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The End of The World 〜休日〜  作者: コロタン
12/15

第12話 スタートライン(後編) ~鬼塚 亮仁~

 「鬼塚、いよいよお前の試験が始まるわけだが、何か質問はあるか?」


 「いや、今んところは良ぇわ・・・」


 井沢に話しかけられた俺は、少しだけ考えて返事した。

 俺らは今、目的の島に上陸し、今日の試験の内容について最終チェックをしとる。

 上陸したっちゅうのに悠長にしとっても良ぇんかと思うかもしれんが、目の届く範囲には奴等の影は一つも見えとらん。

 それもそのはず、今俺らがおるんは島の裏側・・・港とは反対側にある岩場や。

 今港では、攻撃ヘリに釣られた奴等の掃討が行われとる真っ最中、結構な距離があるにも関わらず、島の裏側までヘリのローター音と奴等を攻撃しとる音が聞こえる。

 他に聞こえるんは、うなるような風の音と波の音だけで静かなもんや・・・。

 岩場を選んだ理由は簡単、港から距離があるっちゅうのもあるが、何より奴等が歩くことが出来んのが一番の理由や。

 奴等は平衡感覚が鈍い・・・それはA型もB型も変わらんようで、階段や細い足場などではスピードが落ちる。

 B型は車や壁に飛び乗ったりとなかなかアグレッシブに動くらしいが、連続した段差や岩場のように足場が不安定な場所ではこけるらしい。

 まぁ、生きた人間みたいに足場を確認しながら動くわけやないからわからんでもない・・・。

 今日の試験は、岩場の先の林を抜け、街中に残った奴等を掃討し、安全を確保することや。

 殆どの奴等は港に集中しとるやろうから、街中は少なくなっているはずや・・・最後は護衛艦に連絡して、街の役場に迎えに来てもらうことになっとる。


 「皆ワクチンは打ったな?このワクチンは皆も知っている通りまだ試作品だ・・・効果はあるらしいが、まだ命を預けるには信頼性が低い・・・今まで通り油断せずに行こう。

 では、まずは俺が先行する・・・視界に奴等が居なからと言って油断はするな。

 岩に足を取られて動けなくなっている個体が死角にいる可能性もある・・・奴ら同様岩場では俺達もバランスがとりにくい。

 足を掴まれれば転倒して対処が遅れる可能性が高い・・・気を引き締めて行こう。

 集落に出たら、参考として一度だけチームと単独での戦闘の手本を見せる・・・その後は鬼塚の様子を見つつフォローを入れるつもりだ。

 では、行こうか・・・」


 井沢はそう言って岩の影などを調べながら慎重に歩いて行く・・・。

 あたりは波の音以外全くと言っていいほど聞こえんくらいに静かや・・・俺らの足音も、波の音がかき消してくれとる。

 ただ、岩場に潜んどる奴等の音も同じくかき消しとるやろうから厄介や・・・。


 「あと少しで岩場は抜けるが、次は林だ・・・木が邪魔をして視界が悪い上に、武器の使用範囲が制限されるため、大ぶりの攻撃は控えた方が良い。

 まぁ、お前にはほとんど関係ないことだと思うけどな」


 井沢は俺を振り返って苦笑しとる。

 まぁ、俺の場合はメリケン持っとるだけやからな・・・。

 一応拳銃も渡されとるが、扱いきれんやろから使わんやろな。


 「お前も素手で十分なんと違うか?」


 「馬鹿言うな、流石に俺も遠慮するわ・・・」


 「井沢さんなら左手で頭を握りつぶすとか出来るんじゃないですか?」


 永野が井沢をからかうように笑っとる・・・あーぁ、知らんで俺は・・・。


 「どうかな、出来るかどうか永野さんで試してみようか?」


 「・・・遠慮しときます」


 永野は青い顔をで項垂れた・・・ほらな、こうなる事わかっとるんやから言わんけりゃ良ぇのに。

 まぁ、永野が青くなる理由も解らんでもない・・・俺もこの前腕を掴まれたんやけど、あれが本気やったら俺の骨は折れとったやろな・・・。


 「おふざけはここまでのようですよ井沢さん・・・2時の方向、距離70と言ったところでしょうか。

 木が邪魔で正確な数は分かりませんが、目視出来るだけで3・・・」


 「了解・・・鬼塚、順番は逆になるが先に単独での戦闘を見せる。

 まぁ、林での戦闘の場合は木を利用するのが一番だ・・・」


 井沢はそう言うと木の影を利用して隠れながら奴等にゆっくりと近づく・・・自分では音をたてんように、奴等の歩調に合わせとる。

 

 「あいつ、あんなメット被っといてよく周りが見えとんな・・・」


 「まぁ、あの人はずっとあの装備だからな・・・体の一部みたいなものなんだろう」


 俺の独り言に櫻木が答える。

 俺が振り返ると、櫻木以外の他のメンバーは周囲の警戒のため、木の陰に隠れてそれぞれ別の方向を見まわしとる。

 俺が井沢の方をもう一度見ると、井沢はまず最初の1体の後ろに回り込み、細身のナイフを抜くと耳の下あたりから斜め上・・・頭頂部に向けて突き刺した。

 崩れ落ちるそいつの身体を受け止め、音がせんように寝かせると、次の標的に向けて同じように近づいていく。


 「良く覚えとけよ・・・林の中では、あんな風に木の陰を利用して奴等の背後に回り込んだ方が良い。

死角から近づき、気づかれる前に処理する・・・基本はそれの繰り返しだ。

 下手に奴等に気付かれると、まとめて相手をしなくなるからな・・・。

  もしくは、物を投げて奴等の注意を別の方向に誘導するのも一つの手だ。

  その方法なら自分の死角にいる奴等も誘導できるが、一か所に固まってしまうため、戦わずに逃げる時などに効果的だ」


 井沢は次の奴も同じように処理し、残すところあと1体になった。

 そこで、井沢がこっちを見る・・・何や?

