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神様たちの賭けごと  作者: きめい すいか
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旅のはじまり

 爽やかな風がそよそよとライトグリーンの草原に吹きかける。季節は春。陽光穏やか、背の高い若草色の草ぐさの合間から色とりどりのパステルカラーの花が顔を見せている。


「わーっはっはっはっはっはっはっは………。

そんな温い攻撃でワシが倒せるとでも思っていたのか! このマヌケめっ!」


 水色の空では小鳥たちが逃げるように慌ててその場を去っていく。野太い罵声が辺りを駆け巡った。閑な春の風景を完全にぶち壊しにする声だ。


「うっさい! このハゲタコ! さっさとそこをどきなさいよっ!!」


 対するはまだ若い少女の声。口の悪さは同等だろう。


「ふん。通りたいのなら、まずワシを倒していくことだな。」

「言われなくてもそうするわよ。」


 少女は鎖のついた鎌を右手に、鎖を左手に持ち、肩幅に足を開いて構えた。ゆるくウェーブがかった小麦色の髪を風になびかせ、深い紺の視線は鋭く対峙する大男を見据える。

 大男は体格が大きく、がっしりとしており、顔も大きかった。顔の半分は髭て覆われており、その反面、頭は光を反射するほど、見事に禿げていた。目付きはきつく、にかっと笑うその顔は凶悪としかいえない。手には目にも重そうな大剣が握られている。構えるでもなく泰然(たいぜん)としたその姿は余裕すら感じられた。


「今なら謝れば赦してやるぞ。ん? ワシは慈悲深かろう?」


 ゆっくりと少女をじらすように髭を撫でる。少女は肩を怒らせ、顔を真っ赤にしていた。


「誰があんたに謝る必要があるのよ、この巨大岩!」

「ふん。相変わらず口の減らない奴が。ならば地獄を見るがいい!」


言うなり大男は剣を横薙ぎに一振りした。剣の間合いでもないのに少女はその場を軽く避ける。ゴウッと音を立て、風が疾った。剣圧だ。その場にいたら吹き飛んでいる。


「ぶっそうねぇ。」


 少女の反応はいたって冷静だ。呆れるように呟いて、すぐさま左手の鎖を回転させ、先に付いている分銅を大男の顔面に向かって一直線に飛ばす。この少女も負けず劣らず物騒なのだが突っ込むギャラリーが居ないので、そこは棚に上げられる。

 大男は意味不明にふっと格好つけて笑うと難無くその分銅を左手でキャッチした。すぐさま第二段の鎌が飛んでくる。しかも、首を刎ねる形でだ。だが、それも易々と分銅を持った別の指でキャッチされてしまう。

 少女はぎりっと奥歯を噛み締めると、上衣の下に隠してあった小刀を飛ばす。

 大男は少女の鎖鎌を欠伸でもするように、ぽいっと捨ててしまい、腰に手をやると、飛んでくる小刀をキンキンと軽い音を立て、剣で地面に落としてしまった。


「こんなもんで終りか? 弱っちいのぅ。」


 どうやらこの大男は劇でもするように、大袈裟に振る舞うことが好きらしい。大きく溜め息を吐いて、わざと首をすくめて横に振った。


「まだまだぁ!」


 どこに隠し持っていたのか火炎瓶を勢いつけて投げる。これも一息に火の点いている布を「ふんっ。」という掛け声とともに切られてしまった。その隙に少女は間合いを詰め、投げ捨てられていた己の武器、鎖鎌を素早く拾いあげると、大男に向かって再び鎌を繰り出す。

 大男は意地悪く笑うと少女が柄を持つ鎌をがしっと掴み、次の瞬間には少女は遠くへ投げ飛ばされていた。


「がーっはっはっはっはっはっ! これで終りじゃあっ!」


 高らかに笑い槍投げのように剣を構え、少女に投げた。


「うそでしょ?」


 なんとか転がって着地し、迫りくる剣先を見つめ、少女は突然の出来事に対処できず、思わず呟いて目をぎゅっと固くつむった。


「しまったあああぁぁぁっっ!!」


 遠くで喉がはち切れんばかりに絶叫する大男。いつまでたっても剣が身体を突き刺す衝撃は訪れない。それどころか不快な金属と金属が擦れ合う音が近くで鳴った。そっと目を開くと、近くについさっきまで自分を貫こうとしていた剣が地面に突き刺さっている。さらに目の前には知らない高い背中。


「いって~……。なんつう馬鹿力。」

「あの剣、止めたの……?」


信じられないという響きの混じった声に背中が振り返る。


「あ? あんぐらい叩き落とせるだろ、剣士なら。」


 確にその青年は剣士のようだった。ところどころ継ぎ接ぎがしてあるがレザーアーマーを着用しているし、肩や膝には鉄拵えの部分鎧も装着している。装備はぼろぼろだが、剣士だいうだけあって、剣は手入れの行き届いた質の良い長剣だった。日の光に美しく輝きを返している。ただ、茶色のボサボサな短髪、剣のある茶色の三白眼、あちこちに拵えられている小さな傷跡。助けてもらっていなければ野盗と思ってしまいそうだ。


