも何でもないだろ! って思ったけど、誰も何も言わなかったのよね。変よ。本当に、変!」


 彼女はだんだん感情が高揚してきたのか。饒舌になっている。


「あ、そうそう知ってる? この学校の噂」


 噂。


 この学校で表面上で流れている噂は1つとしてない。話の内容から、彼女の言おうとしている噂とは、この学校に今通っている生徒は1人として知りえない噂を指している。


 けれど、僕はその噂の内容を知っていた。7月頃に彼女ではない教師から聞いた話だ。


 この学校には噂がある。噂と言うより、真実だ。


 それはいじめ被害者に対する内容だった。

 

 この学校には表立った問題が1つもない。正確に言えば、問題を隠ぺいしているということだ。


 その中で多くの割合を占めるのがいじめだった。


 いじめ被害者が出ても学校側は絶対に表ざたにしない。被害者を保健室登校にさせ、接触をさせないようにするのはお決まりであった。


 そして、不登校になってしまった場合には、相談に行くと校長自らが趣く。話の内容こそはわからないが、その1か月後には被害に遭った生徒は転校をするという流れだ。


 僕はこの真実を訊いたとき、衝撃的であったし、それと同時に心の中に黒いものが芽生えたのを覚えている。


 図書室の先生が話したのも同じ内容だった。


「そうだったんですね……」


 僕はあくまで初めて聞いたというリアクションをとる。


「そう。まあ、本当のところはわからないけれど、その線が濃厚ね」


 彼女は今年になってこの学校に赴任してきた。だから噂だと思っていても不思議ではない。


「もし、その噂が本当だったとしたらミカワさんのことがとても心配。何か力になれないかしら」


 僕は彼女の言葉に何も言えなかった。この学校にミカワを心配してくれる者がいてくれることがとても嬉しかった。それと同時に、少量の悲しみを覚えた。


「ねえ、あの事件のあった教室って鍵がかかっていなかったかしら?」


 先生はエプロンを取り、腕を組む。


「あたしはここしか任されていないから、下の階のことは詳しく知らないけど、確かそうだった気がするのよね。犯人は本当に生徒なのかしら」


「どういう意味です?」


「いや、鍵を持っているのは先生だけでしょう? だから、生徒が持っているのは変というか」


「どうなんでしょうね。失礼します」


 ヤマガタが自首したことを話してもよかったが、どちらにせよ真実は後で知ることになる。


 そう思い、僕は図書室を後にし、内心で図書室の先生に謝罪をした。


 土日を挟み、月曜日となる。


 学校へ行くと、担任の先生は朝の会でヤマガタが退学したという事実を告げた。


 ヤマガタが退学したことについての話はその日の朝の会で言った一言だけで、それきりだった。


 その放課後に新たな出来事が起きた。


 退学したヤマガタは実はレイプ犯ではなかったことが発覚したのだ。


 なぜヤマガタが犯人でなかった事実がわかったのか。



 それは、30分前にさかのぼる。



 30分前


 帰りの会が終了し、先生が教室を去ったのを確認して帰宅の準備をする。


 勢いよく教室のドアが開いた。


「ヤマガタ君いる?」


 大きな声を出して扉を塞いだのは図書室の先生──ヒメノ先生だった。


「いきなり大きな声を出してごめんなさいね。ちょっと訊きたいことがあって……」


 走って来たのだろうか。息を荒げている。


 膝に手を当て、息を整えている様子だ。


「図書室の先生じゃん。どしたの? めっちゃ疲れてんじゃん。やっぱり年取ると体力なくなるんだね~」


 と、ノムラが先生をからかう。


「わたしはまだ27歳よ! そんなことより、訊きたいことがあるの」


 先生の年齢なんてどうでもいい。どうしたのだろうか。


「ヤマガタ君いる?」


「え? 先生知らないの? ヤマガタ退学になったんだよ?」


「やっぱり、それ、本当だったのね……」


「先生なのに聞いてないの?」


「ええ。今さっき知った。それで、どうしてヤマガタ君は退学に? 彼のお父さんが転勤が多いって聞いてたから転校ならわかるけど、退学なんて」


「ハロウィン事件あったじゃん? それの犯人がヤマガタだったわけよ。それで」


「ヤマガタ君はそんなことをする人じゃないと思うけど」


「認めたんだよ、自分がやりましたって。ね?」


 ノムラはクラスに視線を向け、皆が頷く。その様子に先生は一度首を下げた。


「ヤマガタ君は何でそんなことを?」


「わからないけど、認めたんだよ。放課後になって急に」


「理由もなくやるなんてことあるのかしら。ごめんなさい、事件当日のことを訊いてもいい? その日は図書室に一日中いたからあまり詳しくなくて」


「しょうがないな~。いいよ」


 ノムラは少し面倒くさそうに事の顛末を話した。先生はその間、真剣な表情でメモを取っていた。



「10月31日、ミカワさんが発見されたのが午後5時ぐらい。犯行が行われたのが1時間前。場所は本館の2階の用具室。事件から1週間後にこのクラスの教室にレイプ犯はミイラ男の仮装をしていた、という文字があった。ここまで、あってる?」


