叶わぬ未来 2
「そう。魔法大戦でグズグズに崩れてしまったんだ、世界は。魔法は世界の法則を曲げる力だから。世界はそれを戻そうと力が動くケースが多い。それが大きく出現した時、変異自然災害と呼ばれるんだよ。多分ね。」
「そんなの聞いたことないわ。」
キラキは頷く。
「わたしは極度に魔法に対して敏感だから、たまたま分かったことだよ。」
「へー、じゃあ新発見ってこと?」
「まあ、そうだと思うよ。発表出来れば。」
目を輝かせて興奮ぎみに身を乗り出すマーシェとは逆に、キラキは事も無げに肯定した。
「じゃあ、何ぼさっとしてるのよ! レポートにまとめて魔法協会に売りつけなさい!!」
すっかりシー・ルナの金第一主義が刷りこまれたようにマーシェは吠えた。
「あのね、マーシェさん。こんなこといきなり報告したって一蹴されるのがオチですよ。証拠がないんですから。」
キラキには世界が歪んで見える。沢山の隙間ができていて、隙間は近くの隙間を押したり、取り込んだり。景色は歪み、くらくらと目眩を起こさせる。特に魔法が使われた後は酷いものだった。歪みがぎしりぎしりと空間をマーブル模様のようにゴチャ混ぜに見せる。動いた隙間からは悪臭が立ち込め、キラキを苦しめた。キラキから見た世界は壊れる寸前だ。
「魔法が使われると隙間が出来るんだ。何もない歪み。これはわたしにしか見えないみたい。それがたまに集まって大きな空間になると、空間を埋めようと、魔法の様な現象が起きる。多分その空間はこの世界のどこかから空間を呼んでいると思う。前にシー・ルナが魔法は空間を無理矢理引き寄せているようなものだって言ってたし。」
マーシェは首を傾げた。
「ん? 世界の法則を無視するものだって言ってなかった?」
「空間を移動させるのも十分法則無視なんですが。まあ、詳しくは説明すると長くなるので省いたんですよ。」
シー・ルナは無地の二十センチ四方の紙を取り出して、両手で持って見せた。
「キラキの説明を交えて説明すると、世界はこの一枚の紙のようなものです。」
「はあ。」
マーシェはなんとも間の抜けた返事をして頷いた。シー・ルナは紙の真ん中辺りを千切って穴を開けた。
「これは、そうですね、水がある空間だと思ってください。」
千切った小さな紙切れを指で挟んで見せた。
「この空間を呼ぶことで、水が出現します。」
シー・ルナは紙の右下に紙切れを置いた。
「けれどこの空間が邪魔で入れませんよね?」
シー・ルナは真ん中を開けたように右下も千切った。
「そこで、この右下の空間を真ん中に退けて入れこみます。」
歪だが紙は一枚の紙に戻る。
「これが水を召喚した状態です。そして、このままでは攻撃なんかはできません。そこで法則無視を使います。」
ペンを鞄から取り出して、シー・ルナは紙にいくつかの文を書き出した。
・モノは落下する。
・水は流動体である。
・土は地面にある。
「世界の法則というのは紙に書かれたこの文のようなもので、世界はこの文に従って動いています。」
マーシェとジンは必死にシー・ルナの言葉を理解しようと脳みそをフル回転させていた。
シー・ルナの持つペンによって、水は流動体であるという文が一つ消され、二つの文が書き加えられる。
・水は浮く。
・水は尖り、固い。
「このように、法則を改ざんして、術は発動されます。」
「あー、うん。何と無く分かったわ。こんなに説明出来るのに、発表出来ないの?」
シー・ルナは困ったように笑った。
「無理だよ。見えるのはわたしだけだもん。信じてもらえないよ。それに、信じてもらえたとしても……。」
言葉を止めてしまったキラキの代わりに、今まで黙って聴いていたジンが、その言葉を引き継いだ。
「消される、か……。」
「へ? 何でよ。」
ジンは呆れた、どころか嫌そうな顔をした。
「お前、たまには脳みそ使った方がいいぞ。」
「んな!? あたしと同等のあんたに言われたくないわっ!!」
「マーシェの方が馬鹿だろ、どうみても。」
マーシェとジンがキッとシー・ルナを同時に見た。シー・ルナは笑顔のまま、先手を打つように一言。
「ノーコメント。」
そのまま二人の顔はキラキを見る。
「あ、あのね、マーシェ。……っつ。」
両手を二人に向けて、待ったをかけ、焦って説明しようとするが、焦りすぎて舌を咬む。
