叶わぬ未来
昼とは言えないが、おはようというのもはばかられる、そんな時間帯。
「あ~あ、寝みぃ。」
寝起きの顔でジンはヤル気なさそうに歩いている。三人が向かっているのは、ここからでも存在が見えるセリア中央神殿。
「まったくっ! 出掛ける直前まで寝てて良く言うわよ。」
「まあまあ、昨夜は深夜まで呑みっぱなしだったんですし。」
昨日、セリアトがキラキと再会を果たすと、いつの間にかラジーとイレナが大量の酒とツマミを買って来て、あの狭い部屋で『おかえりキラキパーティ』なるものを繰り広げたのだ。
「そうだ、あいつらが悪い。」
「あんたがバカスカ酒呑むから悪いんでしょーが! しっかもスルメを一人で食べちゃうなんて、信じられないわ!」
「てめぇだって食ってたじゃねぇか!」
「あたしはまだ十数本しか食べてなかったのよ!」
どうやらマーシェはスルメをこよなく愛しているらしい。
「二人とも、往来でスルメの取り合い話はいかがなものかと。」
注意するわりにシー・ルナの顔は愉快そうだ。本気で止める気はないのだろう。毒気を抜かれたマーシェは溜め息を重々しく吐いた。
「にしても、キラキは本当に大丈夫だったかしら?」
セリアトの来訪に驚きと戸惑いで少しパニック気味だったキラキも、酒宴に入るころには落ち着きを取り戻していた。けれど、ジンに正体がバレたと気付いた事で、再び混乱状態に突入し、さらにジンは始めっからキラキのことを知っていたと告げられ、頭の中は爆発した。結果、酒を呑んでもいないのにフラフラしていた。
「最近、あの子ぐだぐだよね。」
心配するようなことを言っていたわりに、声の響は弾んでいた。
「何やら楽しそうですね、マーシェさん。」
「性格わりぃな、分かってたけど。」
シー・ルナはいつも分からないが、ジンは真剣に言っていた。
「ばっ、違うわよ。今まで全然本当のリグ、じゃないわね、キラキを知らなかったから、かいま見えて嬉しいなぁって思ったの。」
「あー、けど師匠の話のリグとも全然違ってたし、あれ、半分は地じゃねーの?」
「あたしは二人とも知らないんだから、分かるわけないでしょ。」
マーシェはむくれたように口を尖らせる。
「まあ、あれもリ、じゃない、キラキの一部なんだろうけど。いいわよ、これから知っていけばいいんだし。」
「そうですねぇ。あ、マーシェさん、門が見えてきましたよ。」
「無駄にデカイな。」
「けどさー、昨日はあれよあれよと言う間に連れてかれたわよね。」
近くまで行くと首を思いきり反らさなければ、門の先端が見えない。マーシェは見上げ、思わず太陽を直視して目を閉じた。焼けつく残像が目の前をチラチラと漂う。まるで昨日のランプにたかっていた蛾のように。
「ああ、あいつら本とに可愛がってたのかね。」
その連れ去りようは問答無用だったのだ。異常にハイテンションになったイレナが、突然帰ろうと言い出した。小脇に抱えこむようにして首ねっこを捕まえるキラキは酒と度重なるサプライズのせいで目を回していた。
「そういえば、気を失っているキラキの頭を掴んでがっくんがっくん揺らしてましたよね。『キラキも帰りたいよねー。』とか言いつつ。」
「あー、あれは悲惨だよなぁ。」
「指差して笑ってたクセに。」
「そりゃあ、ほら、俺は酔ってたし。」
「この呑兵衛が。」
マーシェは呆れて言ったのだが、ジンは得意気に頷く。
「男はみぃーんな呑兵衛さあ。」
ふざけて言うものの、マーシェからの視線は冷ややかだった。
「んなわけないでしょ。」
真っ白な巨大な門には小さな扉がついており、その扉は開いていた。小さなとは言っても、隣に立つ門兵が楽に通れる大きさはある。普段の日の出入り口だ。それを抜けると神殿が見えた。
昨日、セリアトが告げた時刻よりも前に着いたが、ラジーはすでにマーシェたちを大広間で待っていた。
「昨日は申し訳ありませんでした。」
神官の警護員としての口調で一礼すると、ラジーは皆をセリアトの部屋に案内した。アーチを描く扉の前でノックをする。
「お連れしました。」
「無理無理無理無理っ! ぜーったい無理!!」
ラジーが扉を開けると途端にそんな叫び声が響いた。
「だーいじょうぶよ。似合ってるから。」
「そういう事じゃなくて……。」
シー・ルナはそんなけたたましい声も無視して椅子から立ち上がり、彼らを出迎えたセリアトにお辞儀をする。セリアトもにこりと笑って頭を下げる。
「ようこそ、おいでくださいました。」
「いらっしゃーい。見て見て! キラキ、かっわいいでしょう?」
白い短めの上衣に下はピタッとしたズボン。基本型からはかなり外れているが、それは神官服。
