第5話 変転
《変転》とは兆しなしに不意にやって来るものだ。《変転》を受け入れるか、否か−−−それは彼にかかっている。
黒いローブを目深に被り、俯いて彼の元へ向かう者は赤い唇をにい、と歪ませた。
その朝、ゼアルはいつものように剣を振るっていた。明るくやわらかい光が、剣を振るたびにその刀身から反射して、チカリ、チカリ、と光っていた。
しかし、剣を真横に振り抜いたときだ。急に辺りが薄暗くなったのだ。太陽に雲でもかかったのかと空を仰ぐと、太陽は変わらず輝いていた。−−ここにだけ光が届いていないのだ。
まるで、ゼアルを取り囲むこの場所が、世界から切り離されてしまったようだった。
ゼアルは背後に視線を感じ、剣を構えて振り向いた。が、そこには誰もおらず、気配も消えていた。
気のせいか−−と構えを解きかけた。すると、
「いつまで、そっち向いてるの?」
突然耳元で聞こえた女の声。背後にいるであろうその者にゼアルは剣を突き刺した−−が、手応えは無く、剣は空を切った。
気が付くと、その者はゼアルからかなり離れたところに立っていた。
小柄な人だった。しかし、真っ黒ローブですっぽりとその身体も顔も覆い隠している。フードの下からかすかに見えている真っ赤な唇は笑っているかのようにつり上がっていた。
「うふふ……そんなにピリピリしないでよ」
ゼアルがこの何者かもわからない者に警戒しないわけがなかった。それに、何者かわからないだけではない。普通、耳元まで人間が寄ってきたら誰でもすぐにわかる。それなのに気付けなかったのだ。
この者は何か特別な能力を持つはずだ。呪術師か何かかもしれない。『何をするか、何ができるか、わからない』。うかつに動けば、やられてしまう。
ゼアルはその者をにらんだまま、動くことができなかった。
「私は、【予言者】。あなたの来た道、行く道を知る者」
【予言者】と名乗った者はゆっくりと口を開いた。
来た道、行く道は過去と未来ということだろうか。だが、ゼアルはこんな者は見たことが無い。また、未来を知るなんて、そんなことができるわけが無い。
「疑ってる?なら……」
予言者はゼアルに向かって歩き出した。それに応じて、動こうとしたゼアルは、異変に気が付いた。
金縛りになったかのように、体が全く動かないのだ。歩いてくる予言者を、歯を食いしばって睨むことしかできなかった。
予言者はそのままゼアルの耳元に口を寄せ、何事かを囁いた。そしてまた離れていく。
囁かれたことは、ゼアルしか知らないことだった。
「わかったかしら……?」
笑う予言者をゼアルがさっきよりも強く睨み付けた時だ。
急に木々がギシギシと悲鳴をあげ始めた。強い風が辺りを揺るがした。
「殺戮兵器の名を持つ少年、ゼアルよ」
不自然な風はますます唸り、2人を取り囲む、歪んだ薄闇をかき混ぜた。
「あなたには《やらねばならぬこと》がある」
(やらねば、ならぬこと……?)
「信ずる道を進み、すべてを手に入れなさい。−−−−……」
最後の言葉は大気の吠える声に掻き消されて聞こえなかった。目も開けていられない風の中、最後に見えたのは女のつり上がった唇の赤色だけだった。
日本語って難しい。がんばります。