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神様たちの賭けごと  作者: きめい すいか
26/37

おいかけっこ

 人々の活気が溢れる屋台通り。威勢のよい声がひっきりなしに客寄せをしている。道行く買い物客もそれに負けないくらいの声で値引きをねばる。


「………帰りたい。」


 そんな中、いつもの暗い色したフードを被り、死にそうな声をあげるのは人の波に溺れそうなリグだった。


「何よー。まだ宿から出て一時間も経ってないじゃない。早々にリタイアするんじゃあないわよ?」


 せっかくサルドネス神国に来たのだからと、マーシェはリグと共にウインドーショッピングにくり出していた。セリアには数日滞在することが決まっていた。シー・ルナの用事が有るとかで、それが終わるまでは動けないと、マーシェは説明された。それでは、折角だからと、服屋を回ることにしたのだ。色々あって、着ている服もヨレヨレになってきたので、一着くらいは新しいものを買おうかとも考えていた。


「ホント、リグって買い物嫌いなのね。」

「買い物も苦手だけど、それ以上に人混みが嫌いだ。」


 リグの顔が見えないのでマーシェは大丈夫なのか、そうでないのか判断に困る。声だけでは今にもぶっ倒れそうだ。


「宿に帰る?」


 少し心配になって訊いてみる。リグは軽く息を吐くと首を左右に振った。


「いいよ。買い物に付き合うって約束したのは俺だし。」


 前の晩、ずっと勉強漬けだったマーシェがいきなり切れて吠えたのだ。街をぶらつきたいと。


「リグ、いい奴!」


 がばっとマーシェに抱きつかれリグは苦しそうにもがく。


「ぐえっ。離せっ。」

「あ、肉屋だ。ジンにおみやげ買ってってやろ。留守番だし。」


 マーシェは抱きついた状態で、肉屋の店頭に吊してある干し肉に目をつけた。鹿肉と猪肉の干し肉が売ってある。


「リグはどっちが好き?」


 肉屋の前までリグを引っ張っていくと、マーシェは干し肉を交互に指差す。


「ジンのみやげだろ? ジンは猪肉の方が好きだぞ。」

「あら、おみやげなんて結局自分で大半食べちゃうものじゃない。自分の好きな方買わなくちゃ。」

「そんな理屈初めて聴いたぞ。」


 呆れたようにぼそりと呟くリグをマーシェはマジマジと見つめた。


「何だよ。」

「リグって真面目なのねぇ。」


 マーシェが自己中過ぎるんだろ、と言いたいのをリグは思い止まる。三倍の反論が返ってくると容易に予測出来た。結局、猪の干し肉を買って、再び町をねりあるく。


「なあ、マーシェはどんな服を買いたいんだ?」


 おみやげであるはずの干し肉をかじりつつ屋台をのぞく。


「安くて丈夫で可愛いかんじの神官服。長持ちするのが第一よ。」

「主婦だな。」


 リグはマーシェが店主の迷惑そうな顔をものともせず服を伸ばしたり透かしたりしている場面を思い出す。


「あのねぇ、あんな親父と住んでたら、あっというまにお気に入りの服だろうが、高い服だろうが、くたびれちゃうの!」


 たしかに出会った時のような親子ゲンカが日常茶飯事ならば服は常に汚れていることだろう。


「神官服着てるときに、喧嘩しなけりゃいいじゃねぇか。」


 呆れて正論を突きつけると、マーシェは目をそらして無意味に笑う。


「ふっ。争いとは思ってもいないところで勃発するものよ。」


 要するに二人とも短気過ぎるのだろう。

 御守り専門の屋台で祈願成就の御符を眺めながらマーシェは唸る。


「うーん、やっぱり二番目に入った店の服が一番良くない?」

「御守り見てたんじゃ……。」

「うん。見てるだけ。」


 店主の視線が痛いがマーシェは気付いているのか、いないのかニコニコと機嫌が良い。


「それより、どう思う?」


 気配に敏感なリグは店主からの冷たい空気にいたたまれなくなり一人で屋台から離れる。


「マーシェ、鈍すぎ。」


 重いため息と共に吐き捨てるとマーシェが後を追ってきた。


「どうしたの?」

「店主、睨んでたぞ。」

「知ってるわ。」