「あ、ほんと、かわいい。」
マーシェは変わったデザインの神官服と神官服を着るキラキが珍しく、まじまじと見る。
キラキは今にも顔から火が出そうなほど真っ赤になっていた。
「イレナ、お客様の前ですよ。」
セリアトははしゃぐイレナをたしなめるが、イレナは神官服をもう一着持ってきた。
「今更だと思うわ。昨日あんなに騒いだ仲なのに。やっぱりこっちの服が似合うかしら?」
「ちょっと、イレナ! キラキには従来の清楚な服が似合うって言ってるだろ?」
「何言ってんの、ラジーが持ってくる服はババ臭いって言うのよ!」
「イレナが持ってくる服は仮装だね。」
二人の視界にはセリアトもマーシェたちも入っていないようだ。
「二人とも朝からこんな調子で……、ごめんなさいね。」
セリアトは困ったような笑みを溢す。
見れば長椅子には大量の白い服と青い布が散乱していた。
「昔っからリグとイレナとラジーの神官服の趣味は合わなくて……。」
「あの子の好みは?」
「言い争いに入っていけないんですよ。」
確かに少し離れてイレナとラジーを傍観している様は意見を言う気配もない。
「さあ、皆さん揃ったことですし、座ってください。」
セリアトに言われてぞろぞろと席に着く皆に対して、キラキはセリアトの後ろに隠れるようにモジモジとしていた。
「キラキ、気まずいのは分かりますが、いい加減腹をくくらなくてはなりませんよ。」
座っているセリアトに軽く背を押されてベソをかきそうなキラキが半歩前に出る。
「……………キラキ・バスクです。始めまして。」
床を凝視し、握り拳を震えさせ、観念したように頭を下げる。
「いや、始めましてじゃないでしょ。かなり昨日も喋り方が戻ってたし。」
「格好が戻ったからじゃねぇの?」
「ああ、じゃあ始めまして。」
マーシェがキラキを見てにこやかに笑うものの、キラキは気まずそうに下を向くばかりだ。
「ああ、なんだかぶっとばしたい……。」
マーシェは自分の左拳を擦る。
「マーシェさん、物騒ですよ。それで、私達を此処へ呼んだ理由をそろそろお聞かせ願いたいのですが。」
マーシェたちはキラキを迎えに来たわけではない。セリアトに呼ばれたのだ。依頼があると。
「しばらくセリアにとどまって欲しいのです。」
「しばらく? ずいぶん曖昧だな。」
ジンの言葉にセリアトは頷く。
「ではせめて明後日。キラキの誕生日まで。」
「義母さん、それいい! せっかくだもの。祝っていってよ。キラキの十五の誕生日。」
騒ぐことが好きなのか、イレナは顔を輝かせる。
「でも、それが依頼? 別に依頼でなくてもいいような。」
「そうでもないですよ。」
シー・ルナは表情の読めないいつものにこにこした笑顔で言う。
「そろそろ懐具合いが寂しくなってきたので仕事を探しに行かないとと思っていたところです。」
「またか……。」
ジンは聴こえるように呟いた。
「また、といいますか……。お金がないのはいつもの事です。」
それも切ない事実だ。
「あなたがたには手伝っていただきたいことがありますので。それに関しては明後日申しあげます。」
「皆さん、別に構いませんよね? キラキも今更逃げ出しませんよね?」
「あー、それで依頼ってんなら俺はかまわねぇよ。」
「あたしもー。」
キラキも微かだが頷く。シー・ルナは満足気にもう一度笑った。
***
さすがに神殿内で騒ぐことは無理なため、マーシェたちが泊まる宿でキラキのお祝いはやることになった。
イレナは名残惜しそうにしていたが、キラキはマーシェたちと共に宿に戻ることにした。
「昨日も聞こうと思ってたんだけどさ。」
マーシェは部屋に戻ってマットの敷き詰められた床に座ると、立っていたキラキを見上げた。キラキも床に座る。
「あの子どもにかけた神術がよく分からなかったんだけど。それにあれは、病気じゃなくて変異だって言ってたよね?」
「なんだ? 病気が変異って。変異って変異自然災害のことだよな?」
一人、あの場にいなかったジンが当然の質問をするが、マーシェはうるさそうに眉間にシワを寄せる。
「後で説明するから。」
そんな可哀想なジンに、シー・ルナが昨日の出来事をかいつまんで説明した。
「へー、そんな変異もあるのか。」
「そもそも、変異自然災害ってなんだか知ってる?」
キラキは話す順序を考えながら切り出した。マーシェは首を横に倒した。
「さあ? 魔法大戦の後に酷くなったのよね、確か。」
マーシェが産まれた頃にはなぜそれが起きるのか疑問に思うこともないほど、定着した言葉だった。知っているのはそれくらいだ。




