第六章 結束 2
「ここが私の別荘ですの!」
そこは大宮駅から少し離れ所に有る閑散とした住宅街だった。中々立派な、しかし松葉財閥の後継者にしては質素な家が建っていた。
「何で埼玉なの? 余り遊ぶ所が無い印象だけど」
「今回の大会の為に一ヶ月前に作りましたの! おほほほほ! 所謂私達のベースですわ!」
前言を撤回しよう。プラモデルを作るみたいに家を作るなんて、やはり松葉家は格が違った。
俺達は荷物を充てがわれた部屋におく、そして居間に集まると既に松葉がバックを持って待っていた。
「さあ! 早速ゲームセンターに行きますわよ! これから一週間みっちり練習しなくては!」
松葉さんはやる気満々だった。その様子は楽しみにしていた遠足に出向く小学生の様だ。
「あ、その前にちょっといいかな?」
「どうしましたの? 的場さん。何か悩みならこの松葉麗が伺いますわ!」
「うん。あんまり引っ張ってもしょうがないから単刀直入に言うけど、神代と戦う時の新しいデッキを考えたいんだ」
「新デッキ! ……だと?」
紗月の眉間に皺が寄る。険しい顔なんだけど、紗月がすると小動物みたいで可愛い。「お前分かってんのか? 本番は一週間後なんだぞ。そんな即席デッキで神代に勝てると思ってんのか?」
確かに紗月の言う通り、新しいデッキを作るには余りにも短い時間だ。
「でも今のデッキじゃ、神代には絶対に勝てない。多分、あいつの想定を越えられないんだ」
反感を勝って当然だと思う。今のデッキは三人で必死になって考えたデッキだ。それを否定する事は今までの努力を否定する事に似ている。
「ちっ! 今までお前の我侭を聞いてきたけどよ。流石に今回のはねえぜ。お前、本気で言ってんのか?」
「ああ、本気だ」
「付き合ってられない……帰る」
紗月は暗い目をして俺に背を向けた。俺はそのまま返すわけには行かないので紗月の手を掴む。
「離して!」
しかし、紗月は力一杯その手を振り払った。完全に怒っている。肩で息をする紗月は今までに無いくらいに激しい感情を表していた。
「頼む。待ってくれ」
だから俺は紗月を背後から抱き締めた。抱き締めた紗月の体は華奢で柔らかい。しばらく紗月は暴れたが、涙目でこちらを見た。
「今までの紗月と松葉さんとの時間を否定したいわけじゃない。新しいデッキは二人と出会えたからこそ出来たんだから」
「…………」
紗月の潤んだ目が俺を睨みつけた。適当な事を言ったら、本当に紗月は去ってしまう。だから俺は飾る事無く心の内を話す事を決めた。
「俺はリサと出会わなければトライブ・ウォーをやっていなかった。でも……もし紗月と出会えなかったら、ここまで夢中になれてはいなかった。お前の戦いに俺は惹かれたんだ。憧れてた!」
俺は紗月を抱き締めたまま松葉さんを見る。
「そして松葉さんからは自由さと奔放さ。そして己を貫く強さを見せて貰った。すごいよな。俺より年下なのに将来の事をしっかり考えていて、責任も重圧も俺が感じた事が無いくらい凄いのに、それでも凛としてさ。本当にすげえと思うよ……」
こうして口にして見ると俺は今まで何をしていたんだって気分になるな……。
「だから二人と一緒に勝ちたいんだ。今まで負けっぱなしの人生だったけど、相手はすげえ棋士だけど、俺は絶対に勝ちたいんだ!」
今まで俺は何でも一番になろうと思いはしなかった。マラソンでも、勉強でも恋愛でも、適当に流して、楽に斜に構えて、何かに勝とうなんて思ってなかった。
俺は強引に紗月の体をこちらに向けた。今までの居心地の良い関係は、神代に負けたって続いて行くかも知れない。大切な思い出を胸に生きて行けば良い……でも、それじゃあ嫌だった。
「頼む紗月。一度だけ! 最後に一度だけ力を貸してくれ! 頼む!」
人生で初めての懇願……だったと思う。俺は紗月をじっと見た。
「……………………」
紗月はジッと俺を見つめ返した。しかし、しばらくすると大きく深い溜息を吐いた。
「もう私が何を言っても聞かないんでしょ?」
「……頼む」
「……しょうがないね」
紗月は俺の手をそっと離した。そして頷く。
「いつだって私が折れるしかないんだから。最後なんて言わないで、何度でも好きな事を言いなよ」
コツンと結構強めに紗月は俺の額を小突く。
「おほほほほほ! おほほほほほ!」
すると笑いながら松葉さんも俺の額を殴った。そしてその手を痛そうに振る。
「粗野ですわ。しかし、貴方の様な人も居るのですね。私、男性は嫌いなのですけど、貴方の様な人は嫌いでは無いですわ」
松葉さんが今まで見た事の無いような穏やかな表情で頷いた。
「ありがとう」
それから六日間。俺達の新しいデッキの構築が始まった――。