 ヒメノ先生はメモを見ながら箇条書きでもしたのだろう、読み上げた。


 ノムラは話すのも面倒くさい様子で首肯する。


「そして、このクラスにミイラ男の仮装をしていた人が4人。その中の2人はノムラさんと一緒にいたことからアリバイが成立。疑われたのはスズキ君とヤマガタ君の2人。スズキ君は閉館時間まで図書室にいた後、別棟の3階で読書をしていた。目撃情報が多数、か」


 先生は何かに気付いたように切なげに微笑むと、僕に視線を向けた。


 僕は彼女の表情を見るのが苦しかったけれど、視線を逸らすわけにはいかなかった。


「犯人は君だったんだね……。スズキ君」


 と、雪のように柔らかく、それで溶けてしまうような儚い声で先生は言った。



 そして、時間は現在に戻る。


「根拠を訊きましょうか」


 彼女の目は真剣で、僕も彼女には真剣に答えなければならない。


「あなたには嘘の証言が2つあります」


 彼女の発言により、先ほどまで彼女に集まっていた視線が僕へと集中する。


「1つは貴方が図書室にいたという証言。わたしはその日、お昼休憩を除いて、図書室にいました。図書室にはいろいろな人が仮装をしていた。けれど、ミイラ男の仮装をした人なんて図書室には来なかった」


 先生は矢継ぎ早に言う。


「中には仮装をしていない人もいたけど、あなたではなかった。それに、わたしはスズキ君が図書室によく利用するのを知っている。もちろん、あなたが決まって同じ席に座ることも」


「おい、どうなんだよ」


 ノムラが答えを促すように僕に言った。だが、僕はまだ答えるつもりはなかったので、「最後まで聞こう」と言った。


「そして、もう1つ。あなたが別棟にいたという証言。それについては、実はわたしも見ています。図書室からでも見えるから。けど、あれはスズキ君ではない」


 僕に再び注目が集まったところで、とどめと言わんばかりに言葉を続ける。


「あの別棟にいたミイラ男はスズキ君ではなく、ヤマガタ君です」


 クラス内が騒ぎ始める。


「まじなの?」


 ノムラが先生に問う。


「ええ。ヤマガタ君とお昼を食べたからね。別棟にいた子が気になって、お昼に見に行ったらヤマガタ君だった。一緒にお昼を食べて、転勤が多くてもう少しで転校するという話をした」


 部活の開始を告げるチャイムが鳴る。誰も動く者はいなかった。ただ僕の言葉を待っている。そんな様子だった。


「どうですか? スズキ君。これでもヤマガタ君が犯人だと言える?」


 彼女の表情は無表情だった。何も感じない。怒りも、悲しみも。本当はそれらの感情を孕んでいるのかもしれないけれど。


「僕は一度だって彼が犯人だなんて言ってないですよ」


 予定していた結末とは随分と違うが、仕方がない。


 僕は聞こえるため息を吐き、席を立つ。


「まさか先生にばれるとは思ってませんでした。先生の言う通り僕が犯人です」


 僕の発言によりまたも騒ぎ始める。「なんで?」という声が絶えない。


 先生は悲しみを抱いたような表情で「どうして?」と言った。


 どうして……か。


 皆が分かりやすいように、真実を話さなければならない。目立つのは嫌いだけれど。


 本来の予定としては1カ月先に自白する予定だったのだが、そううまくはいかないようだ。


 現実はいつだって思い通りにいってはくれない。


 僕がこの犯行を行ったのには明確な理由があった。


 高校2年の6月後半。ミカワはクラスでいじめに遭っていた。


 ミカワはいくらいじめに遭っていても動じることなく、学校を休まなかった。


 僕はその様子を見て、ミカワは強い人なのだ、と思った。僕自身いじめに遭っていた経験から、耐えられるはずがないだろうから。


 彼女の姿にしばらくすればいじめはなくなるのではないかという気さえした。けれど、僕の考えはとても甘かった。


 ある日、僕は本屋によって帰ろうと、普段とは違う道で帰宅した。


 そこで、僕は衝撃の光景を目にしたのだ。


 ミカワが河川敷で1人うずくまり、泣いていたのだ。


 次の日から僕は動いた。目立つのは嫌いな僕は迂遠的な方法をとることにした。担任の先生に声をかけ、事態の説明と証拠であるミカワがいじめられている動画を提出した。


 これで、いじめはなくなり、クラス内でよい風が流れるのではないかと安易に考えていたのだが、結果は予想を反したもので、学校側の処置は、ミカワを保健室登校にするという提案だった。


