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神様たちの賭けごと  作者: きめい すいか
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願う罪と望む罪 2

 ラジーは不思議そうな表情を浮かべた。だが彼が何の同志かを聞く前にセリアトの部屋の前についてしまった。


「失礼致します。」


 ラジーがノックを軽く二回叩くと、中から品の良い声が返事をした。

 扉を開けると高齢の女性が出迎えた。女性は総白髪の長い髪をきっちりと結い上げ、白い神官服を背筋を伸ばして着こなしていた。ともすれば厳しそうなイメージを与える女性の居出立ちは、女性の持つ柔かな雰囲気に包み込まれていた。


「はじめまして。セリアト・ルシアと申します。どうぞ。」


 接客用の椅子を勧められたシー・ルナは軽く頭を下げ座る。


「はじめまして。シー・ルナ・アフルと申します。この度はキラキの事に関して参りました。もうすぐ、あの子の決断の日がやって来ますから。」


 その言葉に穏やかだったセリアトの表情がさっと固くなる。


「セリアト様?」


 ラジーはその顔色を無くし、ともすれば恐怖を浮かべる瞳に不振を抱き声をかける。

 はっと我にかえったセリアトは少しひきつる笑顔でラジーの方を向く。


「ラジー、少しこの方と二人で話がしたいの。しばらく下がっていてくれますか?」

「しかし……。」


 先程の尋常でないセリアトの様子にラジーは躊躇(ためら)う。セリアトは一つ深く息をすると今度は自然に笑った。


「大丈夫ですから。」


 ラジーは居座るわけにもいかず、後ろ髪を引かれる思いでその場から退席をした。セリアトは心配げに退出していくラジーを見送り、扉が閉められた後も扉を見つめていた。


「貴方もわたくしと同じ駒、なのですね?」


 静かにセリアトはシー・ルナへ視線を戻す。視線が合うとシー・ルナは笑って頷いた。


「我等は愚かなり。なればただ傍観するのみ。」

「『誕世記』第一章の最後ですね。神々がこの世界を手放し見守る存在になる。」


 シー・ルナは椅子に深く腰掛け溜め息を漏らす。


「本当に、愚かなんだと自覚しているなら、そのままにしておけば良かったのに。神とはどこまでもバカですね。」


 セリアトは整った眉を寄せてシー・ルナをたしなめる。


「シー・ルナ殿、そのようなことを申されては……。」


 暗い笑みをうかべるシー・ルナは手を組み、セリアトを鋭い眼光で射すくめる。


「罰が当たりますか? いったい誰が私たちに罰を与えられると言うのです? 神々でさえ与えてはくれないというのに。」


 その鋭い切るような視線を受け止めセリアトは悲しい瞳で答えた。


「そうですね。この罪はわたくしたちが良心の呵責によって罪と思うだけで、実際あの方たちにとって罪ではないのでしょうね。」


 シー・ルナは一瞬ひどく傷ついた顔をしたが、すぐにその表情は消す。


「そうですね……。ですがこんなに後悔するのならば参加しなければ良かった。」


 ふと視線を右に動かすと窓があった。窓の外には中庭があり、小鳥が赤い木の実をついばんでいた。


「わたくしも何度そう思ったことか。この様な愚かしく、恐ろしい遊戯(ゆうぎ)の駒になるなど……!」


 セリアトは席を立つとシー・ルナに背を向け、高ぶる気持を落ち着けるかのように大きく息を吸った。


「けれど、当時はわたくしさえ辛い気持を我慢すれば人々を救える、とそんな傲慢な想いを持っておりました。」


 振り返るとそこにあるのは全てを諦めたような笑顔。


「シー・ルナ殿、貴方は先程誰もこの罪を裁けないとおっしゃいましたが、一人だけ裁いてくれますわ。」


 シー・ルナは怪訝な顔でセリアトを見上げる。


「キラキです。」

「ああ。」


 得心がいったようにシー・ルナの口から言葉が漏れた。


「あの子が生きることで罪深さを思い知り、あの子の死によってこの罪は覆すことの出来ない永遠のものとなる。」

「罪を罪としてつきつけられるわけですか。」

「わたくしたちは願います、あの子の死を。それは始めから分かっていたこと。そして、あの子の死は絶対に必要不可欠なこと。」

「そうですね、でないとこの人の世界は成り立ちません。」


 セリアトは優しい困ったような笑みを浮かべる。


「ええ、けれどわたくしたちは望みます。あの子が生きることを。それが、どのような意味を持つか分かった上で。それはとても恐ろしいこと。」

「まぁ、罪とはいっても、これも誰にも責められないでしょう。自分が育てた子の幸せな将来を望むのは当たり前なことなんですから。」


 シー・ルナはセリアトに優しい微笑みを向けた。


「貴方も泣いたりはしないのでしょうね。」

「そうですねぇ。私も貴方も駒になった以上、悲観して泣く権利もないでしょう? 選んだのは自分です。」


 重くその言葉を受けてセリアトは微かに頷く。


「笑顔はいいですね。泣きたい気持ちを無理矢理にでも我慢できます。」


 そう言って顔を見合わせて笑う二人は、顔の造形は全く似ていないのに受ける印象は良く似ていた。


「ところで、貴方が今日来られたのは、こんな懺悔のようなことをするためではないのでしょう?」


 セリアトは再びシー・ルナの前に座る。シー・ルナはセリアトとの間に横たわる小さめのテーブルに視線を落とした。


「もし、キラキが普通の女の子だったならきっと喜ばしい報告になったでしょうね。」


 もう何年も会っていない自分の養い子。セリアトは固唾を飲んで話を待つ。

