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The End of The World 〜休日〜  作者: コロタン
1/15

第1話 千枝ちゃんを見守る会 〜井沢 美希〜

 全くと言って良い程ホラー要素は皆無となります・・・。

 ただ、誠治とそれを取り巻く家族達の日常と、誠治に対する皆の思いを中心に描いて行きます。

 前作、前々作を読んで下さった方々が楽しんで頂けるように、そして、これからもし読んでみたいなと思ってくださる方々がいらっしゃれば光栄に思います。

 私の名前は井沢(いざわ) 美希(みき)、もうすぐ22歳になる。

 歳の離れた夫である誠治(せいじ)さんと、子供である娘の千枝(ちえ)夏菜枝(かなえ)、息子の悠枝(ゆうし)の私を合わせて5人家族だ。

 千枝は元々私の実母の再婚相手の連れ子で、私とは血の繋がりの無い妹だったが、実の家族として、本当の妹のように可愛がっていた。

 私達が、仲間と共に九州にある誠治さんの実家に帰り着いた日、誠治さんのたっての希望で、千枝は私と誠治さんの娘となったのだ。

 最初のうちは私の事を「お姉ちゃん」と呼んでいた千枝も、私が誠治さんとの間に夏菜枝と悠枝を授かってからは「お母さん」と呼んでくれるようになった。

 私はそれが嬉しくて、本当に嬉しくて人目も憚らず泣いてしまった。

 今私は、愛する家族や、共に生き延びた家族同然の仲間達に囲まれて幸せだ・・・でも、本当なら、ここには私の実の兄である悠介(ゆうすけ)も居るはずだった・・・。

 その兄は、1年と少し前のあの日、あと少しで全員無事に逃げられると思っていたあの時、私と千枝を守って奴等に噛まれ、亡くなった。

 少々おちゃらけた性格で、ちょっと頼りない兄だったが、家族思いで、優しい人だった。

 そんな兄は、自分の死が目前に迫っている最期の時にまで、私と千枝の安否を気遣い、誠治さんに託し、私達の幸せを願って笑いながら、眠るように24歳という短い生涯を終えた。

 今でもまだ夢に見てしまう・・・兄の最期の姿を。


 「兄さん、誠治さんが無事に帰って来て10日が経ちました。

 あまり詳しくは話してくれませんが、今回も大変な任務だったみたいです・・・。

 しばらく表面上は普通を装っていたけど、時折何か考えるように俯いて、寂しそうにしてました。

 だけど、やっと気持ちの整理が出来たのか、昨日貴宏君の歓迎会も兼ねて皆んなと一緒に食事をしました。

 貴宏君の今後について、誠治さんはうちで引き取るつもりだったみたいだけど、貴宏君は(なぎさ)さんと元気(げんき)さんの家で暮らすことになりました。

 あ!そう言えば、渚さんに赤ちゃんが出来たみたいですよ!男の子かな?女の子かな?渚さん美人だから、女の子だったら綺麗な子になりそうだよね!!」


 私は今、仏壇の前で兄に報告をしている。

 報告と言っても取り留めのないものばかりだが、それでも毎日欠かさずやっている。

 家族の事、共に生き延びた渚や元気、他の仲間達の事など、聞こえているはず無いと解っていても、それでも毎日必ず1回は仏壇の前で兄に話しかける。


 「おーい美希ー?ちょっと出てくるー!」


 居間にいる誠治さんが私に話しかけてくる。

 

 「はーい!誠治さん、何処に行くの!?」


 「ちょっとそこまでー!」


 月の3分の1を任務で留守にする事が多い誠治さんは、任務が終わって帰ってくると、必ず10日ほどまとまった休みがある。

 その間は、子育てや家の事やら色々と手伝ってくれるのでありがたい。

 ただ、今回は色々と新しい問題などが出て来たため、自衛隊内でも今後の計画の練り直しなどを行うため、共に任務に着く事の多い誠治さんは、いつもより長い休暇になるようだ。

 普段あまり顔を出さない支局に行く事もあるだろうけど、毎日一緒に居られるのは嬉しい限りだ。

 だが、誠治さんは休暇のたびに時折こうして行き先も告げずに何処かに出掛ける事がある。

 しかも、決まって夕方だ。

 浮気の心配は微塵もしていない・・・だって、家にいる時は毎日の様に求められるし、そんな暇のある人でもない。

 それに、誠治さんは冗談は言っても嘘が苦手な人柄なため、すぐに顔に出てわかってしまう。

 だから、浮気の心配は全くしていない・・・していないったらしていない!

