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The End of The World 〜休日〜  作者: コロタン
7/15

第7話 純潔 ~玉置 奈緒~

 「はぁ、気が重い・・・」

 

 私は今、基地内にある体育館の片隅で、パイプ椅子に座りながらうなだれている。


 「おや、玉置二尉がため息とは珍しいですな!」

 

 私のため息を聞いてこちらを振り向いたのは、民間企業の技術者で、今からここで行われるとある実験の発案者兼責任者である中村だ。


 「あぁ、すみません中村さん・・・これから集まる面々を考えると気が重くなってしまいまして・・・」


 「ははは!噂では聞きましたが、井沢さん以外の方々も非常に元気があるらしいですな!」


 中村は、機材のチェックをしながら笑っている。


 「笑い事じゃありませんよ・・・一人だけならまだしも今日は犬猿の仲の二人が揃うんですから、絶対なにかやらかすに決まっています!はぁ・・・なんで私が」  


 私は再度ため息をつきつつ、事の発端である上官との会話を思いだす。




 私は一週間ほど前、部下たちと共に今中村が設置している機材を使用し、その報告のために上官である佐藤一佐のもとを訪れていた。


 『玉置君のチームは、最近調子が良いようでなによりだ』


 私が提出した報告書に目を通し終わった佐藤は、顔を上げて私を見る。


 『お褒めに預かり光栄です』


 『あぁ、そう畏まらなくて良い・・・世間話と思ってくれれば構わんよ』


 私が姿勢を正していると、佐藤が朗らかに笑いながら席を勧める。

 私はそれに従い、一礼して椅子に座った。


 『君は少し前までは尖った印象だったが、最近は下の者からの評判も良いみたいで安心したよ』

 

 『まぁ、最近は積極的に皆と話をするようにはしていますね・・・私一人で戦うわけではないですし、皆の事をもっと知っておいた方が指示も出しやすいですから』


 佐藤は私の答えを聞いて苦笑している。


 『何か心境の変化でも?』


 『そうですね・・・少し前の関東での任務の時、井沢さんに痛いところを突かれました・・・』


 『ははは、彼が原因か!あんなに頑なだった君を諭すとは、やはり面白い男だ!

 それにしても、彼には本当に感謝してもしきれんよ・・・今回の件もそうだが、今こうして民間の協力を得られているのは、彼のおかげと言っても過言ではないだろう。

 彼が率先して民間と我々の間を取り持ってくれているからこそ、最近では特に九州での我々に対する風当たりも随分と良くなってきてくれた・・・。

 彼も他の人々同様に地獄を経験し、必死に生き抜き、今では家庭を持っている・・・それなのに、我々のために己の生活を犠牲にしてまで危険な任務にも就いてくれている・・・彼のご家族も含め、いずれ何かしらの形でこの恩に報いなければいけないな』 


 私が井沢の名を口にすると、最初こそ佐藤は笑っていたが、徐々に複雑そうな表情をして俯いた。 

 四国で命を救われた私は当然として、現在九州にいる自衛官で井沢に感謝していないものは殆ど居ないと言っても良い。

 皆何かしら彼には助けられている・・・本州で作戦に従事する私達に同行するだけではなく、先程佐藤が言っていたように、特に民間との関係修復は彼なくしてはここまで進んではいなかっただろう。 

 最近では、非番の日に外を歩いていても罵声を浴びせられることは殆ど無くなった。

 むしろ、本州で危険な任務に就く時などは激励の言葉をもらったり、無事に帰ってきたときは喜んでもくれるようになった・・・。

 ただ、批判が少なくなったからと言って、私達自衛隊があの日民間人を見捨てたことは消せない事実だ・・・その事は皆痛いほど理解している。

 だからこそ、私達はどんなに辛く厳しい状況でも諦めないし、二度と見捨てないと心に誓った。

 このように思い続けることが出来るのも、井沢 誠治のおかげだろう。


 『あぁ、そうだ・・・井沢君で思いだしたんだが、一つ君に頼みたいことがあるんだが』

  