 俺が首を傾げると、井沢は木の枝を折って音を立てよった・・・。

 その音に気付いた最後の1体は、井沢の方を振り向いて走り出した・・・B型や。

 そいつと井沢の距離はあと20m程やろか?せやのに、井沢は全く動こうとせん・・・武器を構えるでも無し、隠れるわけでもない。


 「何しとんねんあいつ!」


 俺は声を荒げてしもうた・・・。


 「大丈夫だ、見ていろ」


 俺は櫻木に口を塞がれ、そのまま井沢の方を無理やり見させらる。

 井沢とB型の距離はグングン近づき、目と鼻の先程になった瞬間、井沢は急に木の陰に隠れよった・・・そして、それに釣られたB型はそのまま井沢と同じ方向に向きを変え、勢いよく木に激突した。

 スイカが割れた時のような音が響くと、B型はそのまま地面に崩れ落ちて動かんくなった・・・。

 井沢がB型が動かんくなったんを確認してゆっくりと戻ってくる・・・まさに朝飯前って感じや。


 「木は隠れるだけじゃなく、気づかれた時などにああやって利用することもできる。

 あいつらは単純なため、急な方向転換などにはめっぽう弱い・・・障害物があったとしてもそれに対処出来ずに激突してくれるから、負傷して逃げる時などには自分で攻撃しなくて済む分かなり有効な手段だ。

 単独での戦闘については、あとで集落内でもう一度見せる・・・では、先に進もう」


 俺達は周囲を警戒しながら井沢の後を追う・・・あの戦法を考え付くまでにどれほど試したんやろうか?

 その後、しばらく林の中を進んだが、結局おったのはさっきの3体だけで、何事もなく俺等は集落にたどり着いた。

 ほとんどは港の方に行っとるんやろう・・・攻撃ヘリ様様やとは思うが、これでは全く試験にならん・・・。


 「永野さん、奥の奴等お願いできますか?」


 「了解です」


 林を抜けて集落に入ってすぐ、民家の塀の陰から通りを覗いとった井沢が永野を呼ぶ。

 俺も隠れて通りを見ると、位置はすこしばらけてるようやが、100m程先に10体近い奴等がおった。


 「さてと、距離110、一番奥のでも120ってところですね・・・まぁ、この距離ならまず外すことも無いでしょ・・・では、おやすみなさい」


 永野は民家の塀から身体を半身だけ出して銃を構えると、肉眼では豆粒にしか見えん奴等の頭が弾け、次々と崩れ落ちて行く。

 結構音が鳴るもんやと思っとったんやけど、空気の抜けるような音しかせぇへん・・・。

 

 「おー・・・やっぱりM4カービンは良いなぁ、サプレッサー装備出来るの良いよね」


 「この距離ならもし奴等に聞こえても、反応する前に終わりますからねー・・・はい終了っと。

 皆が見てると緊張するんですよね・・・俺プレッシャーに弱いんですから見つめるのやめて欲しいんですけど・・・」

 

 「またまたー・・・じゃあ何で狙撃なんてやってんのよ」


 「動機は不純ですよ・・・前線に出なくて良さそうって理由でしたけど、今じゃこんな所にいますからね・・・。

 まぁ、やってみたら意外と楽しかったのと、他の人より上達が早かったってだけですよ」


 井沢に話しかけられ、苦笑しながら永野が答える。

 護衛艦の中で井沢が言ってた通り、永野は怒らせん方が良さそうやな・・・離れたところから撃たれそうや。


 「さて、では今から2チームに分かれましょうかね・・・とりあえずここの通りは永野さんのおかげで片付いたから、わき道を警戒しながら進もう。

 鬼塚、まずは俺のやり方を見ておいてくれ・・・慣れればお前のやりやすい方法でやっても良いが、今回は俺のやり方で行く。

 自衛隊とのフォーマンセルで奴等と戦う場合、敵が10体なら、向かってくる奴等の順番で1・4・7・10番を俺が、2・5・8番を2人目が、3・6・9番を3人目が担当する・・・最後の1人は周囲の警戒と対応が遅れた時のフォローだ。

 何故このような戦い方をするかだが、普通に戦って俺が1番目に苦戦してしまえば、2番目への対応が遅れてしまう・・・そうならないように俺に近い場所にいる奴を順に排除して貰うんだ。

 このやり方は、3つ飛ばしで順番を割り振ることで、次の行動までの余裕も出来るから焦らず対処することが可能だ。

 近接メインの俺は良いが、彼らは弾に限りもある・・・同じ標的を狙ってしまえば、それだけ弾の無駄になる・・・番号を割り振って前もって役割を分担しておけば、そう言ったことも防ぐことが出来るからな。

 それと、行動するときは1列縦隊が良いだろう・・・互いの間隔に関しては慣れてもらうしかないが、付かず離れず、前を行く者を視野にとらえ、なおかつその周囲が確認出来、何かあった時にすぐにフォロー出来る位置が理想だ。

 チームでの戦闘の後、続けて単独での戦闘を行う・・・お前はA型で経験済みだとは思うが、B型は初めてだろうからしっかりと見ておいてくれ。

 単独の戦闘に関しては立ち回りはお前に任せるが、決して無理はするな・・・少しでも危険を感じたらすぐにでも逃げろ。

 とりあえずはこんなところだ・・・何か聞きたいことや分からないことはあるか?」


 「特に無いなぁ・・・まぁ、お前が懇切丁寧に教えてくれるもんで、聞くことが無い言うんがホンマのところやけどな」


 ホンマこいつは細かいところまで指示しよる・・・これで聞き返したらアホ呼ばわりされそうや。

 過保護かって突っ込みたくなるところやが、教えて貰っとる手前出来んわな・・・。


 「そうか、後からでも何か気づいた時には遠慮せずに聞け・・・普段俺に突っかかってくるお前でも、目の前で死なれたら後味が悪いからな」


 「余計なお世話やアホ・・・」


 井沢は俺の言葉を聞いて小さく笑い、前に出る。

 