 でも、やっぱり気になってしまう・・・。


 「兄さん・・・私、悪い奥さんです・・・」


 私は誠治さんの後を追うべく家を出る。

 今は誠治さんのお母様が来てくれている・・・少しだけ夏菜枝と悠枝を見ていて貰おう。

 私は家を出る前にもう一度仏壇に手を合わせた。

 もし兄が生きていたら、苦笑しながらも「行ってこい」と言ってくれる気がする。

 だって、兄は面白い事が大好きだから。

 ですよね、兄さん?

 

 「あれ、美希ちゃん何処に行くのー?」


 私が隠れながら誠治さんを追っていると、間延びした聞き慣れた声が聞こえてきた・・・由紀子(ゆきこ)だ。

 由紀子は、私達と共に生き延びた仲間の1人だ。

 隆二(りゅうじ)の妻で、渚の妹分でもある。

 そんな由紀子に急に話しかけられ、私は誠治さんにバレないか心配になり、慌てて由紀子に駆け寄って口を塞いだ。


 「んー!んんん!?」


 「由紀子さん、少し声のトーンを下げて下さい・・・!誠治さんに気付かれます!!」


 私は由紀子が頷くのを見て、口を塞いでいた手をのける。

 誠治さんは気付いていないようだ。


 「ぷはっ!あぁビックリした・・・死ぬかと思ったじゃん!で、どうしたの?あれって誠治さんだよね?」


 「はい・・・任務から帰ってくると、毎回行き先も告げずに何処かに行くので気になってしまって・・・」


 私は由紀子に手短に事情を説明した。

 すると、由紀子は冷や汗を流しながら明後日の方を見た。

 これは何か知っている・・・。


 「由紀子さん、なんでそんなに汗をかいてるんです?今は冬ですよ?」


 「い、嫌だなぁ美希ちゃん!ソンナコトナイヨー!アハハハハ・・・」


 滅茶苦茶棒読みだ・・・。


 「由紀子さん、隠したいなら別に言わなくても良いです・・・その代わり、千枝達を見ていて下さい。

 まさか、断りませんよね?」


 「は、はい・・・いってらっしゃいませ!」


 由紀子はブンブンと首を勢い良く振って頷く。

 よし、後顧の憂は絶った。

 これで心置き無くスニーキングミッションが遂行出来ると言うものだ。







 誠治さんの後を追って15分程歩き、私はある建物の前に辿り着いた。

 そこは町の公民館だった。

 公民館には、何故か人が集まっている。


 (何かイベントがあるとかは聞いてなかったんだけどな・・・)

 

 見知った顔も多く、私は物陰から様子を伺う。

 すると、背後に人の気配を感じ、私は素早く振り向いた。

 そこには、見覚えがあるような無いような、そんな感じの1人の女性が立っていた。


 「見かけない方ですが、貴女も参加者ですか?」


 「あの、その・・・私は・・・」


 女性は、答えに詰まる私を訝しげに見てくる。


 (どうしよう!怪しまれてる!?)


 「その・・・私は、友人に誘われて来たんですが、友人が急に来れなくなってしまって・・・」


 私は嘘をついてしまった・・・。


 「そうでしたか!疑ってしまって申し訳ありません・・・初めてでしたら不安になっても仕方ないですものね!

