69 心休まる歓待
「…グリン様が謝る必要はありません。元々リア様も説明していませんでしたし…。マリーだって今回の件は知りませんでした」
「…それだけ周りの者に知られたくなかった…という訳なんでしょうか?」
「そうですね」
それにしても無茶な作戦だ…。俺が力を使うからこそ成り立つ策…というのもそうだけど、リアの身も危険にさらすことになるし…。
こんなことをしてまでこの国を変えたい…ということなんだろう…。
「とにかく…リア様の状態は少し不安定です。マリーもできるだけのケアはしますが、グリン様も下手に刺激を与えるようなことは…」
「はい…そこは気を付けます」
精神的にダメージを受けたリアには安静が必要だ…。すぐに城へ帰るわけにはいかない…。明日になったら国中大騒ぎするだろうけど…。
そう思っていたら…
トタトタトタトタ…
「すみません…ちょっと遅れました…。たぶんリア…様にはこういう服が似合うと思うんですけど…」
額にほんのちょっぴりの汗をかきながらネアがやって来た…。手には白い薄手の生地を持つ服…ネグリジェ…かな?
「ネア様…その服はもしかして…」
そう言葉をかけたマリーさんの表情には驚きが…。まるで信じられない…というような思いが伝わるようで…。なんでそんなに驚くんだろう?
「はい…その…見てもらったらわかるんですけど…」
そう言って手に持っていた衣服をひろげると…
パサッ…パッ…
「…!ネア…その服…光って…る?」
そう…。一見すると白のネグリジェのように見えるそれは、驚くほど不思議な光を帯びていた…。歌手の人が身に付けるような衣装ではない。服の周りを細かな…それでいて美しい光の粒が舞っているのだ…。
なんで光ってるんだろう…。そんな俺の疑問に、ネアは分かりやすく説明してくれる…。
「…グリンにも話したことないから知らなかったと思うんだけど…この光…森に住んでる妖精なの…」
「よっ…妖精!?」
「うん…特別な生地でできた服だから…妖精達が寄ってくるらしくて…。元々お母さんが私のために作ってくれたんだけど…」
…ネアのお母さん…。そういえばまだ聞いたことなかったな…。
「お母さんが…?」
「うん…でも…私が子供の頃に…その…」
一瞬…ネアの目には小さな滴が…。表情も悲痛なものになり、その先を言おうとしても言葉が出ないようだった…。たぶんお母さんはもう…この世には…。
そんなネアの様子を察したマリーさんは、すぐさま話題を変えるために言葉をかけていく。
「…それで…なぜそのような大切なものをリア様のために?服ならいくらでもあるのでは?」
「…その…リア様も相当ショックを受けてるみたいなんで…。この服を着ると妖精の加護を受けて精神的に楽になるんです。せっかくだから…と思って…」
「しかし…」
マリーさんの複雑そうな顔…。やっぱり申し訳ない思いでいっぱいなのかもしれない…。でも、ネアとしてもこのまま引き下がるようなことはしないだろうし…せっかくだから後押ししよう…。
「マリーさん…。ネアはリアの…俺たちのためを思って特別な服を用意してくれたんです…。断るのはマズイと思いますよ?」
「…そうですか…それもそうですね…。それではネア様…ありがたくお借りします」
「はい…。きっとリア様も気にいると思いますよ!」
そう言ってネアの手にあった服…光を帯びた美しい白は、優しく…丁寧に扱うようにマリーさんの手へ…。周りを漂う妖精たちも一瞬主の手を離れたことから困惑したのか…ちらちらと動き出すが、すぐに事を察してマリーさんの周りを取り囲んでいく…。
「…皆も納得してくれたみたい…。いつでも力になるって言ってますよ?」
ネアの口から語られる妖精たちの思い…。その言葉になんだかホッとしてきた…。ここの森にいる生き物は優しいなぁ…。
「…ありがとうございます。リア様にもこの事をお伝えします…」
マリーさんはそう言うと、深々と頭を下げて感謝の意を示していく…。あまりにも綺麗な姿勢に、少し申し訳なさも感じちゃうな…。そして、その思いはネアも一緒のようで…。
「そっ…そんなに頭下げられると…ちょっと恥ずかしいです…。あっ…!せっかくだしリア様も呼んでご飯にしましょう!まだ何も食べてないんじゃないですか?」
あたふたしながらも夕食の提案をするネア。そういえばもうそんな時間か…。気がつかなかった…。
「それではお言葉に甘えて…。マリーはリア様を呼んできます」
「はい!私も美味しいもの作りますね!グリンも手伝って!」
「うん!わかった!」
―
…
そんなこんなで…特に大きな問題もなくこの日を過ごすことができた…。いつ襲われるかという不安も忘れて、ネアの用意した手料理を食べたり…森に住んでる動物たちの鳴き声を楽しんだり…。本当に心落ち着く日常を送ることができた…。
それでも次の日…俺たちには時間がないのだと、痛感することになるなんて…このときは思ってもいなかった…。




