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神様たちの賭けごと  作者: きめい すいか
18/37

転落 3

 馬車道はサルドネス神国セリアの町からルクダンダルト王国トトドへの馬車、その反対への馬車が行き交っていた。そして傍らには馬車に乗らずひたすら歩く旅人が一歩ずつ距離を縮めていく。


「ん~、なんだか雲行がいよいよ怪しいなぁ。」


 マーシェは首を東の空に向ける。

 上空を渡る風は足が速いのか、黒い雲は彼女らが山の中腹に来る頃には目の前にまで近付いていた。


「急げば、峠の宿街に間に合うでしょう。」

「リーグ、荷物くらい持つわよ?」


 リグはひとり足どりが遅く、すでに息が上がっていた。額を突つけば背中の重みで坂を転がっていくのではないかと思われるほどだ。

 馬車道というだけあって緩やかな坂道だが、息を荒く吐きながらも一歩一歩進む。


「いいっ!」


 答えは分かっていたが、足取りが遅いので、どうしても溜め息を禁じえない。


「もぉー。何回その剣やめたらって言えば聞くのよ? その剣使うにしても、もう少し軽い剣から慣れるもんよ。」


 この旅の間中、マーシェはリグに剣を変えるよう、剣のカタログを見せたり、自分の短剣を貸してみたりしたが一向に見向きもしない。

 リグは息が苦しげで、答えようとしない。


「リグ?」


 その様子があまりにいつもと違っているのでマーシェは心配になって顔色を見ようと、リグのフードに手を伸ばした。

 パシンとリグはその右手を乱暴に弾いた。


「なっ。」


 何するのよ、とマーシェは言おうとしたが、突然の事に舌が絡まった。さらに腹に蹴りを受け、後方に飛ぶ。


「いっ!?」


 尻餅をついてリグを睨もうと顔をあげる。


「うっそーん。」


 マーシェが立っていた位置に矢が二本突き刺さっていた。


「とか言ってる場合じゃないって。」


 慌てて立ち上がると同時に鎌を引き抜き、ぶつくさ言いながら気配を探る。


「なんかあたし、味方に蹴られるのが多いような……。」


 殺気を含んだ気配は、右手の急斜面から感じられた。


「あれは囮だ。後ろから気配を隠して近付いてるぞ。荷馬車に気を付けろ。」


 リグには戸の隙間から風が侵入するような、微かな殺気を感じられた。しかも複数が固まって移動している。

 だが、そこは馬車道。

 荷馬車、荷馬車、荷馬車。人を乗せるものもあるが、ほとんどは荷馬車が通っている。


「どれーっ!?」

「お前もホンッとに馬鹿だな。いくら隠しても殺気なんてそう易々と隠せるもんでもねぇだろうが。」


 斜面から抜き身の刃物をそれぞれ手に、まるで転がり落ちるように駆け下る男たち。一般の旅人や商人はその光景に悲鳴を上げる。


「ちっ!」


 人々の混乱で目星をつけていた荷馬車が分からなくなり、苛立たしさにまかせてジンは舌打ちをした。


「ジン! 斜め後ろの緑のホロをつけたやつだ!」


 リグが叫ぶと同時に馬車のホロから矢が沸いて出た。

 正確にはホロの中から無造作に矢を放ったのだろう。当てずっぽうに放たれたとはいえ、その数は一度でホロをぼろ布にするだけの本数放たれた。

 抵抗する術を知らない旅人たちが幾人か倒れていった。

 ジンは抜いた剣で矢を払うと、下り終えた盗賊に剣を向けた。馬車の方はシー・ルナが短剣を二本抜き構えた。


「なーんか数、多くねぇ?」


 ジンは背後で構えるシー・ルナに軽い口調で話し掛ける。だが目は口調ほど余裕があるわけでなく、相手をヒタリと睨みつける。

 少し離れた場所ではマーシェがすでに襲ってきた相手と戦闘に突入していた。さらに離れた敵がまだいない場所でリグは剣を背中から抜こうとしていた。だが調子が悪いためか、鞘に引っ掛かってなかなか抜けない。


「あ、れ?」


 背の剣を抜こうと、前屈みになると、地面が揺れた。

 右手側に膨れ上がる殺気。振り向けばリグの死を確信した男が笑みを浮かべて片刃の剣をふりかざしていた。


「あ。」


 リグの思考は白くモヤがかかったようにたゆたって、今にも斬りつけられようとしているのに、ただぼんやりと落ちてくる剣を見ていた。


「ぐはっ!」


 だが、倒れたのはリグではなく勝利の笑みを浮かべていた男の方だった。


「大丈夫?」


 白いマントをはおった、背の高い女性がふわりとリグの前に男を蹴倒しながら降り立った。

 ここはサルドネス神国ヘと繋がる道。当然、神官がよく行き交う。ひるがえるマントから裾の長い神官服が見えた。

 この女性、驚くことにリグを飛び越えて男に攻撃を仕掛けたらしい。


「あなたも早く逃げたほうがいいわ。どうやら野盗は野盗でも、兵士落ちの集団みたいだから。」


 女性は体術を得意とするようで、武器は持たず、素手で構える。

 兵士落ちと呼ばれるものは元騎士や元軍人。国が潰れたり、リストラにあったり、派閥争いに負けたりと、様々な理由で行き場を無くした者たちだ。ちゃんとした訓練を受けた上で野盗として実践をつんでいるので強い者が多い。


