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神様たちの賭けごと  作者: きめい すいか
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昔話と疼く傷 3

 あの子たちは自分を師匠とは呼ばないはずと、ギガンジールは考えていると、目の前がぼやけてきた。

 パチンパチンと軽い音がしつこいほど耳元で聞こえる。


「ソウ?」


 はっきりとした視界にはいぶかしげな表情のソウフィスが立っていた。


「師匠ー、目を開けたまま寝ないで下さいよ。不気味ですから。」


 パチンパチンと指をずっと鳴らしている。


「考え事だ。」


 ギガンジールは大きく伸びをして窓の外を眺める。日はいつの間にか傾き始めていた。


「ん? 機嫌悪そうだな。」


 むっつりと怒った様子でそれを隠そうともしていない。


「当たり前です。そろそろ行きますよ。」


 ソウフィスは大きな風呂敷を手に出掛けの準備を済ませて来たようだ。


「先に行っててくれ。顔を洗ってから行くわ。」

「言い出しっぺが遅れないで下さいよ。」


 ソウフィスが出ていくのを確認して、椅子に腰かけたまま軽く目を閉じる。


「リグ、ごめんな。俺は慰めるすべを知らないんだ。」


 呟いて、心の中で付け加える。せめて笑ってくれるといい、と。

 人々が笑い、喧騒が響き、時に号泣している場所。

 ジンとソウフィスは酒場で壊れていた。


「いいぞー。兄ちゃん、いい女!」

「腰の入れかたがたりねぇぞー!」


 酔っぱらいからヤジを飛ばされ二人は愛想笑いを浮かべる。


「憐れね。」


 マーシェは言いながらも肩の震えが止まらない。


「そうだな。」


 リグも隣で机の上の二人を見上げる。真面目な顔をしていたが、顔がぴくぴく痙攣を起こしていた。


「ぶはっ。もーダメ。死ぬっ。」


 吹き出すと今度は笑いが止まらない。


「あははははっ! リグの負けー。」

「は、腹が痛いっ……。」


 机の上で微笑みながら、真っ赤な口紅を塗ったくった唇が低く言った。


「夜はこれからよ。」


 長い髪のカツラに真っ白な白粉、青いアイシャドウ、ピンクよりも赤に近いチーク、真っ赤な口紅で化粧をしたジンは、はっきりいって誰だか分からない。上半身には顔が描かれ腹踊りの痕跡を残したまま、今はセクシーダンスを踊っていた。


