番外編 2 そんな1日/ユウトと姫望と華夜の、複雑な 一時
「わー・・流石 お姉さま♪スタイル良いですね♪」
「そうかしら・・?姫望ちゃんの方が、スタイル良いんじゃない・・?」
「いえいえ・・いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ・・滅相もないですっ・・///」
「謙遜し過ぎよ・・姫望ちゃんと比べて、やっぱり私、少し垂れてるなぁ・・」
「いえいえ、そんなっ!それだけ柔らかいって事ですよっ・・!羨ましいです・・!」
「もぉっ・・からかわないのっ・・///」
「ぃぇぃぇ・・///」
「・・・///・・・ところで、着け心地は どうかしら・・?」
「はいっ、すっごくフンワリ包み込んでくれます・・♪」
「ユウトさんを悩殺出来たら良いわね・・♪」
「・・///」
その日、華夜は、行きつけのランジェリーショップの新作が とても着心地良く、自分を姉と慕う姫望の分を購入して、姫望とユウトが住む部屋に立ち寄ったのだった。
インターホン越しに、華夜が来た事を知り、姫望は喜んで解錠。
あと数分で華夜訪問となり、肩をポンポンポンポン焦って叩くユウトの方を振り返って、姫望は青ざめた。
急いでユウトを隠し、「今は出掛けている」事にしようとなったのだが・・・。
「・・・」
ユウトは とても辛い場所に居た。
姫望と華夜が着替える衣擦れの音と、聞いては ならないのでは ないかと思う女子トークが聞こえる。
いま、ユウトが居るのは、ベッドの下だ。
それも、姫望の部屋の、姫望のベッドの下。
ベッド下から見える、2人の足や、時折チラリと見える衣類。
とてもとてもマズイ状況だ。
望んで こんな状況になった訳では無い、決して。
お風呂上がりに、洗濯機の近くに落ちていた姫望の下着を届けに姫望の部屋に来たのだ。
その時、首からタオルを掛けただけでトランクス1枚のまま向かった自分の迂闊さを許さない、とユウトは悔やむ。
整理するとだ。
現在のユウトは。
同居する同年代の美少女の部屋の中、ベッドの下に、下着姿で、更には返しそびれたままの女性下着を所持したまま。
誰がどう見ても、同居する美少女の下着を漁りに来た後に苦し紛れに隠れた変態ではないか。
何としても、隠れ切らないと ならなかった。
しかし、このミッションの難易度は生半可なモノでは無い。
結城華夜その人は、猫型の『亜人』なのだ。
頭上で存在感を主張する猫耳は飾りなどでは無い、人間の可聴域を遥かに超えた音域を聞き取る精度を誇る。
スゥッと通った可愛らしい鼻筋だって、ただ美しいだけでなく、その気になって集中すれば、人間の何倍もの匂いを正確に嗅ぎ取る。
皮膚感覚の鋭敏さだって、屋外であっても かなりの鋭敏さなのだ・・密閉された室内など、直に触れているかの様に感じ取るだろう。
あと、姫望は知らないしユウトも知ってはいる だけだが・・『外』で命懸けの死線を掻い潜って生存して来た『かぐら』の感覚は、『華夜』に確実に受け継がれている。
ましてや、『男』を憎悪していた『かぐら』だ。
『男』であるユウトの気配を感じ逃す事など、残念ながら無いのだった。
「『お姉さま』として少しは良い事が出来たかな♪」と少しテンションの高くなっていた華夜は、着ていたニットワンピを脱ぎ、着用感や見た目を見せていた。
キャミソールだけ脱いで、華夜から貰った新作ブラの着用感を確かめる姫望は、裸なのは上半身だけだ。
息を殺し、身体の全てを一切動かさない様にと細心の注意をしていたユウトにとって、
憧れの女性である『かぐ姉』と、どんどん日増しに意識していっている自覚のある姫望の、自分が居たら決してしないだろう『女子トーク』。
聞いてはダメだと分かってはいるのだが、つい聞き耳を立ててしまう。
聞いてはいけないとは分かっているのだが・・・。
その時だ。
ベッド下のユウトの視界に、何かが入り込んだ。
「?・・・っ!」
ブラだった。
しかも、黒。
姫望と交代で洗濯当番を代わっているユウトは知っている。
『乾いた洗濯物を畳んでタンスに しまう』までが洗濯当番だ。
その為、知っている。
姫望の持つ下着に、『黒』は、無い。
ついで、落としたブラを拾う為に、落とした人物の膝が床に付く。
ユウトの視界に、オヘソから下の下着姿の下半身が、至近距離で映り込んだ。
「~~~っ!」
■
?
気のせいかしら・・。
室内はもちろん、周りを見渡しても、声が聞こえた気がした人物の姿は無い。
まぁ、それはそうなんだけど。
いま、この室内に居るのは姫望ちゃんと私だけだ。
それに、2人共・・特に自分は、完全に下着姿だ。
声が聞こえた気がした人物のユウトさんは年頃の男の子で、年下の未成年とはいえ・・この姿を見られるのは恥ずかし過ぎる。
「ぉ、お姉さまっ!もう1度、クルッと回った姿が見てみたいです・・!」
ベッドのすぐ横にしゃがんでいた華夜を姫望が引っ張り、立たせた。
■
お姉さま・・決して、決して・・ユウトくんに気付かないで下さい~・・っ!!
