日々の色々 3 女の戦い
「ごきげんよう、お姉さま♪」
「・・ごきげんよう、姫望さん」
・・・悪化してる気がするわ・・。
隔離都市で出会った人達で『ごきげんよう』なんて挨拶する人、会ったこと無い・・。
『アーカイブ』っていうのから見つけた、あの『少女向けの小説』。
ここまで姫望さんが影響されるなんて、思いもしなかった。
「最近、ユウトくんの様子が おかしいんです、お姉さま」
相談したい事が有ると聞いてユウトさんの事だろうとは思ってたけど、やっぱりユウトさんの事だった。
「どんな感じなんですか・・?」
聞いてみると、「何かに悩んでいる様に見える」という。
「・・・」
・・何だろう・・。
ぶっちゃけ、以前の記憶の無い私には、そもそもユウトさんの人柄すらも ほとんど分からないのだ・・。
私にとって、ユウトさんと『初めて会った』のは病室だ。
病室で初めて会った日・・すでに私の記憶喪失の事を聞いていたらしいユウトさんの顔は、泣き出しそうだった。
『かぐ姉っ・・・』
『・・・あなたも、私を知っている人ですか・・?』
すぐに、ユウトさんの目からは大粒の涙が溢れた。
亜人の私の耳は聞こえ過ぎて、かなり離れていないと聞こえてしまう。
廊下でユウトさんが姫望さんに慰められている声も、聞こえていた。
でも、私には何も出来はしなかった。
知りもしない者が、どんな顔をして何が出来る・・?何が言える・・?
私には、私にだけは、そんな資格も権利も無いのだ・・・。
いつか消えて無くなる、『かぐら』さんが戻るまでの繋ぎ でしか ないのだから・・。
「分かったわ。何とかしてみる・・!」
「さすが お姉さまですっ・・♪」
・・・・恐い。
姫望さんの中の『華夜』という女性は どのくらいの人物なのだろう・・。
でも・・・私みたいな空っぽ を頼ってくれる『妹』の為に、『姉』として頑張らなくては・・と思ってしまうのだ。
「ユウトさんには内緒よ?姉妹の約束ね?」
「はい♪」
憑き物が落ちた様な晴れやかさで帰っていく姫望さんの姿に、胃の辺りがキリキリする。
・・・・善は急げ、よね。
携帯端末を取り出し、登録したいだけ登録出来るという中に数件だけ登録された名前を探す・・・。
モニターの呼び出し画面に表示される名前は、『悠翔 (ユウト)』。
「・・・・・」
呼び出しにタッチするのに、少し躊躇してしまった。
■
■
そっと入ったりしなければ良かったかもしれない。
だって・・そうすれば、あんな事・・聞かずに済んだかもしれない・・。
『勝てたら、また私の体を好きにして良いわよ』・・・?
・・・『また』?
・・・・・『私の体を好きにして』?
・・・え?
・・・。
ユウトくんと ゆいさんが知り合いなのは知ってた。
ユウトくんが助かったのは ゆいさんのおかげ と言って間違いないと思う。
あの時、必死に這い出た私に出来たのは、ゆいさんの足にすがり付いて助けを求めるだけだった。
ゆいさんが連れて来たのが、記憶を失う前の お姉さまだった。
お姉さまは、あの『普通じゃない狩人』を連れて来てくれた。
あの狩人に抱えられ、気付くとゲート前に着いていた。
急いで運び込まれたユウトくんと一緒にゲートに入った私が最後に見た『かぐら』さんは、ユウトくんを見つめていた。
心配とは違う。不安とも違う・・ただ『想う』眼差し・・。
『かぐら』さんがユウトくんの事で自分を責めていたのは見た。それに、聞こえていた。
『あんなこと言わなければ』
『私と出会わなければ』
『私なんか』
『私なんかと』
『私なんかを』
『私なんかが』
かぐらさんは ただひたすらに、自分を責めていた。
『中』で、かぐらさんが重体だと知った時には、ただ納得した。
ゲートの外で動かずに、運び込まれるユウトくんを見ていたかぐらさん。暗闇の中に立っていたからだけでは無い何か・・暗闇が まとわりついていた様に見えた。
ユウトくんに酷い事をした男達は、かぐらさんが命と引き換えに殺し尽くしたという。
この先の受け入れで、あの時の男達が入って来る事も、顔を会わせる事も、二度と無いんだ。それは安心した。
そんな安心も、かぐらさんが自分を責め尽くしたのも、ゆいさんが関わっている。
でも、ゆいさんとユウトくんを繋いで考えた事は無かった。
・・・ゆいさん。
私が知る『ゆいさん』は、ただ・・ただ、ただ、ただ『かぐらさんだけを』見ている人だった。
かぐらさんから華夜お姉さまに変わっても、ゆいさんの接し方だけは変わらなかったと思う。
そんなゆいさんと?
