第6話 迷いと決断
ドルクはなにげに過保護なのかなー。
風が止むと同時に、予言者は消えていた。辺りはまた日の光に満たされ、林も何もなかったかのように葉を揺らしていた。
いつも通りの光景に、一瞬夢を見たのかと感じたが、冷や汗が伝う背と、辺りに多く撒き散った緑の葉が、さっきのことが現実だと静かに告げていた。
ゼアルはさっきまで硬直していた体をゆっくりと動かし、感覚を確かめた。
予言者が言ったことは謎だらけで、《やらねばならぬこと》なんかは特にそうだ。本当に意味のわからないことだらけである。
(……それでも俺は、俺の意思で決めろということか?)
しかし、ゼアルの中には今まで感じたことの無い『迷い』があった。
いつも感じている胸の中の『虚ろ』の正体を知ることができるかもしれない。そう思うと、『進みたい』と思う。
しかし反対に、今までの暮らしが崩れると思うと『進みたい』とは思えず、考えるのは億劫になった。
ゼアルは自分で何かを決めたことがほぼ無い。命令されたことにただ従う−−正に、『兵器』そのものだった。
そう考えた瞬間、ゼアルの中に今まで無かったものが蠢いた。今までの奇妙な欲求とはまた違う、不可思議な感覚−−しかし、ゼアルにその正体は掴めなかった。
ゼアルは草の上に倒れ込んだ。腕で顔を覆って、ちらちらと揺れる木漏れ日を眺めながら、しばらくの間動かなかった。
ドルクは、ゼアルに言い様の無い大きな不安を感じていた。
(あいつは、俺達とは違う……)
いつか、何も言わずに何処かに消えてしまいそうで、怖いのだ。出会ったばかりの頃はそうでは無かったのだが、一緒に過ごすうちに、そう感じるようになった。最近はその感覚が何故か強く、心配する反面、怯えている自分に嫌気がさすのだった。
不安を掻き立てる理由はもうひとつある。
それは、ゼアルには【心】が無いことだった。だから、【殺戮兵器】になる。なれてしまう−−しかし、あのとき
(止めていれば……こうならなかったのか?)
そこまで考えて、ドルクは頭を振って、その記憶を振り払った。記憶と一緒に不安も消えてしまえばいいと思ったが、黒々とした不安は消えなかった。
林を歩いていき、ゼアルの家が見えた。しかしゼアルの姿は見当たらない。
(この時間帯なら、素振りをしているはずだが……)
少し歩を速めて家の前の草地に出て辺りを見回すと、ゼアルが日当たりの良い草の上にころっと転がっていた。
「ひ……日向ぼっこか?」
しかしそうは思えない。日向ぼっこのようなほのぼのしたことをするような奴ではない。
ゼアルのこんな姿は初めて見たので驚いてドルクはゼアルの脇にしゃがみこんだ。
「おい!ゼアル?」
「……」
ゼアルはゆっくりと腕をほどいて、ドルクを見上げた。
なんとなくほっとして、
「お前どうしたんだ?具合でも悪いのか?」
と問うと、ゼアルは眩しそうに目を細め、首を横に振りながら起き上がった。そして、ひたっとドルクに目を止めた。ドルクを見たまま、なにか考え込んでいるようだ。らしくない行動にドルクはますます困惑した。
「本当にどうした?」
「……」
ゼアルはふいと目をそらし、立ち上がった。家の中に入って行く。それについてドルクも家に入って椅子に座ると、ゼアルは棚を漁っていた。
やっとのことでゼアルは紙と筆を取り出すと、ドルクにさっき起きたことを筆談し始めた。
しかし、【予言者】の話になったとき、それまで頷きながら聞いていたドルクの顔がこわばった。
ゼアルがそれに気付いて問うても、
「なんでもない。続けろ」
と応えるだけだった。気にはなったが続けろと言われたので、最後まで伝えた。
話が終わったときには、ドルクの顔は今まで見たことが無いほどに険しくなっていた。
しばらく沈黙が流れたが、ついにドルクが口を開いた。
「そいつの言ったことは信用できねえよ。【予言者】なんて怪しいにもほどがある」
「……『【予言者】のことを知っているのか?』」
「知らねぇよ。でも、行くな」
ドルクは一度も聞いたことの無い厳しい口調で言い、立ち上がって外へ出ていった。
ゼアルは追わず、そのまま椅子に座っていた。
(……いやだ)
ゼアルの中に、またあの感覚が沸き上がった。
(俺は今まで、人のいいなりになってきたんだ。でも、もういやだ)
もう、迷いは無かった。
文章おかしいかな?
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