 マーシェはそれがどうしたと言わんばかり。


「リーグ? 良いものを買うときはね、見て、見て、見て、見たおして決めるものなのよ。」


 マーシェはばしばしとリグの背中を少し痛いくらいの強さで叩き、元気に右の拳を空に突き上げた。


「と、いうわけで。二番目に寄った服屋へ行くわよ。」

「げっ。あそこって、ぜんぜん通りも違うところじゃねぇか。」


 つまり遠い。


「戻る、のか?」


 一縷(いちる)の望みを託して(うかが)うような聞き方で尋ねる。


「ええ、もちろんよ。」


 言外の戻りたくないなー、という願いは軽く拒否される。いや、マーシェは気付いてさえいない。

 屋台通りを抜けてマーシェたちが借りている宿の方へ向かい、途中右の通りに入ってしばらく歩くと、小さな店が軒を連ねる通りに出る。


「あー、ここ、ここ! リグってホント物覚えが良いのね。」

「マーシェが方向音痴なだけだろう?」


 マーシェは何番目に入った店かは覚えていたのに、道順はすっかり忘れていたのだ。


「だあって、自分が方向オンチだなんて旅するまで知らなかったんだもの。いつもは見知ったとこしか行かないし。」


 マーシェは口を尖らせる。


「知っとけよ。」


 リグは店に向かうと、すぐにその足を止めた。昔懐かしい声がする。

 マーシェはいぶかしむようにリグの顔の前で右手をヒラヒラと漂わせる。


「リーグ、どうしたの?」


 マーシェの声が聞こえているのかいないのか、リグは茫然と立ち尽くす。

 その視線を追えば、マーシェ達が向かっていた店の中に一組の男女が神官服を間に口論しているようだった。


「知り合い?」


 その言葉に弾かれるようにリグは顔をマーシェに向けた。


「ううん。ぜんっぜんっ!」


 怪しさマンパイの回答だ。十中八九知り合いだとマーシェは考える。


「……ふーん……。」


 マーシェはさらに考える。きっと、キラキとしてはあの二人に会いたくないのだろう。


「何だか、店はたて混んでるみたいだし、またあとで来ようか。」


 とっさにここから離れる言い訳が口を突いて出た。なんとなく、そうしたほうがいいような気がしていた。

 リグはそれにすがるように大きく首を縦に振る。


「そ、そうだな。店は逃げないし。」


 尻つぼみのセリフを横目で眺め、マーシェは今だに店を凝視するリグの首ねっこを掴んでズルズルと引っ張っていく。リグというより、キラキは唐突な事が苦手らしく、思考の一切をストップさせてしまうフシがある。


「あーもう。やれやれ。」


 マーシェは店の二人から視線を離せないでいるリグの顔を無理矢理反らさせた。

 店の二人は見るからに戦士だ。それぞれに所持する武器がしっくりと馴染んでいる。そんな二人をジロジロと見て視線に気付かれないわけがない。

 マーシェは穏便にその場を立ち去ろうと、リグの背の剣を自身の体で隠すように店から離れようとした。視線に気付いて、こちらを見ている青年の背にはリグの剣と同じ印の入った剣が携えられていた。


「見すぎ、見すぎ。視線が痛いって。」


 一歩一歩、歩調が早すぎないよう気を付けて歩くマーシェがぼやく。 目の前には緊張しすぎて息が上がるリグ。マーシェに両の肩を押されて歩いているが、押さえていなければ剣の重みで倒れるのではないかと心配するほど頼りなかった。


「そこのお二人。」


 リグの肩がビクリとはねる。


声をかけてきたのは、布に巻かれた槍を持つ女性。年の頃はマーシェよりも少し上。


マーシェはふっと息を吐いて、振り返る。


「何か?」

「それはこちらの台詞。ずっと見ていらしたでしょう?」

「見てません。自意識過剰じゃないですか?」


 マーシェはバッサリと言い切った。


「まあ、あまりの口論に店に入れなくて困っていましたので、少しは眺めていましたが。」

「あら、あそこまでガン見しておいて少しだなんて、よく言えたものですね。」


 マーシェのあからさまな嘘に、女性は口調が厳しくなる。マーシェの陰でマントを被った震える人物、リグの存在も怪しすぎたのだろう。ピリピリとした空気がその場を支配する。