・・・ユウトくんが・・?
ユウトくんは自分が言われたと思ったみたいだけど、そっと入った時から ゆいさんには気付かれていた。
あの言葉も、ユウトくんの後ろに立っていた私に向けられていたんだと思う。
・・・・。
私は5回も告白して、5回とも断られてる。
お付き合い以前の問題と言っていい。
なのに、ユウトくんと ゆいさんは・・・。
ゆいさんは・・・ユウトくんと・・・。
すぐにでもユウトくんに確かめたい・・。
私はダメなのに、ゆいさんは良いの?って。
でも、そんな事 聞いたら『重い女』だと思われるかもしれない・・。
お付き合いもしてないのに彼女気取りかよ、って 鬱陶しく思われるかもしれない・・。
何度告白を断られたって、朝一番に寝起きの顔を見れるのも、寝る前の顔を見れるのも、私だけの特権。
聞こうとして嫌われでもしたら、それすら無くしてしまうかもしれない・・。
怖くて・・・聞け、ない・・。
■
「ゆい」
「・・なに」
「さっき・・、見てたって言ってたよな」
「・・ええ。それが?」
「何で、かぐ姉じゃなくてオレだったんだ・・?」
ゆいは いつも、かぐ姉の傍に居た。居ない様に見えても、いつも かぐ姉の役に立とうとしていた。
そんな ゆいが、オレの近くに居た。
「・・・想像くらい つくでしょ?」
「・・・・かぐ姉か」
「そうよ」
「・・そっか・・」
独り立ちしたつもりだったけど、かぐ姉が守ってくれてたんだな・・。
顔を上げて見た ゆいの目は、「そんな分かりきった事を聞くな」と責めていた。
「・・ユウト」
「ん?」
「まず、ひとつ。次からは、普段出掛ける時とかの格好で来なさい」
「?」
「今日みたいな『トレーニング用』に慣れてたら、普段なにかあった時に咄嗟に動けないわよ?」
「・・なるほど・・。それで、あの格好だったのか・・」
今は着替えてるけど、さっき特訓中・・ゆいは ずっと『ブラウスとキュロット(と丸見えのブラ)』だった。
「普段からの心構えが大事なのよ。・・・特に女はね」
ゆいの目が ひなに向いた。
何も言わなかったけど、ひな には通じたんだと思う。
ゆいを見る ひなの目は真剣だった。
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「ぁー・・早く帰って着替えたいわ・・またユウトに びちゃびちゃにされたし・・」
小さく言うゆいさんの手はお尻を擦っていて、ジャージの中の下着を気にしている。
ユウトくんには聞こえないくらい小さい声・・でも、亜人である私にはハッキリ聞き取れる声・・。
・・バカにしてるのかな・・。
・・ケンカ売ってるのかな・・・。
何度も何度も何度も何度も告白に失敗した女に、「私の方がすごい」って嫌味なのかな・・!
「・・ゆいさん」
「・・・なに」
「私も訓練に参加させて・・!」
「お断りよ」
時系列がバラバラに入り組んでて分かりずらいかも・・。
初見の方が ほとんど全てだと思うので・・「■」毎に別人視点に切り替わっています。