 夏休み明けから保健室登校だったミカワの姿を見たとき、僕は言葉を失ったのを覚えている。


 いじめに遭い、長かった髪を切られたミカワは肩まででしっかりと整えてはいたが、怯えるように前髪で目を隠していた。かつての姿とは似つかない変貌だった。


 ミカワがこんなに変われば、学校も何かを改めるだろうと期待していたが、とうとう9月に入っても改善されることはなかった。それと同時に担任の先生から嫌な情報を耳にすることとなった。


 それが図書室の先生が言っていた噂──学校の真実と、僕の提出した動画は裏で消されていたことに。


 そこで僕は考え、マツムラ先生に提案をした。ミカワを救い、なおかつ学校側に大損害を与える方法を。


 それが後に起こるハロウィンレイプ事件だった。


 計画をするにあたって、僕は準備をした。


 まず始めたのはミカワとの交流だった。9月になっても状態の改善が見られない今、僕たちがどれだけ環境を整えられたとしても彼女を助けるという問題の解決はできない。


 だからこそ、彼女にも動いてもらう必要があった。


 ミカワが泣いていた河川敷で彼女が来るのを待つことにした。会話もしたことはなかったけれど、彼女を救うためならば何も怖くなかった。


 彼女は、はじめ僕を警戒していた様子だった。当然だろう。


 ミカワがいじめられていた時、助けることもなければ、傍観者だった僕が簡単に信頼を得られるはずがない。そんな虫のいい話があってはならない。


 だから僕は辛抱強く彼女を待った。


 なぜなら、彼女は必ず河川敷で僕の隣に座ってくれていたから。


 何度も聞き飽きるほどに言った。君を助けるために力を貸してほしい、と。


 ようやくミカワが口を開いたのはハロウィンの2週間前だった。


 僕はどうしても彼女の口から訊きたいことがあった。


「ミカワさんはこのままでいたい?」


 僕の質問はわかりきったことで訊くこと自体失礼だろう。


 それでも、訊きたかった。


 彼女は静かな口調で言った。何かを殺すように。


「今を耐えればきっと笑える日が来るはずだから」



 ミカワからようやく協力の了承を得たのは1週間前になる頃だった。


 僕は了承したことと、提案をマツムラ先生にした。たまたまテレビで見たレイプ事件に見せかけることを。


 僕はミカワの了承を得られた時、交流しようと思っていた人物がいた。


 同じクラスのヤマガタだ。


 彼の父親は転勤が多く、ヤマガタは転校することが多いらしい。彼の転校はもう決まっていた。そのせいか人間交流も極端にしなかった。


 それに彼は、いじめに対して嫌悪感を抱いていた様子だった。


 利用できる人間としてはこんなにいい人材はいなかった。


 そして、ハロウィンまで残り1週間になり、怪しまれぬように、僕はミカワとの交流を辞めた。


 犯行当日まで、スマフォアプリでメッセージを取り合い、当日を迎えた。


 犯行を行ったのは僕を含めて4人。僕、ヤマガタ、マツムラ先生。そしてミカワだ。


 犯行当日。僕は仮装などしていなかった。仮装用に包帯を持っていたのは事実だが、実際にミイラ男の姿に仮装したのはヤマガタだった。


 ヤマガタには別棟の3階に待機してもらい、目立たない僕のスケープゴートになってもらった。


 朝早く学校に行き、僕とミカワは先生に事件現場の教室だけ鍵を開けてもらい、待機をしていた。


 事件現場の教室は奥側にあるので、手前側の教室の鍵がかかっているのなら、わざわざ奥の教室まで調べるものはいないだろう。事件当日に誰も確認する者はいなかった。


 あとは仮装大会終盤までやることはない。


 皆が閉会式であろう時間に教室を出て、皆の集まる体育館にいくだけだった。


 ミカワに僕が教室を出た後、レイプされたということがわかりやすいように下着姿で泣くことを命じ、教室を後にした。万が一のための目薬を添えて。


 そして、皆が制服で参加しなければならない閉会式に制服で僕とヤマガタも参加する。


 そうすれば、どちらが仮装していたかもわからないから。


 あとはミカワの発見を先生にしてもらい、終了だ。


