キサの服
「ムツー」
日曜日の夕方、階下で母親の呼ぶ声がしたので半ばめんどくさいな、と思いながら下に降りて行った。
午前中部の対抗試合があったから、朝早かったので、自分の部屋のベッドでうたた寝をしてしまったので、ボーッとしたまま、母親のところに行くと、母親は一冊の料理本を私の前に出した。
「これを石井さん家に届けてくれないかしら?」
石井さん家とは、大ちゃんの家である。
うちの親と大ちゃんの親は親しい仲だ。
「は?何で?」
「石井さんの奥さんに貸す約束しててすっかり忘れてたの」
「自分で行けばいいじゃん?」
「そう思ったんだけど、お母さんこれから夕食の用意しなきゃで…で、夕食の事考えてたら、あ、料理本貸さなきゃって思い出したの」
マイペースと言うか何というか…。
「どうせあんたヒマでしょう?」
親のこの『ヒマでしょう?』と言う言葉にはカチンときてしまう。
いつでも子供はヒマだと思っている親のこの言葉、他意は無いのだろうけど、ちょっとムッとくる。
大ちゃんの家は行きたいけど、その言葉に反抗を込めて言ってみた。
「キサは?」
「キサは友達とカラオケに行ったわよ」
友達とカラオケ…。
まさか大ちゃんと一緒じゃ無いよね?
いつも大ちゃんと行く時は私も誘ってくれるから、そんな事無いって分かってるのに、疑心暗鬼に陥る。
本当最近の私可愛くない。
「ふぅん、仕方ないな、行ってあげるよ」
私は料理本を手に取り、一度自分の部屋に…如月の部屋に入り、キサの服を物色する。
好みが全く同じなんだから、服だってほとんど似た物ばかりだけど、それでも、私っぽい、如月っぽい、服は何着かはある。
その中でも、一番如月っぽい服を探してそれを着て、家を出た。
大ちゃん家は歩いて数分の距離にある。
鮮やかな青色をした一戸建てのお家。
『あの、桜川ですが』
チャイムを押してそれだけ言ってしばらく待っていると、出てきたのは大ちゃんだった。
ジャージ姿の大ちゃんが後頭部を掻きながら門を開けた。
そんな大ちゃんを見て、安心する自分がいた。
「お袋、今出掛けてんだけど…」
「そっか、じゃ、これおばちゃんに渡しといて」
「ああ。てか、お前何でキサの服着てんの?」
……ばれてる…。
親でさえたまに私たちを間違える事あるのに、さすが…。
でも、それって、やっぱり、大ちゃんが如月の事を好きだからじゃないのかな?
チクン。
胸が針にでも刺されたように地味な痛みを感じる。
「…よく分かったね…」
「はぁ?そりゃー、ガキの頃からずっと一緒にいるんだから分かるに決まってんだろう」
本当にそれだけ?
そんな事聞けない。
「で、何でキサの服なんて着てんの?」
「それは…」
口ごもってしまう。
そんな事言える筈ない。
「あぁー、何で?」
「大ちゃんはキサの服装の方が好きかな?なんて…」
「はぁ?何言ってんの?訳分からん」
意味分からないと言うように大きな欠伸をした。
でも、私は知ってるんだよ。
前に如月がこの服を着て大ちゃんに見せた時、大ちゃんが言った言葉。
『その服なかなか似合ってんじゃん』
あの言葉を隣で聞いてた私がどんな思いだったか…。
きっと大ちゃんには分からない。
私にはそんな事言ってくれた事無いのに…。
「お袋、こんな料理本借りたって無駄になるぜ。料理なんてほとんどしないから…あ、それならお前ら二人も変わんねーか?」
「ひどーーーい」
「だって、お前ら二人の作る弁当…あれひでーよな」
うっ…。
それを言われてしまうと何も言い返せない。
私たち二人は家庭科が大の苦手で、特に料理なんてもってのほかだった。
「…大ちゃんもやっぱり料理の出来る女の子がいいよね?」
「あー?まぁ、出来る事に越した事はねーが、まぁ、女は胸だろう!」
その後、私の拳が炸裂したのは言う間でも無い。