第五章 松葉財閥の麗 6
結局あれから二人は俺をそっちのけでプレイに没頭していた。何だかんだで馬が合うのだろう。決着はつかず、暫定リーダーは俺になった。
「それじゃあ、水曜日にここで、的場。絶対にここ以外では松葉と会うなよ」
「ではそのように、紗月さん。今夜またメールしますわ」
二人はそう言うと松葉が用意した車に乗り帰っていった。俺は二人を見送った後、電車で家に帰った。
そして今、色々有って自分でも気が付かないうちに疲れていたのか、俺は部屋に戻ると直ぐにベットにダイブした。
「リサ……」
ベットに寝そべりながら、俺はリサと出会った頃に貰った。リサのお気に入りのカード。妖精リーザのカードを眺める。
「全然似てないな……」
リーザは金髪で可愛らしいコスチュームを着ている。別にリサと面影が重なる事はなかった。
『ピリリリリリリリリ……』
俺がぼ~とカードを眺めていると携帯の着信音が鳴った。相手は今、まさに考えていた相手のリサで俺は少し驚いた。
「はい。俺だよ」
『あ、的場君。こんばんは、元気?』
「おう、毎日トライブ・ウォーやってるよ。リサは元気か?」
『うん。私も大学の帰りに何時もやってる』
「そうそう。俺さぁ、ようやくチームが出来たんだよ」
『へ~凄いね! 新しく入った人ってどんな人? まさか……女の子じゃないよね』
「お、おう……まあ……上手い子だよ――」
それからしばらく俺は今日、有った日の事をリサに話していた。途中、リサは松葉が女の子だと知って怒っていたが、リサとの会話はやはり面白かった。
『ふふ……』
すると電話越しにリサの笑い声が聞こえた。俺は特に面白い事を言った覚えが無いので、どうしたのかと尋ねた。
『ごめんね。ただ、的場くんと話しをしているのが楽しくて、不思議だよね。まだ実際に会ったのは数回なのに何年も一緒に居るみたい』
「そりゃ、毎日話してれば親しくもなるさ」
『ふふ、そういう事言っちゃうのが、的場君らしいよね。最近さぁ、色々有ったじゃない? ほら、神代さんの事とか……』
「ああ、そうだな」
神代という名を聞くとチリっと胸が疼くのを感じる。
『神代さん有名人だからさ。あれから結構新聞とかテレビの取材が多くて』
「そうなのか……知らなかった」
深夜にバイトをし、昼は紗月と練習していたから余りニュースに関心が無かった。リサとは何度か電話しているが、そんな事を口に出したのは初めての事だった。
『でもそれだけ神代さんも本気なんだなって……私、人生で告白とかされた事ないから、正直良く分からなくって……返事をしないまま曖昧な態度を取ってるんじゃないのかなって、そう思うと何だか申し訳なくて……」
リサの声は沈んでいる。俺はリサのそんな声を聞きたくは無かった。
「らしく無いぞリサ。お前はそんなで一々気にする様な奴じゃないだろ」
『……何それ? ちょっと酷くない?』
リサの声に怒気が混じる。しかし、さっきの沈んだ声よりも幾らかマシだった。
「リサは俺を待ってくれるんだろ? なら大会まで言いたい奴は言わせておけばいいさ。マスコミも神代も……だからさ。お前は楽しめば良いんだよ。大会まで俺がどんなデッキ作るのか、楽しみに待ってろよ。度肝抜くぜ俺のデッキは神代に初の黒星を付けるのは俺だ」
俺がそう言うと電話がしばらく沈黙した。あれ? 怒って切っちゃったかな? と俺が慌てているとクスクスっと堪えきれなかった様な笑い声が聞こえた。
『あはははは! 大きな事を言うな~的場君は、神代さんのびっくりした顔、私見た事が無いよ』
「なら、見れるぞ次の大会で」
『ふふ、そっか~』
そっか~と嬉しそうにリサは呟いた。そして次に口を開いた時はもういつものリサだった。
『何か元気でちゃったな~癪だよ。的場君に励まされるなんて!』
「うるせえ。俺はこう見えて包容力が有るほうなんだよ」
『ほ、ホウヨウリョク……ブホッ!』
ツボに嵌ったのか苦しそうにリサは笑った。
『じゃあね。的場君。次は埼玉で』
「おう、埼玉で」
俺達はそう言って電話を切った。俺はリサの声が名残惜しくてしばらく電話を眺める。
「俺がこんな風になるなんてな」
特に目的も無くダラダラ過ごし、そのうち適当な企業にでも就職するか~
とか考えていた日々がリサと会ってから大きく変わった。リサと出会ったから紗月にも会えたし、松葉さんなんてこんな事が無ければ一生ご縁の無い人だっただろう。そして、今、ただのフリーターが将棋の名人と戦おうとしている。
「俺には名人ほどの輝かしい経歴は無い」
けれど、俺の全てをぶつけようと思った。名人ほど必死に生きて来たわけでは無いが、それでもここまでの人生をぶつけてみたくなった。
「そうか……」
俺はリサから貰った。妖精リーザのカードを眺める。
「デッキはこれにしよう」
天啓を得た……わけでは無いが、リサとの会話でヒントを掴んだ俺は早速デッキ構成に取り掛かった――。