 佐藤は頭を掻きながら、すこし遠慮がちに私を見る。

 これは佐藤の悪い癖だ・・・こういった時は大抵面倒な事が多い。

  

 『返事は内容次第でも構いませんか?』 


 私が少し憮然として答えると、佐藤は少し焦っている。


 『頼むよ玉置君、君しか居ないんだ!他の者たちには断られてしまってね・・・』


 『はぁ・・・面倒事を頼む時に頭を掻くのは佐藤一佐の悪い癖なんですよ・・・だから断られるんです!私も内容次第では断らせていただきますよ?』 


 佐藤は見るからに肩を落としている。


 『その・・・頼み事と言うのはだね、今日君達が使った機材を来週井沢君達にも試して貰いたいんだが、その時に中村さんの補佐を頼みたいんだ。

 自衛隊の方からも手伝いを出さない訳にはいかなくてね・・・どうだろう、頼まれてはくれないかな?』 


 佐藤の話は至極真っ当に思えるが『井沢君達』と複数形になっているのが気になる・・・。


 『申し訳ありませんが、他を当たっていただけますか?』 


 私は精一杯の作り笑顔を佐藤に見せて席を立つ。


 『ま、待ってくれ玉置君!もう君しか居ないんだ!!私じゃ彼らを止められないんだよ!!』


 佐藤は飛ぶ勢いで椅子から立ち上がると、私の肩を掴んだ。

 佐藤は涙目だ・・・。


 『嫌ですよ!達ってことは彼も一緒なんですよね!?わざわざ一緒に呼ばなくても、別の日にずらせば良いじゃないですか!!』


 私が言った彼とは、井沢の所属している組織の四国方面の局長を務めている鬼塚おにづか 亮仁あきひとの事だ。

 鬼塚の年齢は25歳で私より年下、身長180cm、体系は筋肉質でガッシリとしていて、昔は暴走族の総長をしていたが、暴走族を辞めてからは大阪のボクシングジムでミドル級のプロボクサーとして日本ランク上位に入っていた男だ。

 将来を期待されていたが、所属していたジムが八百長に加担していた事に腹を立て、ボクシングを離れた経緯を持つ。

 そして、その性格は粗野の一言に尽きる。

 普段は明るく振舞っているが、元暴走族だけあって気が短く口より先に手が出るのだが、カリスマ性があり仲間意識が強いせいか部下からは兄貴と呼ばれて結構な人気がある。

 鬼塚を慕う者が多いせいか、四国支局はガラが悪い・・・。

 鬼塚は上下関係に厳しく基本的に目上の者には礼儀を通すのだが、気に入らない人間には例え年上であっても噛みつく・・・その噛みつく相手と言うのが何を隠そう井沢 誠治だ・・・何が気に食わないのかは知らないが、同席すれば必ずと言っていいほど揉め事を起こす。

 井沢自身はうんざりしているようだが、売り言葉に買い言葉・・・ひとたび鬼塚が絡めばそれはもう大喧嘩だ。

 あそこまで感情を表に出す井沢は正直珍しい。

 井沢は、四国で初めて会ったときは真面目で知的そうに見えたが、最近は別人の様に変貌し、なにかと冗談を言って場を和ませようとする・・・私の同僚の櫻木一尉と一緒に悪ノリをしては、海自の酒井二佐にお叱りを受けていることが多々ある。

 井沢は基本的に人見知りせず誰とでも仲良くするのだが、鬼塚とは本当に相性が悪い・・・。

 そんな二人が同席するのだから、絶対にまた揉めるのは目に見えている。

 

 『中村さんに何度も来ていただくわけにもいかないだろう!?機材の設置にも時間が掛かるし、一回で済ませるに越したことは無いんだよ!頼む玉置君!!』


 佐藤は涙目で私を拝んでいる・・・上官だというのに情けなくないのだろうか?


