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神様たちの賭けごと  作者: きめい すいか
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神様たちの駒

 それはまるで呪いの言葉のようにぶつぶつと唱えられていた。小さな紙切れに書かれた地図を見ていた少年はちらりとその声の主をうかがい見る。


「ねーちゃん、頭大丈夫かい?」


 呪いの言葉を吐く人物マーシェは、一瞬少年に視線を向けたがすぐに地面を見て唱え始める。


「あたしは大丈夫よ。にしても、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう………。」


 少年はこんなこと引き受けるんじゃなかったと後悔しながら地図の『宿』と書かれた場所を目指す。目的地は近い。


「ガンバレ、おれ!」


 自分にエールを送り、少年はこの厄介な頼まれごとを早々に終わらせようと歩を進めた。


「あたしをこの宿って書かれたとこまで送って!」


それが厄介ごとの内容である。



***



 勢いよく扉を開け放つと、目の前には派手な色彩の垂れ幕。誕生日おめでとうの文字が扉からの風に揺れる。


「き、キラキが、き、き、き、きえっ、消えちゃったー!」


 動揺を隠そうともせずにマーシェは怒鳴った。すでに宿でパーティの準備を進めていたイレナは、扉が開かれる前からマーシェの気配に気付き、サボリ犯を完膚無きまでに叩きのめしてやろうと勢いよく振り返った。だが、その意味の分からない言葉に動きが止まる。


「は? 何言ってんの?」


 少年へのお礼もそこそこに部屋までかけ上がったマーシェは肩で息をしていた。


「だっ、だから! 消えちゃったのよ!! 魔法みたいに!!」

「キラキは魔法使いじゃないわよ?」

「知ってるわよ! んなこたぁーっ!」


 怪訝な顏でマーシェからすればトンチンカンな疑問を投げ掛けられ苛立つ。


「言葉の通り、空気に溶けるみたいに消えちゃったの! 辺りを探したけど居ないしっ! どうしよう!?」


 泣きそうなマーシェの表情に、ようやくジンたちも焦りを感じ始めた。


「マーシェ、とりあえず落ち着け。迷子になったのかもしれねぇから、少し手分けして探してみよう。」


 あれが迷子なものか、とマーシェは思う。体が透けていた。キラキはマーシェを不思議そうな顏で見ながら、消えてしまった。


「キラキはもう、戻っては来ません。」


 静かなそれほど大きくない声が部屋に凛と響いた。


「義母さん?」


 イレナがマーシェの後ろを見て呟いた。扉にはシー・ルナとセリアトが立っていた。


「キラキは、愚かな神々と愚かな人間のために死にました。」


 シー・ルナが能面のように何の感情も表さない顏で言った。


「死……って、言ってることが分からないわよ、シー・ルナ。」


 マーシェの脳裏に消えていくキラキが映る。声も体も震えた。


「貴殿方には全てをお話しましょう。ここではなんですので、神殿へお越し下さい。」


 セリアトは悲しみを湛えた瞳で微笑んだ。わけの分からないマーシェたちは戸惑いつつ、神殿へと向かった。

 春の暖かな風か吹いているにも関わらず、肌寒い気がしていた。嫌な予感が全員の頭の中を占領していく。

 セリアトの部屋に着いた一行は、何の言葉も発することなく席につく。


「義母さん、キラキは、その、本当に……。」


 いつもは明確な言葉を選ぶラジーの歯切れが悪い。


「ええ、もうこの世には存在しません。」


 皆、実感がわかず二の句が続けられない。代わりに、シー・ルナが詳しい説明に入った。


「キラキは元々賭けのコインの役目を(にな)って産み出されました。」


 ほとんど物音がしない部屋で、シー・ルナの声だけが静かに、けれども重く支配する。


「賭けの内容はキラキが今の世界を望むか、望まないか、です。」


 マーシェには自分が聞くのを拒否してしたがっていると自覚があった。きっと今からシー・ルナが話す事はろくでもないことだと予感があった。それでも、キラキの身に何が起ったのか知りたかった。鳥肌が立つ。