「マーシェさん、魔法が世界を壊しているという現実をつきつけられれば、魔法使いは存在出来なくなるでしょう? 権力がなくなることを最も恐れる魔法協会幹部の方々はこぞってこの説を潰しにかかるでしょう。」
「だって世界に比べたら……。」
「比べても、自分の今の立場が大事という人は存外多いものです。」
マーシェは納得のいかない顔を向けている。
「実際、何人も気付いた人はいると思いますよ。この百年近い年月、各国々が変異自然災害を解明しようとしていたんですから。例え、キラキのような感覚を持ち合わせていなくても、魔法大戦から活発になっているのですから因果関係を調べている研究者は何人もいるはずです。それなのにそんな話は聞いたこともないでしょう?」
マーシェは渋々頷く。彼女のように真っ直ぐな人間には俄かに信じがたいことだ。
「話を戻していい?」
キラキの問いにマーシェは豆鉄砲をくらったように目が点になる。
「なんの話をしてたっけ?」
「……お前、痴呆だろう。」
「ちょっと忘れただけじゃないの。」
キラキはふーっと細く長い溜め息を溢した。
「マーシェの質問だよ。あの子供にかけた神術の説明。」
「ああ!そうだった。魔法の説明が長くて忘れちゃってたわ。」
「魔法の説明じゃなくて、変異の説明だったんだけど。」
魔法も神術も使わない人間にとっては未知の力だ。その構造など一から説明されなければ解らない。一から説明されても解らない場合もあるが。
「で、魔法の中でも時間をかけて徐々に死にいたらしめるものを呪いっていうんだって、それも使われれば空間が歪むのは同じ。」
「それがあの子のところで出現したっての?」
「そう。サルドネス神国では目立った魔法は使われない。魔法は嫌遠されてるから。でも、目立たない呪いは横行しているんだと思う。」
他国ほどは酷くはないが所々に隙間が見えた。キラキたちの住んでいた村は田舎だったからこんな隙間はなかった。やはり栄えた都は闇も深いのだろう。
「最初にあの子にかけた神術は、あの子の中に出現した変異の破壊。それから体の回復。」
「っはあ~、色々複雑なのね。」
マーシェは難しい話を聴きすぎて少し放心したように呟いた。
「マーシェさーん、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。けど、明日になったら、今日の話は大半忘れてそう。」
シー・ルナは苦笑いを浮かべた。
「明日、また説明しろとか言わないで下さいね?」
「ああ、なんか俺もそれ言うかも。」
シー・ルナとキラキは呆れ顔を互いに見合わせた。
「今日中にノートにメモっときなよ!」
キラキはまた説明するのは嫌だというオーラを出し叫んだ。
***
二日後、マーシェはキラキが出かけるところを捕まえた。
「ちょっと! 今日は忙しいんだからエスケープしないでよ。」
腰に手をやり通せんぼをするように、キラキの目の前に立ちはだかる。
「わたしの誕生日パーティって聴いてるけど?」
普通、祝われる方は遠慮しておくものだろうと、キラキは朝から出かけることにしていた。
「そうだけど、キラキの姉さん、あんたいないと煩そうじゃない。」
否定は出来ないので、一瞬ぐっと押し黙る。
「……じゃ、じゃあ用事済ませたらすぐ帰ってくるから。」
「誰か殺しにでも行ってくるの?」
キラキは吹き出した。
「何で!?」
「だって、あんた、キラキとして自己紹介した頃から、剣をからってないじゃない?」
今日のキラキは裾の長い神官服に、リグの長剣を背負っていた。
「でも、だからってどうして誰かを殺す発想になるの?」
マーシェは武器を持っているときの状況を想像する。旅の護身、父親との喧嘩、野盗の襲撃。マーシェは真剣に頭を捻尽して、目をキラキに戻した。
「それ以外に何に使うのよ?」
確に剣はそういう物だが、持っているからと、そこに直結するマーシェの思考回路には難がある。
「………じゃあ、マーシェも一緒に来る?」
もしかしたら、一人でどこか行くのを心配してわざと言っているのかと考えた。
「殺りに?」
だが、マーシェは本気でそう思っているようだ。その事にキラキは呆れる。
「そこから離れなよ。」
言ってキラキはポケットから四つに折られた紙を取り出し広げた。
「お墓参りだよ、リグの。こっちに移したんだって。」