 しかし、予想に反して、いや、やはりと言うべきか。


 騒ぎにはならなかった。レイプ事件が起きれば、被害者が誰であっても騒ぎになるだろうと思っていた。


 予想以上にミカワに関心を持つ者がこの教室にはいなかったということ。そして、やはり学校側による対処が施されているのだと理解した。


 僕はその結果に不満を抱き、行動した。


 誰よりも学校に早く着き、黒板に落書きをした。レイプ犯はミイラ男の仮装をしていた、と。


 犯人探しが始まることを加味し、僕はヤマガタに自首してもらった。


 学校側は問題にはしたくないことはわかったので、ヤマガタが犯人だとわかっても、やることは停学処分か、退学だろう。


 そして、僕の想定通りヤマガタは退学になった。


 後はヤマガタが転校先に通うことが決定後、僕ら自身によって犯行を説明し、それをヤマガタに録音データを送り、外に情報を発信するつもりだった。


 けれど、残念ながらその作戦はヒメノ先生により阻まれる形になったが。


 皮肉なものだ。


 この学校に対する不信感を持った先生と協力した僕が、同じ思いを持っていた人間によって阻まれたのだから。


 犯行の全貌を話終えると、ヒメノ先生は僕を叱らなかった。叱りもせず、強い力で抱きしられた。僕はわけがわからなかった。


 ただ一言。彼女は「ごめんなさい」と言った。


 なぜ謝るのか僕はわかなかった。



 僕が犯行の全貌を述べた次の日。


 僕とミカワの退学が決まった。


 担任のマツムラ先生は解雇されてしまった。


 僕の予定通りの展開ではあったが、実際に決まってしまうのは複雑なものがあった。


 予定通りヤマガタにミカワがいじめられていたデータと、僕の全貌を話した録音データを送る。

 やれることはやった。


 後は学校の問題が発覚するのを待つだけだった。


 それから1カ月も経たぬ内に僕が退学になった高校の隠してきた問題は明るみに出て、学校は閉鎖することになった。


 僕やミカワは退学が決まっているからいいが、他の生徒は戸惑ったことだろう。


 テレビの記者と呼ばれる者たちだろうか。


 僕とミカワ。それから、ヤマガタとマツムラ先生も取材を受けた。


 ことの全貌を告げ、いじめられた女子生徒を守ろうとした救世主として、僕はもてはやされた。


 けれど、そんな大層な者じゃない。


 僕はただ自分勝手に人を利用しただけ。


 むしろ糾弾されるべき悪とも呼べたはずだろう。


 しかし、そのおかげもあり、僕たちが転校するのも簡単だった。


 マツムラ先生は解雇後、教師を続けることは不可能で、実家の本屋を継ぐことになった。



 転校まで時間があり、僕らはその間、一緒に過ごした。


 特に何もするわけでもないが、河川敷に集合して、話をするぐらいだ。


「ねえ。どうしてスズキ君はわたしを助けてくれたの?」


 少し寒い冬風が肩よりも少し長い彼女の髪を揺らし、ミカワは僕に言った。


「ん? ああ、えっと……」


 今更だが本人の前で話すのはむずがゆいものがある。


 もう視界を覆っていない短い前髪であの時よりも彼女の目がはっきりと僕の双眸をとらえている。


「河川敷で話したこと覚えてる?」


「もちろん」


 考える時間もなく、彼女は言った。


「あの時、君の考えを初めて聞いて、納得できなかったんだ」


「納得?」


「そう。ミカワさんは僕に──今を耐えればきっと笑える日が来るはずだから。と言ったんだ」

 僕はその考えがどうしても好きになれなかった。時間が解決してくれるという答えは僕が忌み嫌うものだったから。


 だってその考えで語るとすれば、やはり悲劇だ。


 耐えれば……耐えてさえいれば、いずれ報われる。


 言い方を変えると、悲しみの先に幸せがあると言うこと。逆を言えば、悲しみ失くして幸せはありえないということだ。


 そんなのおかしいじゃないか。


 彼女は、後何回苦しまなければいけないというのだ。


「未来なんて僕らにはわからない。君の言うように幸せが待っているのかもしれない。なら、今の君は? 今ここに生きている高校二年生のミカワはどうなるんだよって。僕は思ったよ」


