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The End of The World 〜休日〜  作者: コロタン
14/15

第14話 おててつないで(後編) ~井沢 千枝~

 お父さんが右手の手術を受けると決めてから1週間が経った・・・今日はお父さんが手術をする日だ。

 お父さん達は、手術を受けると決めてからのこの1週間何かと忙しくしていたのだが、私は正直不安で仕方なかった・・・。

 手術は病院で受けるものだ・・・私にとって病院という場所は、悠枝と夏菜枝が産まれた時は別として、実の両親と姉の死を報された場所であり、今のお父さんが死の淵をさ迷った場所・・・だから、あまり病院が好きではない。

 嫌な事を思いだしてしまう場所なのだ・・・。


 「そんな顔するなよ千枝・・・俺まで不安になるだろう!?俺は大丈夫だから待っててくれよ・・・」


 お父さんはおどけたように、不安がる私に笑いかけてくる・・・これから手術だというのに、お父さんは緊張感のかけらもない。

 お母さんとお医者様も私をみて苦笑いをしている・・・。


 「ほら千枝・・・先生も今日の手術は時間は掛かるけど命に関わるようなものじゃないって言ってたでしょう?」


 お母さんは私の肩に優しく手を置いて諭してきた。


 「お父さん、頑張ってね・・・」


 私がお母さんに頷いて、もう一度お父さんに話しかけると、お父さんは笑って頷いた。


 「じゃあまた後でな!」

 

 お父さんはそう言って、看護師さんに付き添われて手術室に入っていく。


 「はぁ・・・手術は長くて8時間かぁ・・・」


 お母さんは、小さくため息をついて手術室前にあるソファーに腰掛ける。

 家族用の待合室もあるんだけど、お母さんも私もここで待つことにした・・・。


 「あとで渚さん達も来てくれるって言ってたけど、千枝はどうする?なんなら一度おじいちゃん達の家に行く?」


 お母さんは、隣で俯いていた私の顔を覗き込んできた。


 「私もここで待ちたい・・・」


 「そっか・・・じゃあ、眠たくなったら寝ても良いからね、手術が終わったらちゃんと起こしてあげるから」


 お母さんは、私を優しく抱きしめてくれた・・・お母さんの心臓が、力強く鼓動しているのが解る・・・優しく、そして逞しい音が私の身体を包んでいく。

 それを聞いていると、私は不思議と不安な気持ちが和らいで、徐々に落ち着いた。


 「お母さんは不安じゃないの・・・?」


 「んー・・・不安ではあるんだけどね、誠治さんは約束してくれたじゃない?

大丈夫だって・・・私達を残して死んだりはしないよって。

 だからかな・・・それを聞いてからはあまり不安な気持ちにはならなかったよ」


 そう言ったお母さんは笑顔だった・・・。

 お父さんとお母さんは、私から見ても本当に仲が良い・・・少し呆れてしまいそうなくらい仲が良すぎる。

 2人は例え多くは語らなくても、お互いを理解しあっているように思える。

 でも、お父さんとお母さんはどんなに仲が良くても、私を蔑ろにしたことは今まで一度たりとも無い。

 いつも私や弟たちの事を心配し、愛してくれている・・・血が繋がっていなくても、私が寂しい思いをしないようにといつも明るく、優しくしてくれる。

 私は、2人の娘になれて本当に幸せだと思う・・・。

 