 『それはそうですが・・・あの二人を止めるなんて無理に決まってるじゃないですか!一人ならまだしも、二人同時はどう考えても無理でしょう!?』


 『いや、君なら出来る!九州の自衛官で君に格闘戦で勝てる者が何人いるんだ!?体力自慢の櫻木君だって君とはやりたがらないくらいじゃないか!頼むよ玉置君・・・最悪、彼らが揉めたら骨の一本や二本外しても良い!上へは私が誤魔化すから!!』


 佐藤は冷や汗を流しながら物騒な事を言い出した。 

 あまりの必死さに流石に引いてしまう・・・井沢の事を恩人だといっていたのは何だったのだろうか・・・?


 『佐藤一佐・・・井沢さんは体力バカの櫻木一尉が「あの人には敵わない・・・」とか言うほどの人なんですよ?実際あの人はそこらの自衛官よりも動けますし摸擬戦やらせたら相当強いと思います・・・。 それに鬼塚君だって元とは言えミドル級のプロボクサーです・・・重量級のボクサーの拳は人が殺せる威力なんですよ?世界を狙えるとまで言われた人間相手にどうしろって言うんですか・・・』


 私は涙目で縋る佐藤に対して肩をすくめて説明する。

 正直、二人相手でも勝てる自信はある・・・だが、勝負に絶対は無い。

 体重、リーチの差などでは到底二人には敵わない・・・特に井沢とは身長で30cm以上の差がある。

 それよりも、井沢は私にとっては命の恩人だ・・・何度か殴ったことはあるが、本気で当身技や投げ技、関節技、締め技を行うのは流石に気が引ける。

 鬼塚も私よりリーチはあるし、昔の試合映像を見た限りでは重量級の割にはかなりフットワークが軽い・・・インファイターでもアウトボクサーでもどちらでも行ける器用さがある。

 それに、何故か知らないが私の事を「姐さん」と呼んで慕ってくる・・・正直慕ってくれる者に対してはやり辛い。


 『今度美味しいお店に連れて行ってあげるから頼むよ玉置君!本当に私では彼らは止められないんだ!!』 


 佐藤は土下座をしている・・・他の人間が見たらどう思うだろうか? 

 流石に可哀相になってきた・・・。


 『はぁ・・・わかりました、やりますよ!そのかわり、約束忘れないでくださいね!!』


 『ありがとう玉置君!君のおかげで私の命は救われた!!』


 佐藤は立ち上がり、私の手を取ってブンブンと勢いよく上下に振りながら握手をしてきた。

 もうなるようになれだ・・・私はもう一度大きくため息をついた。







 「おっ、姐さん居るやないですか!榊、もしかして俺らが一番ちゃうか?」


 「そうみたいっすね・・・お疲れさんです玉置の姐さん。

 なんか元気ないっすね、どうかしたんすか?」


 私が佐藤との会話を思い返してため息をついていると、ため息の元凶その1である鬼塚が現れた。

 その後ろには補佐を務めているさかき 英二えいじがいる。

 榊は身長は鬼塚と変わらないが、細身なうえにあまり顔色が良くない・・・まぁ、体が弱いわけではなくて元かららしく、本人から心配ないと言われたことがある。

 榊の性格は鬼塚とは真逆で、面倒臭がりで体を動かすよりも頭を使う方が得意だ。

 それでも奴等との戦闘経験があるらしく、幹部の一人になっている。 

 ただ現在の主な仕事は、頭があまりよろしくない鬼塚に代わり、事務仕事を一手に引き受けているらしい。


 「はぁ・・・姐さんはやめてって言ったでしょ?元気がないのはあんた達が原因だっての!」


 私はパイプ椅子から立ち上がって鬼塚達に近寄る。

 まぁ、せっかく四国から来たのだし、挨拶くらいはしておこう・・・。


 「なんや姐さんいけずやなぁ・・・こっちは四国からわざわざ来てんねんで、出迎えのキス位してくれてもええんちゃいます?」


 鬼塚は私に向かって両手を広げる。

 