 「では、行きましょう・・・」


 井沢は、自分が共に行動する隊員たちを振り返り、ゆっくりと歩きだした。

 永野によって奴等がおらんくなった通りを井沢が慎重に進む。

 交差点では一度止まり、奴等がおらんかの確認をする。

 二つ目の交差点に差し掛かると、井沢が俺を手招きした・・・民家の塀に隠れてわき道を見ると、13体の小さな集団がおるのが見えた。

 反対側の通りには奴等の影は見えんようや。


 「鬼塚、しっかりと見ておいてくれ・・・」


 井沢はそう言うと、そのまま通りの中央に歩いて行き、道端に落ちとった空き缶を蹴る。

 奴等がその音に気付き、B型が一斉に走り出し井沢に向かってくる・・・。

 井沢が奴等に向かって歩きだすと、井沢のフォローをする隊員達も一定の距離を保ったまま後について行き、まず井沢の後ろの隊員が発砲した・・・。

 井沢に向かってきよったB型の2番目の奴が崩れ落ちる。

 井沢が自分に迫っとる1体目の頭を鉈で切り落と同時に、3体目の頭が弾けてその場に崩れ落ちる。

 4体目は井沢の近くまで迫っとったが、すでに態勢を立て直しとった井沢はそいつに足を掛けて転倒させると、頭を踏み潰した。

 残るはA型のみ・・・あとはもう奴等が可哀相になるくらいあっさりと倒してしもうた・・・。


 「ホンマ余裕やなあいつ・・・それに、あいつのやり方やったら確かにやりやすそうやな」


 「あのやり方をするようになってから、かなり楽になった・・・正直俺達は銃に頼りすぎていたから、無駄撃ちが多かった。

 俺達と井沢さんで試行錯誤して、なんとか今の形で安定するようになったよ・・・。

 しっかりと狙うことが出来る分弾の節約になるし、互いの負担も減らせるからな」


 俺の横で見とった櫻木がしみじみと語っとる・・・周り警戒せんで良ぇのか?


 「まぁ、お前もこれからこの仕事で生きて行きたいなら、考えることを止めないことだ。

 思考停止は死に直結すると思っとけよ?常に考えて行動しなけりゃあそこで寝てる奴等のお仲間になっちまう・・」

 

 そう言うと櫻木は俺の頭を軽く叩いて通りを進む。

 俺と永野達も遅れんように櫻木について井沢達を追った・・・。

 すると、しばらく通りを直進して井沢が手を挙げた・・・停止の合図のようで、皆がその場で待機した。

 井沢がこちらを振り返り、ジェスチャーで指示を出す・・・これから単独で行くってことらしい。 


 「鬼塚、周囲の警戒は他の者達がやっとくから、お前はあそこから井沢さんの動きをよく見ておけ・・・俺は何かあったら直ぐに井沢さんのフォローに向かうが、極力奴等に見つかるな。

 標的がばらけてしまうとあの人の邪魔になるからな」


 「了解・・・まぁ、ゆっくり勉強させてもらいますわ」

 

 俺と櫻木は塀の影から井沢を目で追う・・・井沢の向かう先には7体ほどの集団が見える。

 すでにそれに気付いた個体が、井沢に向かって移動を開始しとるようや・・・遅れて気づいた奴の中にB型が2体おったが、それ以外はA型のようやった。

 2体のB型は、他のA型を追い越して井沢に迫る・・・距離が近く、どう対処するんか見ものや。

 まず1体目・・・井沢はそいつをあえて殺さず右手に装備した鉈で腹を刺す・・・そして、左手でそいつの首を掴むと、追って来ていた2体目に放り投げよった・・・。

 

 「なんなんや・・・あいつも投げとるやないかい・・・」


 井沢は艦長室での話し合いの時、両手の使える俺なら奴等を掴んで投げられるとか言うとったが、右手の無いあいつが投げとるんを見てツッコんでもうた・・・櫻木はそれを見て声を殺して笑っとったが、自分の評価を下げた理由と矛盾しとるんやからツッコみたくもなるってもんや。

 井沢に向かっとった2体目は、仲間を投げつけられてそのまま後ろに倒れる・・・飛んできた奴が邪魔らしく、すぐに起き上がれんところを井沢に胴体を踏みつけられ、2体揃って頭を鉈でかち割られた・・・。

 なんやもう、可哀相になってくるなあいつらが・・・。

 残りはA型4体・・・まずは一番近い奴の頭を左手で掴んで壁に叩きつけて倒し、そのまま振り返りざまに次の奴の頭を右手の鉈で薙ぎ払う・・・遠心力を利用しとるため、井沢の身体が振り回されてしまったように見えたが、そのままの勢いで3体目の腹に蹴りを入れて吹き飛ばし、その隙に4体目の頭を腰から抜いたタイヤレバーで叩いて倒し、蹴り飛ばした奴が起き上がる前に頭を踏み潰して周囲を確認してから戻って来た。


 「まぁこんな感じだな・・・どうした?」


 井沢が俺を見て首を傾げとる・・・。


 「どうしたやないやろ・・・お前投げとったやないかい」


 「あぁ、あのくらいはな・・・右手の鉈で刺すか股の間に腕を入れないと流石に出来ないよ。

 一本背負いが出来るが、後ろから組み付かれるからおすすめはしないぞ」


 「やったことあるんか?」

 

