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The End of The World 〜休日〜  作者: コロタン
9/15

第9話 守りたいもの(前編) ~酒井 寛治~

今回は少し長めの話になったため、前後編に分けさせていただきました・・・短編とは何ぞや?

 「酒井君、ちょっと良いかね?それが済んだら少し話があるのだが・・・」


 「では、後程お伺いします」


 私が機材のチェックをしていると、艦長の田尻から呼び出しを受けた。

 私は艦長に手短に答え、急いで機材のチェックを進める。

 今、私が副艦長を務めているヘリコプター搭載護衛艦は、点検のためドック入りをしている真っ最中だ。

 この艦は、海上自衛隊が保有しているヘリコプター搭載護衛艦の中でも最も新しいものではあるが、稼働率が異常なほどに高い。

 そのため、一度ドック入りするとかなりの日数を要することが多々ある・・・。

 問題が見つからなければ良いと願ってはいるものの、なかなか思うようにはいかないのが歯がゆい。

 我々には休んでいる暇などないというのに・・・。

 

 「酒井です、機材のチェックが終わりましたので伺いました」

 

 「あぁ酒井君か、入ってくれ」


 私は機材のチェックを済ませ、艦長室へと赴いた。

 部屋に入ると、艦長は書類整理の真っ最中だった。


 「呼び出したのに申し訳ないが、少しだけ待っててもらえるかな?」


 「はい」


 私は短く返事をし、艦長の視界に入らない場所で立ちながら待つことにした。


 「くくく・・・相変わらず君は真面目だな。

 椅子に掛けてお茶でも飲んでいてくれてかまわないよ」


 艦長は私を見て苦笑し、手にしていた書類の束を机の上に投げた。

 邪魔をしてしまったのかもしれない・・・。


 「申し訳ありません・・・」


 「いや、真面目なのは良いことだよ。

 ところで、君には明日土曜日から1週間の休暇を取ってもらおうと思っているんだ」


 私が謝ると、艦長はにこやかに笑って手を振り、カレンダーを見ながら私に休暇を言い渡した。


 「休暇ですか?特に疲れているわけでもありませんから必要はないかと・・・」


 私が遠慮がちに答えると、艦長は苦笑してもう一度カレンダーを見た。


 「君、今自分が何日間連続で勤務しているか知ってるかね?」


 「いえ・・・意識しないようにしておりますので」


 私は極力休暇を取らないようにしている・・・今もまだ助けを待っている人たちがいるかもしれないのに、自分が休んでいる暇など無いと考えているからだ。


 「ふむ・・・まぁ、言ってしまえば今日で2か月と13日だよ。

 ブラック企業も真っ青の過剰勤務だとは思わないかね?」


 「はぁ・・・そんなにでしたか・・・」


 「いやいや、もうちょっと反応を返してくれると助かるんだがね・・・。

 上からも色々と言われているんだよ・・・やれ有給消化率がなんだとね。

 君は真面目なのは良いが、君に倒れられては私が困る・・・君は私の補佐をしっかりと熟してくれているのは有り難いが、自分に厳しすぎる・・・井沢君のようにね」


 艦長は井沢 誠治の名を口にした・・・井沢 誠治は、私にとっては耳慣れた名だ。

 ただ、それだけでは無い・・・その男は、平和な日常が終わりを告げたあの日以来腐りかけていた私の心を、再度奮い立たせてくれた人間だ。

 私は彼に初めて会った時、自分の無力さを呪っていた・・・国、そして国民を守るべき存在でありながら、国民を見捨ててしまったことに怒りを覚え、上の決定に従うしかない我々自身に失望していた・・・。

 そんな私を目覚めさせてくれた男が井沢 誠治だ。

 家族を愛し、仲間を愛し、そして・・・自分の人生を諦めていた男。

 私は彼に出会い、これ以上彼のような存在を生み出してはいけないと思った。

 だからこそ、休みなど取っている暇はない・・・そう思っている。


 「それでしたら、艦長も長い事休暇を取られてらっしゃらないのでは?私は大丈夫ですので、艦長こそ休まれてはいかがでしょうか」


 私が返答すると、艦長は困ったような渋い顔をした。


 「むぅ・・・それを言われると困ってしまうな。

 だが、私はまだやり残した仕事も残っているからな・・・この艦で休暇を取っていないのは、あとは君と私だけなんだよ。

 そうだ、なんなら久しぶりに仕事ではなくプライベートで井沢君の所に行ってみてはどうかね?