 「私の拳となら良いけど?」


 私は鬼塚の顔面に向かってジャブを放つ・・・だが、難なく避けられてしまった。

 本気ではなかったとは言え、下からの攻撃をこうもあっさり避けられてしまうと悔しい・・・。 


 「怖いわぁ姐さん・・・本気にせんといてくださいよ!」


 「いや、今のはどう見ても兄貴が悪いっすよ?」


 自分の体を抱き寄せてわざとらしく震える鬼塚を榊が窘める。


 「全く・・・とりあえずは遠路はるばるご苦労様、他の人たちはまだだからゆっくりしてなさい」


 私は扉の前に立てかけてあるパイプ椅子を二脚持ってきて二人に渡した。


 「なんや、井沢のアホはまだ来とらんのか・・・たるんどるんちゃうか?

 一番近い奴が遅いとかどないなっとんねん!なぁ、榊!?」


 「どうっすかね、井沢さんのことっすから挨拶回りでもしてんじゃないすか?

 あの人そういったところ律儀っすからね、兄貴も見習った方が良いっすよ。

 それと、俺との約束覚えてます?ちゃんとしてくださいよマジで」


 「わーっとるわい!しつこいんじゃ、何べんも言うなや・・・」


 鬼塚はバツが悪そうに口をとがらせる。

 

 「約束ってなによ?」


 私は何気なく聞いてみた。

 まだ機材の設置は終わっていないので、彼らと話をしていた方が気がまぎれる。


 「あぁ・・・前、姐さんや井沢さん、櫻木の兄さんが任務の途中で四国に来たっスよね?

 そん時・・・」


 榊が私に説明を始めると、体育館の扉が勢いよく開いた。


 「こんちゃーっす!ちっと遅れました!」


 「おい誠治、もうちっと軽く開けらんねえのかお前は!」


 元凶その2のご登場だ・・・後ろでは呆れたように瀧本が立っている。


 「おっとすまん・・・最近あまり任務が無くて、力が有り余ってんのよね。

 玉置ちゃんおひさー!榊君も相変わらずの顔色だけど元気そうで何よりだよ」


 井沢は入ってくるなり私と榊に手を振り、床に胡坐をかいた。

 

 「皆元気そうで何よりだ!あとは北海道の連中だけか?」


 瀧本も井沢の隣に腰掛ける。

 本当に仲の良い二人組だ。


 「お二人ともお久しぶりです、椅子を出しますからそっちに座ってください」


 私がパイプ椅子そ準備しようとすると、井沢は笑いながら私を呼び止めた。 


 「いやいや、構わないって玉置ちゃん!地べたで十分よ俺ら!な、元気?」


 「あぁ、気を遣わんでくれ・・・椅子よりこっちの方が楽なんだわ」


 「何?もう歳なんじゃないの?それとも夜がお盛ん?」


 「お前とは2つしか違わねえだろうが!それに、身重の渚に無理させられるか!!

 全く、お前と一緒にすんじゃねえよ!!」


 井沢と瀧本が現れ、広い体育館の中が一気に賑やかになった。

 だがそんな中、井沢を刺すような目で見ている男がいる・・・鬼塚だ。

 本当に嫌な組み合わせだ・・・。


 「おう、デカブツ・・・俺は無視かいコラ?なめとんかワレ!!?」 


 鬼塚が椅子から立ち上がり、井沢に迫る。


 「ちょっと、鬼塚君やめなさい!」

 

 私は注意したが、全く聞こえていない。

 