 では、そのご友人の代わりに、私が色々と教えて差し上げます!」


 女性は申し訳なさそうに謝ると、私の腕を取って公民館の中に引っ張って行った。


 (誠治さんに見つかったらどうしよう・・・)


 私は抵抗する暇もなく強引に中に連れられ、そこに居る人達を見て驚いた。

 全員がサングラスとマスクを着用していたのだ。


 「驚きましたか?一応、これがここでの正装なんです・・・。

 私も前々回から参加したので、いつからかは分かりませんが、会長の意向らしいです。

 貴女、今日はサングラスとマスクは持って来ていますか?」


 「い、いえ・・・持って来てません」


 「なら、私の予備を貸してあげましょう」


 女性はハンドバッグから縁の尖ったサングラスと、白いマスクを取り出して私に手渡した。


 (これはあれね、俗に言うザマスメガネのサングラス版ね・・・こんなの何処に売ってるんだろ?)


 私は苦笑しつつ貸して貰ったサングラスをありがたく使わせて貰い、公民館の講堂に入った。


 (誠治さんはいないよね?)


 講堂には私と同じようにサングラスとマスクをした人達の他に、コスプレをした人もちらほらと見受けられる。

 今講堂に居る人達の中には誠治さんはいないようだ。

 あの人は身長が高いのですぐにわかる。

 出掛けた時にはぐれてしまっても、誠治さんだけはすぐに発見出来るので、千枝には「迷子になったら誠治さんを捜しなさい」と言いつけている。

 そのくらい誠治さんはわかりやすい。


 「上座に座っている女性が副会長、男性が相談役ですよ。

 副会長は今日も可愛らしいマスクを着けてらっしゃいますね!」


 私は、サングラスを貸してくれた女性に言われるがまま上座を見て吹き出した。

 そこには、渚と元気が居たのだ。

 渚はショートカットの髪の上から猫耳のカチューシャを着け、目には蝶々マスク、口元には「にゃ〜ん」と下手な字で書かれた白いマスクをしている。

 よく見ると、文字の下には小さく「byちえ❤︎」と書かれているのが見える。

 元気は赤いペンキを血飛沫の様に垂らしたボロボロの作業着に、頭の上にホッケーマスクを載せている。

 某ホラー映画の殺人鬼の格好だ。


 (何やってんのあの人達!?渚さんなんて手鏡でマスクを眺めながら嬉しそうにニヤけてるし!!)


 何なんだこの集会は・・・私は謎が深まるばかりで頭を抱えそうになった。


 「会長はまだいらしてらっしゃらない様ですね・・・今日はどんな姿で現れるのか楽しみです!」


 私の隣で女性が期待の眼差しで講堂の入り口を見る。

 たぶん、彼女の言う会長とはあの人だろう。

 渚と元気の上に位置する人物と言えば、私には1人しか思い浮かばない・・・誠治さんだ。

 

 「えっと・・・会長さんはどんな人なんですか?」


 「そうですね、身長が高くて見た目は怖いですが、気さくで優しい方ですよ!

 忙しい方のようですが、月に一度この様に集会を開いて、子供達の未来を心から心配なさっている素晴らしい方です!」


 (あら、誠治さんなかなか好感度高い?嬉しいけど、ちょっと複雑な気分だわ・・・)


 私が内心ヤキモキしていると、講堂の扉のドアノブがガチャガチャと動き出した。

 若干建て付けが悪いため、なかなか開かないようだ。

 しばらくすると、勢い良くドアが開き、講堂に背の高い人物が姿を現した。

 

 「おぉ、会長が来られたぞ!また予想の斜め上を行かれた!!」


 講堂に居た男性が、入って来た人物を見て感嘆の声を上げる。

 だが、私はその人物を見て言葉が出なかった。

 身長は明らかに誠治さんだ・・・だが、その格好が問題だった。

 黒い紋付袴はまだ良い・・・だが、頭に被ってるのは何だ?

 誠治さんは、頭を完全に覆った白いマスクを被っている。

 あのマスクには見覚えがある。

 昔、私の母がテレビで観ていた金田一○助の再放送に出て来た犬○家のスケ○ヨだ。

 背の高いスケ○ヨは、ゆっくりと、周りを威圧するような足取りで上座に向かう。

 

 「流石は会長・・・前回はマイケル・マイ○ーズで、今回はスケ○ヨか!まさか2連続で白塗りマスクを着けてくるとは・・・やはり発想が違うな!」


 「えぇ、相変わらず見事な完成度ですね」


 講堂に集まっている人達は、誠治さんを絶賛しているが、私は胃がビックリし過ぎて吐きそうだ。


 (貴方まで何やってるんですか!?)