「イレナ、あんまり騒を起こすなよ。」

「仕掛けてきたのは、こちらさんよ。ラジーも加勢じゃないなら向こう行ってて。」


 昼間から不穏な空気が通りに満ちる。イレナは戦う気満々だ。


「あ~、どこでこうなったのかしら?」


 無意識にでも人の怒りを煽ってしまう。癖とはそういうものだ。悪気がないのでたちが悪い。マーシェはぶつくさ言いつつ腰の鎌に手を伸ばす。


「あんたは下がってなさい、……ってコラーッ!!」


 リグはその場の状況に堪えきれず、マーシェの手を払って逃げ出した。


「ちゃんと、宿に帰るのよーっ! わかってんのーっ!?」


 その小さな後ろ姿に不安を覚える。リグがキラキになったあの日の出来事をジンから聞いていたから、この場を穏便にすませようとしたのに。


「だ、大丈夫よね……?」


 マーシェはリグが走って行った方向を不安そうに見つめた。


「ラジー! 不審者よ。何つったってるの!」


 その言葉にマーシェはぶちギレた。


「誰が不審者よ! あんたたちのほうが、あたしよりあの子の事を知ってるんでしょうが!」


 そんなことを言われてもイレナとラジーには、あのフードを被った人物がキラキだとは分かるわけもない。


「えーっと、僕ら君らに会ったことあるっけ?」


 マーシェとイレナの間に割って入ったラジーがいきなり怒鳴りたてたマーシェに質問した。

 マーシェはその時になって、ようやく自分で目の前の男女がリグの知り合いだとバラしていることに気が付いた。


「やばっ。」


 自分の口の軽さを呪うも後の祭だ。言ってしまった言葉は口の中に再び戻ることはない。マーシェには後悔の二文字はない。あったとしても一瞬の出来事だ。


「逃げよっと。」


 小さめの火炎瓶(宿で作製)を往来で割り、彼等との間に火の境界線を作る。中の油の量が少なめなので爆竹も放る。途端に起こる悲鳴。その騒ぎに乗じて彼女はさっさと裏道に入る。火炎瓶は道が石畳だということもありすぐに終息を迎えた。


「ラジーはあのフードを被った方を追って! あたしはあの女を追うわっ!」

「いいけど。あんまり無茶すんなよ!」


 マーシェを追い掛けながら指示を出すイレナはラジーの忠告を聞いているのかいないのか、何の返事もなく裏道に消えていった。


「知り合い。隠れるような姿。見慣れた剣、ね。」


 ラジーは取り残され、楽しそうに呟いた。


「元気そうで安心したよ、キラキ。」


 ラジーはやる気なく、リグが走り去った方角に歩く。シー・ルナの警告が頭に残っていたからだ。


「さて、どうするか。」


 会いたい気持とキラキの為の忠告に従う気持と、秤が揺れ動く。


「偶然会ったんなら仕方ないよな。」


 ゆっくりとそれでも確実にラジーはリグの後を追う。ラジーは出来れば顔を見たかった。血の繋がりは無くとも、彼等は家族なのだから。



***



 リグはセリアの町に来たことがない。


「ここ、どこだろ。」


 町の中をなかばパニック状態で目茶苦茶に走り回った結果、現在地も宿の場所も分からなくなってしまっていた。途方に暮れて細い陰った横道に入り、ズルズルと疲れたようにへたりこむ。


「どうしてここに居るんだよ。」


 かすれる細い声で泣きそうに言った。あることが脳裏によぎり心臓が一つ大きくはねた。


「義母さんも、居る、よね?」


 二人はセリアトの警護員だっだ。神殿で育ったものは神官に、なれなかったものはその警護に付く。ラジーとイレナも例外に漏れず警護員になった。


「この町から出ないと。」


 リグはパニックになりそうな頭の中を落ち着けると、なんとか考えをまとめた。立ち上がり、細道から抜けると太陽の光にクラリとめまいがした。町を出よう。決心したは良いものの、リグにはどちらへ行けば町の門へ辿り着けるのかが分からない。道を尋ねようも格好が怪しいリグに答えてくれるものはいない。


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