 「あぁ・・・勢いでやっちまって食われかけたよ・・・」


 「馬鹿やなお前・・・」


 「勢いでって言っただろ?まぁ、死にさえしなけりゃ何でも試してみるこった。

 失敗から学ぶこともあるからな・・・」

 

 井沢はバツが悪そうにしとる・・・メットは被ったままやが、今はバイザーを上げとって表情がうかがえる。

 

 「まぁ、俺はあんな感じだが、単独の場合はお前のやりやすいように戦え・・・無理に他人に合わせてしまえば、馴れない戦い方だと危険だからな。

 じゃあ櫻木さん、鬼塚のフォローをお願いします。

 俺は近くで待機しときますが、基本手出しはしません・・・俺が手を出してたら試験になりませんし、こいつなら上手くやるでしょうからね」


 「了解です・・・まぁ、俺も戦闘に関しては心配してませんよ」


 櫻木は俺の肩を叩いてニヤリと笑う。


 「ほな、行ってくるわ・・・兄さんフォローは任せたで?」


 俺は櫻木にそう言って歩きだす・・・俺の後ろには櫻木、その後ろには永野達が続く。

 井沢と他の隊員達は、俺等から少し離れた位置で後ろを警戒しながらついてくる。


 「兄さん、じゃあ最初はチームでの戦闘で良ぇかな?」


 「まぁ、それが無難だろうな・・・まずはB型との実戦に慣れた方が良い」


 「了解・・・じゃあ行きまっせ兄さん」


 俺は井沢に倣って塀の陰から通りの様子を確認し、奥に5体の奴等がおるのを確認して通りに出る。

 最初に俺に気付いた奴に釣られて他の奴等をこっちを見たが、走ってけぇへん・・・A型のみや。

 

 「はずれやな・・・」


 「馬鹿言うな、いなけりゃそれに越したことは無いだろう?」


 「そらそうやな」


 俺と櫻木は小さな声で会話しながらゆっくりと歩いてくるA型を二人で処理する。

 見た目の違いが判らんため、奴等が動き出すまでどちらか判断出来んのが面倒や・・・。


 「ほな次行きましょか・・・」


 A型を全て処理した俺は、もう一度交差点の角から通りを確認する。

 右の通りに4、左の通りに5や・・・。


 「兄さん、このままやと囲まれますよね?」


 「まぁ、確実にそうなるだろうな」


 「どうしましょ?やり過ごすんも無理やろな・・・」


 俺は周囲を見渡し、自分が隠れとる塀の近くに空き缶を見つけて手に取った。


 「これ投げて良ぇですかね?あいつらまとめんとやりにくそうやし・・・」


 「まぁ、今はお前の試験中だからな・・・井沢さんはお前に任すって言ってたし良いんじゃないか?

 俺の仕事はお前をフォローすることだからな」


 「ほな、俺が投げて奴等の反応見るんで、兄さんたちは下がっといてください」


 俺がそう言うと櫻木達は俺から離れて距離を取る。

 俺はそれを確認してから空き缶を投げる・・・他の奴等に聞かれたら面倒やから軽ーくや。


 「お、来よった・・・」


 空き缶の音を聞きつけた奴等がこちらを見て動き出す・・・B型もおるようや。


 「兄さん、A型7とB型2や!B型は右から来よる!」


 俺は走って櫻木達の元に戻って報告する。


 「了解、じゃあ記念すべき1体目いってみようか?」


 「まぁ、死なんように頑張るわ」


 俺は耳を澄ませる・・・奴等の足音が近づいてくる・・・。

 交差点の地面に奴等の影が写り、そのすぐ後に1体目のB型が現れよった。

 そいつは一番近くにおった俺に狙いを定め、猛スピードで迫る・・・。

 はっきり言って、死んどるせいで無尽蔵のスタミナ持ったこいつ等に追われたら、逃げ切るんは不可能やなと思った・・・。

 俺はファイティングポーズをとってそいつが目前に迫るのを待ち、ボクシングの基本・・・ワン・ツーを食らわせた。

 いや、食らわせようと思たんやけど、ワンのジャブで終わってもうた・・・。


 「へ・・・嘘やん・・・今ので終わりなんか・・・?」


 俺があまりの呆気なさに呆けとると、いつの間にか交差点から出てきとった2体目のB型を櫻木が撃ち、その場に倒れこむ。

 俺は我を取り戻し、遅れて現れた来たA型を櫻木達と共に倒し、最初に俺が倒したB型を覗き込んだ・・・。


 「確かに手応えはあったんやけど・・・まさかジャブ1発て・・・」


 「どうした・・・何か気になる事でもあったか?」


 俺がそいつの死体を見て首を捻っとると、いつの間にか井沢が横におった。


 「いや、まさかジャブ1発とは思てへんかったから・・・」


 「そうか?そんなもんだと思うが・・・お前はメリケンを装備しているだろ?」


 「あぁ・・・」


 「元とは言え、そんなもん装備したプロボクサーのジャブに、全速力で当たりに来たんだ。

 お前のジャブの速度+力+奴等の体重+速度・・・そりゃあ一撃で終わるのも仕方ないんじゃないか?

