なりゆき
この広大なカレス草原の北側マイザーの森には野盗のアジトがいくつかある。おかげでそのマイザーの森の中にある吊り橋は使われなくなり老朽化が進んでいたのだが、下流にあった石橋が崩れたために人々はその今にも崩れ落ちそうな吊り橋を使うことを余儀なくされているという。きっと野盗は大繁盛だろう。
「お前の親父さん、森の野盗退治とかしなかったのか?」
マーシェたち一行は、次の日夜明けとともに出発した。昼近く森に近付くと野盗が待ってましたとばかりに襲ってきた。
面倒くさがりなジンが愚痴っぽく訊ねた。
「前は北側の道はほとんど使われてなかったから、南側の道の安全確保と監視してたのよ。」
野盗集団が目の前に迫りマーシェはホルダーから鎌を抜く。
「最近はちょくちょくこっちまで来てアジト潰してるみたいなんだけど、ほら、最近災害多いせいで治安悪いじゃない? ぽこぽこ増えてるみたいなのよね。」
左手の鎖をちゃらりと垂らし、一気に回転させると一番近付いていた先頭の男に分銅を叩き付ける。鈍い音が頭に鳴り、男はそのまま絶命する。
「お前、問答無用だな。」
「手加減、油断、命取りってね!」
野盗はマーシェの先制攻撃に怒りをみせ、血錆の付いた片刃の剣を数人が一斉に振り下ろす。右手に持つ鎌でそれらを捌き、短く持った鎖を振り回し、野盗達の右手首を分銅で砕いていく。
「へぇ、やるじゃねーか。」
ジンは軽く口笛を吹き、長剣を一閃させた。何でもないことのように左上から右下に下ろされた剣は一人の首と一人の腹を深々と切り裂いていた。すぐに剣は突き出され、迫って来ていた男の喉を捉える。ジンは左足でその男の肩を押すと、そのまま剣を横に薙いだ。切っ先で倒れる男の首は裂かれ、近くに迫る男の剣先を地面に膝をつき、避けながら胸板を割る。
「ずいぶん粗いわね。」
「実戦的と言ってもらおうか。」
余裕をみせつつニヤリと笑う。
だが、目の端にとあるものを捉え、笑顔が崩れ、やがてこめかみに青筋が浮かぶ。
マーシェは不思議に思い、鎖を下段に大きく回転させ、辺りをひとまず一掃すると、気になる方向へ目を向けた。
「………………。」
「てめぇは穴掘ってそこらに隠れてろ!!」
そこにいたのは背にからうほどの長剣に振り回されて、まったく戦力になってないリグだった。
「まあ、まあ。リグはまだ修行中ですから。」
にこにことジンをなだめるシー・ルナ。両手に短剣を握り、とりたてて構えもせず、少しの動きだけで相手を倒していく強さは圧倒的だった。
一番弱いリグに野盗達は群がろうとするのだが、尽くシー・ルナがそれを阻止する。リグがよろよろと剣を上段に持ち上げ、胴を裂かれようとすれば、シー・ルナが相手のこめかみを一撃し、リグが剣を落とすように下ろすと次に持ち上げるまでに時間がかかるので野盗を近付けないようあしらってやる。
マーシェは八つ当たり気味に近くの野盗を鎌の柄でぶん殴り怒鳴った。
「その剣捨てろーっ!!」
「やかましい!」
フードを被っているので表情は見えないが、激しく肩が上下しているので疲れているのだろう。声にも覇気がない。素人目にも、その剣はリグに合っていないことがわかる。明らかに重すぎだ。
「無駄だぞ。」
ようやく、野盗が逃走し始めたころ、ジンがマーシェをちらりと見て言った。
「俺もこの二年ずっと助言してやってんのに、聴きやしねえ。」
「なんで!?」
「さあ? シー・ルナはリグに甘いし、理由訊いても言いやしねえ。」
辺りに生きている野盗がいないことを確認してジンは剣の血を拭い、腰の鞘に納めた。マーシェもそれに倣う。
「ま、シー・ルナがリグの分まで働いてくれるからいいけどよ。」
言うなりジンはゴソゴソと事切れた野盗の懐を探る。
「ちょっ、何やってんのよ!」
訊かれたジンの方が不思議そうな顔でマーシェを見る。
「何って、金目のもん探してるんだが?」