 「お父さんの手術、早く終われば良いのにね・・・」


 「ふふっ、そうだね・・・」


 私が呟くと、お母さんは私の頭を胸に抱き寄せて、優しく撫でてくれた・・・。







 お父さんが手術室に入ってから2時間が経過した。

 私とお母さんは、とりとめのない会話をしながらひたすら待っていた。

 手術室前の廊下の先から、人の声が聞こえる・・・私とお母さんは声のした方を見て笑顔になった。

 渚さんと由紀子さんが来てくれたのだ。


 「お昼時間になったから抜けてきたよ・・・と言うより、お義父さんから昼からは休んでいいと言われたよ・・・」


 「誠治さんはもう終わったかな?」


 渚さんと由紀子さんは、私達の隣に座って伸びをした。


 「今日はすみません・・・私が居なくて大変だったんじゃないですか?」


 「いや、そこまで忙しくもなかったから大丈夫だったよ・・・」


 「なら良かったです・・・」


 お母さんは、渚さんの言葉を聞いて安心したように小さく息を吐いた。


 「千枝ちゃん、待ちくたびれてない?なんなら私の膝枕で休む!?」


 由紀子さんは、お母さんたちの話を聞き流しながら私に話しかけてきた。

 自分の太ももを軽く叩いておいでと言ってくる・・・。


 「大丈夫だよ由紀子さん・・・」


 私が遠慮すると、由紀子さんはソファーから立ち上がって私の前にしゃがんだ。


 「もう、素直じゃないなぁ・・・」


 由紀子さんはそう言って、私のほっぺたをムニムニと軽くつまんできた。


 「おぉ・・・丁度いい柔らかさ!これは癖になりますぞ!!」


 由紀子さんのテンションが上がる・・・看護師さんの視線が痛い・・・。


 「もう、由紀子さん・・・病院で騒いじゃ駄目でしょ?めっ!!」


 「千枝ちゃんに怒られちゃった・・・でも、怒った顔も可愛いよぉぉぉぉぉぉ!!!」


 由紀子さんは私に抱き着いて頭を撫でてくる・・・正直暑苦しい・・・。


 「由紀子、騒ぐなと言っただろう?」


 渚さんが、普段より低い声で由紀子さんに言うと、由紀子さんの耳を引っ張って私から引き離した・・・すごく痛そうだ・・・。


 「痛い痛い痛い!渚さん、堪忍してつかぁさい!!」


 由紀子さんは、耳をつままれて涙目で渚さんに謝った・・・。


 「本当にお前は騒がしいな・・・少しは黙っていられないのか?」


 渚さんはため息をついてソファーに座りなおす。

 由紀子さんは廊下の隅で、耳を抑えながらシクシクと泣いている・・・。


 「そういえば、2人ともお昼は済ませたのか?まだなら待合室で食べてくると良い・・・お義母さんから美希さん達にって軽食を預かって来たんだ。

 ここは私と由紀子で見ておくから、少し休んできたらどうだ?」


 「そうだよ!誠治さんが出てきたらマッハで呼びに行くからゆっくりしてきなよ!」


 痛みから立ち直った由紀子さんは、渚さんの言葉に同意した・・・マッハで来られたら、ゆっくりしようもないと思うのは私だけだろうか・・・。


 「じゃあお言葉に甘えさせて貰います・・・千枝、行こうか?」


 「うん!」


 私とお母さんは、渚さん達に手を振って待合室に向かった。

 私が振り返ると、渚さんは由紀子さんに拳骨をお見舞いしていた・・・また何かやったのだろうか・・・。

 あの人たちを見ていると本当に飽きない。

 渚さんは女性にしては背が高くて、言葉使いは男っぽい印象を受けてしまうけど、子供や可愛い物が大好きで、いつも私や弟たち、由紀子さんの子供の慶太君、それに渚さんが引き取った貴宏お兄ちゃんのことを可愛がっている。

 優しくて頼もしい・・・私の憧れの人だ。

 由紀子さんは・・・何と言うか、とにかく騒がしい人だ。

 いつも何かしら騒いでは問題を起こして渚さんにこっぴどく叱られている・・・まさに今の状況だ。

 でも、それでも懲りずに同じように騒いでいるのだから、ある意味打たれ強い人だ。

 いつも笑顔で、私たちの事を笑わせようと色々と企んでいるみたいだけど、それが由紀子さんなりの気の使い方なんだろう・・・優しくて、騒がしいけど面白い、お姉ちゃんみたいな人だ。

 私はそんな賑やかな2人をみて、少し笑いが込み上げてしまった。


 




 「お義母さんは流石だなぁ・・・軽食とは言っても、しっかりと腹持ちの良いおにぎりを用意してくれてるよ・・・」


 お母さんは待合室のテーブルの上に、おばあちゃんが用意してくれたお弁当を広げて笑った。

 私は、手提げ袋の中から水筒を取り出して中を確認する。

 水筒の中身はほうれん草とお麩のお味噌汁だった・・・お味噌の良い匂いが、湯気に乗って胸いっぱいに広がる。

  