 「なんだ居たのかお前・・・見たくない物は見ない主義なんでね、声が聞こえるまで気づかなかったわ」


 井沢はヘラヘラと笑いながら鬼塚を見ている・・・ただ、目が笑っていない。

 挑発はやめて欲しいものだ・・・。


 「なんやとコラ!いてまうぞ!!?」


 鬼塚が井沢の胸倉を掴む。


 「寝言は寝て言えよ?誰の胸倉掴んでんだお前・・・」


 井沢は胸倉を掴んでいる鬼塚の手を、左手で掴み返す・・・ミシミシと骨の軋む音が聞こえる。

 井沢の握力は150kgを超えている・・・そんな力で握られているにも関わらず、鬼塚は一歩も引かない。

 私の胃の方がキリキリと痛むのは気のせいじゃないはずだ・・・。


 「おい、誠治やめねえか!」


 「止めんなよ元気・・・毎度毎度突っかかってきて迷惑なんだわこいつ」


 井沢も瀧本の静止を聞こうとしていない。

 これは、私が実力行使しなければいけないようだ・・・。

 私がため息をついて二人に近づいて行くと、私の横を榊が追い抜いて鬼塚の肩を掴んだ。


 「いい加減にしろよ兄貴!俺との約束忘れたんすか!?」


 榊が珍しく怒鳴った。

 睨みあっていた井沢と鬼塚は、驚いて榊を見る。


 「ちっ、わぁったよ・・・守りゃ良いんだろ守りゃあ・・・」


 鬼塚は舌打ちをし、井沢の胸倉から手を放す。

 それに倣い、井沢も手を離した。


 「おい、なんの約束だよ?全く話が見えないんだけど・・・てか、榊君そんな大きな声出せるのね、ビックリしたわ」


 「茶化さないでくださいよ井沢さん・・・ほら、兄貴!」


 榊は井沢の言葉に苦笑すると、鬼塚の肩を軽く叩いた。


 「その・・・なんだ、前は悪かったな」


 「前って何時の事だよ?お前とは毎回こんなんだから何時か言わんと解らん!」


 「お前の先輩の葬儀の時やアホ!それ以外にあるかい、ちっと考えりゃ解るやろが!!?」


 「誰がアホだコラ!?」


 二人は再び掴みかかる・・・懲りないなこいつ等。


 「お前ら本当は仲良いんじゃねえのか?」


 瀧本は心底呆れている・・・。

 瀧本の言う通り仲が良ければどれだけ楽か・・・。


 『良くねえ!!!』


 井沢と鬼塚の怒鳴り声がハモる。


 「くそっ!兎に角、あん時は場所もわきまえず悪かった言うとんねや!それと、貴宏やったか・・・あの坊主にも改めて悪かったって言うとってくれや・・・」


 鬼塚は意を決して井沢に怒鳴るように言ったが、徐々に尻すぼみになっていく。

 謝ることに慣れていないのか、恥ずかしさで顔が真っ赤になっている。


 「なんだ、あの時の事か・・・別に良いわもう。

 それに、お前はあの時も謝ってたじゃねえか・・・なんで今更また謝るんだよ」


 「あの時の井沢さんは見てわかるくらいに憔悴してたっすからね・・・だから、改めて謝らんと駄目ですって兄貴に言ってたんすよ。

 あの時は本当にすんませんでした・・・俺もずっと気になってたんで、これでスッキリしたっすよ」


 榊は井沢に頭を下げる。

 鬼塚も小さくではあるが頭を下げていた。

 なかなか可愛いところもあるようだ。


 「了解、もう済んだことだしお互い気にしないってことで良いんじゃないか?

 それと、貴宏君に伝えたいなら俺より元気に言ってくれ・・・あの子は元気が引き取ったからな」


 「わかった、伝えとく・・・それにしても何だかんだお前等も律儀だな」


 瀧本は笑いながら頷いている。

 

 「あの坊主今は瀧本さんとこにおるんすか、なら安心やな!井沢みたいにアホにならんで済みそうや!」


 「何だとこの野郎・・・ミジンコ並みの脳みそしか持ち合わせてない分際で俺をアホ呼ばわりとは良い度胸じゃねえか?俺はお前と違って意外と営業成績優秀なサラリーマンだったんだぞコラ!!」


 「誰がミジンコじゃ!?」


 井沢と鬼塚が3ラウンド目に突入しようとしたその時、ゆっくりと体育館の扉が開き、40代中ごろ程の男性と、私と同い年程の眼鏡を掛けた女性が入ってきた。


 「そろそろ良いかな?待ちくたびれてしまったんだが・・・」

 

 「相変わらずですねお二人は、懲りるってことを知らないんですか?」

 

