05話 名刻 part1
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温かい光と漂ってくる美味しそうな匂いで目が覚めた。相変わらず窓の外は光が無く暗いので今の時間は分からない。
「・・・あったかい。」
もう少し、このままでいたいな。
そう思って布団を上の方に引っ張り顔までかぶる。
ヒナさんの家のベットは布団も枕もふかふかでとても温かかった。腕や体の傷も治り、小さな傷跡は消えてなくなり、大きな傷も少し跡が残る程度にまでなっていた。
思わず、笑みが浮かぶ。痛みがなくなったことがとても嬉しかった。
そこで、グーとお腹がなった。
人の体とは不思議なもので死にかけていたというのに元気になった途端に食べ物を求める。
お腹空いた・・・。
今までの生活から空腹には慣れていても空くものは空くのだ。あの頃は1日1食も貰えたらいい方で何日も食べられないこともたくさんあった。
せめて水だけでも貰えないかな・・・、もう川の水は嫌だからそれ以外で。
そう思いながらぼーっとしていると、扉をノックする音が聞こえた。
「朝ごはん、作ったんだけど食べられそう?」
「はいっ!」
扉を開けて顔をのぞかせるヒナの手にはお盆があり、そこに柔らかそうなパンと目玉焼き、スープらしきものがおさらに乗って並べられていた。
即答した僕に笑顔を向けながらベット脇のテーブルにお盆を置く。
「食べられそうな柔らかいパンとスープを作ってみたの。味に自身はないんだけど食べれそうだったら食べてみて」
そう言って、僕にスプーンを渡してくれる。
ホカホカと湯気を上げるたくさんの野菜が浮かぶスープや、真っ白いパンと焼ベーコンの添えられた目玉焼きはとても美味しそうで僕のお腹はまた主張をし始めた。
「こんな美味しそうなもの・・・頂いても、いいのですか?」
早く食べたがる自分を理性抑えながらヒナさんに確認をする。正直今までまともな食事をした事がないのでこんなに美味しそうなものを自分が食べていいのかと思ってしまう。
「美味しいかどうかほんとに自信ないのだけど・・・ええ、食べてもらえた方が嬉しい」
少し恥ずかしそうにヒナさんが言った。
「・・・ありがとう、ございますっ」
きっと、今僕の目はキラキラと輝いていると思う。気を抜くと頬が緩んでしまう。
「いただきます」
「どうぞ、いっぱい食べて」
正直、ヒナさんの作ってくれた朝ごはんは今まで食べたこともない位美味しかった。
以前まで食べていた、少しずつふやかさないと食べられない程とても硬いパンとは全く違う、もっちりとしていて柔らかく白いパンは口に含むとほんのりと甘く感じる。
また、野菜たっぷりのスープはとても温かかった。熱すぎない温度になっていて、口にせっせとスプーンで運びひたすらに飲んだ。野菜の甘みがスープに溶けていて、優しい味付けと合わさりとても、とても美味しかった。
僕がすごい勢いで食べているのをヒナさんは少し嬉しそうな顔で見ていた。
食事に夢中になっていた少年はその姿には気づいていなかった。
そして、口の周りが多少汚れるのも厭わずに僕は食べ続けた。
初めて、食べたちゃんとした食事はとても、美味しくて温かかった。
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「ごちそうさま、でした。美味しかった、です」
「そう、よかった」
最後のパンを食べ終わり、手を合わせて言う。
それに嬉しそうに応えながらヒナさんは皿を重ねて持ってきたお盆に乗せる。
そんなヒナさんの様子を手持ち無沙汰に見ていると、顔を上げたヒナさんと目が合う。
「今日このあとちょっとした儀式みたいなのを行いたいのだけどいい?」
「・・・儀式、ですか?」
突然の申し出に少し間を置いて応える。
僕は儀式というものにいいイメージを持っていない。
「あなたがここにいたいと言うのなら名前を与えてあげないと色々と面倒くさいの。名付けが終わったら、川の水も飲めるし森で迷うこともなくなる。他にも色々と便利なのだけど、どう?」
僕の問いにヒナさんはしっかりと応えてくれた。詳しく聞くと嫌な顔をせずに教えてくれた。
ヒナさんに名前をもらうということは、この森の仲間として迎えられるという事。そうなることで、森の魔力にあてられた川の水ものめるようになる。
また、森に常時張られている【幻惑】の魔法がきかなくなり、迷うこともなくなるそうだ。
「この森で暮らしていくなら名前もないと不便だし・・・どう?」
「ぜひ、お願いします」
ヒナさんの2度目の問いに精一杯の笑顔を浮かべて応える。
この森の仲間として認められることも嬉しい。けど、それ以上に自分にちゃんとした名前を貰えることが嬉しかった。
この森に来て、よかった・・・と、昨日から何度も何度も思った。
「・・・よかった。あ、それとその時にその首の奴隷の紋章も消すから」
「え?」
「これも消せるの、ですか?」
「そんな人のかけた呪いが消せないわけがないじゃない」
ついでとでもいうようにヒナさんは少年の奴隷の呪いを解除するという。奴隷の紋章は少年の首に黒く焼き付いており、一生このままでいると思っていた。常人では消すことなどできないのだ。
「じゃあ、これ片付けてくるから本とかその辺のやつ読んでていいから待ってて」
「・・・ありがとう、ございます」
そう言ってヒナさんは食器を持ち、また扉の奥へと消えていった。
ここに来てから、凄いことばかり起こってる・・・。
国から逃げてきてから時間があまり経っていないのに、少年の暮らしは見違えるものになっていた。
温かいベットに温かい食事。怪我や暴力のない平和な日常。
どれもこれも今まで渇望していても手に入らない物だった。
本当に、この森に来れてよかった・・・。
感謝してもし尽くせない思いを胸に抱きながら、僕は手近なところに重ねてあった本を1冊手に取る。
題名は『魔物の上手な捌き方』だった。
・・・うん、この森に来れてよかった。うん。
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