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神様たちの賭けごと  作者: きめい すいか
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叶わぬ未来 3

 紙には地図が描かれていた。


「剣も返そうと思って。」


 ようやくキラキが背に剣を背負っている理由に納得したのか、マーシェは頷いた。


「ふぅん。いいわ、お供してあげる。」


 マーシェは機嫌良さげに見える。宿を抜け出す口実を見つけたと言わんばかりに輝いている。


「そんなに義姉さんが苦手なの?」


 図星なのか、輝いていた笑顔が一瞬固まる。


「どうも、あのどこで噴火するか分からない性格が苦手なのよ。」


 キラキは、マーシェも似たようなものだよねと思いはしたが、口にはしない。烈火の如く、否定するマーシェが見えるようだ。


「へぇ、そう……。」


 その代わりに乾いた笑顔で気の抜けた相づちを打つ。


「で? どこなの、そのお墓は。」


 地図をのぞきこみ、赤いインクで印を付けられた場所を見付ける。


「東区墓地ってところをらしいけど。」


 現在地をキラキは指でさし示す。だが、マーシェにはどこがどの道なのかさっぱりだった。


「あたし、地図って苦手なのよね。いつの間にか、縦と横が分からなくなるじゃない。」


 難しい顔でキラキの手から借りた地図と回りの建物を見比べる。


「うん。誰もマーシェに地図見てもらおうなんて、思わないから。」


 マーシェは地図を危うく破りかけた。


「キラキって慣れた人にはズケズケもの言うタイプでしょ。」

「そんなこともないんだけど。」


 キラキはフイッと目をそらす。思い当たるフシがあるのだろう。

 一応、ジンに出かけるむねを伝え、マーシェはキラキの後を追い掛けた。

 後ろから聞こえた、ジンの「サボりか……。」という小さな非難の声は無視することにした。


「そういえば、キラキの喋り方はまどろっこしくなくなったよね。」


 散歩をするかのように二人並んで、ゆっくりなペースで歩く。初めてキラキという人格を見たときの事を思い出し、マーシェは背丈の低いキラキを見下ろす。


「マーシェが分からないって言うから。使わないように努力してるんだよ。」


 少しムッとした様にいい放つ。キラキは少し変わっているかもしれないが、普通に通じるものだと思っていた。村では問題なく通じていたのだ。小さい村で村人があししげく神殿に通っていたからかもしれないが。


「うちの親も神官だけど、説法なんかも、もっと分かりやすかったわよ。」


 マーシェの実家兼神殿は町から離れすぎていて人が来ることが珍しかったが、旅人が訪れると話好きのダグはその旅人を捕まえてはよく話を聞かせていた。


「かのズィエイラ第一位神官はおっしゃった。」


 聞きたくないという旅人の意見は無視して、ダグは酔いしれたように話した。


「幸福は人が日々想う中にあると。まあ、飯がうまけりゃ、大抵は幸せに過ごせるってこった。要するに思い込みだ、思い込み。」


 内容は一時が万事こんな感じだ。


「ちょっと、なげやりなところもあったけど。」

「ふぅん。おじさんにもまた会ってみたいなぁ。」


 キラキはあの凶悪そうな顔を思い起こし、ふっと懐かしそうに笑った。一ヶ月も経っていないのに、出会った頃のことが、ひどく前の事のように思えた。


「ああ、おいでおいで。今度はキラキとしてちゃんと自己紹介しにおいでよ。親父も喜ぶと思うわよ。びっくりもするでしょうけどね。」


 ダグが驚く顔を想像してマーシェはほくそ笑む。けれど、あることに気が付いて、その笑いはピタリと収まる。


「親父は気付いていたかもしれない。」

「何に?」


 独り言のようなマーシェの呟きに、キラキは返す。


「キラキの性別。」


 ダグは武骨で大雑把で人の話をまったく聞いていないように見えるのだが、実際には思慮深く、鋭い観察眼を持つ。大体、態度はどうあれ、娘を溺愛しているダグが、男だけの一団にマーシェを任せるわけが無い。


「うん。こりゃ、気付いてるわね。」


 考えれば考えるほど、その確率は高いと考えられた。


「気楽に来ても大丈夫かもよ。」


 少しばかり悔しそうなマーシェは苦笑いをキラキに向ける。なんとなく、ダグに負けた気分になる。

 キラキは結構、バレバレだったんだと複雑な思いを禁じえない。

 春特有の東風が、どこの木からか千切ってきた水みずしい若葉を、高く空へ舞いあげた。二人の目は思わずそれを追う。ひらひらと若葉が落ちていった先には、まるで別世界のように静寂の満ちた墓地が広がっていた。


「あ、あそこだ。」


 東区墓地。キラキは静けさの中に足を踏み入れた。通りを挟んですぐに住居が広がるというのに、場所柄だろうか、ひどく音が伝わり難いように思える。

 墓石にリグ・バスクと刻んであるものを見つけた。キラキはそこに剣を下ろす。手を合わせ、長いこと動かずに、祈り続けたキラキがそっと目を開き、マーシェを見ず、墓石を見つめたまま話かけた。


「あのね、マーシェ。本当はずっと自分でも分かってたんだ。」

「なにが?」

「わたしがリグに似てなかったこと。」


 座ったまま、キラキはマーシェを見上げた。


「わたしは剣を使えない。わたしは体も丈夫でない。リグの言葉や行動は覚えていても、その通りにはできなかった。」


 いくつもの記憶とのズレはキラキがリグで無いことを彼女に知らしめ、苦しめた。


「わたしは、わたしでしかなかった。」


 マーシェを見つめる藤色の瞳は、揺らめいていた。


「ようやく、その事に気が付いた。」


 ずっと、知っていた。けれど、認めるわけにはいかなかった。だから、キラキは見ないふりをしていた。


「リグを忘れたわけじゃない。ずっと、ずっと大切だよ。」


 墓石に視線を戻し、そっと冷たい石に右の手の平を添えた。


「でも、これからをわたしはわたしとして、生きてみたい。」


 キラキの涙がすっと頬を伝う。マーシェはもらい泣きしてしまいそうになり、空を見上げた。その明るい青を飲み込むように息を吸って、泣く代わりに笑ってキラキを見た。

 その目が大きく見開かれる。


「キラキ……!」


 呼び掛けるのは驚きの声。振り向くキラキの姿は、向こうの景色が見えるほど、透けていた。墓地を駆ける東風に、きょとんとしたキラキの顔が揺らぐ。

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