 北海道方面の局長である業天ぎょうてん 和則かずのりと秘書の午来ごらい 燈子とうこだ・・・珍しい苗字なので非常に覚えやすい。

 北海道には副局長はおらず、補佐として秘書の午来が行動を共にしている。

 北海道は攻めよりも守りに強く、拠点防衛の任務では助けを乞うことがある。

 ちなみに四国は攻め一辺倒で危なっかしく、九州は攻防どちらも高い水準でバランスが取れているが抜きんでているわけではない。

 最近は各都道府県の陸自の基地を要塞化し本州奪還への足掛かりとするため、北海道支局にはお世話になっている。


 「お、業天のとっつぁん久しぶりやな!燈子ちゃんも相変わらずきっついな!いつから居ったん?早う入ってくればええのに!!」


 鬼塚が業天に駆け寄る。

 鬼塚は業天のことがお気に入りだ・・・井沢との落差が激しいにも程がある。


 「鬼塚君が井沢君に詰め寄ろうとしていたあたりからだったかな?」 


 業天が午来に確認すると、ゆっくりと頷いて井沢と鬼塚を見る。


 「はい、面倒臭いことになりそうでしたので外で待っていました。

 本当にお二人は懲りませんね、井沢さんもいい歳なんですから軽くあしらってはどうでなんですか?

 奥さんに心配ばかり掛けていては、そのうち愛想をつかされますよ?

 それと鬼塚さん、馴れ馴れしく下の名前で呼ばないでいただけますか?正直不愉快です」


 滅茶苦茶手厳しい。

 正直、私は午来が苦手だ・・・辛辣な発言は心を抉る。


 「それは言わないでよ午来ちゃん・・・マジで凹むんだけど」


 「不愉快て・・・」


 井沢と鬼塚は揃って大人しくなる。

 来ているなら早く入って来てくれればいいものを、外で待ってる所がいかにも曲者だ。

 午来さえいれば、もっと早く二人を黙らせられたものを・・・。

 

 「全員揃いましたかな?こちらは準備が出来ておりますが・・・」


 声のした方を皆が振り向く、そこには所在無さげに中村が立っていた。


 「あぁ、すみません中村さん。

 全員揃いましたので、そろそろ始めましょう」


 私の言葉を聞き、全員が中村の前に並ぶ。


 「皆さん、今日はお忙しい中お集まりいただきましてありがとうございます、遠くは北海道からとのことで申し訳なく思っております。

 今日は、私が自衛隊の方々と製作した装置を試して頂きたいと思い集まっていただいた次第です」


 中村は、機材の載ったテーブルを皆の前に動かす。


 「これって、VRヘッドセットじゃないの?他のはよくわからんけども・・・」


 井沢がテーブルの上の機材を見て呟く。

 

 「おお、流石井沢さん通りです!今日は、こちらにあるヘッドセットを用いた試験をお願いしたいのです!

 まずは、どなたからが良いですかね?」


 中村はヘッドセットを手に持って私を見る。


 「井沢さんからで良いんじゃないしょうか?今日集まっていただいた中で実戦経験が豊富なのは井沢さんですから」


 「えっ、俺から?」


 井沢は左手で自分を指さす。


 「では井沢さん、こちらへ・・・玉置さん、手伝っていただけますか?」


 私は中村に呼ばれて井沢の隣に立つ。

 相変わらず背が高く、見上げると首が痛い。


 「井沢さん、今からこちらの機材を身体に取り付けますので大人しくしててくださいね」


 「嫌だわ・・・なんかいけないことしてるみたいじゃない?」


 井沢はケラケラと笑っている。


 「井沢さん、いけないのは貴方の脳みそです・・・良い病院を紹介しましょうか?」


 「おぅ辛辣ぅ!怒んないでよ玉置ちゃん!」


 「怒ってませんよ・・・はい、出来ましたよ。

 締め付けがきついところは無いですか?」


 井沢は手足を動かしながら確認する。


 「これってさ、モーションキャプチャーってやつ?だとしたら、今から何やらされるか分かってきたんだけど・・・」


 「そうですね、恐らく想像通りだと思います・・・では、こちらを頭に装着してください」


 私はヘッドセットを渡し、井沢が装着するのを待って中村に合図をした。


 「どうですか井沢さん、見えますか?」


 私が問いかけると、何故か井沢は手を前に出して何かを探り出した。


 「いや、何も見えないんだけど?これって右側だけ映ってるとかないよね?だとしたら俺見えないんだけど・・・ん?なにこれ?程よい弾力?」


 宙を泳いでいいた井沢の左手があるものを掴み、感触を確かめる。

 

