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日々の色々 5 女の語らい

すー・・・・


ジムから続く微かな匂いに集中する。

どこかに向かっている感じじゃない。

匂いがかすれているかと思えば、匂いが溜まっている場所もある。

人目につかない場所や、立ち止まっていても おかしくなさそうな場所、そんな所に匂いが溜まっていた。

それに、壁を擦る様に残る匂いも。


・・・居た。


「ゆいさん」

私が声を掛けると、道の端にあった座れる場所に居た ゆいさんが顔を上げた。

私を見た後、何かを探す様に目が動く。

「私だけだから安心して」

「・・・」

何となく、ゆいさんはユウトくんに『弱い部分』を見せたくないんだと思った。

「ゆいさん、きっとまだ近くに居るだろうな・・って」

「それで戻って来たの?」

「ぅん」

実際、ゆいさんはジムから そう離れてない所で座り込んでたし。

「・・イチャイチャしながら帰れば良かったんじゃないの?」

「・・・イチャイチャは してないよ・・やっと腕は組めるようになったけどね・・」

「ヘタレな男ね」

「はは・・お姉さまには まだまだ勝てないみたい・・」

「・・。~・・」

何だろ・・顔を上げたゆいさんが何か言いたげに感じた。言われなかったけど。

「・・そういえば、そう呼んでるんだったわね」

「うん・・『姉妹(スールー)』♪」

「・・・理解出来ないわね」

「そうかな」

「そうよ。こないだまで、劣等感丸出しな目で見てたくせに」

「私、そんなだった・・?」

「・・私には そう見えた、ってだけよ」

「・・そっか・・」


「・・・ぅん、そう見えても仕方なかったかも・・」

少し前の自分を思い返してみれば、確かに そう見えそうだった。

・・・でも。ぅん・・。

「でもね・・?こないだやっと分かったの。お姉さまは、勝つとか負けるとか言って良い次元の方じゃない、って。私が勝たないといけないのは、ユウトくんの心の中に生涯居続ける『かぐらさん』なんだって」

「・・・それで『お姉さま』なの?」

「うん♪」

すっごく呆れた顔で見られた。


・・・ゆいさんの顔に、もう汗は垂れていない。

でも、辛そう。

さっきから話していて、上半身が少しと、首から上は動かしてるけど・・それ以外は動かして無い。


「ゆいさん」

「なに」

「ゆいさんの『解放』は どんな感じなの」

「・・・出来もしない奴に言っても、分からないわ・・」

「・・・1回だけ、出来たよ」

「・・そぅ。・・いつ?」

「・・『外』。ユウトくんが刺された時」

「・・・あの時?」

「ぅん、あの時。あの時が初めて」

「・・・してた?」

「ぅん。あの時、私・・動けなかった。でも、私を守ろうとしてくれた人が刺されて・・聞こえたの・・」

「そぅ・・貴女も聞こえてたのね・・」

「ぅん・・死なせちゃいけない、死なせられない、助けを呼ばなきゃ、そしたら動けた・・」

「・・」

「力なんて入らなかった。でも、動けたの。手を縛ってたロープも千切れたし、体が凄く凄く、凄く熱かった」

よく覚えてる。

「アナタの足につかまって、アナタに言えた」


『あの人を助けて・・!お願いっ・・あの人・・死なせちゃ、いけないっ・・!』


「その後、また動けなくなった。多分、『解放』が切れたの。体全部から、何かが勢いよく抜けていってる感じがした・・」

「・・・」

「あの時、あの1回だけ」

「・・・私の場合、体を『押さえ付ける』ので精一杯になるわ。制御し切れないのよ・・」

「・・押さえつける?」

「そう。体の全部を持て余すのよ。走り出せば止まれなくなる、腕を振れば振り抜かずにはいられない、聞こえる音は段違いに増える、敏感になって少し触れただけでピリピリする・・とてもじゃないけど、良い事ばかりなんかじゃ無いわ・・」