 まぁ、まだまだいるだろうから色々と試してみろ」


 「あぁ、すまんな・・・ほな次行くわ・・・」


 俺がそう言うと、井沢は振り返らずに手だけ振って後ろに下がった。

 俺はその後も何度か同じように奴等に対して色々とコンビネーションなど試したが、チームでの戦闘、単独での戦闘両方やってみて一番印象に残ったんは、A型よりもB型の方がやりやすいっちゅう事やった。

 A型はまとまり、数に物を言わせて襲ってくる分、せわしなく動かなあかんかったが、B型は基本的に待っとくだけで十分やった。

 俺自身の力は殆ど使わず、軽くカウンターを合わせるだけでほぼ一撃で倒せる分、体力も温存出来てやりやすい・・・井沢が言っとった俺向きっちゅうのはこういう事やったんやな。

 俺はB型討伐に自信をつけ、次の奴等を探して通りを進んだ・・・周囲の確認を怠ったまんまでや・・・。


 「鬼塚、危ない!!」


 俺は鬼塚の怒鳴り声を聞いてやっと気づいた・・・俺が通り過ぎようとしとった交差点付近の民家の門の内側に、奴等がおったんや。


 「くそっ!!」


 俺はすぐに回避しようとしたが、横から押し倒された・・・櫻木が俺を押しのけたんや。

 俺を押しのけた櫻木は、俺に襲い掛かろうとした奴に腕を掴まれる・・・俺は櫻木を助けようと立ち上がり、櫻木を食い殺そうとしとる奴に殴り掛かった。

 せやけど、俺の拳がそいつに届く寸前で、そいつは地面に崩れ落ちた・・・そいつの側頭部にはナイフが突き刺さっとった。

 ナイフが飛んできたであろう方向を見ると、井沢が投擲の姿勢をとっとった・・・俺のミスをカバーしてくれたんや。


 「兄さん、俺のせいですんません・・・。

 井沢もすまん・・・」


 「気にするな、井沢さんのおかげで助かったよ・・・井沢さん、ありがとうございました」


 俺と櫻木が頭を下げると、井沢は俺らを手で制止した・・・。


 「謝罪も感謝もあとだ・・・来るぞ!」


 井沢の言葉聞いて、俺はあることに気が付いた・・・奴等の唸り声と足音や。

 それも10体や20体やない・・・想像しただけでも冷や汗が出てきそうな程の数の音やった・・・。

 櫻木が俺を助ける時に怒鳴ってしまったため、それを聞きつけた残りの奴等がこっちに向かって来とるようやった。

 正面の通りの奥、左右の路地の奥からB型が走って来とるのが見える・・・それも30体以上や。

 後ろからは来ないところを見ると、俺らが今まで倒してきた分しかおらんようや・・・後ろから来ないっちゅうても危険な状況には変わりないんやが・・・。


 「右は俺が行く!左は鬼塚と永野さん、正面は櫻木さん達に任せます!!」


 井沢は俺らに指示を出して右の路地に向かう。

 俺は井沢の指示に従い、永野と共に左に向かった・・・こちら側には、確認できるだけでB型は8体、今まで相手したなかでも最も多い。

 まだ奥から声が聞こえてるところをみると、まだまだ増えそうや・・・。


 「永野さん、すんません・・・フォロー頼んます!!」


 「了解!ここで奴等を退けて、汚名返上しないとな!!」


 俺は、迫って来とった最初の1体との距離を一気に詰め、拳を振り抜いた・・・右手に今日一番の手応えを感じた。

 俺の本気のストレートを受けたB型は、腐って柔らかくなった頭部が潰れたトマトのように弾けた。

 2体目は態勢を入れ替えて左フックで側頭部を叩き、3体目は永野が射殺する・・・俺と3体目との距離が近すぎたからや。

 俺は、本来相手のガードを上下に揺さぶるためのコンビネーションを、向かってくる全ての奴等の顔面に叩き込んだ。

 永野は、俺に近すぎるB型と、奥から歩いてくるA型を状況によって標的を変えながら狙撃する。

 そのおかげか、俺は一心不乱に拳を振り回して隙が出来ても、奴等の攻撃を受けることなく自分の動きに専念できた。

 後ろでは櫻木が部下に指示を出しながら迫る奴等を狙撃している。

 井沢は大丈夫なんやろうか・・・俺のせいやのに、あいつは一人で右側の路地を担当しとる。

 早うこっちを終わらせて、あいつのフォローにいかなあかん・・・ここであいつを死なせたら、あいつの嫁さんが悲しむ。

 女の悲しむ顔は見たくないんや・・・それが、たとえ他人の女であっても・・・。


 「鬼塚君、あと少しだ!」

 