ユウトくんが出て来ざるを得ない状況になれば、お姉さまの下着姿がユウトくんの目に入ってしまう・・!
私の下着姿だと無反応のユウトくんも、お姉さまの下着姿には きっと反応してしまうっ・・!
それは嫌だ・・っ!!
もし、「ひなは出てってくれる?3時間くらいで良いからさ・・」とか言われたら、立ち直れないかもしれない・・・。
「・・」
私がワザと下着を置いてきたばかりに、優しいユウトくんが変態扱いされかねない事態になってしまった・・。
お姉さまが私にプレゼントしてくれた事は凄く嬉しい。
普段だったら、姿見の前で何時間でも見ていられたと思う。
ただ、今は複雑だ・・・。
ユウトくん・・もう少しだけ、そこでガマンして・・!
■
「・・」
不自然な様子の姫望ちゃんは、少し前から、私とベッドの間に陣取っている。
その理由に気付いてしまった。
集中すれば、姫望ちゃんの後ろのベッドから人の気配がする。
しかし、ベッドの上の布団はペッタンコで。
ベッドの下には隙間が見え、人間1人くらいなら入り込めそうだ。
・・・。
居ないのに、まるで居るかの様に匂いを感じる人物にも心当たりがある。
「・・・姫望ちゃん。良かったら、教えてあげたいお菓子のレシピがあるの。姫望ちゃんが作ればきっと、ユウトさん喜んでくれるわよ♪」
自然な素振りでニットワンピを着直し、さりげなく場所を替える事にした。
キッチンに移動した後、閉めたドアの向こうで物音がしたが、
華夜は 気付かない素振りで通した。
■
閉めたドアの向こうの音は多分、ユウトくんが私の部屋から自分の部屋に移った音だと思う。
「お姉さまっ、どんな お菓子なんですか・・?」
「ええ、その お菓子はね・・」
■
「どうかしら・・?」
「はいっ、すっごく美味しいです・・♪」
「そぅ・・良かったわ・・♪」
テーブルの上のお皿には、作ったばかりで まだ温かいお菓子が乗っている。
指先で摘み、少しずつ食べる姫望ちゃんの姿は可愛らしい。
でもね・・・でもね、姫望ちゃん・・。
・・・このテーブルには、イスが4脚並んでいるわよね・・。
真横でイスをピッタリ付けて、更には腕を私に絡めたまま、というのは・・。
物凄ーーーく・・食べずらいんじゃないかしら・・・?
■
「お姉さま、今日は色々と ありがとうございます♪すごく嬉しかったです・・♪」
「ぅぅん・・大した事は してないわよ・・」
「いえいえ♪」
「じゃ、ユウトさんに宜しくね・・♪」
「はい、伝えておきます♪きっとユウトくん、すっごく喜ぶと思います♪」
「・・。じゃ、またね・・♪」
「はい、また・・♪」
お姉さまが乗ったエレベーターが降りて行った。
「ユウトくん・・!」
急いで戻ると、部屋着のユウトくんがリビングでテーブルに突っ伏していた。
「ごめんなさいユウトくん!私のせいで・・!」
「いーよ・・大丈夫・・・それに、オレこそ謝らないと・・・」
「ぇ」
「かぐ姉との時間だったのになー・・オレが居なきゃ楽しい時間だったハズなのになー・・・」
「違うよ、ユウトくん・・!」
「?」
「あの時、私が『隠れて』って言わなきゃ、ユウトくんだって お姉さまと過ごせたのに・・!」
「ぃゃー・・・オレ・・パンツ1枚だったじゃん・・」
「お姉さま大人だもん、きっとスルーしてくれたよ・・!」
「たはは・・ソレはそれで、何か悲しいなー・・」
■
「そういう事だったのね・・」
姫望とユウトの部屋を出た華夜は、エレベーターが降りて行くまで待ってから戻った姫望がドアの中に消えた後に、ドア前まで戻って来ていた。
集中すれば、ドア越しであっても室内の物音や会話など聞き取れる。
明らかに挙動不審だった姫望や、何故か姫望のベッド下で気配を殺そうとしていたユウト。
普段の2人と違う様子に、まさか強盗でも潜んでいたのではあるまいか・・と戻って来たのだ。
タイミングが悪過ぎた、ただ それだけの話だった様だ。
安心して改めて帰路に着いた華夜だったが、
ふと、とある可能性に思い至った。
もし、『男女の営み』の最中だったのならば・・と。
姫望は自分を過剰に慕ってくれているし、ユウトなどは間違いなく自分に異性としての好意を向けてくれていた。
そんな2人が、『華夜が訪れた』という状況を居留守で やり過ごす事は無いのでは無いか・・。
先程、ドア前で耳に集中したが・・もしかしたら、男女の睦事を聞いてしまう事態になっていたかもしれない・・///
あくまで想像でしか無いが、可能性はゼロでは無い。
華夜の顔が弱冠赤く見えるのは、天蓋からの『夕陽』のライトアップだけでは なかったかもしれない。
「・・次は、前もって連絡してから行こ・・・」
ボソッと呟かれた華夜の言葉を聞き取ったのは、60メートル程 後ろで『護衛』していた ゆい だけであった。
実はベランダに(勝手に侵入して)居て、ある程度は事態を把握していた ゆいから、ひと言洩れた。
「・・・ヘタレね、全員」