70 日常を破る悪意…そして再起
「グリン!大変!これ見て!」
そう言ってネアは俺のところへやって来た…。今は太陽の照りつける朝…。俺はちょうど井戸で顔を洗っていたところだ…。起きたばっかりで眠気がひどかったんだけど…ネアの声で目が冴えてきた。
「ネア…どうしたの?そんなに血相変えて…」
俺は呑気に…ボケたように尋ねると…
バサッ…!ギュッ!
「うぷっ!?」
「もう!そんな呑気に…とにかく見て!この新聞!とんでもないことになってるの!」
ネアは俺のそんな態度にイラついたのか、新聞ごと俺の顔に押し付ける…。勢い余ってひっくり返りそうになった…。
…というかこんなところにも新聞って来るんだ…。森に囲まれた家にも届けてくれる…って大変な気もする…。
まぁ…それはおいておいて…
「えっと…『王女様ご乱心!多くの被害をだし、独裁政治を敢行!』…って…えぇぇぇぇ!!?」
「どういうことなの?確か…襲われたのはリア様…の方よね?」
「そっ…そうだけど…なんかおかしいよ!…どうなってるんだ…」
なんで…リアが悪者みたいに書かれているんだ!こっちは身の危険を感じたっていうのに…。こんなんだと城に帰ろうにも帰れない…。
そんな俺の疑問に答えるかのように…朝早く起きたらしいマリーさんが、近づいてきた…。
「どうやらやられましたね…。ヴォルトが都合のいいように事実をねじ曲げ…それを新聞記者のものたちに言いふらしたようです」
「なっ…!」
「実際…ヴォルトは腕の骨を折られてますし、被害者として立ち回るのは容易ではないかと…」
くっ…!あいつ…!自分から仕掛けておきながら、劣勢になったとみればそれを利用するなんて!
「くそっ!…こうなったら…!」
「…何をなさるおつもりですか?」
俺の怒りに満ちた表情を見て…マリーさんは鋭い視線で睨み付ける。まるで、俺のこれからすることを非難するかのように…。
「そっ…そんなの…決まってるじゃないですか!ヴォルトのやつを探して…」
「…あの男を叩くつもりですか?それでは何も解決はしないでしょう…。ここまで大事になっているのですから…」
「だからって…なにもしないわけには…!」
「…今はリア様の安静が最優先です。勝手な行動はしないでください」
「うっ…!」
…それもそうだ…。今行動を起こせばこっちにも被害が及ぶかもしれない…。なにより…ほとんど関係のないネアを巻き込むわけには…。
頭を冷やした俺はすぐに頭を下げて、マリーさんへと謝ることに…。
「…すいません…。確かにそうでした…」
「まぁお気持ちはわかりますが…。マリーもこのような状況…心苦しいですから…」
辺りに広がる重苦しい雰囲気…。どうしようもない…という思いが俺たちの間に影を落としていく…。
そんな俺たちの様子を見てネアは…
「えっと…とりあえず朝御飯食べませんか?すぐ用意できますし…」
その場の空気を変えるために朝食の話題へ…。そういえば少し香ばしい匂いがしてくる…。俺が起きる前から準備はしてたのかな?