 「わかっとります、早いとこ済ませて井沢のフォローに行きましょ!!」


 俺はB型を倒し終わり、徐々に近づいてくるA型に向かって走り出した。

 永野も狙撃しながら俺のフォローをしつつ、近くの奴等はアサルトライフルのストックで頭を潰しながら戦っとる。

 井沢や櫻木と何度もこういったことを経験しとるからか、ひょろい見た目とは違って永野の動きは見事やと思った。


 「これで最後やんな!?」


 「そうだね・・・奥からは来てないから大丈夫だろう!」


 俺と永野は自分等の担当した左の路地を片付け、櫻木達を見た。

 櫻木達も片付いたらしく、井沢のフォローに行こうと走り出したがすぐに止まった。

 俺は井沢を確認すべく背伸びをした・・・そこには肩で息をする井沢が、最後の1体の頭を踏み潰す姿が見えた。


 「ほんま、バケモンやなあいつ・・・」


 井沢の周囲には奴等の死体が山になっとる・・・確認出来るだけでも俺らと同じくらいはおったのかもしれん。


 「鬼塚君、皆の所に戻ろう」


 「せやな・・・はぁ、ほんま迷惑かけてもうたなぁ・・・」


 俺は永野の言葉に肩を落として同意して櫻木達の元に向かった。


 「あれ・・・井沢はどうしたんでっか?」


 「あぁ、鬼塚か・・・何か、奴等を倒してすぐに何件かの民家の庭に入って行ったぞ」


 「大丈夫なんでっか?」


 「これだけの騒ぎだったんだ・・・もし民家の中にいるなら既に出てきてるだろうし大丈夫だとは思うが」


 何やっとんのなろな・・・早う謝らないけんのに・・・。

 俺がそう思って井沢がおった右側の路地を見ると、井沢が民家から出てきてこっちに向かってきた。


 「井沢・・・さっきはすまんかった!俺のせいで兄さんが危ない目にあった上に、こんな事になってもうて・・・」


 俺は井沢に頭をさげた・・・こいつにこんなに謝るんは何気に初めてやな・・・。


 「謝罪は良い・・・ミスは誰にでもある。

 さっき、お前は失敗した・・・なぜそれが起こったのか、何がいけなかったのか考えろ。

 答えはあとで聞かせてもらう。

 櫻木さん、弾はあとどれだけ残ってる?」


 井沢は全く怒っとらんようや・・・なんや調子が狂うな・・・。

 怒鳴られた方が楽やのにな・・・。

 俺はそう思いながら、井沢に言われた事を考えた・・・あれは俺の確認不足や・・・それ以上でも以下でもない、完全に俺の責任や・・・。


 「予備の弾倉は全員で15です・・・あとはハンドガンがそれぞれ3ずつあります。

 俺は近接でも良いので、俺の分は永野に持たせようとは思いますが、残弾数は正直不安ですね・・・。

 どうします?続行しますか・・・?」


 櫻木の言葉を聞いて井沢が試案する・・・。

 まだ奴等がおるかもしれん・・・ここで終わりにした方が良ぇのかもしれんな。

 またさっきみたいな状況になれば、今度こそ誰かが死ぬかもせえへん・・・。


 「いや、続行しよう・・・」


 「大丈夫なんか?俺が言うのもなんなんやけど、またさっきみたいな状況になったらどうするんや?」

 

 「いや、それは恐らくないだろう・・・」


 「なんでや?なんでそう言い切れるんや?」


 「お前は気付かないか?」


 「なんにや・・・?」


 俺が聞き返すと、井沢が人差し指を立てる。


 「音だよ・・・さっきまで聞こえていた、うなる風のような音が消えてるんだよ。

 永野さん、島に上陸して、林を抜けてから狙撃して貰った時、風は吹いてたかい?」


 井沢が永野に聞くと、永野は黙って首を横に振った。


 「そう、俺達がこの島に着いてから、今までずっと無風だった・・・それなのに、うなる風のような音がずっと聞こえていた。

 俺も何度か聞いたことがあるが、あれは奴等のうめき声重なっているときに聞こえるんだよ・・・。

 それが今は聞こえなくなっている・・・奴等がこの近くにいない証拠だ。

 それともう一つ、こいつを見てくれ」


 井沢はそう言って何枚かのガラス片を俺達に見せた・・・さっきはこれを集めるために民家に入っていたようや。


 「これがどうかしたんか?」


 俺が聞くと、井沢は2枚のガラス片を手に取り、俺の目の前に差し出した。


 「違いが分からないか?」


 「いや・・・どっちもただの割れたガラスやと思うが・・・」


 「今持ってきたガラス片はな、全部外に落ちていたものだ。

 外に落ちていたということは、内側から割られている・・・生存者が家から出る時に慌てて割ってしまったのか、それとも奴等がはい出てくるために割れたのかは分からない・・・だが、この2枚のガラス片には明らかな違いがある。

 それは、土の付き方だ・・・まず、こちらのガラスは両面に土が付いている。

 それは、割れてから長い間外に放置されていた証拠だ。

 雨風にさらされ、砂や土が付着したんだ。

 だが、もう1枚・・・他のガラスもだが、片側にしか土が付いていないんだ。

 これは、最近割れたものなんだよ・・・俺達が今回この島に来る直前に、そんな事があると思うか?