 私は、叫びたい気持ちをグッとこらえ、上座に腰掛ける誠治さんを睨んだ。


 「お前、怖えよ」


 「だな!かなり不気味だぞ!」


 「怖いとか不気味とか言うなし!櫻木さんに頼んでやっと出来上がった自慢のマスクだぞ!!」


 誠治さんの両側に座る渚と元気には不評のようだ。

 櫻木さん、お前もか・・・今度あの人にも詳しく話を聞く必要がありそうだ。


 「えー、お集まりの紳士淑女の諸君、お待たせして申し訳ない!では、只今より第8回千枝ちゃんを見守る会の会合を開会いたします!!」


 私は、井沢スケ○ヨの開会の挨拶を聞き、地面に崩れた。


 「あら、貴女大丈夫?気分が悪いなら外に出ますか?」


 崩れた私を見た女性が、心配そうに話しかけてくる。


 「いえ・・・大丈夫です」


 辛うじて起き上がった私は、女性に涙目で笑い掛けて居住まいを正す。


 「では皆さんには申し訳ないが、私が留守をしていた間の愛娘の話を聞かせて頂きたい!」


 誠治の言葉を受け、皆が一様に挙手をする。


 「No.66の方どうぞ!」


 その中から渚が指名し、発言を許す。


 (名前で呼ばないんだ・・・No.66って会員数多いなぁ・・・)


 千枝が人気があるのは嬉しい事だが、かなり複雑だ。


 「指名していただきありがとうございます。

 では、会長が留守にされている間・・・今から2週間前の千枝さんですが、5時限目の体育の授業で居眠りをしていたと私の息子から報告がありました。

 昼食の後ですから、眠たくなってしまったのでしょう・・・」


 No.66の男性は、報告を終えるとそのまま着席する。


 「可愛らしいですな!」


 「千枝さんの、ほんわかとした雰囲気には敵いませんね・・・」


 報告を聞いた周りの人達は、口々に千枝を褒める。


 「会長はどう思われます?」


 渚は誠治さんに話を振る。

 誠治さんは腕を組んでしばらく考え込み、やがてゆっくりと顔を上げた。

 

 「昼飯食ったら眠くなるしね!良いんじゃない?」


 (良くねーよスケ○ヨ!)


 いけないいけない、言葉遣いが汚くなってしまった・・・。


 「他にはありませんか?」


 「はい!」


 渚が再度聞くと、私の隣にいた女性が元気よく声を上げて挙手をした。

 私はすかさずしゃがみ込み、誠治さん達に気付かれないように身を隠した。


 「貴女はNo.87でしたね?どうぞ」


 隣の女性は渚に指名され、嬉しそうに立ち上がる。


 「会長が留守にしてらっしゃった間ではありませんが、先程ここに来る途中、千枝さんを見かけました」


 「ほう、千枝は何をしていましたか?」


 女性の言葉を聞いて誠治さんが身を乗り出す。


 「捨て猫を見つけた千枝さんは、その猫を抱き上げて連れ帰ってらっしゃいました」


 「なんと慈悲深い・・・」


 「天使か!?」


 「尊い・・・」


 (千枝・・・貴女、捨て猫を連れて来るの3匹目よ?)


 周りは千枝を褒め讃えるが、私は内心泣きそうになった。

 私も猫は好きだが、結局面倒を見るのは私なのだ。


 「お前んところ6匹目だろ?大丈夫なのか?」


 元気が誠治さんに問いかける。


 (そうです!言ってやってください!やっぱり元気さんは頼りになります!!)


