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神様たちの賭けごと  作者: きめい すいか
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なりゆき 2

 先に歩いていた老人は架けられた吊り橋の手前で全員が到着するのを待っていた。老人が立つその後ろにはベニヤ板で作られた簡単な小屋。大きな窓がついており、窓の横にはえらく達筆な文字で『料金所』と書かれた看板がかけられていた。窓の中から三十代前半と思われる男性が顔を(のぞ)かせる。


「おや、爺様、レナ達もおかえり。」


 実に平和だ。老人は看板に指を向けた。


「ま、我々は野盗といっても良い野盗というかんじですじゃ。無益な殺生は好いておらんで、最近、下流の石橋が壊れたもんだで、この吊り橋に料金所を設けたんですじゃ。」


 野盗に良い悪いもあるのか不明だが。


「じゃあ、ガッホリ儲けてるんじゃねぇのか?」


 苦笑いで料金所の男が手をパタパタ振る。


「あー、だめだめ。爺様、完璧主義だから。」


 小芝居を打っていた少女の一人がそれにうんうん、と頷く。


「そうなのよ。ここに料金所を置くって決めてから、吊り橋、自分のものみたいに思っちゃって、野盗寄せ付けないし、橋の修繕しちゃうし、荷物運びのサービス始めちゃうしで、今、お金無いのよ。」

「なんだ、ホントに良い奴っぽいじゃねぇか。」

「爺様、良い人なのよ~。」


 三人の内、一番年下っぽい少女が嬉しいそうに、その言葉を肯定した。


「でも、料金支払わない人は梃子(てこ)でも通さないけどね。」


 世の中金だと豪語していた少女がぼそりと呆れたようにつっこむ。


「ま、仕方あるまいて。橋を修繕したおかけで村はピンチなんじゃから。まま、そんな話はともかく村へ行ってからじゃ。あ、そうじゃ。通行料分、依頼料から引いておいてくだされ。」


 老人は橋に一行を案内しつつ、再び値引きを持ちかける。シー・ルナは珍しく苦笑して、承諾した。


「わかりました、受けることになりましたら出来るだけ値引きいたしましょう。」

「へー。シー・ルナが。明日雨かもな。」

「私だって、鬼じゃないですよ。」


 橋は真新しいロープに張り替えられ、板も所々で色が違う。眼下にはティミリー・テルダ川がとうとうと流れていた。高さは五メートル前後といったところだろう。


「へぇ、こっちの方川の流れが速いねー。」


 あまり川を渡ることはないが、渡る時は石橋を使用していたマーシェはいつもと違う川にはしゃぐ。


「なんか、臭わねぇ?」


 リグがマントの裾で鼻を押さえる。


「ああ、あれですじゃ。」


 老人が指差した場所には川辺りに白骨化しかけている馬の死骸があった。


「落ちたのかしら?」

「どうだかね。」


 リグは鼻をさらに押さえ、くぐもった声を出し、うつ向いた。下からの風に乗り微かな腐敗臭がいつまでもまとわりつく。リグは橋を渡る間ずっとそうしていた。


「匂いに敏感なのね。」

「俺はよくこんなくっせーもん、かいでられると思うけどな。」


 村へ近付いたころリグはへとへとになっていた。


「リグってよくこんなんで旅なんてできるわね。」

「だろ、俺もそう思う。」


 ジンは横から突然話に入ってきた。


「あー、ジンは全てにおいて鈍感だもんな、羨ましいかぎりだよ。」

「けっ、ひ弱な温室育ちが、もう少し体力つけたらどうだ?」

「うるせ、体力バカ。ちったあ、脳ミソのシワ増やせ。」

「自分だって大差ねぇくせに。」

「二人とも? シメますよ。」


 穏和な笑顔でシー・ルナが仲裁に入る。条件反射のように二人の動きがビタリと止まる。


「……仲、悪いのね……?」

「じゃれてるだけですよ。」


 この言葉に文句をつけたいのは山々だが、ジンもリグも釘を刺されたばかりなのでグッと(こら)える。


「さあさあ、皆さん、ここですじゃ。」


 老人は洞窟を指し、入るよう(うなが)す。老人はすたすたと先頭を歩いていく。洞窟に入るとすぐに右ヘ曲がる。すると目の前に現れる簡単なドア。開けると、発光石が取りつけられており、薄暗いが歩けないことはない。道は下り坂になっていてグネグネと曲がっていた。