 奴等は、獲物を見つけない限り豹変はしない・・・と言うことは、このガラスは俺達が来てから。

 少なくともコブラが島の上空を旋回してから割れたものだと思われる。

 俺達が上陸する前から港の方ではコブラが飛んで集まった奴等の掃討をしている・・・まだ飛んでいるところを見ると、恐らく、他の奴等の殆どが向こうに行っているんだろう。

 確定ではないが、俺はもうこの辺りには残っていないと思う・・・もし残っていたなら、さっきのドンパチでもっと引き寄せてるはずだからな」


 井沢はそう言って皆の反応を確認する・・・あんな状況でも周りを気にしとったらしい。


 「了解です・・・続行しましょう。

 とりあえず、ここからは井沢さんメインでお願いします。

 もしもの事があったらいけませんので、万全を期したいと思います」


 「わかりました・・・鬼塚も構わないか?」


 井沢が俺を見る・・・正直、悔しいが仕方のない事やと思う・・・。


 「あぁ、構わんで・・・まぁ、お前の後ろで勉強させてもらうわ」


 「鬼塚、そう気にするな・・・さっきも言ったが、ミスは誰にでもある。

 気にしすぎていては、他のミスを誘発する・・・心に留めておくことは大事だが、気にし過ぎは駄目だ。

 大事なのは、今後同じミスを犯さない事だ・・・今回は良かったが、次に同じ状況で全員助かるとは限らない。

 お前がこの仕事をしたいというのなら、それだけは忘れるな」


 「あぁ・・・肝に銘じとくわ」


 俺は井沢に頷き、後ろに付いて行く。

 その後、しばらく街中を見て回ったが、奴等は殆どおらんかった・・・。

 井沢の予想通り港に行っとるようや。

 俺達は一通り街中の確認をして街の役場に行き、護衛艦に連絡を取った。

 迎えに来てもらうためや。


 「鬼塚、さっき何がいけなかったのか答えは出たか?」


 ヘリを待っとる最中、井沢が俺に聞いてきた。


 「あれは、俺が確認を怠ったせいや・・・俺は、それまでB型を順調に倒しとったせいで天狗になっとった。

 それが一番の原因や・・・もう、二度と同じ失敗はせぇへん」


 「そうだな・・・あと、もう一つ付け加えるなら、お前と櫻木さんの間に距離が空き過ぎていた。

 順調に言っている時こそ気を付けろ・・・あぁ言うときは、遅れても良いからペースを落とせ。

 そうでなければ、さっきみたいに見落とす事になる。

 今回の件、俺はお前を責めるつもりはない・・・お前は反省しているし、何がいけなかったのか理解している。

 人は、生きていれば失敗するものだ・・・だが、失敗したからと言って何も得られない訳じゃない。

 大事なものを失ってしまった場合は0だが、皆が無事であるなら、その失敗は経験となってプラスになる。

 失敗はしても良い・・・だが、最悪の事態を招かないための努力は怠るな。

 そうすれば、お前はもっと成長する・・・」


 「了解・・・今日は助かったわ・・・」


 「なに、気にするな・・・さて、迎えが来たようだな。

 結果は田尻さん、酒井さん、櫻木さんと話してから伝える」


 「なら、しばらくゆっくりしとくわ」


 俺は井沢に礼を言ってヘリに乗り、護衛艦に着いてからは呼び出しがあるまでまた海を眺めた。







 「待たせてしまったね、緊張してるかな?」


 護衛艦に戻ってから30分後、俺は井沢に呼び出され、艦長室に来た。


 「んーどうですかね?まぁ、してないって言うたら嘘になりますけど、別に普段と変わらんかな?」


 俺は田尻の質問に普段通りに答える。

 自分がどうこうしとっても、判断するのは井沢やしな・・・。


 「ははは、肝が据わってるようで何よりだよ・・・。

 では、結果だが・・・井沢君、櫻木君達全員から話を聞いた結果、合格となった。

 しばらくは実践に慣れてもらうため、本格的な任務は控えるが、あの島の整備が整い次第君にも頑張って貰うことになる・・・すまないが、よろしく頼む」


 「了解です、こっちこそよろしく頼んます!」


 俺が頭を下げると、田尻は困ったように笑った。


 「無茶な頼みをしているのはこっちなんだ・・・あまりそう畏まらないでくれ。

 井沢君、何か君から彼にアドバイスは無いかな?今後の心構えとか・・・」


 井沢は田尻に話を振られ、考え込む・・・そして、顔を上げて俺を見て口を開いた。


 「鬼塚、俺がこの仕事をする上で常に心掛けていることがある・・・それは、死なない事、それと死なせない事だ。

 俺には家族もいる・・・だからこそ死ねないってのもあるが、それだけじゃない。

 俺の仕事は、いまだに助けを待っている人たちと、自衛隊との懸け橋になることだ・・・そんな俺が死んでしまっては、誰が生存者の説得をする?

 俺が死ねば、また誰か代わりの人間が起用されるかもしれない・・・今回のお前のようにな。

 だから、自分が死なない事を常に心掛けておけ。

 次に死なせない事だが、これは俺らのフォローをしてくれている自衛隊の隊員達、そして救助を待っている生存者たちの事だ。

 隊員たちは、俺が目的の場所に着くまで危険を冒してまでフォローしてくれている・・・だからこそ、俺は彼等に危険が及ばないように気を抜かないようにしている。

 彼らにも家族や仲間がいる・・・もし彼らが死ねば、悲しむ人が増えるだけじゃなく、他の隊員達もまた駆り出される・・・それが続けば、いずれは俺達の仲間たちが駆り出される可能性も出てくる。

 だから、彼らを死なせるな・・・。

 最後に生存者だ・・・さっきも言ったが、俺が死ねば彼らに救助を伝える者が居なくなる。

 今も一人、また一人と命を落としているかもしれない・・・俺が死んで救助が遅れれば、それだけ救えるはずだった命が失われる。

 それと、彼らに会った後も死なせるな・・・やっと希望を持てたのに、あと少しの所で死んでしまったり、家族と別れなければならない苦しみはお前にも解るだろう?だから死なせるな・・・。

 俺からは以上だ・・・なに、お前の戦い方を見ていたら、選んで正解だったと思ったよ・・・お前なら生き残れる。

 慢心せず、常に状況を確認して行動しろ・・・そうすれば、お前はもっと強くなる」


 井沢は真剣な表情をしとったが、最後は俺に笑いかけてきた・・・。


 「わかった・・・今日はほんま世話んなったな・・・」


 俺は井沢や田尻達に頭を下げて艦長室を出た・・・そして、もう一度海を見とった。


 「なんだ、またここに居たのか・・・海何てこれからいくらでも見れるのに」


 俺が海を眺め取ると、井沢がやって来た・・・せっかく一人でおんのになんなんや一体・・・。


 「俺の勝手や・・・おい、なんで隣くんねん!?」


 「良いじゃねぇか別に・・・。

 その・・・なんだ・・・悪かったな・・・お前を巻き込んじまって」


 井沢は申し訳なさそうに謝って来た・・・。


 「別に構わんわい・・・。

 お前、変わった指輪付けとるな・・・?」


 俺の隣に座った井沢の指に、不思議な指輪がはまっとるのが見えた。


 「あぁ、これは結婚指輪だよ・・・任務中は落とすといけないから外してるんだけどな」


 井沢は指輪を眺めて笑っとる・・・大切にしとるようや。


 「着いとる石、なんで3種類なんや?見たところダイアやないし、誕生石なんやろ?」


 俺の言葉を聞いて、井沢は苦笑した・・・。


 「やっぱりそう思うか?でもな、俺はこれが気に入ってんだ・・・真ん中の大きなのは俺の誕生石で、それを挟んでる2つは嫁の美希と、死んだ彼女の夏帆のなんだ・・・」


 「嫁さんはそれで良ぇんか?」


 「これは、美希が提案してくれたんだよ・・・美希の指輪は、真ん中が美希の誕生石で、それを俺と夏帆の誕生石で挟んでる・・・それと、もう一つ夏帆の分も作って貰ったよ。

 夏帆の誕生石を俺と美希の誕生石で挟んでるやつだな・・・最初提案された時は驚いたし、遠慮したんだけどな・・・どうしてもって言われて根負けしたんだ」


 井沢は嬉しそうに指輪を眺めながら笑っとる・・・こいつは、嫁さんのことも愛しとるんやなと思った・・・。

 