「…そう…だね…。俺もお腹へってるし…」
「マリーはリア様をお呼びいたします」
タッタッタッタッ…
マリーさんはそう言うと、主のいる家の中へと向かうことに…。今回の件は…リアには言わない方がいいよな…。
「ネア…この事は…」
「うん…リア様にも言わないようにしないとね…。余計に辛い思いをさせたくないし…」
俺の言いたいことを瞬時に理解したネアは納得したように頷く…。なんというか…本当に優しいよな…。
それにしてもこれから大変なことになりそうだ…。この森から一歩も出ることはできないし、下手したらネアまで巻き込む恐れがある…。
俺の力を使ってもこの騒ぎを静めることなんてできるわけないし…。
「…グリン…」
「ん?どうしたの?ネア…」
そんな俺の表情を見て…心配になったのか、ネアが声をかけてくる…。その声にはいつものような明るさはない…。まるでか細い…小動物のような印象を持ちそうだ…。
「もし…リア様が元気になったら…どうするの?」
「…どうするって…それは…」
「誤解を解くために…城に帰るの?多くの国民を相手にして…。そんなことしたら…何されるかわかんないよ…?」
「う…ん…」
ネアの心配はわかる。このままじゃダメなのは確かだけど、状況を改善するために動くのも正直危険だ。
…なんだか…どうしようもできない自分に腹が立ちそう…。
でも今は…
「ネア…ご飯食べよう。今はこんな話しても辛いだけだ」
「うん…そうね…。それじゃあ…すぐに用意する…」
「俺はお皿でも準備するよ。どれくらい必要?」
「あっ…えっと…ちょっと待ってね…」
「うん…」
今だけは…辛い思いを忘れていよう…。これからのことは…あとで考えた方がいい…。俺はそう思うことにした…。
―
…
カチャ…モグモグ…
あれから…美味しく出来上がったネアの朝御飯を食べながら、俺たちは静かに過ごしていた…。もちろん新聞の話題は口にしない。とにかくリアの体調を気にするのが先…。
そのリアはというと…
「…」
…なんというか…静かすぎる…。このままだと一週間…いや、一ヶ月近くこのままかもしれない…。なんとか機嫌だけは損ねないようにしたいけど…。
リアの着るネグリジェ…その周りに漂う妖精達も少し困惑している様子…。どうすれば元気になるのか模索しているようだ…。なんか大変そうだなぁ…。
なんて思っていたら…
「…お主ら…妾に伝えるべきことがあるのではないか?」
「「「…!!」」」
一瞬…その声がリアのものであると気がつくのに遅れてしまった…。実に半日ぶり…それまでは沈黙を保っていたのに…。
そんなリアの言葉に驚きながらも、マリーさんは丁寧に…落ち着いた様子で応えていく。
「…リア様…。マリーからお伝えすることはありません。ですので…」
「嘘じゃな…。マリーの顔を見ればわかる。よほど切羽詰まった事情がありそうじゃのう?」
「…!…申し訳ありません…」
一瞬にしてマリーさんの考えを読み取ってしまったリア…。この人には嘘もつけないし、隠し事もできないようだ…。
主からの言葉にさすがのマリーさんも頭を下げてしまったし…。それでもリアは責めるようなことはしない。
「…マリー…。謝らずともよい。妾のためであろう?」
「しかし…」
「ここまで迷惑をかけてすまんかったな…。妾はもう大丈夫じゃ…」
そして…リアは俺たちの方に向き直ると…
「そしてグリン…そしてネアとやら…。こうして妾の世話までしてもらったこと…感謝する」
「そっ…それは…リア様も困っていましたし…当然のことかと…」
「当然とはいえ…妾はお前に迷惑をかけてきた。それを恩で返す…良くできた娘よ…」
「…あっ…ありがとうございます…」
リアからの感謝の言葉にネアも驚いたようだ…。なんというか…こうして二人の会話を見るのって不思議な感じがする…。なんか…和むなぁ…。
そんな俺の思いに反して、リアはスッ…と真剣な顔になると…
「…して話は戻るが…なにやら妾達にとって都合の悪いことが起きておるのじゃな?」
確信の部分へと話を進めていく…。リアからの問いに…マリーさんは分かりやすくスラスラと説明することに…。
「はい…。ヴォルトが昨日の件を利用して、私達を悪党として世間に広めたようです。いずれは混乱した市民による暴動が起きるかと…」
「ふむ…それはマズイのぅ…」
その場で思案するリア…。こういうときはホントに頼りになる王女様だ…。無茶な考えしなかったらいいんだけど…。
そうしてリアの中で一つの考えがまとまったのか…
スクッ…
その場で立ち上がるといつもの調子で口を開いていく…。
「よし…マリー…そしてグリンにネア…。さっそくではあるが準備をせよ。二、三日後…妾の指示する通りに動くぞ」
「リア様…いったい何を…」
「おそらく城の方でもいくらかの混乱が起きておるじゃろう…。多くの国民が押しかけておるはずじゃ…。ここでゆっくりするわけにはいかんしの…」
「まさか…城へ乗り込むおつもりですか?民衆を相手に説得するおつもりでは…」
マリーさんの表情…。落ち着いているようで相当焦っているようだ…。主の無茶な行動に衝撃を受けたんだろう…。なんか…俺もスゴく緊張してきた…。
「…ふむ…乗り込むのもいいのぅ…。しかし…そういった策は今回はなしじゃ」
「それでは…何を…」
「なに…それほど大胆な策ではない。まぁ…要するに…」
そして…リアの口から出てきたのは、彼女らしからぬものだった…。
「この国の英雄になる…というものじゃ」