「なんで、キラキがそんな賭けに関わるの?」

「キラキが、駒だからです。」


 シー・ルナは順序だて、始めから話すことにした。それは、ずっとずっと遡る。


「これは人が魔法を産み出した事に端を発します。以前ご説明した通り、魔法は世界に空間の隙間を作ります。それでも、数少ない魔法使いたちが使っている間は世界の復元力により、隙間は閉じられていました。ですが、徐々に魔法使いは増え始め、ある事件が起きます。」


 魔法使い、隙間、事件。その言葉にマーシェはピンとくる。


「エルゼク大陸魔法大戦……?」


 シー・ルナが頷く。


「そうです。魔法を使いすぎた人間たちのために、世界の復元力よりも隙間が増えるスピードが上回ってしまったんです。そこから、この世界は崩壊に進みます。」


 それは変異自然災害に象徴された。


「神々は自分達の見守る世界が、たった一種族のために壊れていく事に我慢なりませんでした。」


 一柱の神は言う。


「その種族を滅してしまえば良い。」


 一柱の神は言う。


「せっかく創り出した命。魔法だけ奪えば良いではないか。」


 一柱の神は言う。


「世界の理を曲げるなど大それた事をする種族、運命は繰り返されるものぞ。」


 一柱の神は言う。


「今なら世界の再生はきく。だいたい神は世界に不可侵。なるべく介入が少ない方が良い。」


 神の意見は大まかに二つに分かれた。


「神々の意見はこのままにしてはおけないとは一致してましたが、内容に食い違いがありました。そこで神々は賭けをすることにしました。元凶ともいえる人の生存を決める賭けです。」