「イライラするな。」


 同じような道に飽きてきたジンが溜め息と共に呟く。


「ほっほ、お若いの、堪え性が足りないようですじゃのぅ。もう着きますでの。」

「仕方がないですよ、ジン。恐らくこれは村の位置を隠すための迷路なんですから。」

「おや、お分かりになりましたか。」

「まあ、アジトへ連れて行かれるのに目隠しもなしですからね。」

「気を悪くされたら許されよ。我等も家族が大事なんですじゃ。」

「お気になさらず。」


 老人は微笑むと最初のドアと良く似たドアを開いた。


「…やっぱり喜劇団じゃねぇのか?」


 開かれたドアの先には『ようこそ! パラ村へ!』と書かれた長細い布が掲げられ、大小様々な鳥が飛び交い、皿回しや宙返り、ラッパ吹きなど、皆、思い思いの『歓迎』をしていた。


「はぁ~い、料金所で鳩飛ばしておきましたぁ。」


 小芝居をうった少女の一人が得意気に手を上げ報告する。


「おお、ミリー偉いぞ。」


 少女は照れたように笑う。


「さあ、皆の衆! 勇者たちが逃げないように、盛大な歓迎会じゃぁぁっ!」


 村人達は威勢良く雄叫びを上げる。


「……ここまで明らさまだと怒る気も失せるな。」

「いっそ、清々しいほどね。」


 一行は厚い歓待(かんたい)を受けながら、村長宅へと案内される。


「村長? ボスとか頭じゃなくてか?」

「はい。そうですよ~。パラ村は昔、ちゃんと村だったんですが、変異自然災害で村がなくなっちゃったので、こちらにそのまま移動してきたんですよ~。だから村長は村長のままなんです~。」


 ミリーと呼ばれた少女がテンポの遅い口調で説明をしてくれる。村の規模は小さく、家の件数は二十軒程度で、村というよりも集落だ。村長宅は村の真ん中にでんと建っていた。村の家々は簡単な木造の家となっていてる。


「さ、入ってくだされじゃ。」


 言って老人は椅子(いす)を進め、自分も固い椅子に腰かける。


「私が村長のエグトル・ルームーですじゃ。」

「じじい、村長だったのか。てか、俺ら自己紹介もしてなかったんだな。俺はジン・ログル。よろしく。」


 マーシェ達もそれぞれ自己紹介を済ませ、エグトルは本題に入った。


「お願いしたいことは、害獣退治なんですじゃ。」


 吊り橋よりさらに上流で害獣が住み着いたために、食い散らかされた動物の死骸が流れて、腐っているらしい。おまけに橋の下に浅瀬があり、そこに良く引っ掛かるのだとか。


「ああ、あれね。」


 リグは吊り橋の臭いを思いだし、辟易(へきえき)とした声を出す。


「まあ、俺らにしてはマトモな仕事なんじゃねえの?」


 ジンが言うとシー・ルナは頷いた。どうやらこの依頼、受けるらしい。


「エグトルさん、もっと詳しくお願いできますか?」


 シー・ルナが話を詰めようとすると、エグトルはニィっと笑う。


「ま、ま、今日は小難しい話は抜きで。歓迎会を行いますでの。」

「ですが、害獣は?」

「んなもん、明日でも逃げませんじゃ。」

「はあ……。ところでエグトルさん、その無理矢理な敬語は止めて下さっても結構ですよ。」

「おや、ばれておったか。村じゃ、敬語なんて使わんからのぅ。舌噛みそうじゃったわい。」


 マーシェ達は村長宅から出るとすぐに呑めや歌えやの歓迎を受けることになった。

 だが、しばらくすると、村人達は好きかってに飲み始め、踊り騒ぐ。


「なあ、シー・ルナ。俺、こいつらはなんか裏があるんじゃねぇかと思ってたんだ。」

「まあそうですね。私も何もないと言っても、確実に依頼を受けさせるための歓迎会だと思っていましたから。」


 誰からも相手にされなくなった彼らは手酌で酒をつぐ。


「俺が思うに、単に俺らをダシに騒ぎたかっただけなんじゃ……?」

「今、見る限りそんなかんじですね。楽しくていいじゃないですか。」


 シー・ルナは結構な量を飲んでいるはずなのだが、酔った気配は全くない。ジンも顔が赤みを帯ているが、意識はしっかりしているようだ。


「そういやぁ、あいつらは?」

「リグたちなら日がくれる頃にはもう頂いた部屋に引き上げましたよ。」

「おこちゃまどもめ。」


 ジンは豪快にコップの中の酒を空にした。


「こりゃ、すまんの。ほったらかしで。」


 ツマミを持って、エグトルがジン達の前に腰を落ち着けた。


「愉快な村ですね。皆さん良い人そうで。」

「そうじゃろ? 私の自慢じゃよ。」


 エグトルは目を細めて騒ぐ村人達を眺める。


「なぜ、この森に?」

「聴いたじゃろ?」


 溜め息をついてぶちっとスルメの下足(げそ)を食い千切る。


「元居た場所が潰れてしまったんじゃ。職もないしの。最近じゃ自然災害も増えてさらに住む場所も狭くなりよる。ここはマシな所じゃよ。近くに自然災害が無い。しばらくは安全そうじゃ。」