 先日陸自の櫻木一尉から聞いたのだが、明後日の日曜日に井沢君の娘さん・・・千枝さんの通っている小学校で運動会をやるそうだよ。

 君は井沢君のご家族とも懇意にしているようだし、見に行ってみても良いのではないかね?」


 私は、有難いことに井沢とは非常に親しくさせてもらっている・・・下の名前で呼ばせてもらうくらいには気を許してもらっている。

 井沢の奥さんである美樹や、娘の千枝にとっては、愛する夫、父を危険な仕事に就かせる悪魔と思われているかもしれないと思っていたが、そんな事は無くいつも快く迎えて貰っている。

 有り難いが、非常に複雑な気持ちだ・・・だから、私は呼ばれた時以外は極力顔を見せないようにしている。

 本当はもっと会いに行きたいとは思うのだが、いらぬ誤解を与えてしまいかねない・・・。

 それにしても、このご時世に運動会をするというのはどういう事だろうか?

 見に行きたいとは思うが、そこが腑に落ちない。

 

 「このご時世に運動会ですか・・・」


 「今だからこそなんだよ酒井君・・・。

 あの日以来この国には前ほどの余裕はなく、暗い話が絶えない・・・それでも皆一生懸命頑張っているんだ。

 だが、現状は生活は苦しく、娯楽は限られ、ただ毎日を生きるしかない・・・それではあまりにも辛いだろう。

 それは、子供たちならなおさらだ・・・辛い思いをしているからこそ、少しでも良い思い出を作って貰いたいじゃないか。

 これは、井沢君が小学校側に提案したことだそうだよ。

 そして、自衛隊にもその手伝いをして欲しいと要請が来たらしい・・・運動会の間、近隣の警備を手伝うというものだ。

 上は二つ返事で了承したそうだよ・・・そうすることで、民間と自衛隊の間の軋轢をさらに解消することに繋がるからね。

 今後、四国や北海道でもそのように民間との交流を増やしていければと考えているそうだ。

 今回は、陸自から20名ほど有志を募って送る手はずになっているそうだよ。

 櫻木一尉と玉置二尉は率先して立候補したそうだが、恐らく彼らはただ井沢君の所に行きたいだけだろう・・・だから、折角だし君も一緒に行ってくると良い。

 出来れば、井沢君の様子も見てきて貰えるとたすかるのだが・・・」


 艦長は笑みを浮かべて私を見る。

 このように言えば断らないだろうと思っているらしい。

 まぁ、その通りなのだから何も言い返せないのだが・・・。

 私も先日、井沢が起こしてしまった問題を耳にした・・・やはりこうなってしまったかという思いで眩暈がしてしまった。

 正直、すぐにでも彼に会いに行きたかったが、忙しさもありなかなか機会が無かった。

 休みを利用して彼の様子を見に行くのも良いかもしれない。


 「わかりました、そういう事でしたら明日から休暇を頂きます。

 艦長からは彼に何か言伝などは御座いますか?」


 「そうだな・・・では、この書類を彼に渡してくれ。

 一応君も中身を確認してくれ・・・ただ、これは決定事項だと伝えておいて貰えたら助かる」


 私は預かったA4サイズの封筒を開け、中の書類を確認する。

 中には2通の書類が入っており、1通は吉報だった・・・まだ完成品とは言い切れないが、ワクチンの精製に成功したという物だ。

 ワクチン精製には、先日の作戦で救助した少年の協力が不可欠だった・・・。

 その少年は、奴等に噛まれてなお転化せず、今までと変わらず生きていたのだ。

 その少年の存在は他国から狙われる危険があるため極秘とされているが、木を隠すなら森の中・・・現在は井沢の家族である瀧本が引き取り、ごく普通の生活を送っている。