 私は元気の助け船に、思わず歓喜した。


 「んー・・・俺は別に良いけどね。

 だって、猫可愛いし!猫と戯れる千枝は癒やしですよ?破壊力抜群よ?俺のハートにヒビが入る威力よ?」


 (ですよねー・・・そう言うと思ってましたよ誠治さん)


 私は誠治さんの発言を聞き、彼のお小遣いカットを決心した。


 「お前が良いならもう何も言わねえよ・・・で、名前はどうするんだ?また変な名前にすんのか?」


 「変な名前言うなし!可愛いだろうが!!」


 「いや、正直私もどうかと思うぞ?コンブ、ワカメ、モズク、ヒジキ、ノリだったか・・・何故猫に海藻の名前をつけるんだ?」


 誠治さんは渚と元気にダメ出しを食らい、見るからに落ち込んでいる。


 「海藻じゃなければ良いんだな?No.87のご婦人、猫は何色でしたか?」


 「遠目でしたのでハッキリとは見えませんでしたが、灰色でした!」


 誠治さんから急に話を振られた女性は、慌てて答える。


 「灰色か・・・じゃあシシャモ」


 「だから何で他の生物の名前なんだよ!海藻から魚になっただけで海の生物ばっかりじゃねーか!タマとかチビとか他にも色々あるだろ!?」


 元気はたまらず怒鳴った。

 気持ちは解る・・・誠治さんのネーミングセンスは壊滅的だ。

 夏菜枝と悠枝の時は神のお告げか何かあったのだろう・・・変な名前を付けられなくて良かった。


 「あくまで俺ならって話だよ!耳元で怒鳴るなよな・・・お前の声デカイんだから加減してくれよ。

 まぁ、千枝が拾って来たんだし、千枝に決めさせるよ・・・それなら文句無いだろ?」


 「まぁ、それなら良いか・・・千枝ちゃんなら大丈夫だろう」


 「そうだな」


 渚と元気は素直に納得する。

 心なしか誠治さんは悲しそうだ。

 スケ○ヨマスクで表情は見えないけど・・・。


 「さてと・・・茶番はこのくらいにして本題に移ろうか?」


 項垂れていた誠治さんは、気を取り直して顔を上げると、スケ○ヨマスクを取り払った。


 「元気、眼帯着けてくんない?」


 「切り替え早えよ・・・ほら貸せ!」


 誠治さんは懐から眼帯を取り出して元気に付けてもらう。


 「まぁ、いつものノリで前置き長くなっちゃったけど、何か変わった事は無かったですか?」


 「私達の地域は特には変わりありません。

 前回の話し合いで決めた通り、放課後の通学路や公園には毎日誰かしら顔を出すようにしていますが、不審者などは見当たりませんし、今のところは問題ありません」


 「こちらも同じくです」


 今迄の空気からガラリと変わり、急に真面目な話が始まる。


 (何なのこれ・・・)


 「ふむ・・・では、皆さん引き続きお願い出来ますか?

 正直、空港や港などの警備及び反攻作戦などで、警察や自衛隊の協力は難しい状況です・・・私や元気達も出来るだけ人数を割くようにはしていますが、人手が限られているため、公共施設や学校の警備などで手一杯なのが現状です。

 ここに集まって下さっている方々は、皆さんお子さんがいらっしゃいます。

 公の場での子供達の安全は私達が何としても守るつもりですが、私生活での安全は皆様方のご協力が無くては実現出来ません・・・。

 大変心苦しくはありますが、ご協力よろしくお願い致します」


 誠治さんは立ち上がると、講堂に集まる人達に深々と頭を下げた。

 そこで、やっと私は理解した。

 千枝ちゃんを見守る会はただのおふざけで、本当の目的は、子供達の安全を守る為の地域ぐるみの自治組織なのだと。


 (あーあ・・・なんだか狐に化かされたみたいだな。

 1人で踊らされて馬鹿みたい・・・でも、最後は結構ちゃんとした会合で安心したな)


 私は借りていたサングラスとマスクを女性に返して、一足先に帰路についた。

 早く戻らなければ誠治さんに怪しまれてしまうからだ。


 「ただいまー」


 「あ、お帰りなさい美希ちゃん!どうだった?」


 私が家に帰り着くと、千枝達の面倒を見てくれていた由紀子が出迎えてくれた。


 「なんて言ったら良いか、驚き過ぎて胃が痛いです・・・それより、今日はありがとうございました」


 「別に気にしなくて良いって!千枝ちゃんをはじめ、皆んな良い子だからね!