「変異のほうですか。」

「あれをみれば普通の自然災害なんぞ可愛いもんじゃ。」

「変異のほうってーと、あれだよな? 火の雨が降ったり、湖の水が突然なくなったり、地面が異常に熱くなったりってやつ。」

「ああ、そうじゃ。村に起こったのは、何もない空間から突如、水が滝のように落ちだすというものでな、村はあっと言う間に水に流されてしもうた。

 助かったのはほんの僅かじゃ。

 それからも大変じゃったぞ。僅かとはいえ、村人全員の住むところ、働くところを確保しなくてはならなくなったんじゃからの。」

「で、この森に落ち着いたと。」

「そうじゃ、住んでいたのが野盗じゃったから、土地をぶんどろうが文句が出ん。」


 エグトルはニヤリと人を取って食ったような笑顔を見せる。


「じじい、結構いい性格してんのな。」

「けど、よく野盗から土地を取れましたね。そんなに強い方がいらっしゃるんですか?」

「だよな。どうせならそいつらにも害獣退治に協力してもらおうぜ。料金値下げになるだろ?」


 エグトルが値下げにしつこく食い下がっていたので、ジンは提案してみるが、エグトルは手をぱたばたと振る。


「そりゃ、駄目じゃ。私がいないとわかれば一気に村が襲われる。リアにはあまり戦わせたくないしのぉ。」

「おい、誰もじじいに来いなんて言ってねぇだろ。」

「だが、野盗からこの土地を奪ったのは私とリアじゃが?」

「………どうやって?」

「もちろん力付くでじゃ。」


 エグトルはケロリとした表情で嘘をついているようには見えない。


「どれ。」


 信じられないという顔のジンに、エグトルは懐からナックルを取り出して見せた。立ち上がると子供が腰かけれるくらいの石の前まで行き、掛け声と共にその拳を叩き付けた。凄まじい音と共に石は粉砕され、周りも俄かにクレーター状になっている。


「いよっ、爺様! 力持ちー!」


 村人にとっては驚くことではないのか、酔っぱらい達はぎゃはははと愉快げに笑いながらアンコールまでしてくる。


「ま、こんなもんじゃ。」

「じじい、何もんだ?」

「さあ? それは私にも分かりゃせんが、そういう家系のようでな、たまにこういう怪力をもったもんが生まれる。」

「じゃあ、そのリアってやつも?」

「そうじゃ、私の孫でティリアという。お前さんがたも一回会っておるぞ。」


 ジンの脳裏に浮かんだのは小芝居をやった三人の少女たち。内二人は名前が分かっているのであと一人のほうか。


「あの、世の中金とか言ってた現実主義のやつか?」


老人は視線を(ただよ)わす。


「……あぁ、ありゃルタスタじゃ。その前じゃよ。」


シー・ルナが思い出したように呟く。


「まさか、あの小さな女の子ですか?」

「おお、たぶんそれじゃ。今年八つになるからのぉ。」


それでジンもようやく思い出す。


「あの兎娘か!」

「そうそう、可愛いかったじゃろ?」


爺バカである。


「それより、ここに村を置いたのはいつだ?」

「三年前じゃな、あの子が四つの時じゃったから。」

「信じらんねぇ。」

「ま、じゃから、害獣退治はお願いしたいんじゃよ。」

「それはお受けしますが…。」

「料金はこれでは駄目かの?」

「なんだこれ?」


 エグトルが手の平に取り出したのは赤い透明なガラスのような欠片(かけら)だった。


「ちょっと失礼。」


 シー・ルナがそれを受け取り、月の光にかざして見る。


「これは…、十分すぎます。本当によろしいんですか?」

「友人からの貰いモンじゃ。元手はタダじゃからの。ただし、成功報酬でよいかの?」

「いいでしょう。」


 頷くシー・ルナの肩をトントンとジンがつつく。


「おい、いつも勝手に決めるなって言ってんだろ。ついでにそれは何だ?」


 老人の手に返された欠片を指してジンが尋ねる。


「あれは、ドラゴンの鱗の破片です。魔法耐性が強いので守護のマジックアイテムとして高く売れますよ。」


 説明を聴いてジンがじと目でシー・ルナを睨む。


「売る気もねぇくせに。」


 酒を再び手酌で注ぎちびりと呑んで肩を落とす。


「シー・ルナはリグに甘いからなぁ。仕方ねぇか。」

「すみません。」


シー・ルナは否定もせずに素直に詫びた。


 いきなり仲間に加えられたマーシェの知らない所で依頼は確定のものとなっていた。

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