 そして、もう1通の書類に目を通して私は愕然として艦長を見た・・・艦長は俯き目を伏せている。


 「これを彼に伝えろというのですか・・・」


 「上の決定だ・・・正直、こうせねば彼の負担は減らせないのだよ」


 艦長は目を伏せたままだ・・・だが、握られた拳は震えている。

 私と同じく艦長も許せないのだろう・・・。


 「わかりました・・・彼がどう判断するかはわかりませんが、これが彼のためになると言うのなら」


 「せっかくしっかりとした休みをと思ったのだが、これは彼と親しい君からとの上からの指示でね・・・苦労をかけてすまないな」


 「いえ、艦長はお気になさらないでください・・・」


 私は艦長に一礼して部屋を出る。

 ここまで気が進まないのは、井沢と初めて会ったとき以来・・・いや、もしかしるとあの時以上かもしれない。

 私はその後の仕事が手に付かず、部下に呆れられてしまった・・・人の気も知らないでとも思ったが、ミスはミスだ。

 そして、勤務が終わり帰宅してからも妻に何度となく注意されてしまった。






 翌日、休暇1日目の朝が訪れた・・・。


 「あなた、明日は出かけられるんですよね?」


 元自衛官の妻、小夜子さやこが掃除機をかけながら私に聞いてくる。

 私はリビングのソファーに座り新聞を読んでいた。

 せっかくの休日だが、やることは殆どない・・・妻の手伝いを申し出たが、昨日の私を見ていたせいでキッパリと断られてしまった・・・。


 「あぁ、初めて休暇を利用してこちらから誠治君の所に行ってみようと思ってるよ・・・なんなら君も一緒に行くかい?

 君はまだ誠治君や彼のご家族に会ったことが無いだろう?」


 妻は掃除機を止め、考え込む。

 

 「一度はお会いしてみたいとは思いますけど・・・私が行って迷惑にならないかしら?」


 「連絡しておけば大丈夫だと思うが・・・誠治君も一度君に会ってみたいと言っていたからね」


 私が答えると、妻は明るい顔をした。

 私は以前から井沢の家族の事を妻に話していた・・・子供好きな妻は、一度で良いから井沢の子供達に会ってみたいと言っていたのだ。

 もし井沢が許可してくれるなら、是非連れて行ってやりたい。

 私が休みを取らない分、妻にはいろいろと苦労を掛けてしまっている・・・もう少し家族を大切にしなければと今更ながらに思ってしまう。


 「ならお願いできますか?ぜひ井沢さんの子供達に会ってみたいわ!」


 「わかった、なら今から連絡をとってみるよ」


 私はソファーから立ち上がり、固定電話の前に立って井沢の家の電話番号を検索し始めた。

 すると、家の外で車が停車する音が聞こえ、その後ドアの開閉音が2度ほど鳴った。

 

 「私に急用かな?」


 現在、車を使っているのは自衛隊や警察、公共交通機関のみとなっている。

 中東諸国からの燃料の確保が難しいため、一般への燃料の供給は停止されている状況だ。

 国内でも北海道などに油田はあるが、産出量が少ないためどうしても制限せざるを得ないのだ。

 そんな中、私の家の前に車が来るということは自衛隊以外ありえない・・・。

 急な任務だろうか?

 私が受話器を置いて玄関に向かうと、インターホンが鳴った。


 「酒井二佐、いらっしゃいますか?櫻木です」


 「なんだ櫻木君か、どうかしたのかい?」


 私は玄関を開けて櫻木一尉を迎え入れる。

 彼の後ろには玉置二尉の姿も見える。

 玉置は私と目が合い、敬礼している。

 私は休暇中なのだから別に畏まらなくても良いのだがと思いつつ答礼した。

 