 シー・ルナはキラキが村を出てリグとして生きてきたこの四年間のことをかいつまんで話をした。


「あの子は弱い。リグという支えを失って生きてはいけないほどに。」

「ええ、リグさえ生きていればきっと問題なくわたくしたちの目的は果たされていたでしょう。」


 シー・ルナは頷く。


「だからキラキは自分でリグの存在を世界の中に入れこみました。」

「あの子にとって、リグのいない世界など考えられないものですから。」

「ですが、それは私たちにとってあまりにも危険です。」


 そう言いながらも、シー・ルナからは危機感が感じられない。


「次の一手を打ったのですね。」

「もちろん。それが私たちの使命です。」


 嫌悪感の滲む笑みを浮かべ、声はわざとらしく明るい。


「二人の人物に会わせました。この二人は非常にキラキと相性が良いのです。」


 マーシェとジンのことだ。


「案の定、この二人と仲良くなったキラキはジンの危機にリグの形見である剣を手放し、久々に彼女の武器で対応しました。」


 セリアトは黙ったまま何も言わない。


「あの子はリグの死によって止まった時間を動かしました。」

「あの子にとってはリグのいる世界を夢見ていた方が幸せだったかもしれませんね。」

「それでもいずれ時は動きます。キラキはリグとの違いに悩み、夢は破綻する寸前でした。どうせならば自分で壊してしまったほうが傷は浅い。」


 シー・ルナから見える視界の端で窓の外の赤い実が鳥に食われて、細い枝からぽたりと落ちた。


「私はあの子の死を願う。だからこそ、今はただ幸せに時を過ごせればいいと思います。」


 いったん口をつぐみシー・ルナは眉間にシワをよせた。


「その、命が尽きるまで。」


 セリアトも目を閉じ重い溜め息をついた。



***



 リグとマーシェは部屋に入ったとたん、例によって例のごとく床一面に敷き詰められたマットの上に突っ伏した。


「なんだぁ? 買い物疲れか?」


 剣や防具の手入れをしていたジンは、好物の干し肉をくわえたまま器用に喋る。マーシェが顔を上げると部屋に一つある窓から赤い旗が風に舞っていた。


「あ、れ!」


 顔には疲れと怒気を滲ませ、悪趣味な絵が描いてある旗を指差した。


「なんなのよ。あの絵は! 入って部屋を言うなりあたしたちが怒られたのよ!」

「俺は何も言われなかったぞ?」


 マーシェの剣幕に目を見張りながらも応えるが、すぐにマーシェの愚痴が溢れだす。


「ジンの顔が怖いから言えなかったに決まってるでしょー!! シー・ルナは得体が知れないし! その点あたしは話しかけやすいフレンドリーな雰囲気持ってるもの~っ。」

「お前なぁ、けっこう酷いこと言ってる自覚あるか?」

「あら、あたしだって傷付き易いナイーブな軟弱男にはこんなこと言うわけないじゃない。」


 一応、ジンは認められているらしい。マーシェはケロリとして言う。


「とりあえず、その旗を下げねぇか?」


 リグの言葉に一同の視線は窓へ向かう。気持よく春の風に乗る赤い旗は、墨で描かれた絵を見せ付けるように力強くなびいていた。


「そうだな、合流出来たことだし。」


 ジンが剣を置き立ち上がる。

 思い出したようにリグは左右を見渡す。見渡さなくてもシー・ルナがいないことはすぐに分かったが、今まで気付かなかったことが気まずい。


「シー・ルナは?」

「あー、なんか知り合いがこの近くに住んでるんだと。晩飯までには戻って来るってさ。」


 振り返りながら答えたジンはニヤリと笑う。


「最近、シー・ルナにベッタリじゃなくなったんじゃねえ? 成長したか?」

「元からそんなにくっついてねぇよ。」


 リグはマットの上であぐらを組み、下から睨むようにジンを見る。ジンは「そうか。」と軽く受け流し、旗を取り込む。その顔は笑っている。リグはさらにぶっちょう面になる。


「成長したって言われてるんだから、喜べば良いじゃない。」

「いいや、ジンのことだから何か含んでるに違いねぇ。」

「あんた、どんだけ信用ないのよ。」


 呆れた顔をジンに向ける。


「からかい過ぎたか?」


 ジンが悪い悪いと言いつつ、悪気なくリグの頭をくしゃくしゃと撫でると、一瞬だがくすぐったそうな表情を見せる。


「子供扱いするなっ!」


 怒った顔でリグは強くジンの手を弾いた。


「ガキだろ。」


 さらに怒らせるようにジンは言う。

 先程のリグの様子に気が付いたマーシェは唐突にリグの頭を撫でる。びっくりしたようにリグの動きが止まり、少し表情が緩む。だがすぐにマーシェを睨みつけてきた。


「何だよ。」

「……ぶっっ!」


 マーシェは思わず吹き出した。頭を撫でられることはキラキが好きなのだ。知らず、表情が崩れてしまうほどに。


「ご、ごめん。なんでもない。」

「変な奴ー。」


 リグは奇妙な顔でニコニコと笑うマーシェから目をそらした。

 ちょっとした発見だが、マーシェは嬉しくなってしまう。いつも近くにいるのに、マーシェはキラキの事を何も知らない。知っているのはリグの事だけ。それも、どこまでが本当のリグなのかも分からないのだ。マーシェはもっとキラキのことを知りたいと思う。ジンのこともシー・ルナのことも。


「せっかくこんなに近くにいるんだしね。」


 マーシェはとりあえず手を伸ばした。最近知ったジンのこと。


「干し肉ちょうだい。お腹すいちゃった。」


 ジンは干し肉を滅多に切らさない。

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