 「おにぎりの具は何かなぁ?」


 私はお母さんがおにぎりを皿に取り分けている間にお味噌汁をコップに注いで、おにぎりの中の具材に思いをはせた・・・あの日から海産物は食べることが出来なくなったため、こんぶやおかか、鮭は無いだろう・・・。

 そういう風に想像しながらおにぎりを食べるのは楽しくて、さらに美味しく感じる・・・今から食べるのが楽しみで仕方ない。


 「おぉ・・・梅干しと高菜ときんぴらだ!」


 私がお味噌汁を用意していると、我先におにぎりを割って中身を確認したお母さんが嬉しそうにつぶやいた・・・ネタバレされてしまった・・・おのれお母さんめ!

 私はお母さんをジト目で睨んだけど、お母さんは全く気付いていないようだ・・・。


 「・・・いただきます!」


 私が少しだけ不機嫌になっておにぎりを食べると、お母さんは不思議そうに首を傾げた。


 「どうしたの千枝・・・?」


 「何でもない!・・・あ、きんぴら美味しい」


 「だよね!お義母さんのきんぴらはいつ食べても美味しいよねぇ・・・」


 私とお母さんは黙々とおにぎりを食べる・・・おにぎりを一口食べてはお味噌汁を飲む・・・そしてまたおにぎりを食べる・・・この組み合わせは駄目だ・・・美味しすぎて手が止まらない!

 私とお母さんは、きんぴら、高菜、梅干しの順でおにぎりを食べた。

 やっぱり酸っぱい梅干しを最後に食べると、口の中がスッキリする・・・。


 「やっぱり梅干しのおにぎりは最後だよねぇ・・・うーん美味しい!

 でも、もうちょっと食べたいなぁ・・・」


 お母さんは、お腹をさすりながら口をとがらせている。

 お母さんの年齢はまだ22歳だけど、悠枝と夏菜枝が産まれてからはまさにお母さんって感じだった。

 でも、こういった仕草は私から見ても可愛いと思う。


 「お母さん、最近梅干し食べ過ぎじゃない?」


 「うーん・・・なんかすっぱい物が食べたくなるんだよねぇ・・・」


 この状況になんだか覚えがあるのは気のせいだろうか・・・いや、悠枝と夏菜枝を身籠った時も、確かこんな感じだった・・・。


 「お母さん・・・もしかして妊娠してない?」


 「へ!?・・・いや、そんな事は無いと・・・いや、出来ててもおかしくないようなそうでもないような・・・」


 お母さんは目を白黒させながら慌てている・・・。

 お母さん・・・私は、どうすれば子供が出来るかすでに知っているのですよ・・・。

 前、夜中におトイレに行こうと目が覚めた時、あなた達の声が部屋から漏れていたのですよ・・・。

 キャベツ畑とか、コウノトリがどうのとか、小学5年生になった私はもう騙されないのですよ・・・あれは、夢の中の話だと悟ってしまったのです・・・あなた達のせいで。

 私は生暖かい目でお母さんを見る・・・お母さんはまだあたふたと慌てている。


 「ここって結構大きな病院だし、産婦人科もあるんじゃないの?一度行って診て貰ったら?

 私は渚さん達の所に行って伝えとくから・・・」


 「え・・・あぁ、じゃあお願いしても良い?」


 お母さんは勢いよく椅子から立ち上がると、そそくさと早歩きで待合室から出て行った・・・。


 「何と言うか、お母さんも結構抜けてるよね・・・まぁ、よく忘れ物をする私が言ったらだめなんだけど・・・」


 私はため息をついてお弁当箱と水筒を手提げ入れて待合室を出た。

 渚さん達の所に戻ると、お母さんとすれ違った・・・一応伝えに来たのだろう。

 