 「いえ、田尻艦長から酒井二佐も井沢さんの所に行かれるとお聞きしましたので、お迎えに上がりました!」


 そういえば、艦長から櫻木や玉置も行くと言われていたのを思い出したが、まさか迎えに来るとは思ってもいなかった。


 「え・・・誠治君の所の運動会は明日だろう?」


 「我々は警備の手伝いですからね、今日から行って打ち合わせをするんですよ。

 それでそのことを今朝井沢さんに話したら、泊まりにおいでよと言われまして、酒井二佐も行かれるのならどうかなと思いましてですね」


 「櫻木君、私も連れて行って貰えるのは有り難いのだけど、誠治君の許可は貰ったのかい?」


 「え・・・大丈夫だと思いますよ?」


 「はぁ?あんた確認してなかったの!?」


 私は彼の言葉を聞いて肩を落とした。

 玉置もそれを聞いて呆れている。 


 「櫻木君、ちゃんと許可を貰わないと迷惑になってしまうだろう?

 私の妻も行ってみたいと言っているのでね・・・流石に泊まらせて貰うわけにはいかないよ」


 「なら確認してみましょう!井沢さんなら二つ返事で良いって言いますよ絶対!!」


 確かに井沢なら言いそうではあるが、櫻木の自信は何処からくるのだろう・・・。


 「わかったよ、ちょうど電話をするところだったから聞いてみよう・・・二人とも中に入りなさい。

 折角だから準備が出来るまでゆっくりして行くと良い」


 私は二人を中に招き、リビングに向かった。


 「あら、お客様ですか?」


 「あぁ、彼らも誠治君の所に行くらしくて迎えに来てくれたんだ。

 ただ、彼らは誠治君の家に泊まらせてもらうらしくてね・・・君が一緒に行くことと、前日から行っても良いのか確認する間待っててもらおうと思ったんだよ」


 「初めまして、酒井二佐にはいつもお世話になっております!私は櫻木、向こうは玉置です。 

 奥様も元自衛官とお聞きしておりますので、色々とお話を伺えれば嬉しく思います」


 櫻木と玉置は妻に対して敬礼する。

 妻が苦笑しながら答礼しているのを見て少し笑みがこぼれてしまった。

 

 「あらあら、答礼なんていつ振りかしら・・・寛治の妻、小夜子と申します、よろしくお願いしますね。

 立ち話もなんですし、今お茶を淹れますから掛けてください」


 「あぁ奥様、お構いなく!」

 

 「いえいえ、私もあなた方の事は夫から聞いていましたので、是非お話してみたと思っていました。

 準備もありますから、その間ゆっくりなさってくださいな」


 妻は二人をソファーに座らせるとお茶を淹れるためキッチンに向かう。

 玉置が慌てて止めようとしたが、妻はそのまま行ってしまった。


 「優しい奥様ですね・・・酒井二佐、どうやって口説き落としたんです?」


 櫻木が私に小声で話しかけてきたが、その質問には答えるつもりはない。

 恥ずかしいからに決まっている。


 「櫻木君、私が手の内を明かすと思っているのかね?」


 私がそう答えると、櫻木はしょんぼりとしていた。

 隣の玉置はおかしそうに笑っている。

 正直、私はこの二人はお似合いだと思っているのだが、なかなかどうして距離が縮まらない。


 「では、少し待っててくれるかね?」


 「はい、では奥様からどうやって口説かれたのか聞いておきます!」


 「櫻木君、やめておきなさい・・・この先は言わなくても解るね?」


 「・・・はい」


 櫻木は顔を引きつらせて返事をした。

 私はそんな櫻木を見て笑いながら受話器を取り、再度井沢家の電話番号を検索し、電話を掛けた。

 

 『はい、井沢です!』


 3回ほどコール音が鳴った後、元気な声が聞こえてきた。

 これは千枝の声だ。


 「こんにちは、酒井です・・・やぁ千枝ちゃん、元気にしてるかな?」


 『あ、酒井さんだ!こんにちは、私は元気です!!今日はどうかしましたか?』


 千枝は大きな声で答えてくれる。

 初めて会った時は兄の死でふさぎ込んでいた彼女が、今はこうして元気に暮らしてくれていることが無性に嬉しくなった。


 「私も明日千枝ちゃん達の運動会を見に行くことになってるんだけど、今回は妻も一緒なんだが今日からそちらに行っても良いものかと思ってね・・・お父さんかお母さんは居るかな?」


 『え!酒井さんも来てくれるの?やったー!!