 あ、そう言えばさっき千枝ちゃんが・・・」

 

 「また子猫を拾って来たんですよね?さっき知りました・・・」


 「あはは!若いのに苦労してるねぇ」


 私は由紀子と談笑しながら部屋に入る。


 「あ、お帰り美希ちゃん!お邪魔してるよ!」


 居間のソファーには隆二が座り、千枝が連れて来た子猫を抱いている。


 「この子猫、滅茶苦茶人懐こいよ!」


 子猫を抱いている隆二はご満悦だ。


 「隆二さん、千枝はどこに居ますか?」


 私は隆二を見て苦笑しながら千枝の所在を確認した。


 「千枝ちゃんなら、貴宏君と夏菜枝ちゃん、悠枝君、うちの子供と一緒にお風呂だよ。

 いやぁ、貴宏君は初々しいね!千枝ちゃんに誘われて顔が真っ赤だったよ!」


 誠治さんが聞いたら卒倒しそうな内容だ・・・。

 まだ小学生とは言え、もうちょっと恥じらいを持って欲しいところだ。


 「まぁ、あまり怒らないであげてよ?千枝ちゃんが優しい証拠なんだからさ」


 隆二は遠慮がちに千枝をフォローする。


 「大丈夫ですよ・・・誠治さんもその話を聞いて飼う気満々でしたから・・・」


 「あの人らしいな!じゃあ、この子もまた変な名前を付けられるのかな?今度は何になるか気になるな・・・海藻シリーズはもうネタ切れ気味だし、他に何か変な名前ってあるかな?」


 「誠治さんはシシャモにしたいそうです・・・」


 「今度は魚かぁ・・・お前、シシャモだってさ!」


 隆二は子猫のお腹をくすぐりながら笑っている。

 子猫は気持ち良さそうに喉を鳴らしている。


 「千枝に決めさせるみたいですよ?」


 「おぉ、良かったなお前!変な名前は免れたぞ!!千枝ちゃんなら可愛い名前付けてくれるかもしれないぞ!?」


 私は隆二の言葉を聞いて項垂れた。


 (誠治さん・・・貴方のネーミングセンスは皆んなから不評ですよ)


 なんだか誠治さんが可哀想に思えてしまう。


 「ただいまー!」

 

 玄関の扉を開ける音と共に元気な声が聞こえた。

 誠治さんが戻って来たようだ。

 他にも声が聞こえるので、渚と元気も一緒なのだろう。


 「お帰りなさい誠治さん・・・」


 「どしたん美希?なんか元気ない?」


 「気のせいですよ」


 私は努めて平静を装う。


 「おっ、隆二!お前可愛いの抱いてんな!ちょっと貸してみ?」


 誠治さんは今知ったかのように演技をしている。


 (誠治さん・・・私は知っているんですよ?貴方の来月のお小遣いは全額カットです・・・)