 「さて、渚さん・・・貴女の予想は!?どっちに賭けますか?」


 「出来ている方に賭けよう」


 「えーっ・・・それじゃあ賭けにならないじゃないですかー!」


 お母さんと入れ違いで渚さん達の所に私が戻ると、2人はお母さんが妊娠しているかどうかで賭けをしていた。


 「千枝ちゃんはどう?美希ちゃん妊娠してると思う!?」


 「うーん・・・家族が増えるのは嬉しいから、妊娠してたら嬉しいな!」


 私が笑顔で答えると、由紀子さんは両手で口を塞いだ・・・このポーズはこの前お父さんがやっているのを見た。


 「渚さん・・・何この子・・・可愛すぎじゃないですか!?」


 「それには同意するが、お前は騒がしくてウザイな・・・」


 由紀子さんは渚さんに駄目だしされて床に崩れ落ちた・・・。


 「私も今妊娠しているが、やはり良いものだな・・・自分の中に新しい命が育っているというのは不思議で・・・暖かい気持ちになる。

 これもまた幸せというものなんだろうな・・・」


 渚さんは、自分のお腹を撫でながら優しく微笑んでいる。

 普段の自信に満ちている表情もカッコいいけど、こういう表情もとても綺麗だと思う。

 私は、落ち込む由紀子さんや渚さんと話をしながらお母さんを待った。

 そして、1時間ほど経った頃、廊下の先から顔を真っ赤にして恥ずかしそうに歩いてくるお母さんを見つけた。


 「お母さん、どうだった?」


 私が訪ねると、お母さんは嬉しそうな表情をして涙を流した。


 「3か月だって言われたよ・・・嬉しいなぁ・・・誠治さんも喜んでくれるかな?」


 お母さんは自分のお腹をさすりながら嬉しそうに笑っている。


 「お父さんが喜ばないはずないじゃん!絶対涙を流して喜ぶと思う!」


 私がそう言うと、お母さんはもちろん、渚さんと由紀子さんも笑った。


 「家族が増えるよ、やったね千枝ちゃん!!」


 由紀子さんは笑顔でサムズアップをしている。


 「おいやめろ・・・」


 渚さんはそう言って由紀子さんの頭に拳骨をした・・・。

 

 「痛いなぁ・・・せっかくの良い雰囲気なのに・・・」


 「お前はいちいち声がデカいんだよ・・・また看護師さんに怒られたいのか?」


 渚さんの言葉を聞いて、私は周囲を見渡した・・・すると、廊下の角に一人の看護師さんが立っていた。

 その看護師さんは、顔は笑っているけど、醸し出す雰囲気は怒りに満ちていた・・・そろそろ追い出されるんじゃないだろうか・・・。

 その後、私たちは小さな声でお母さんの妊娠を喜び、しばらく会話を楽しんだ。






 お父さんが手術室に入ってから7時間が経った・・・。

 渚さん達はお母さんから妊娠の報告を受けたあと、お父さんの手術が終わった頃に隆二さんや元気さん、貴宏お兄ちゃんと一緒にまた来ると言って一度家に戻った。

 おじいちゃんとおばあちゃんは、家で悠枝と夏菜枝、慶太君のおもりをしているので来られないが、渚さん達曰くかなり心配していたらしい。

 渚さん達が帰った後、入れ違いで自衛隊の酒井さん、玉置さん、櫻木さんも様子を見に来てくれた。

 お母さんが妊娠したことを伝えると、まるで自分たちの事のように嬉しそうに笑っていた。

 お父さんの周りにいる自衛隊の人たちは皆優しい・・・常にお父さんや私たちの事を心配し、気遣ってくれる。

 今、私はお母さんと二人で手術室の前でお父さんを待っている。

 いろんな人たちがお父さんを心配して様子を見に来てくれたため、今朝ほど不安な気持ちにはなっていない。

 お父さんの周りには、本当に色んな人たちがいる・・・皆お父さんが何かやるたびに馬鹿だなと笑いながらも支えてくれる。

 それは、お父さんが今まで頑張って来たからこそなんだろうなと思う・・・必死に戦って、バカ騒ぎをして、それでもいろんな人たちの為に必死に頑張っている姿を皆が見ているからこそ、皆お父さんを支えてくれるのだろう・・・。