 ちょっと待ってて下さい・・・お母さーん、酒井さんから電話だよー!』


 千枝は喜んでくれているようだ。

 こうして喜んでもらえると正直嬉しくなる。


 『はい、お電話変わりました!酒井さんも今日から来られるんですか?』


 受話器から若い女性の声が聞こえてきた。

 井沢の妻、美樹だ。


 「あぁ、そういう事になってしまってね・・・本当は明日伺うつもりだったんだけどね、櫻木君と玉置君が迎えに来てくれたんだよ。

 それで、そちらの方に今日からでも泊まれる旅館かホテルはあったかなと思ってね・・・」


 『それなら是非家に泊まってください、誠治さんも喜びますから!』


 美樹は即答した・・・井沢と言い美樹と言いなぜこうも人を泊まらせたがるのだろうか・・・。


 「いや、流石にそれは・・・今回は妻も一緒だから、櫻木君達と一緒だと4人になるんだ」


 『大丈夫です!お部屋はご用意出来ますし、千枝もその方が喜びますから!』


 丁重にお断りしようと思ったのだが、彼女の中では決定事項になっているらしい。


 「ははは・・・うん、じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。

 では、準備が出来次第こちらを出るから、昼過ぎには伺えると思うよ」


 『はい、お待ちしてますね!酒井さんの奥様とお会いできるの楽しみにしています!!』


 私は電話を済ませ、受話器を置いた。

 本来なら恨まれていてもおかしくない、自衛官である私にも、彼らは本当に良くしてくれる・・・。

 本当に、優しい子達だ・・・私は少しだけ目頭が熱くなってしまった。

 歳のせいもあるのかもしれないが、彼らと交流していると、何故かそうなってしまうことが多いのだ。

 私は目元をぬぐい、リビングへ戻る。

 

 「あ、酒井二佐・・・どうでした?」


 私に気づいた櫻木が結果を聞いてくる。


 「誠治君はいなかったが、千枝ちゃんと美樹さんが出てくれたよ。

 君の言う通り泊ってくれと言われてね、美樹さんの勢いに負けてしまったよ・・・。」


 「やっぱりね!ほら見ろ玉置、俺の言った通りじゃないか?」


 「結果オーライってだけでしょ?普通は前もって確認するものよ!今朝だって、私が言わなかったら連絡もせずに行くつもりだったんでしょ?」


 「ん?そうだけど・・・だって俺が行ったらいつも泊ってけって言われるし・・・」


 「それはあんたが長居するからでしょうが!」


 二人は口論を始めた・・・私の家なんだけどな・・・。


 「お二人とも仲がよろしいのね!さて、では準備をしましょうか?」


 「あぁ、すまないが二人とももうしばらく待っていてくれ」


 「はい、急ぎではありませんのでゆっくり準備されてください」


 私と妻は、櫻木を絞め落としている玉置に見送られ、自室へと向かった。

 なんというか、本当にあの二人が揃うと騒がしい・・・。

 家の中のものを壊されては困るのもあるが、あまり待たせては申し訳ないので、手早く準備を済ませて櫻木の運転で井沢の家へと出発した。







 自宅を出てから1時間が経過したが、車内は笑い声で溢れていてとても楽しかった。

 話題のほとんどは井沢家とその仲間たちの話だった。

 妻は井沢やその仲間である伊達家の子供たちや、瀧本家に引き取られた貴宏の事を聞いては早く会いたいと言い、櫻木が今まで起きた珍事件などを面白おかしく話しては玉置が突込みをいれ、妻が笑う。