「にしても、弱いものいじめとはいただけないなオッサン。野盗崩れかなんだか知らないが、昼間っから人襲ってんじゃねーよ。」


 顔を再び大男に向け威嚇をする。瞬間、後ろから衝撃が襲ってきた。


「だぁーれが弱いですってーっ?」

「失礼な! ワシが野盗崩れだと?」


 同時に起こる二つの異議の声。


「んなっ?」


 青年は少女に思いきり殴られ、前につんのめる。


「あなたねぇ、助けてくれたことにはお礼をいうけど、どうもありがとうっ。世の中には言って赦せること赦せないことがあるのよ!」

「そうだぞ! この慈悲深い顔を見てどこをどうとったら野盗なんだっ!?」

「はあ?」


 突然のことに目が点になる青年。


「そっちはいいのよ! 見た目思いっきり極悪人なんだから。ただねぇ、あたしは一人で野盗一団と対峙して生きて帰れたのよ? それで弱いなんて言われたくないわ!」

「実際、お前弱いだろうが、ワシに一度も勝ったことないくせに。」

「野盗が顔見て逃げ出すようなあんたを基準に物事考えないで!」

「お、おい?」


 苛烈(かれつ)にヒートアップしていく二人の口論に青年はただ戸惑うばかりだ。


「ばっかジーン。」


 近くでぼそりと呆れたような高い声がした。


「おら、リグ。誰が馬鹿だと?」


 少女が声のした方を見ると背の高い人物と低い人物が居た。

 共に麻のマントを着ていて、フードまですっぽり被っている。ぽかぽかと春の陽気の中、まるでそこだけ冬のようだ。


「えっと?」


口論が白熱しすぎて気付かなかった。


「ああ、俺の仲間。俺ら小護衛団なんだ。」


 小護衛団というのは百二十五年前終結したエルゼク大陸魔法大戦の後、盛んになった職業だ。それまでエルゼク大陸のそれぞれの国で、騎士団や軍が行っていた害獣(土地によって悪獣、魔物とも呼ばれる。)や盗賊の退治が回って来るようになった為だ。

 いまだに数多く残る戦の跡を調査するため、人員が割かれているのだとか。大戦で疲弊(ひへい)した国々は協力機関害獣対策委員会を発足し、民間に賞金という形で依頼を出している。

 そのほかにも、名の通り、護衛や警護の仕事も請ける。


「へぇ、三人だけなの? 結構少ないね。」

「組んでまだ二年だからな。未だ仲間募集中。」

「おい、ジン。早く町へ行こうぜ。こっからまだあるんだから。着く頃には門が閉まるぞ。」

「ああ、でもあいつが…。」

「大丈夫ですよ、服装見て分かりませんか?」


 大男を指差す青年にフードを被った長身の人物が低い落ち着いた声で尋ねた。

 服装といわれて見ると、大男は銀の刺繍(ししゅう)幾何学(きかがく)的に縫われている白い上衣を着ており、青い腰布を巻いている。


「………おっさん、神官だったのか。」

「まあな。ワシはそこの神殿の大神官をやっておる。」


 近くに建っている家を指し、得意気に笑う。家のようだが祭壇(さいだん)が見てとれた。


「ウソだろ……。」


 (うな)るように呟く。よくよく見れば少女もデサインは違うものの、似たような服装をしている。


「小神官とか?」

「いいや。こいつはまだ神官見習いだ。ちなみにワシの娘。」


 つまりは父娘で神殿の真ん前で死闘を繰り広げていたわけだ。


「ま、さっきのは親子喧嘩だな。ちーっとばっかし手元が狂っちまったが。」

「ありえねぇ。」

「あったりまえよ。手元が狂って殺されたんじゃ、死んでも化けて出るわよ。」


 少女が怒った表情のまま腰の後ろに装着しているホルダーに鎌を納め、鎖をくるくると巻きとってホックにパチンと留めた。

 大男も地面に突き刺さった己の大剣をずぼっと地面から抜き出すと腰布で(ぬぐ)い、側に置いてあった鞘にカチリと仕舞う。


「はっは。その前にお前のゴキブリ並の生命力なら当たっても死なんわ。安心しろ。」

「あんなもん当たった日には悪獣だって一撃で死ぬわ、ボケッ。」

「ま、そんな話はどうでもいいとして。」

「良くないだろ、親父!」


 (ひげ)もじゃの凶悪面した神官は、娘の話をまったく聴いていない。右から左へそよぐ風だ。


「小護衛団といったらその日暮らしの生活じゃろ、泊まっていかれてはいかがかね?」

「いや、俺らこの先の町で宿とる予定だからさ、ありがたいけど。」


 青年が言うが、神官は髭を撫で首を傾げる。


「しかしのぉ、これから行ったって門は閉まっとるぞ?」


「急いで行けば間に合うはずだろ?」


 荷物から地図を取りだし、確かめながら抗議する。


「ここ。このティミリー・テルダ川の橋が崩れたままでなあ。」

「ああ、あれ、まだ修復されてなかったの?」

「ここは辺境だからなぁ。」

「しみじみしてるなよ。だったらまさか迂回(うかい)か?」

「そうね、戻って迂回。朝から行かないとここからじゃ町に入るまでに間に合わないわ。」


 地図によればかなりの距離をいったん戻って、壊れたという石橋よりずっと上流にある吊り橋を渡らなければならない。この吊り橋がそうとう古く、諸事情により修復も一向にされない状態がずいぶん続くと聴いたから石橋を選らんだ一行なのだが。


「まじ?」

「まじまじ。」


 旅の一行は神官の家に世話になることになった。

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