「私は そんなことなかったけど・・」

「それだけ体がギリギリだったって事でしょ」

「・・そっか・・」


「・・・」

「触らないで・・!」

何か出来ないか・・震える肩に触れたら、ゆいさんがビクッとした。

ふー!ふー!ふー!ふー!と鼻息荒く、触れた肩に手を置いている。

「ごめんなさい・・」

「ぃぃわ。でも、とにかく、今は触れないでっ・・!」

「ぅん・・」

「・・・私の事より自分の事じゃないの?」

「?」

「・・解放して、何もかも過敏になってるから分かったわ・・貴女、『発情』を発症してるでしょ・・」

「・・・薬で抑え込んでる」

「抑え込めてるの?それで」

ゆいさんが鼻をスゥッと させたから、脚をキュッと閉じた。


「発症してる人は『外』で、何人も見たわ」

私も見た事はある。亜人の良すぎる耳に いやらしい声が聞こえ・・顔が熱くなり、「あんな風にはなりたくない」と思ったのを よく覚えてる。

すごく優しい、キレイなお姉さんだったのに・・。


「どうすれば楽になるかな・・」

「あのバカにメチャクチャに抱いてもらいなさい・・妊娠すれば収まるわ・・」

「・・・やっぱり、それしか無いのかな・・」

「少なくとも、『外』では それしか無かったわよ」

・・・。

受入棟を出る前、お医者さんの女の人も同じ様な事 言ってたから、『中』でも同じなんだと思う。


「ね・・少し離れて。匂いキツイのよ」

「ぁ、ごめんなさい・・///」

スカートで来なければ良かったかな・・。

「そんななってるのに、何でスカートで来たのよ・・」

「・・ズボンよりは蒸れない気がして、つい・・」

「・・それだけ?」

「・・・ゆいさんには負けたくなかったの・・!それに、ユウトくんの前ではキレイで居たいの・・」

ふぅ・・・

微かな溜め息が聞こえた。


「ユウトくんも臭いって思ってるかな・・・」

「・・・大丈夫でしょ」

「・・そうかな・・」

「男なら、大興奮するんじゃないの?」

「っ・・///」

それはそれで恥ずかしい・・。


「そんなに気になるなら・・吸水性も揮発性も良い、フレアパンティにすれば良いのよ」

「・・・。えっと・・?」

「濡れても よく吸い取ってくれて乾きやすいし、あんまり締め付けない・・そういう奴があるのよ・・」

「ぁ・・・そんなの有るんだ・・」

ふれあパンティか・・覚えとこ・・。

「・・・普段、どこで買ってるのよ」

「えっと・・庁舎の『デパート』っていうフロアで・・」

「あそこ・・?」

「ぅん・・ダメだったかな・・?」

「ダメじゃないけど・・」

「それに、1回しか買いに行ってないから・・」

「?・・そんななってるのに、よく持つわね・・」

ゆいさんの視線が またスカートの方を向いて、恥ずかしさで顔が熱い。

「ぇと・・お姉さまに もらったのがいっぱいだし・・」

「・・・それで?」

「ぅん・・ユウトくん、あまり服買いに行かないし・・」

「何で、そこにアイツの名前が出て来るのよ」

「ぇ、ダメ・・?」

「・・・下着の話してるのよ?」

「ぅん」

「・・・・まさか・・」

「?」

「下着まで一緒に買いに行ってるんじゃないでしょうね・・!」

「・・・ダメ?」

「ぅっわ・・・・・呆れた・・」


唖然とするゆいさん。物凄く珍しいものを見ているのかもしれない。

「下着よ?下着っ!!見られて平気なのっ・・!?」

「・・・ユウトくんになら?」

「・・・・」

は~~・・・

座り込んでいたのに更に(うずくま)った ゆいさんから、深い溜め息が聞こえて来た。


「・・下着は、専門の店で買った方が良いわ」

「・・・ぅん」

「何よ」

「男の人のも買える・・?」

「女の下着、専門店よ・・!」

「ユウトくんの・・・・・」

「デパートで買わせときなさいっ・・!」

「・・・」

「呆れるわね・・」

「・・ゆいさんは、どうやって そのお店を知ったの・・?」

「・・・かぐらの為よ」

「・・・」

「意識が戻った後に かぐらが不自由しない様に、都市内の行ける範囲は全て見て確認して周ったわ・・」

「・・すごいね」

『外』で見上げただけでも広大なのは分かってたけど、住んでみて、広さと入り組み具合に驚いたもん・・。

そんなに広いのに、見て回ったんだ・・。

「役には立たなかったけどね・・」

「そんな事ないよ・・きっと、いつか・・」

「・・・」

そんな『いつか』は来ないかもしれない。

でも、お姉さまは ゆいさんを頼りにしている。

「・・今回だってさ・・?」

「・・」

わずかに、視線を上げたゆいさんと目が合う。