「気色悪すぎっ!」


 さらにウインクのサービス。


「ねーちゃん、色っぺー!」


 ベロンベロンに酔ったオヤジが大声で叫ぶ。


「あはっ、あっちもせっかくいい顔をしてるのにもったいない。」


 涙を浮かべ、ジンの隣でドジョウすくいを踊るソウフィスに目を向ける。

 しっかり鼻と口の間に棒を突っ込んで、がに股で軽やかにステップを踏んでいる。


「あー、これじゃあ、宴会嫌いにもなるわよね。」


 涙を拭い、笑いすぎて渇いた喉をリンゴジュースで潤す。

 先程の大声をあげたオヤジがふざけてジンの尻を撫でる。すかさずオヤジの頭に入るジンの肘鉄。


「ぶーっ! げはっ、がはっ、ごほっ。」


 マーシェは思わず横を向いて吹き出した。


「おい……。」


 横にリグが居たことをすっかり忘れていた。顔からマーシェの吹き出したリンゴジュースが滴る。


「あ、ごめん。げほっ。」


 青い腰布でリグの顔を拭ってやる。


「えー、盤上の踊り子にはお触りしないようお願いしまーす。」


 一人、ジン達が踊る机の椅子に座り酒を飲むギガンジールがどうでもいいことのように酒飲み達に注言した。


「あっ。」


 思わずそちらに視線を向けた紫の瞳が、ギガンジールと視線が重なり、悲しげに揺れる。


「どうかしたの? リグ。」


 リグはグイッと袖で顔を拭く振りをして、マーシェから顔を隠した。


「頭までべとつくから、外の井戸、借りてくる。」

「ついてこうか?」


 剣が弱いリグを心配してマーシェが申し出るが、リグは頭を横に振る。


「いい。すぐ近くだろうし。」

「そう? 危ない人がいたら大声で叫ぶのよ。」


 リグは顔をマーシェに向けた。顔は笑っている。


「ははっ。子供じゃねーよ。」


 背を向け、店を出ていくリグの背を心配げにマーシェは見つめた。少し元気がなくなったような気がしていた。


「リグはどこに?」


 ギガンジールがいつの間にか近付いていた。


「あ、ギンさん。あの、あたしがジュースをかけちゃったから、井戸まで。」


 マーシェがリグの出ていった出入り口を指差すと、つられるようにギガンジールもそちらを向く。


「そうか、それは心配だな。ちょっと見てくるか。」


 ギガンジールは軽くマーシェの頭を叩くと少し意地悪そうに笑った。


「お嬢さんは楽しんでるといい。ジンのこんなところは滅多に見れないだろう?」


 会って一日も経たないが、頭を触られても嫌な感じはしない。悪い人間ではなさそうだ、とマーシェは頷く。


「でも、ちょっと可哀想だわ。」


 ギガンジールは鼻を鳴らす。


「本当に嫌なら必死で抵抗すりゃあいいんだ。なんだかんだ言いながら、従うあいつらはまだまだ意思が弱いってことさ。」


 ギガンジールはいい終えると、さっさとリグを追って外へ出ていった。


「シー・ルナは行かなくていいの?」


 存在を忘れてしまいそうになるほど、静かに飲んでいたシー・ルナは微かに笑う。


「そうですねぇ。」


 木のコップの中でコロンと氷が小さく鳴った。どんなに酒場がざわめいていても、彼の周りだけは静けさが支配しているようだった。


「私も厳しくしていかないとなぁと。」

「やっと気付いたの? 本当にシー・ルナってリグに甘いんだから。」


 シー・ルナは微笑んだままかぶりを振る。


「リグに甘いのは私の為です。厳しくするのは私自身に対してですよ。」

「意味がわからないわ。」


 マーシェはシー・ルナの前に座り、じっくり聞こうと身を乗り出す。


「全てをお話することは出来ませんが。」


 その前置きにマーシェは首を縦に振る。


「私は罪を背負っています。その罪は今も継続中で、リグに対しての罪です。」


 シー・ルナの告白にマーシェは首を横に傾けた。


「リグに甘くなるのは、私に負い目があるからです。懺悔の代わりに、あの子の望みのままに、私に出来る全ての事をやっているにすぎません。」


 罪については話す気はないようだ。


「その、罪は辞めることは出来ないの?」


 シー・ルナの笑みに、ほんの少しだけ、悲しみの色が混じる。


「私が私で有る限り、それは出来ません。」


 マーシェは机に視線を落とした。言葉がなかなか見付からない。


「その。」


 頭の中の混乱は収まらない。それでも一番不安に感じた質問を口にした。


「その、罪はリグを傷つけるの?」


 シー・ルナの眉間に珍しくシワが刻まれる。


「傷つける……、でしょうね。」

「だったらリグから離れればいいわ。」


 内容を掴みとれないもどかしさも手伝い、マーシェは苛々とする。

 何よりシー・ルナの諦めたような笑顔が哀しい。


「無理です。私の罪はもう動き出しています。選んだ時点でね。後はただ祈るだけです。」