 お父さんは、私にとっても優しくて、頼もしくて、そして尊敬できる大好きな人だ。

 早く手術が終わって、また元気な姿を見せて欲しい・・・そして、手を繋いでまた一緒に歩いて欲しい。

 私とお母さんは、手術室の看板灯を見る・・・早く出てきて欲しい・・・。

 しばらくの間、私とお母さんは看板灯を見続けた・・・お医者様の言葉通りならもうすぐお父さんに会える・・・。


 「あっ、終わったみたいだよ!」


 看板灯の光が消えて数分後、ベッドに寝たままのお父さんが看護師さんたちに付き添われて手術室から出てきた。


 「井沢さんの奥様と娘さんですね?時間が掛かってしまい申し訳ありません」


 お父さんが出てきてすぐ、手術を担当してくれたお医者様が私たちの所にやって来た。


 「手術は無事に終わったのでしょうか・・・?」


 お母さんは不安そうにお医者様に尋ねる・・・。


 「えぇ、無事に終わりました・・・今は麻酔で眠っていますが、目が覚めたら短時間の面会も可能です。

 後程詳しくご説明させていただきますので、それまでICUの近くで待たれてください」


 そう言ったお医者様は、私達に頭を下げて歩いて行った。


 「千枝、私は渚さん達に連絡してくるから先に誠治さんの所に行っててくれる?」


 「うん、早く戻ってきてね!」


 私はお母さんに手を振って歩きだした・・・あ、ICUの場所を聞き忘れた・・・。

 私は振り返ってお母さんを探したけど、すでにそこには居なかった・・・。

 まあ、近くにいる看護師さんに聞けばすぐにわかるだろう。


 「すみません、さっき手術室から出てきた井沢 誠治の娘なんですけど、お父さんのいるICUはどちらですか・・・?」


 私は、近くを通りかかった看護師さんを呼び止めた。


 「あら、井沢さんの娘さん?しっかりした娘さんを持って、井沢さんは幸せ者ね!お父さんはこっちにいるからついてらっしゃい!」


 看護師さんは、私の手を引いてICUまで連れて行ってくれた。

 看護師さんに手を引かれて付いた場所には、ガラス張りの部屋があった。

 その部屋の中には、色んな機械に繋がれたお父さんが眠っている・・・まだ麻酔が効いているらしく、目覚めてはいないようだ。

 

 「お父さん大丈夫かな・・・」


 私は少し不安になった・・・お父さんが、四国で生死の境をさ迷った時にも、今みたいに色んな機械に繋がれていたからだ・・・。


 「千枝ごめん!ICUの場所教えてないの忘れてた・・・」


 私がお父さんを眺めていると、焦ったようにお母さんが走って来た。


 「看護師さんに教えてもらったから大丈夫だよ・・・それより、渚さん達はどうだったの?」


 「元気さんや隆二さんが帰ってきたらすぐに来てくれるって言ってたよ!

 誠治さんの様子はどう?」


 「まだ目が覚めないみたい・・・お父さん大丈夫だよね?」


 私がお母さんを見上げると、お母さんは優しく笑って頭を撫でてくれた。


 「大丈夫・・・お医者様も無事に終わったって言ってたでしょう?

 だから、信じて待ってましょう?」


 「うん・・・」


 どんなに大丈夫だと言われても、やっぱり起きた姿を見ないと不安が晴れない・・・。

 私達がしばらくそのまま見ていると、ICUの隣の部屋で待機していた看護師さんがお父さんに近寄る。

 慌てている様子ではないので、問題があったわけではなさそうだ・・・。


 「井沢さんが目を覚まされました・・・面会をされますか?」


 お父さんの様子を見た看護師さんは、私達に報告に来てくれた。


 「はい・・・もう大丈夫なんでしょうか?」


 「予防衣なのどをお貸ししますので、短時間であれば大丈夫ですよ」


 看護師さんは、私達に笑顔でこたえると、すぐに予防衣の準備をしてくれた。

 私たちは、帽子、マスク、靴カバー、予防衣を着て手の消毒をした後ICUの中に案内された。


 「お父さん・・・大丈夫?」


 私が近づいて話しかけると、お父さんは虚ろな目で私達を見る・・・。


 「あぁ・・・千枝、美希・・・おはよう」


 私達に気付いたお父さんは、意識がまだはっきりしていないらしく、弱弱しく笑った・・・。


 「右手は大丈夫?もう痛くない?」


 「あぁ・・・まだ麻酔が効いてるからだろうな・・・痛みは全くないよ・・・」


 お父さんは、腕を少し持ち上げて右手を見る。


 「はは・・・本当に右手があるよ・・・しかも、ちゃんと動いてる・・・」


 お父さんはゆっくりと指を動かして確認している。


 「誠治さん、おかえりなさい・・・待ちくたびれちゃいました・・・」


 お母さんはそう言うと、目に涙を浮かべてお父さんを見た。

 