 「お、おい誠治・・・」


 「井沢さん、何してんすか!?」


 「凄ぇな・・・俺、初めてお前の事尊敬したわ・・・」


 「はっはっは!これはこれは・・・」


 「井沢さん・・・最低です」


 瀧本、榊、鬼塚、業天、午来が口々に井沢を見て呟く。

 私は声が出せないでいる・・・井沢が掴んでいるのは、私の右胸だったからだ。

 最初は混乱してしまい何事かわからなかったが、現状を理解しふつふつと怒りが込み上げてくる。


 「え!何?何なの!?」


 井沢はいまだに私の胸を触りながら、訳も分からず焦っている。

 早く左手を放せよこのエロ魔人・・・。


 「井沢、左手そのままで右手でヘッドセット外してみろよ・・・凄ぇ光景が拝めるぞ」


 鬼塚に促され、井沢は恐る恐るヘッドセットを外す。

 そして、自分の状況を知って戦慄した。

 死を覚悟した人間の表情はこういうものなのだろう・・・。


 「ご・・・!」


 井沢が何かを言いかける。


 「井沢さん、そろそろ左手を離していただけますか・・・?」


 「ひっ・・・!」


 井沢は完全に怯えている・・・私の声は、自分でも驚くほどに低く、冷たかった。

 井沢がゆっくりと後ずさる。


 「どうしました?なぜ下がるんでしょうか・・・下がる前に何か言うことがあるんじゃないですか?

 ねぇ、井沢さん・・・このことを、美樹さんにどうお伝えしたら良いのでしょうか・・・?

 聞いていますか?返事は?ねぇ、返事しろよおい・・・」


 井沢は完全に涙目だ・・・。


 「も・・・申し訳ございませんでした・・・!命だけは・・・どうか命だけは助けてください!!」


 井沢はもの凄い速さで土下座をした。


 「嫌ですね、別に命を取ろうだなんて思ってませんよ・・・。

 そうだ井沢さん、左右で手が別々っておかしいと思いませんか?この際、左右対称にしてしまえば良いと思うんですよ・・・ねぇ井沢さん、どう思います?」


 私は携帯していたナイフを抜き、刃を井沢の左手首の上に置く。

 井沢は怯えて声も出ず、ガクガクと震えている。


 「えーっと、玉置さん・・・その辺で勘弁してあげて貰えませんか?」


 見兼ねたのか、中村が緊張の面持ちで私に話しかけてきた。


 「中村さん・・・今、私は井沢さんと大事な話をしているんです。

 後にしていただいてもよろしいですか?てか、邪魔すんな・・・後にしろ!」


 中村は、私の剣幕に顏が引き攣っている。


 「それがですね・・・今確認しましたら、配線が間違っていました!!」

 

 中村は、素早く井沢の隣で土下座する。


 「井沢さんは悪くありません!殺るなら私を!!」


 中村の言葉を聞き、井沢が顔を上げて驚愕の表情で彼を見る。

 

 「中村さん・・・あんたって人は・・・!なんて正直な人なんだ!!?自分のミスを告白し、俺を庇ってくれるなんて・・・こんなに感動したのは、千枝が俺をお父さんって呼んでくれた時と、美樹が妊娠した時以来だよ!!」


 「井沢さん・・・貴方は今のこの国に必要な人材だ・・・私の代わりはいくらでもいるんだ!貴方は生きなきゃ駄目だ!!」


 「中村さん!!」


 「井沢さん!!」


 二人は涙を流して抱き合っている。

 美しき友情が芽生えた瞬間だ・・・だが、正直私はそんなことはどうでも良い・・・。

 初めてだったのだ・・・異性に胸を触られるなど初めてだった!