 最初は私と妻の二人だけで行くつもりだったが、こんなに楽しそうな妻の姿を見れたのは櫻木と玉置のおかげだ・・・二人には今度お礼をしなくてはいけない。


 「そういえば酒井二佐、この間の機材に関する井沢さんの報告書は見ましたか?」


 私が楽しそうにしている妻を見ていると、櫻木が私に話を振って来た。


 「いや、私は見ていないが・・・何かあったのかい?」


 私が聞き返すと、櫻木はルームミラー越しにおかしそうに笑っていた。

 機材というのは、井沢が変調をきたした時の物だろう・・・。


 「いやぁ、それがですね・・・もう駄目だしのオンパレードで技術者の中村さんが涙目になってたんですよ!佐藤一佐も報告書を見て呆れてましたからね!」


 「まぁ、私も井沢さんの報告書には同意見でしたけど、もうちょっとオブラートに包むとかすればいいのにとは思いましたね・・・」


 玉置も苦笑している。


 「そこまで言われると気になるな・・・なんて書いてあったんだい?」


 「あ、読んでみますか?面白過ぎてコピー取ってきました!」


 「ちょっと、あんた何してんの!?」


 「公表されてたんだし良いじゃないか・・・」


 報告書のコピーを取って持ってきたなんていう櫻木の問題発言に対し玉置の拳骨が降り注いだが、私は今回は見逃すことにした・・・単純に彼の書いた報告書を見てみたいと思ったからだ。

 まぁ、すぐに破棄すれば良いだろう・・・良いと思う・・・。

 私が報告書のコピーに目を通すと、箇条書きでぎっしりと書かれていた。


 「ふむ・・・映像と動きはリアルだが、緊張感が皆無・・・まず一行目から辛口だね・・・。

 次は、映像では敵を攻撃した時、手に伝わる感触が無いため、力加減などを覚えることが出来ない・・・。

 これは実践を経験してるものでないと確かにわからないな・・・攻撃し、敵に当たれば手に持っている武器に抵抗が加わるのは当然のことだからね。

 特に、囲まれているときに力加減を間違えてしまえば、次の動作への対応が遅れて命取りになってしまう・・・。

 書かれている事は確かに辛口だけど、これは彼の経験に基づくアドバイスでもあるんだろう?

 彼は他の人たちを実戦に送ることを嫌っている・・・もし今後そういった状況になった場合、彼が指摘している部分が現状の出来では、実戦経験を積むには難しく、犠牲者を出してしまう可能性だってある・・・。

 彼はそうならないように敢えて辛口評価にしているように思えるよ」


 井沢の報告書は確かに辛口だが、良い所は褒め、悪い所はどうした方が良いのかなどの改善点も書かれている。

 攻撃時の手に伝わる感触に関しては、ヘッドセットとモーションキャプチャー、FPS視点はそのままに、映像内の奴等の動きに合わせて可動式の的のようなものを用意すればどうか、映像内で奴等に掴まれた場合、掴まれた場所を圧迫するようなスーツを作ればどうかなど、少しでも現実に近い体験が出来るように、極端な例えなどを交えて書かれている。

 正直、こうやって現場に精通している人間の意見というのは貴重なものだ。

 特に彼は近接戦闘特化の人間だ・・・我々自衛隊のように銃火器を使う場合は他の意見も出てくるだろうが、奴等との戦闘は基本的に近接戦闘がメインになる。

 銃火器は音で奴等をおびき寄せてしまうのが原因だ。

 もし彼の出している改善点を克服すれば、近接戦闘においては理想的なシュミレーターが出来上がる可能性は十二分にある。

 

 「技術者の中村さんは最初こそ泣きそうでしたけど、これ読んでさらにやる気になってましたよ・・・。

 正直、自分は良い所と悪い所は解っても説明が出来なかったですし、どうすれば良いかとかの改善点も思いつかなかったんですよね・・・。

 相変わらず井沢さんは細かいところまでよく見てるなと思いましたよ・・・最後はあんなんでしたけど、それまでの短時間でよくここまで思いつくもんですよね」


 「ちょっと櫻木!」


 玉置は肘で櫻木の脇腹を突く。


 「いや、すまん・・・話の流れでついな・・・」


 櫻木はバツの悪そうな顔をしている。


 「私も話は聞いているよ・・・君たちはその時の彼を見てどう思ったんだい?今後どうすれば良いとおもうかね?」


 櫻木と玉置は言い淀む・・・自衛官として、そして彼の友人として、どう答えていいものか悩んでいるのだろう。


 「私の個人的な意見ではあるが・・・私は、これ以上彼を巻き込みたくは無いと思っているよ。

 彼が行っている任務は、本来なら我々自衛隊が行うべきものだ・・・彼が自発的に協力を申し出、そしてその言葉に甘えてしまったからこそ今回のような事が起きてしまった・・・。