 「ごめんな・・・結構掛かった?」


 「もう少しで8時間ってところでしたよ・・・」


 「そうか・・・待たせてごめんな・・・」


 お父さんは麻酔が薄れて少し意識がはっきりとしてきたようだ。


 「お父さん、ちょっとだけ右手触ってみても良い・・・?」


 私が聞くと、お父さんはゆっくりと右手を持ち上げた・・・。

 私は恐る恐る右手を触る・・・暖かくはない・・・でも、確かにその指は動いている。


 「痛っ・・・!」


 私は小さく叫んでしまった・・・お父さんは、私の手を軽く握り返したつもりだったのだろう・・・でも実際には痛みを感じてしまうほどの強さだった・・・。


 「ごめんな千枝・・・痛かったか?はぁ・・・これじゃあお前と手を繋いでやれないな・・・」


 そう言ったお父さんの頬に涙が流れた・・・。

 私の為にと言って手術を受けたのに、手を握り返された私が痛がってしまったのだ・・・お父さんにとって、これほど悲しい事は無いのだろう・・・。


 「お父さん、気にしないで・・・私は大丈夫だから!私、ちゃんと待ってるから!」


 「そうよ誠治さん・・・お医者様も、これからリハビリで感覚を慣らしていけば良いって言ってたじゃない!諦めるなんて誠治さんらしくないわよ?」


 私とお母さんも、お父さんに釣られて涙を流した・・・でも、悲しいからじゃない・・・お父さんなら絶対にまた手を繋いでくれるって信じてるから。


 「あぁ・・・そうだよな・・・こんなんで諦めてたら、また夏帆や悠介に怒られちまうよな」


 お父さんは小さく笑ってもう一度右手を見る。


 「千枝・・・もう少しだけ待っててくれ。

 お前との約束は必ず守るからさ・・・」


 お父さんは優しく笑いながら、右手で私の頭を撫でてくれた・・・今度は痛くないように、ゆっくりと優しく・・・。


 「大丈夫、お父さんはいつも約束守ってくれるから信じてる・・・それに、早く右手が使えるようにならないと両手で赤ちゃん抱っこ出来ないよ?」


 「ん?悠枝と夏菜枝はいつも抱っこしてるだろ?もしかして渚さんのか・・・?」


 お父さんは首を傾げている。

 私とお母さんは目が合って笑顔になる。


 「お母さん妊娠したんだって!」


 私がそう言うと、お父さんは目を丸くして驚いてお母さんを見た。

 お母さんは俯いて照れながらお父さんを見ている。


 「そっか・・・それじゃあ頑張ってリハビリしないとな!よし、今からでも・・・」


 お父さんはベッドから起き上がって右手を動かそうとし始めた・・・。


 「井沢さん、そろそろお時間です・・・もう、駄目ですよ?今無理したら大変なことになるんですからんね・・・! 

 はぁ・・・今までいろんな患者さんを見てきましたけど、術後にこんなに元気な患者さんを見るのは初めてですよ・・・」


 私達を呼びに来た看護師さんは、お父さんをみて呆れて笑っていた。

 お父さんも笑って看護師さんに謝っていた・・・。

 やっぱりお父さんには笑顔が似合う・・・早く退院して、また一緒に遊んで欲しい。

 そして、いつかまた手を繋いで一緒に歩きたい・・・。

 ただ、もう心配はしていない・・・だって、お父さんは約束してくれたから。

 お父さんは、私達との約束は絶対に守ってくれる・・・だから私はお父さんが大好き!

 

 

 

 

 


 


 

 


 

 


 


 

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