「なっ、なんつー不謹慎な! いくら野盗だからって亡くなった方の物色なんてっ。」
ジンは鬱陶しそうに睨むと、作業を再開した。
「戦いはこんなもんだろ、勝ったヤツが負けたヤツのモンを奪う。俺らだってこいつらに負ければ奪われるんだ。平等だろう?」
「そうかもしれないけどっ! 野盗の盗った物は罪ない人達の物なのよ? ここは国の警備に……。」
「あのなあ、俺らがこうやって野盗を倒すためにも剣の手入れや装備の補充なんてのに金がかかるんだよ。取れるときに取っておかないと、俺らが生活出来ねぇんだよ。」
すぐさま反論出来なくてマーシェは言葉に詰まった。
「ま、私達が盗るのは襲ってきた野盗の物だけなので大目に見てください。」
そう言ってニコリと微笑むシー・ルナの手にも数個の皮袋が握られていた。
「………胡散臭い。」
その言葉にジンはケタケタと笑う。
「おー。このなかでシー・ルナは一番胡散臭えぞ。何考えてるか分からねぇからな。」
「おや、それは心外ですね。」
言葉とは裏腹に気にした様子は微塵もない。
「それにしても、なあ?」
「やはり、気付きましたか。」
真剣な面持ちで二人は頷き合う。
「なにか、あったの?」
不安気にマーシェは二人に尋ねた。
「軽いんだ。」
「残念でしたね。」
マーシェはがっくりとうなだれる。
「聴かなかったことにするわ。」
マーシェはひしひしとコイツら大丈夫か、と一人頭を抱える。
少し離れたところでリグが地面と仲良く突っ伏していた。
***
森をしばらく歩き、遠くに川の音が聞こえてきたころ、突然森の兎と出会うように、小さな少女に出会った。少女は目が合うと、一瞬、ビタッと固まる。しげしげとこちらを観察するように見つめると、突然背を向け走り出した。
「なんだったんだ?」
不思議に思っていると、少女が走って行った方向から、なんとも騒々しい足音が二、三人分。
一行が足を止めて待っていると、マーシェと同じか年下くらいの少女達が木々の隙間から見えてきた。どうやら全力疾走しているらしい。走りかたが皆雄々(おお)しく、スカート姿というのに小さな若木は避けもせず、飛び越えていた。
目の前に来ると何かを言いたいのか口を金魚のようにぱくぱくさせる。ようやく三人の内の一人が深呼吸をして息を整えると、左手を胸の前に右手をマーシェたちに突きだし、悲壮感たっぷりにのたまった。
「旅行く方よ、どうぞ憐れなわたくし達をお助けくださいぃぃ。」
涙のつもりだろうか、顔中バケツに突っ込んだように水浸しだ。 三人が三人とも同じポーズでお助け、お助けと言っている。夜中だったらホラーだ。
マーシェたちもさすがに後退る。
「話を聞いて下され! 勇者たちよ!」
小柄な白髪の老人が、木の陰から「とぅ。」という掛け声と共に現れた。
「神々の使わせし勇者よ!」
器用に少女達の前に着地するなり同じポーズをとる。
「……喜劇団か……?」
「まあ、要するに困っていらっしゃると。」
にこにこと老人にシー・ルナが語りかけると、老人は待ってましたといわんばかりに首を縦に振る。
「そうなんですじゃあ!」
「では、」
シー・ルナは小冊子を取りだし、老人に差し出す。
「依頼料に関します目安、料金支払いの規定等書かれておりますので一読ください。」
「えぇぇっとぉ?」
老人は戸惑ったように小冊子を受けとる。
シー・ルナは優しい笑みを浮かべてのたまった。
「ご安心ください、お金さえ払っていただければなんなりとお話うかがいましょう。」
固まる老人の後ろで三人の少女は顔の水をタオルで拭っていた。
「ほぅらね、今時こんな芝居で引っ掛かる人いないんだって。」
「でも、爺様は絶対これでいけるって。」
「世の中お金よ? 爺様の頭は化石だもの。」
「そうそう。いくら田舎だからってこんなおだてで巧くいくわけないよ。」
少女達はひそひそと話しているつもりのようだが、老人が黙りこんでいるので良く辺りに響く。
