第六章 結束 5
「ちょっと待ってね」
カードショップの前まで着くと、リサはそう言うなり、バックから眼鏡と帽子を取り出してそれを被る。
「何してんの?」
本当に意味が分からなかったので俺は尋ねた。するとリサは俺の耳元で囁く。
「最近有名になったから、こういう場所に居ると声かけられるの。いつもは良いんだけど……」
少し困った様にリサは俯いた。そこで俺は悟る。
「ああ、確かに俺と一緒に居たら誤解されるかもな」
「違うよ」
コツンと俺は頭を叩かれる。なんか最近良く叩かれるなぁ……。
「その……折角、的場君と居るのに、邪魔されたくないから……」
恥ずかしそうに目を逸らすリサは何時もの活発な印象とは違いとても女の子らしく見えた。
「ねえ……この格好変じゃない?」
「いいや、似合ってる。可愛いよ」
「へへ~そうかなぁ~」
嬉しそうだ。素直な所も可愛い。
「じゃあ行こう!」
カードショップは基本隠れ家というか、ビルの一角にある事が多い。商品が小さくて、展示が楽だからだろうか?
「うんうん。トライブ・ウォーは何処かな……」
ウキウキした様子でリサは店内を見渡した。そして一角にトライブ・ウォーの巨大ポップを見つけて、そこに駆け寄る。
「リーザのポップだよ!」
「おう、俺も結構色んな店行ったけど、初めて見たわ」
「これ結構初期に出た奴で、ここまで綺麗に残ってるのは珍しいよ!」
トライブ・ウォーのコーナーは決して大きいとは言えなかったが、それでもショウケースにはかなりの量のカードが展示されていた。
「う~ん。リャナン・シーが欲しいんだよね」
「いや、それ持ってるだろ?」
「二枚持ってるけど……鑑賞用と練習用と本番用があるの。まだ練習用が無いんだよね~」
「そうなのか……」
こだわりが有るのだろうか……まあ本人が欲しがっているのだから必要なのだろう。
「お、有ったぞ」
俺はショーケースの片隅にリャナン・シーを見付けた。
「あ、本当だ……どれどれ」
リサはショーケースをじっと見詰めた。その瞳は真剣その物だ。
「うん。保存状態も良いし、これにするよ」
そう言うとリサは店員を呼んだ。店員は慣れた様子でカードを取り出すとレジに向かう。
「ふふふ、これでまたトライブ・ウォーが捗っちゃうね」
「本当に好きだな」
俺はリサが財布を出そうとするのを止めると、一万円札をレジに置いた。
「え……ちょっと、私払うよ!」
「いや、最初に会った時にカード一杯貰っちゃったし、俺も、リサにプレゼントしたいんだ」
リサはまだ納得してなかったと思うけど、俺は会計を済ませた。そしてそれをリサに渡す。
「はい。リサ」
「うん……ありがとう。ずっと大事にするね」
リサは大切そうにカードを抱えた。そして柔らかく微笑む。
俺達はカードショップを後にした。結構な時間カードを見ていたせいか、夜道を歩く人の数も減ったような気がする。
「何か……実感沸かないね」
「何が?」
「明日が大会って事の……ね」
リサは軽いステップを踏むと俺の正面に回り込んだ。
「何時もね、大会の前日はワクワクしてた。明日はどんな相手と戦うんだろう。私のデッキと相性が悪い人にはこうして……決勝にはきっとあの人がってね……けど、今は違うの、私、的場君と居ると何だかふわふわしちゃうみたい」
リサの頬は紅潮していた。そんな風に顔に出易いリサを俺は可愛らしいと思う。
「俺もリサと同じだよ。明日が大会だって……何だか夢みたいだ。それはリサが居るからって言うのも有るけど……何だろうな。今までの全てがリサと出会ってからの全てが、俺には夢みたいな時間だったよ」
そう、ただ漫然とフリーターをしていた俺が、今、二十六歳になって初めて大会なんて物に出ようとしている。
「夢じゃないよ」
リサはスっと俺に顔を近づけた。その顔は何処か母親の様に優しげだった。
「的場君だから、きっと今が有るんだよ。だから大丈夫」
「大丈夫……か」
俺はその言葉がスっと胸の中に入り込むのを感じた。言われて気付いた。俺はきっと不安だったんだろう。この日々に終わりが来る事が……しかし、リサの言葉で不思議と胸は軽くなった。
「ねえ、的場君。歯は磨いた?」
そんな空気を感じたのか、殊更明るく、リサはそう聞いた。俺は場違いなその質問に堪えきれず笑う。
「お前は俺のおふくろかよ。夕食食べた時に磨いたよ」
俺はイっと歯を見せた。するとリサは微笑む。
「そっか……」
そして唐突にリサは俺と唇を重ねた。
「私のファーストキスだから。やっぱり変な匂いとかしたら嫌だし」
ふひひとリサは子供の様に笑った。しかし、俺は驚いてリアクションが取れない。
「勝利のおまじないだよ。明日、的場君が神代さんに勝てます様にって」
「馬鹿お前、そんな事の為にファーストキスを……」
リサは俺の言葉にゆっくりと頭を振った。
「も、勿論。そ、それだけじゃキスなんて……出来ないから」
リサは恥ずかしそうにそっぽを向いた。そしてポツリと呟く。
「……頑張ってね」
「ああ」
俺は自分でも良く分からないが、リサを抱き締めた。リサからはシャンプーの良い匂いがした。
「一度しか無いおまじないだもんな。勝たなきゃ申し訳ないもんな」
「うん。そうだよ」
リサはギュッと俺を抱き返した――。