 私自身は、今後は彼に頼らず、我々だけで乗り越えていく方向に切り替えていかなければいけないと思っている」


 「ですが・・・九州、四国、北海道での民間との関係はいい方向に向かっていますが、取り残されている人達はどうでしょうか・・・我々が直接赴いて彼等がすぐに救助に応じてくれなかった場合、双方に被害が出る結果にならないでしょうか・・・」


 玉置は遠慮がちに答える。

 彼女の言い分は最もではある・・・実際、井沢に頼らず救出作戦を行った際、救助者に断られた事が幾度となくあった。

 だが、それで本当に良いのだろうか・・・。


 「君のいう事も最もだよ・・・でも、このまま彼に続けさせればそう遠くないうちに最悪の結果が訪れるだろう・・・仮に他の人たちに頼むとしても、結局はまた同じことの繰り返しになってしまうよ」


 「それはそうなのですが・・・」


 玉置は俯いて言葉に詰まる。

 彼女は自衛官としても、人間としても真面目な人物だ。

 どちらの感情を優先すべきかで悩んでいるのだろう。


 「まぁ、今ここで我々がどうこう言っても何も変わらないのだがね・・・結局は上の判断に任せるしかない。

 ただ、間違った選択だけはしないで欲しいと願うほかないね・・・」


 私は、上の出した答えを既に知っている・・・だがそれをまだ二人に伝えるわけにはいかない。


 「ほらほら、暗い表情をしていたら井沢さんに心配されるわよ?あなた達が井沢さんに負い目を感じているのなら、せめてこういった時は楽しませてあげないとね!

 上の人たちがどういう判断をするか分からないのなら、どういう結果であれあなた達が井沢さんの心も命も守ってあげれば良いじゃない?」


 暗い空気を吹き飛ばすように、それまで黙って話を聞いていた妻が手を叩いて笑顔で私たちを励ます。

 

 「ははは、その通りだね・・・よし、暗い話は無しにしよう!」


 「そうですね・・・あ!そうでした酒井二佐!!」


 私が妻の言葉に同意すると、櫻木が何かを思い出したかのように叫んだ。

 隣の玉置は耳を抑えている。


 「全く・・・どうかしたのかね?」


 私も少し驚いてしまい、渋々と聞き返す。


 「いやぁ、俺と玉置は警備で千枝ちゃんと貴宏君の頑張る姿を見れないので、是非写真とビデオを撮ってきてくださいませんか!?」


 「ちょっと、何酒井二佐にお願いしてるのよ!?」


 「いやいや、良いか玉置・・・千枝ちゃん達の頑張る姿を記録してだな、仕事が辛い時に観るんだよ!そうすれば、俺達も頑張ろうって思えるじゃないか!!」


 玉置は八ッとした表情で櫻木を見る。


 「酒井二佐、是非宜しくお願いします!櫻木、後で私の分も焼き増ししてよね?」


 「任せろ・・・標準画質なんてセコイことはしないぞ俺は!」


 「流石ね櫻木・・・そう言ったところは素直に尊敬してあげるわ」


 この二人は言い争っていても、結局は仲が良いようだ。

 私と妻はそんな二人を後ろから笑って見ていた。


 「酒井二佐、お願いできますか?」


 「ははは、そういう事なら任せてくれ!その代わり、私の分も焼き増しを頼むよ!」


 私は二人に笑顔で頷き、その後も井沢家についての話に花を咲かせた。

 

 

 

 


 


 


 


 

 

 


 


 


 

 


 


 


 


 

 


 

 




 

 

 

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