「お姉さま、ゆいさんが適任だと思ったから・・」

「・・」

どう言えば良いのかな・・・。


「本当に鍛え上げるつもりなら・・かぐやが相手する方が、遥かに意味があるわよ・・」

「・・・お姉さまと・・?」

「そう」

「・・なに言ってるの。お姉さま、退院したばかりじゃない・・」

「入院中に、とっくに完治してるわ」

「・・・いつ頃?」

「受け入れられて、1カ月くらいよ」

「・・・その冗談、どこを笑えば良いの?」

「冗談だったら まだ良かったのかもしれないわね・・」

「・・・お姉さま、記憶を全部無くすくらいの大ケガしたんだよ・・?」

「そうよ?」

「・・・・ゆいさんは何を言いたいの・・?」

「貴女は、かぐやが どのくらいの怪我をしたと思ってるの」

「・・・脳に障害が出るくらいの大量出血をしたんだから、かなりのケガだったんだよね・・?」

ふー・・「1度、死んでるのよ」


「・・・・それって、心がでしょ・・?」

「体も、よ」

「生きてるじゃない・・一昨日、会ったばかりだよ・・?」

「・・・・・」

ね・・ゆいさん、何か言ってよ・・。

「ゆいさん・・?」

「・・・全身に銃弾を食らって失血死、止まった心臓を直に動かす為にお腹から腕を突っ込まれ、心臓と片目には異物が貫通、片目の異物は脳まで届いて、無理矢理心臓を動かしたから傷からの(しゅっ)け」

「待って!!」

「・・・なに」

「・・・・何の話をしてるのっ・・?」

「かぐやの・・いいえ、かぐらの怪我の話よ?」

「そんなの・・1カ月?治る訳無いっ・・!」

「治ったのよ」

「・・・隔離()都市()のお医者さんが凄かったんでしょっ・・!?」

「それも無くはないでしょうね・・」

「無くはって・・」

「もう1つ知ってるかしら」

「・・」

「アレッサは今、車イスよね」

「・・ぅん」

「アレッサね・・かぐらより2ヶ月前に中に入ったのよ」

「そうなんだ・・」

「でもね、水路から入ったから体がズタズタだったらしいのよ」

「・・・水路って、まさか・・・」

「そう。『あの』水路」

「そんなの・・」

入れっこ無い・・。『水路から入る』と聞いて思い浮かぶ『水路』なんて1つしかない。

絶対に入れないと言われる『あの』水路。・・あそこから?

「ホントに入れたの・・?」

「入れたのよ」


『ズタズタだった』。

だから、今でも車イスなんじゃないの・・?


「かぐらが収容された時には、何とか歩けるまでには なっていたのよ」

・・・。

私が『中』で見たアレッサさんは、いつも車イスだった。

歩いていた姿なんか、見た事も無い。


「アレッサの強さ・・聞いた事くらいは あるでしょう?」

「ぅん、聞いたことは」

アレッサさんもお姉さまも、隔離都市の反対側のスラムを縄張りにしていた。

思い返せば、遠巻きに見た事はあるかもしれないけど、ハッキリ見た事は無いと思う。

アレッサさん達が来るという事は、『亜人を救いに来た』って事で・・。

そして、必ず・・大勢、死んだ。

アレッサさん達が『救っている時』は銃声も悲鳴も溢れていた。

ソレが聞こえ出したら、私はバラックの奥で丸まって耳をふさいでいた。

怖かった。

悲鳴も、殺す音も、殺される音も、何もかも怖かった。

「どうか、巻き込まれませんように」、ただソレだけ願って震えた。

溢れる音が聞こえなくなると、濃い・・濃い、とてもとても濃い・・『血』の匂いが(ただよ)って来た。

吐いた事だって、1度や2度じゃない。耐えられる匂いじゃなかった。

それだけの死体の山を残して無傷で帰って行ける、それだけ強いのは想像がつく。

「・・ぅん、聞いた事だけ・・」

「・・・そう」

「・・」

「もしかして、巻き込んだ事あった・・?」

「ぅぅん・・隠れてたから・・」

「・・そう」

「ん」

「・・・そんなアレッサが、何で、いま、車イスだと思う?」

「・・・」

今の話の流れじゃ・・・。

「そんな、こと・・ある、わけ・・ない・・・」

ある訳ないっ・・!


「・・あったのよ」


今回は、姫望(ひなの)の抱える深刻な『問題』も少し。

出会いが出会いだったのに、『ユウトくん好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き・・好きぃ・・っ♪』になってる理由。

『獣』ならともかく、羞恥心を持ち合わせた『人』で、『思春期の女子』だから・・深刻な深刻な、大問題。

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