 それをこんな事で・・・命の恩人であり、尊敬に値する人であるとは言え、好きでもない男に!!

 おのれ、どうしてくれようか・・・泣きたいのはこっちだバカ野郎!!


 「言い残す言葉はそれだけか・・・?覚悟は良いか?手加減しねえぞ・・・」


 「待ってくれ!俺には若くて優しくて可愛い妻と、目に入れても痛くない天使のような子供が3人居るんだ!玉置さんも知ってるだろ!?」


 井沢と中村は恐怖でお互いの体を抱きしめあう。


 「井沢さん・・・それはそれ、これはこれですよ」


 私は精一杯微笑んで井沢を見る。

 

 『ひっ・・・!』


 「笑顔こわっ・・・」


 怯える二人の声に重なり、鬼塚がぼそりと呟いた。


 「あ゛?」


 「いや、何でもねっす・・・続けてください・・・」


 私に睨まれた鬼塚は目を逸らして黙った。


 「ういーっす!井沢さん来てるってー?」


 私がナイフを構え、井沢と中村に迫ろうとしたその時、不意に体育館に誰かが現れた。

 私を含めた全員がそちらを振り返る。


 「玉置、何してんのお前・・・?」


 そこに居たのは櫻木だった。

 櫻木は体育館の光景を見て訝し気に首を捻っている。


 「うるせえ・・・今良いところなんだから邪魔すんな!」


 「言い方!いくらお前が俺の事嫌いでも、建前ってもんがあんだろーが!

 で、結局何があったんだ?井沢さん泣いてんじゃん?」


 「えっと・・・井沢さんが、姐さんの胸を揉んじゃったんすよ」


 榊がおずおずと状況を説明する・・・すると、櫻木は盛大に噴出した。


 「ぶっ!何やってんすか井沢さん!そりゃあ玉置も怒りますよ・・・だってそいつ処女ですし!!」


 櫻木の発言に体育館の時が止まった。

 むしろ、私の心臓が止まるかと思った・・・むしろ、止まってくれた方が嬉しかったのに!


 「兄さん・・・姐さんが処女ってホンマでっか?」


 「だって、玉置は女にはモテるが男には怖がられてるからな!俺も、女性自衛官の噂話を耳にしただけだが可能性は高いと思うぞ?」


 鬼塚の問いに、櫻木は真面目に答える・・・。


 「あーぁ、知りませんよ櫻木一尉・・・」


 「え、何か言ったか午来さん?」


 「いえ、ただご愁傷様ですと言っただけです」


 櫻木は午来の言葉に首を傾げている。


 「おい、お前等二人はもう行って良いぞ・・・。

 今から私はあいつを始末する・・・いいか、今聞いたことは忘れろ・・・。

 さもなければ、お前等も殺す!」


 井沢と中村は首を何度も縦に振って頷き、私は櫻木を見る。 


 「おい櫻木・・・お前、覚悟は出来てんだろうな?」


 私はナイフを構えてにじり寄る。

 

 「え、何でこっちに来るんだよ・・・俺、何もしてないぞ!?」


 「確かに何もしてねぇな・・・でもな、言ったんだよ!だから死ね!!」

 

 櫻木は、私の攻撃をぎりぎりで回避する。


 「待てって玉置!別に良いじゃないか処女ってくらい!純潔守ってるって素晴らしいと思うぞ!?」


 「避けんなクソが!黙れ!そして大人しく殺されろ!!」

 

 その後、櫻木を2時間程追いかけ回し、なんとか落ち着いた私は、ぼろ雑巾に変わり果てた櫻木を引きずって体育館に戻ったが、井沢と中村はまだ震えたまま抱き合っていた・・・。

 

 

 

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 



 

 

 


 


 


 


 


 


 

 


 

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

  

 

 

 

 


 

 

 

 


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