 私は誠治さんのあからさまな演技に、心の中で不敵に笑う。


 「で、どしたんこの子?」


 誠治さんは私の心の声に気付きもせずに演技を続けている。


 「また千枝が拾って来たんですよ・・・」


 「そっか、またか・・・で、千枝は?」


 「子供達皆んなでお風呂だそうです」


 「えっ・・・まさか貴宏君も?」


 「何か問題が?」


 私の事務的な返事に、流石の誠治さんも異変に気付いたようだ。

 表情に焦りの色が浮かぶ。


 「そ、そうか・・・仲が良いのは良い事だよな!うん!!ところで美希・・・なんか怒ってる?」


 「いいえ、別に私は怒っていませんよスケ○ヨさん・・・」


 私がそう言うと、誠治さんは顔面蒼白になった。


 「ま、まさか来てたの・・・?」


 「第8回でしたっけ、随分と楽しそうでしたね?」


 誠治さんはブルブルと震えながらその場に崩れ、土下座をした。


 「ごめんなさい・・・」


 千枝ちゃんを見守る会について、私が快く思っていないと知っている誠治さんは、大きな身体を縮めて謝っている。


 「はぁ・・・誠治さん、私も一応最後まで居たので内容は知ってますよ。

 地域の子供達のためなんですよね?それならそうとハッキリ言ってください・・・」


 「ごめん・・・なんだかちょっと恥ずかしくてさ」


 私が怒っていないと解ると、誠治さんの表情が明るくなった。


 「美希ちゃん、それは違うぞ?最初は本当に千枝ちゃんを見守る会だったんだ」


 「ちょっ!渚さん!?何バラしてんの!!」


 誠治さんは慌てて渚さんに詰め寄る。


 「渚さんも随分とご満悦でしたね?千枝に書いてもらったマスクはそんなに気に入りましたか?」


 「・・・すみません、正直かなり嬉しかったです」


 渚は、一緒に居た自分も見られていた事を思い出し、恥ずかしそうに俯く。

 だが、その顔がニヤけているのを私は見逃さなかった。


 「あっ、お父さんとお母さん戻って来てる!」


 私達が居間で話をしていると、お風呂から上がった千枝達が戻ってきた。

 千枝は誠治さんと私、そして子猫を交互に見てモジモジとし始める。


 「千枝、ちゃんと話しなさい?」


 千枝は私が怒っていると思ったのだろう、少しだけビクリと身体を震わせた。


 「お母さん、お父さん、ごめんなさい・・・子猫飼って良い?」


 千枝は上目遣いで恐る恐る口を開いた。


 「はぁ・・・誠治さんは飼う気満々みたいだし、多数決では私の負けだから良いわよ?

 ただ、ちゃんと面倒を見なさいね!千枝が拾って来たんだから、最後までしっかりと面倒を見る事!!」


 千枝の表情が明るくなる。

 我が妹・・・もとい我が娘ながら可愛い奴だ。

 誠治さんが甘やかすのも無理はない。

 だが、だからこそ私が厳しくなければならない。

 そのうち嫌われたらどうしよう・・・。


 「千枝が名前を付けてあげなさい」


 誠治さんはそう言うと、抱いていた子猫を千枝に渡す。


 「えっとね・・・さっきから考えてるんだけど、良い名前が思い浮かばないの!お父さんならどうする?」


 (ちょっと待ちなさい千枝!何でそこで誠治さんなの!?)


 周りを見ると、渚達も同じ事を考えているようだ・・・冷や汗をかいている。


 「灰色だからな・・・やっぱりシシャモだな!」


 (やっぱり!千枝、却下しなさい!!)


 子猫の世話を千枝に一任したせいで、私は強く出る事ができない。

 

 「シシャモかぁ・・・シシャモ・・・あはは!君の名前シシャモだって!良かったね!!」


 私の願いも虚しく、子猫の名前はシシャモに決定した。

 まぁ、千枝がそれで良いならもう何も言う事は無い・・・。

 

 (兄さん、見ていますか?私達が手塩にかけて可愛がっていた千枝は、何だが徐々に誠治さんみたいになっていますよ・・・)


 私は、子猫を抱いている千枝を笑顔で見ていたが、心では泣いていた・・・。

 兄さんが生きていたら、シシャモと言う名前を聞いて反対しただろうか?

 いや、あの人なら笑いながら賛成していたはずた。

 あの人は楽しい事が大好きだ。

 私達を楽しませ、そして楽しそうに笑う私達を見るのが好きだった。

 

 (兄さん、見ていますか?千枝は毎日楽しそうにしていますよ・・・驚いたり、焦ったり、色々な事がありますが、もちろん私も楽しいし、とても幸せです。

 貴方が命を懸けて守ってくれた私達は、泣いたり笑ったり忙しい日々を送っていますが、貴方が願ってくれた幸せな生活を送っています。

 兄さん、いつか私達がそちらに行くその日まで、どうか私達を見守っていてください・・・)


 私は兄に話しかける。

 聞こえてはいないだろう、見えてもいないだろう・・・いや、違う気がする。

 兄なら、私達の幸せを心から願ってくれた兄ならば、きっと何処からか見ていてくれているだろう。

 これはただの個人的な願望だ。

 でも、きっと兄ならそうしてくれる・・・そう思っていた方が私も千枝ももっと幸せになれる。

 

 (兄さん、私達は幸せです!)


 私はもう一度兄に語りかけ、2日連続となる食事会の準備を始めた。


 

 

 

 

 

 


 


 



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