 ミカワは黙って僕の目を見る。言葉を待ってくれているのだろう。僕は言葉を続ける。


「実はね、同じことを言われたことがあるんだ。中学生の頃、僕はいじめに遭ってたから」


 いじめられていた話なんて彼女にするつもりは当然なかった。けれど、彼女の目があまりにも真剣で繊細なものであることを知っているから、欺くことはできない。


「スズキ君も……だったんだね」


「うん。けど、君が受けていたものよりは酷くはなかったんだ。無視されたり、机の中にごみを入れられたり、それぐらいだ」


「いじめに大小はないよ!」


 彼女は少し怒ったような表情だった。


「ありがとう」僕はお礼を言い、話を再開する。


「あの頃に僕にはそれが辛かった。でも、クラスのやつに頼れる人もいなければ、友達なんていなかったんだ。だから、先生を頼るしかなかった。でも、事態はそんなに変わらなかったよ。いじめを受けることはなくなったけど、ちくり魔なんて呼ばれて、余計居づらくなってさ。結局不登校になった」


 僕は寒さに震える手のひらに息を吹きかける。


「先生が僕の家に来て、高校の話や、将来の話をたくさん聞いたよ。それに今はつらいかもしれないけど、時間が経てば解決してくれるって」


 ミカワの目が少しだけ見開いた。それから少し悲しそうな表情に変わる。


「それで、保健室登校で出席だけでもしときなさいって言われて、それからずっと保健室での登校が許されたよ。テストも1人。お昼も、授業も。それでも苦ではなかったよ。気まずさなんてないしね。でも、卒業して思ったんだよ。中学時代何もなかったってことに」


「そうだったんだ……ごめんなさい、知りもせずに……」


「いや、ミカワさんが謝る必要何てないよ。むしろ謝るのは僕の方さ」


 ミカワは首を左右に振る。


「僕は君に自分を投影して勝手に経験から決めつけてしまった。助けを望んでいると決めつけてた……僕の自己満足だよ。結局ミカワさんの言う通り時間が解決したかもしれないのに」


 ミカワは首を振り、僕の目をとらえる。


「そんなことない。わたしは本当に感謝しているの。それにスズキ君が行動してくれなかったら何も変わることはなかった」


「そんなのはわからない。僕のやり方でたまたま成功しただけで、ただの結果論に過ぎないよ」


「それでも。そうだったとしても、わたしはスズキ君に感謝する。だって、わかっちゃったんだよ」


「わかったって、何が?」


「今を耐えればきっと笑える日が来るのも、時間が解決してくれるというのも嘘だってことに」


「いや、だからそれはたまたま──」


「ううん。そうじゃないよ。すべては行動にあったんじゃないかな」


「行動?」


「うん。悩んで苦しいのも、いじめに遭って苦しいのも、きっとそこに留まっているからなんだよ。待つだけで何もない。だます方法を模索するだけ。そんなので解決した気になっているだけなんだ。行動なんだよ。すべて。行動しなければ何も変わらないし、変えられない。だから今、わたしは笑えているんだよ」


 ミカワの言っていることは酷く主観的なものだった。自分だけが満足した回答。まさに僕と同じ自己満足だ。けれど、彼女の言いたいことを僕は理解できてしまった。僕はその考えを肯定したかったから。だから、僕はあがいていたのだ。


 彼女の瞳、言動には強固な意志があった。


 雄弁に語る姿はとても輝いて見えた。


 才色兼備で異彩を放っていた彼女はとても凛々しく、それでいて清々しいくらいな微笑みを浮かべている。


 そう。


 僕はこれを望んでいたんだ。


 この笑顔を取り戻したかった。


 前髪で顔を隠し、ひっそりと暮らしていた彼女から、絶望を取り除き、希望の花を咲かせたかったのだ。


 僕はきっとこの先、多くの苦しみを抱えることがあるだろう。けれど、僕は歩みを止めることはもうない。


 ミカワを取り戻せたこと、すなわち僕の行動が結果論だとしても証明したから。


 だから、進む。


 どれだけ悩み苦しむことがあっても、僕はこの自己満足を否定することはない。


 未来の花を掴めると信じているから。


「そうだね。ありがとう、本当に」


 感謝の言葉を伝えると、


「どういたしまして?」


 彼女は戸惑いながらに言った。


 その表情がおかしくて、僕も微笑んだ。



 人は誰しも心を隠す。


 なりたいものへと仮装する。


 心を覆い、己と周囲を欺き、擬態する。


 仮装犯と呼べる犯罪は誰にも当てはまることだろう。


 仮装犯は誰だったのか。


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