第7話 旅立ち
…やっぱり自由は一番だよね。大好き、自由。あいらぶ自由。
柔らかい木漏れ日が、彼女の長い髪の上をなめらかに滑る。冷たい池の中につけた両足を水草がくすぐっている。
岸辺には黒いローブが放り投げてあった。
「……うふふ、やっぱりね」
1人でいるというのに、彼女は水の中を覗き込んで、楽しそうに笑っていた。
その無邪気な笑顔は一見可愛らしかったが、氷の様な冷たさもあった。
「《無心》の彼は《心》を求め、旅に出る……か。体と心は引かれあうものね」
静かな水の揺らめきの中から足を上げて、濡れた両足を拭いて靴を履く。
「始めは何処に行くのかなぁ……」
放り投げてあったローブで体を覆うと、彼女は歩き出した。真っ赤な唇に笑みを浮かべ、楽しそうに。
慣れた手つきで剣帯を腰に巻いて、剣を差し込む。窓からは朝の蜜色の光が差し、部屋を明るくしていた。
ゼアルは柔らかく光る部屋の中を見回した。きっと、もうここに戻ることは無いだろう。
足元に置いていた荷を担ぎ上げると、光に背を向けると、外へ出ていった。
「……ゼアル」
木に寄りかかって座っていたドルクは、ゼアルの姿をみとめて立ち上がった。昨日のゼアルの決意の表情−−あれを見て、
(予想はしていた)
唇をぎゅっと引き結んだその表情は、今までの見たことのないゼアル、何かが変わったゼアルを物語っていた。
今もその表情をしているのを、ドルクはがしがしと頭を掻いた。
「行くなっつったよな?でも行くんだろ?」
静かに頷いたゼアルを見て、ドルクは心を決めた。
「バーカ野郎」
いきなりそんなことを言われたゼアルはいぶかしげに眉をひそめた。
「お前なぁ声も出せねえのにどうするんだ?筆談にも無理があるだろうがよ。それにお前はログーナ帝国軍の主力だぞ?逃げたのバレたらどうすんだよ。お前1人じゃ旅なんか無理だろ」
失礼な、とゼアルは顔をしかめたが、正論である部分も確かにあることに気付き、複雑な表情になった。
その間にもドルクは言い訳がましい口調で何か話し続けていた。
ゼアルは止めようとするなら無理やりにでも行こうかと考えていたが、止めようとするような口調でもないので、しゃべり続けるドルクに、
『お前は何が言いたいんだ』
と、指で文字を書き伝えると、
「あー……だから、うん」
ドルクは言葉を絞り出した。
「……俺も行くっつってんの」
口を少し曲げて言った、その言葉を聞いて、しかめた顔を戻したゼアルは、また文字を書いた。
『昨日止めてたのにか』
「いい。俺も行けばいいから」
よくわからない答えが返って来たので、すっきりしなかった。ドルクはすでに準備までしていたようで、木の影から荷を引っ張り出した。
「まぁ、いこうぜ」
旅は道連れ、2人連れってな、と小さく呟いてさっさと歩き出したドルクを追って、ゼアルも歩き出した。
2人で歩きながら、なんだか昔に戻ったような心地だった。
もう、自分を押さえ付けていた手はない。何をするにも、どこへ行くにも自由だった。
ゼアルの顔は、光の中に柔らかく溶け、いつもよりほんの少し、和らいだ表情を浮かべていた。
さて、ゼアルとドルクが一緒に旅をすることになりました!
そういえばなんですが、ドルクは24歳です。ゼアルより意外と年上なんですよー。