「ああ、そうだな。」


 リグはいつも通り、身を隠す事にした。抜くことが出来なかった剣を背に納め、どこか身を隠せるところがないか辺りを見渡す。


「シー・ルナ!」

「何でしょう?」


 話す余裕などないが応戦しながら怒鳴るようにジンが一番近いシー・ルナを呼んだ。シー・ルナもいつものようににこにこ対峙していない。黒い目はじっと相手を見据える

 声をかけられた瞬間、シー・ルナは片刃の剣を持った男、二人がかりで襲われた。

 上段から仕掛けてきた男に右の短剣で剣を交え、横なぎに払ってきた剣を最初に交えた剣を弾く反動で体を右にずらして避ける。


「アイツはいったい何をうろちょろしてやがるんだ!?」


 シー・ルナの状況など気にせずジンは、自分に向かってきた男の剣をかわし、回し蹴りを食らわせて再び声を出す。


「リグですか? 隠れる場所がないんでしょうねぇ。」


 口調はのんびりながら敵のミゾオチに深々と短剣をめり込ませた。


「だー! ったく!!」


 ジンはイライラしたようで大ぶりに剣を振るう。

 リグは先ほどから斜面に目をやり探し物でもするようにキョロキョロしている。

 マーシェは対する敵に押され気味だったが、旅の剣士らしき中年の男に救われた。


「あ、ありがとうございますっ。」


「いいってことよ! ところで、お嬢さんにはちっと相手が厳しいようだ。下がっていてくれると嬉しいんだがなぁ。」


 マーシェはぐっと出かけた言葉を飲み込む。悔しいがこの敵はマーシェには強すぎた。斜面側に下がると上から矢が飛んできた。鎌で払うとさらに飛んでくる。

 所々生えている樹木にまたがり矢をつがえている小柄な男が見えた。


「うっとぉしいっ!」


マーシェは腹に力を入れると、いつの間にか用意した火炎瓶を鎖に何回か巻き、大ぶりに構えて飛ばした。パリンッと割れるガラスの高い音が鳴ったかと思うと男には当たらなかったものの、またがっていた木に引火する。

 中身は油、火の着きがいい。男はとっさに斜め下にある木に飛び移る。斜面には人が乗れる木は少ない。上に飛び移るには少々高過ぎた。


「ちっ!」


男が木に飛び移るのを狙い、マーシェは鎖を足下に飛ばした。それを束にした矢で弾かれる。

 後ろに砂利の音を殺して近付く人の気配を感じる。勘を頼りに左へ避け、相手を確認すると、鎌で矢を叩き落としてから鎖を飛ばした。

 落としきれなかった矢がマーシェの右足をかすめたが、斜面の男は誰かの手榴弾にあっけなく散っていった。


「った~! 使うんならあたしが離れてからにしてよ……っていうのは贅沢かしらね。」


 爆弾による衝撃は一番に耳にきた。手榴弾を目のはしに捉えてから、飛ばしていた鎖を急きょ引き戻し、旅用に着ていたマントを頭から被って小石と衝撃波に耐えた。

 まだ小石が降っているなか、衝撃が弱まるとマーシェは再び鎖を投げる。


「困りましたねぇ。」


 シー・ルナはポツリと溜め息を溢した。場は旅人と兵士落ちで混戦状態だった。シー・ルナも常に二三人に囲まれ捌いているが、この集団は人数が多かった。

 ジンといつの間にか離れてしまっていた。その代わりマーシェの方に近付いている。リグは戦いに参加しないよう離れていたため、一番遠かったが、野盗がちらほらそちらへ向かっていた。


「リグに刃が当たることはないと思いますがねぇ。」


 独り言のように呟く。

 当のリグはその言葉通り、襲いかかられる全ての太刀筋を見極め、一番動きが少なくてすむ方法を選んでいたが、リグの熱は悪化していた。ぐらぐらと景色が回る。ふわふわと思考が揺れる。


「っのぉ~っっ!」


 何度も攻撃をかわされた男は頭に血が上っていた。唾を飛ばし、何度も大ぶりに切り込んでくる。


「向かって来るものは排除しなさい。我が身は我が身で守るべきです。」


 リグはぼんやりと呟いて、手をマントの下に滑り込ませた。腰に巻いてある大きめの袋へ無意識に近付く。固い金属の感触が馴染んだ手に触れる。

 その冷たい感触にリグはビクリと肩を震わせた。駄目だ、リグの頭の中でその言葉が鮮明に明滅した。

 瞬間、男の伸ばした剣先に遅れをとり、大きく後ろへ跳んでしまった。崖の縁に足がかかる。


「―――あ。」


 ぐらりとリグの体は傾いた。なんとか重心を前に戻そうと手を伸ばすが、背にからう剣がそれを許さなかった。

 男の剣が襲ってきてもいい状況でそれはおとずれなかった。代わりに伸ばされたのはゴツゴツした手の平。


「っっ……! だからその剣捨てろって言ってるだろうが! 重てーぞ! ちくしょうがあっ!!」


 少しづつリグに近付いていたジンが男を瞬殺し、引き上げようと左手でリグの手を掴んでいた。手が滑る。熱で体温の上がったリグの手は汗ばんでいた。

 ジンがその手を握り直そうとした時、足下が若干崩れた。それでも、ジンのバランスを崩すには十分だった。

 後ろへ全体重を乗せていたジンは足が滑るように、切り立った崖へ放り投げられた。


「げっ。」


 二人の姿はあっというまに戦場から消えていった。

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