 イレナは自分の唾を飲み込む音が耳にやけに響いてしかたなかった。


「神はなるべくこの世界に触れないよう、四つの駒を用意しました。それが、私とセリアト様、リグ、そしてキラキです。」

「義母さんも……?」


 セリアトはイレナの目を見て頷く。


「ええ、わたくしはアルティファーダ神の駒です。」

「誰がどの神様の駒か決まってたの?」


 マーシェはシー・ルナに問掛ける。


「人間生存派のアルティファーダ、アフルイゼクナは私とセリアト様。生存反対派のトロルテアルシン、ジアゼルはリグとキラキです。」


 シー・ルナは分かりやすいよう、紙に神々の名を記していく。


「シー・ルナ! 神の名を記してはいけないのよ!」


 マーシェは慌てて、シー・ルナから紙を取り上げるが、シー・ルナは少しだけ驚いた顔をして紙を机の上に置き直した。


「別に構わないですよ。神が直接禁じたわけでもないですし。」


 シー・ルナは上からアルティファーダ、アフルイゼクナ、トロルテアルシン、ジアゼルと書いていった。


「そうなの?」

「大昔の神殿のお偉いさんが決めた決まりですよ、確か。」

「なんで?」

「さあ? 有り難みがわくからじゃないですか?」


 マーシェはその言葉に首を傾げる。どこかで聞いたような台詞だった。


「ああ、あの子が言ったんだ。」


 マーシェが神学を教えてもらっている時にキラキが言った言葉。まだ一ヶ月も経っていないのに随分昔のことのように感じられた。


「ジンはどの神が何の神だったか覚えていますか?」


 ジンは面倒臭そうにぼさぼさな髪をかきむしる。


「あーっと、上から創造の神、再生の神、運命の神、破壊の神だったか?」


 シー・ルナは黒い瞳を満足気に細めた。ジン以外は神殿関係者なので説明などいらない。


「正解です。さて、駒には役割があります。まず一番重要なキラキ。この子は体の中に術が封じられていました。」


 シー・ルナの説明は淀みなく、マーシェはまるで簡易結界の施術押し売りのようだと思った。胡散臭い穏やかな笑みがそっくりだ。


「世界から魔法を無くすための術です。これはジアゼルがかけました。何かを無くしたり壊したりというのはジアゼルの仕事ですから。」


 マーシェがポソリと「御名なんだから様づけしないと……。」と言っていたが、シー・ルナは聞いているのかいないのか、まったくの呼び捨てで説明する。


「キラキはジアゼルの駒です。彼女は未来を望みました。ジアゼルの術は彼女の死によって発動し、今、この世界からは魔法が消えました。」

「………えっ? 消えたんですか、魔法。」


 イレナはさらりと言われた事実に驚いた。


「消えてますよ。キラキが消えた時点で術は発動されましたから。世界の法則が少しだけ変わったんです。」

「じゃあ、本当にキラキは……。」


 質問を投げ掛ける唇は少し震えていた。


「ええ、消えました。」

「そんな! どうしてあの子が!?」


 食ってかかるようにイレナは茶色の瞳に力を込めていた。それは、この信じられない現実を否定してくれと望む淡い期待。


「紫の、髪も瞳も見たことがないでしょう? あれは印だったんです。神が駒として創った子供だという。」


 キラキとリグは捨て子だった。最初から人の親が存在しなかった。


「でも、シー・ルナやセリアト様は普通よね?」


 マーシェは納得のいかない顔をしていた。


「わたくしたちは神から駒となるよう啓示を受けたのです。元々人として存在していました。あの子たちは人を滅ぼす存在。そんな重荷を背負わされれば人は壊れてしまいます。ですから何も知らされず、直接駒として創られたのです。」


シー・ルナはそれに頷き言葉を引き継ぐ。


「キラキは人の創った魔法が世界にどんな影響を持つか見えていたでしょう? 体感し、嫌悪を抱くほどに。彼女の見ていた世界はひどい世界だったでしょうね。」


 魔法に触れてふらふらしていたキラキを思い出して、マーシェはぽつりと質問を溢した。


「もし、キラキが人間の滅亡や、この世界の破滅を願ったら?」

「キラキは生き続け、破壊の神の力を発し続ける存在となり、人々は死に絶えます。」


 冗談のようだ、とマーシェ思った。


『あの人おねーさんたちにも危険と思う。』


 マーシェの耳奥にパラ村で出会ったティリアの声が聞こえたような気がした。一瞬、部屋に沈黙が根付こうとしたが、シー・ルナの低く、耳に良く残る声が響く。


「セリアト様の役目はキラキに居場所、帰る場所を作ること、私はあの子にあの村だけでなく他の世界を見せ、人の悪い面、良い面を見せこの世界を愛しむよう仕向けること。」


 シー・ルナはそこまで一気に話すと一息ついた。いつもの笑顔が消え、眉間にシワが寄せられる。


「そして、彼女の絶望を排除すること。」

「どういうこと?」


 マーシェは前にシー・ルナが罪について語った時のような雰囲気を感じた。


「リグの、役目は最初、私にも分かりませんでした。」

「ああ、それはわたくしにも分かりませんでした。あの子は良くキラキの支えになっていましたから。とてもキラキに人類を嫌悪させるための存在には見えませんでした。」


 イレナやラジーとケンカは日常茶飯事だったが、キラキの面倒見だけは良かった。


「けれど、リグは死ぬために創られたのですね。あの子が死んでからのキラキは自分を見失い、周りのこともどうでも良くなってしまった。」

「そうですね。リグは恐らくキラキに絶望を与えるための駒だったのでしょう。印という理由の他にも、同類意識を持たせるよう同じ髪色に同じ瞳を持たせたのでしょう。」


 シー・ルナは背筋を伸ばして瞼を伏せた。


「ですが、リグを殺すためにゼラストオバを襲わせたのは私です。」


 セリアトもその言葉は衝撃だったのだろう。反射的に右のシー・ルナを見る。


「それは、どういうことです……?」

「私はあの子たちの成長を見守る内にリグの役目に気付きました。」


 重苦しい空気が広いセリアトの部屋を支配した。


「キラキにこれ以上ないほどの絶望を与えるには、リグをこの日ギリギリに殺せばいい。それも人の手によって。」


 部屋の窓から見える庭は、すっかり春の様相であるのに、部屋の中の空気は冷たい。実際に寒いわけではない。心がそう感じさせていた。


「もちろん、それを阻止する方法も考えましたが、私は確実な方を選びました。」

「だからって、どうして殺すの! 何でもっと考えないのよ!」


 堪り兼ねたようにマーシェが強く机を叩いた。強すぎたのか、机のどこかがみしりと悲鳴を上げる。

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