「お喋り雀どもめ、だまっとれ。」
老人は苛々を投げつけると、小冊子をパラパラと捲る。
「………なあ、お若いの。」
「はい。」
老人は厳しい目をシー・ルナに向けた。
「もちっと安くはならんかね?」
「ちょっと待ってよシー・ルナ!」
シー・ルナが老人に返事をする前にマーシェが声を荒げる。
「あたしの依頼が先でしょう!?」
怒気を含む言葉も瓢瓢と受け流し、シー・ルナはそれに答えた。
「マーシェさんの依頼には一年以内という以外に期限が切られていませんし、マーシェさんのご自宅で申し上げたとおり、依頼が来ることは滅多にないので採れるときに採っておかないと。」
どこかで聞いたような台詞を並べて悪びれた様子もない。マーシェの左後ろではジンがうんうんと頷いている。
マーシェは悟った。こいつらに常識や倫理やら道徳観念は通じないと。
「あー、もういいいわよ。連れていってさえくれれば。」
マーシェは泣きたい気分で諦めた。
がっくりした様子のマーシェがあまりにも気の毒だったのか、シー・ルナは一つ提案する。
「では、こうしませんか? マーシェさんはお強いのでこの小護衛団の一員として働く。その代わり、神学をリグが教える。」
「シー・ルナ! 何勝手なこと言ってるんだ!」
「そうよ、いくらサルドネス神国出身だからって誰でも彼でも習ってるわけないじゃない。」
「リグは習っているハズですよ。孤児だと言ってましたから。」
リグは舌打ちをする。
「知っていたのか。」
「ええ、サルドネスには行ったことがありますから。」
妙に緊迫した空気の中老人がおずおずと申し出る。
「すまんが、ここは野盗も通る道なもんだで、話を聴いてもらえるんなら村まで来ていただけんか?」
そして一言付け足すのも忘れない。
「値引きはなにとぞよろしくですじゃ。」
「それはお話を聴いてから。」
シー・ルナはまったく引こうとしなかった。
老人はぐっと悔しそうに眉間にシワをよせる。
「そんなに法外な値は出していませんけどねぇ。」
「最近は野盗も増えて商売ガタキだらけなんじゃよ。」
マーシェ達はシー・ルナ以外、一様に疑問符を顔に浮かべる。今、物凄いことを聞いた気がしていた。しんとしたのは一瞬のこと。
「てめぇら、野盗だったのか!?」
「この森には野盗の集団しか住んどりゃせん。」
老人は何を今更とでも言うようにあっさりと認めた。背を向けすたすたと歩きだす。
「シー・ルナ。」
「はい?」
「知ってたな?」
「はい。」
「はいじゃねぇ! 野盗だぞ、野盗!」
老人達が居ることに頓着せず、ジンは怒鳴り散らす。
「お仕事ですよ。誰が相手でもね。受けるかどうかは話を聴いてからでもいいでしょう。」
「あのなぁ。」
「ふぅん。」
意味ありげにマーシェが何かを納得したような声を出す。
「なんだよ。」
「シー・ルナよりジンの方が常識あるんだと思って。」
「俺はこの中じゃ一番現実的でマトモだ。」
冗談を言っているわけではないらしい。至極真面目な顔で返された。
「んじゃ、行くか。」
「ええっ、反対だったんじゃないの?」
黄緑の新芽や若葉が木々の隙間、足元の養土と化した枯れ葉の下から生えている、明るい色彩の森を再び歩きだす。ジンは振り返りもせず、背中で答える。
「シー・ルナはあれで仕事に関しては無茶苦茶頑固なんだ。一応、文句の一つもいうが、覆らないから、絶対。」
説明半分、シー・ルナへの嫌味が半分といったところか。先頭の老人はもうかなり遠くまで行ってしまっている。マーシェも仕方なく、皆の後を追った。
時間は昼過ぎ頃だろう、太陽が頭上で輝いている。お腹もくぅと小さな音を立て始めたころ、この明るい森ににつかわしくない音が聞こえてきた。
甲高く、ギィ、ギィと木の床が軋む音に似ていた。
「吊り橋の音ね。」
川の流れる音も辺りにこだましていた。木々が開け橋が見える。
「なんだあれ?」