「何を?」

「あの子が今を幸せに歩むことを。」


 周囲は明るく、陽気な声が響くのに、マーシェはなんとなくすっと心が冷えた気がした。シー・ルナの罪とは何か、その疑問はマーシェの心に刻みこまれる。

 リグは店の裏の井戸で頭から水をかぶった。春とはいえ、夜はまだ肌寒い。井戸の水の冷たさは突き刺すようで、全身に鳥肌が立つ。


「ダメだ、な。」


 犬がするように濡れた頭をバサバサと振り乱し、水気を飛ばす。


「お願いよ、忘れて。」


 悲しげな、くぐもった声が耳の奥で響く。それはリグの記憶の中の声。


「うん。忘れるよ。」


 見上げる夜空には消え入りそうな細い月。ぼやけるのは、はたして春のせいか。


「風邪、ひくぞ。」


 突然の声に慌てて振り返ると、顔に手拭いが飛んできた。ぺしゃりと顔面にヒットした手拭いを掴むと視線を地面に向けた。


「気配を絶って近付かないでくれ。」


 月明かりはほとんど無くても、それが誰かは声で分かった。

 ギガンジールはポケットから発光石を取り出すと店で借りてきたランプに入れた。淡くお互いの顔が浮かび上がる。


「目を向けてもくれないのか。」

「すみません。俺はあなたに会いたくなかった。」


 ぎゅっと拳が強く握り占められ、決心したように顔を上げる。


「俺はキラキを忘れようとしているんだ。だから村を出た。」


 涙が溢れそうな双眸にギガンジールは押し黙る。


「誰もキラキの名さえ知らない土地へ。」

「なら、なんで今日は来たんだ?」


 リグは言いにくそうに、口ごもる。


「それは。」

「うん、それは?」


 小さく蚊が鳴くような声にギガンジールは意地悪く聞き返す。


「マーシェが行きたいって言うから。」


 声がしりつぼみになる。リグは自分でも意思が弱いことは分かっていた。分かっているからこその気まずさ。


「相変わらず、押しに弱いなぁ。」

「~っ! あんたさえ話かけてこなければよかったんだ。 同情なんていらない! どこかに行っててくれ!!」


 ムキになってがむしゃらに叫んだあと、言い過ぎたことにはっとする。

 ギガンジールは怒っていなかった。ただ笑って許してくれていた。すっとそのままリグに背を向け戻って行く。


「ごめんなさい。」


 その後ろ姿が酒場の陰に見えなくなった後、絞り出される声と共に頭が重くなったように垂れる。

 気配を隠してギガンジールが物陰から聴いていたことも知らずに。

 ギガンジールが店の中に戻ると、ジンが近寄ってきた。


「どこ行ってたんですか、と言いたいところっすけどね、何泣かしてんですか。」

「なんだ、デバガメか?」


 ジンは嫌な顔をして応える。


「この落書き消そうと、裏口借りたんですよ。したら、二人で騒いでるもんだから出るに出られずってとこで。」

「確にお前のその格好じゃあ、真剣な話も真剣になんねぇなあ。」


 そう言うとギガンジールはジンの格好を上から下まで眺めた。


「あんたがそうしろっつったんでしょうが!」


 ギガンジールは面白くなさそうに鼻をフンッと鳴らす。


「んなこた、どうでもいい。」


 いやおう無しにその話はぶち切られた。


「お前、気付いているか?」


 ギガンジールが何を言いたいかくらいは、ジンにも分かった。話の流れからリグのことしかない。


「一応は。気付いてほしくなさそうなんで、そうしてますがね。」

「それがいいだろ。けどなぁ、何とももどかしいもんだな。」

「本当に痛々しいったらねぇんだから。」


 ジンは頭をバリバリと掻きむしる。


「まあ、弱々しくて可愛くもあるんだがな。」


 ジンはジト目でギガンジールを見据えると、師匠であるにも関わらず暴言を吐く。


「変っ態!」


 ギガンジールはその言葉を聞き慣れているので、ものともせず、にやりと笑う。


「そうか? 可愛いと思わねぇ?」


 確かにマーシェが喜ぶくらいリグは可愛い。


「ガキを泣かせて喜ぶ趣味は無いんで。」


 疲れたように返す。この手の会話は苦手だった。


「ガキっつたって五歳しか違わないくせに。」

「精神年齢はもっと低いっしょ。あいつは。」

「ジンも変わんねぇと思うがな。ま、気を付けて見ていてくれや。片割れが居なくて未だに不安定みたいだからな。」


 ジンは了解の意味を込めて黙って真剣に頷く。


「なあ、ジン。とりあえずそれ、落としてきてくれ。」


 ジンの真面目な顔を直視してしまったギガンジールは横を向いて笑いを堪えているらしかった。


「………。」


 ジンは肩にかけていたタオルを丸めてギガンジールの顔面に投げつけてやった。

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