 「俺はさ、美希に告白された時、一度断ったんだよ・・・俺は夏帆を死なせてまだ日が浅かったし、それにまだ愛してた・・・それに、俺は人を殺してたからな・・・人並みの幸せなんて望んでなかったんだよ・・・」


 井沢は海を眺めながら語りだした・・・重い話やが、こいつを知る良ぇ機会や・・・。


 「他の奴等からは、不誠実だとか言われるかもしれないけどさ・・・やっぱり夏帆の事は今でも忘れられないんだよ・・・だって、本気で惚れてたんだよ・・・代わりなんている訳無ぇじゃねーか・・・。

 でもさ、美希はそれでも良いって言ってくれたんだ・・・死んだ夏帆に出来ない事で俺を支えるって、一緒に背負って生きてくれるって言ってくれたんだよ・・・そんなこと言ってまで俺の事好きだって言ってくれた美希に、俺自身気持ちの整理は出来てなかったけど惚れちまったんだ・・・。

 たぶん、美希は俺に夏帆の事を忘れてほしくないんだろうな・・・だから、この指輪が良いって言ってくれたんだと思う・・・。

 美希は夏帆の代わりじゃない・・・俺は、夏帆の事を今でも愛してるけど、今幸せになって欲しいと思ってるの美希だ・・・俺は、他人に何て言われようと2人とも愛してるよ・・・それが、俺に出来る2人に対する恩返しだと思ってるからな」

 

 そう言った井沢は、泣きそうな顔で笑っとった・・・俺は、結局勘違いでこいつのこと嫌ってたんやなと思うと、自分が恥ずかしくなった・・・。


 「はぁ・・・ほんまダッサイなぁー俺は・・・。

 井沢、今まですまんかったな・・・俺、お前のことタラシやとばっかり思っとったわ」


 「まぁ、そう思われても仕方ないとは思ってるよ・・・」


 井沢は苦笑して呟いた・・・。


 「お前、さっき何で俺が海見とるんか聞いてきたやろ?

 俺はな、実はあんまり海は好きや無いんや・・・死んだだ女の事おもいだすからな・・・」

 

 「お前も彼女を亡くしたのか?」


 「あぁ、まぁ俺がまだ高3の時や・・・俺が族の頭やっとったのは知っとるやろ?俺の女は、レディースの頭やってん。

 いつか結婚しよなとか恥ずかしい事も言っとったけど、結局それも叶わんかった・・・そいつ、道路に飛び出してきたガキ避けて、単車で事故って死によったんや・・・。

 レディースの頭やった割には、年の離れた弟の事を常に気にかけとる優しい女やった・・・。

 そいつがな、海が好きやったんや・・・俺が海嫌いなん知っとるのに、我が儘言うて何度も連れてこさせられて、そいつが死んでもうて、もう二度と行きたないって思っとっても、不思議と足が向いてもうてな・・・。

 俺な、やっぱり今でもそいつの事好きやねん・・・他の女見てもそいつと比べてまうんや・・・。

 お前も言っとったけど、やっぱり女に代わりはおらんもんな・・・」


 「そうか・・・そりゃあお前から見れば、俺は許せない男だわな・・・。

 お前が絡んできてた理由がわかってスッキリしたわ・・・」


 井沢は苦笑しとて俺を見る。


 「はぁ・・・ほんま無駄な事しとったわ・・・。

 よう知りもせんで勝手に目の敵にして喧嘩売って・・・ダッサイわーほんま・・・。

 こんなんじゃ、あいつに合わせる顔無いわ・・・」


 「まぁ、良いんじゃないか?その性格もこれから直していけば良い・・・。

 お前はまだ若いし、これからもっと強くなる・・・ゆっくりで良いから直していけば良いよ」


 「せやな、これから色々あるやろうし、俺も変わらなあかんよな・・・。

 井沢、お前死んだらあかんぞ・・・お前の嫁さんは良ぇ女や・・・そないな女泣かせたら、俺がぶん殴って嫁さんに土下座させたるからな!

 それと、俺はやっとお前と同じ土俵に立った・・・まだペーペーやが、いずれはお前を超えるから楽しみにしとけよ?」


 「あぁ、楽しみにしてるよ・・・お前も死ぬなよ?」


 そう言って井沢は立ち上がり、笑いながら去って行った・・・。

 俺はこの試験を受ける時、俺はあいつに並んだと思った・・・せやけど、それは間違いやった。

 経験も覚悟も、あらゆる面であいつには負けとると実感した・・・。

 俺は今日あいつと同じ土俵に立った・・・それは並んだんではなく、やっとスタートラインに立ったっちゅう事や。

 目指すもんがあれば俺は燃える男や・・・目標はデカけりゃデカいほど良ぇ!

 あいつを嫌っとったんも、俺の勘違いやっちゅう事も解った・・・これからは、純粋に挑戦者としてあいつに追いつくため、頑張らなあかんな・・・。

 惚れた女に格好悪い姿だけは見せたないからな・・・。

 

 


 


 


 

 


 


 

 




 


 


 


 

 

 

 

 

 

 


 

 

 


 

 






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