二つの内緒話
村長宅へ連れられたシー・ルナはリグを寝かせると、食堂へ向かい、待っていたエグトルと向かい合って座る。
「これが成功報酬のドラコンの鱗の破片じゃ。」
小さな袋を机の上に置き、つっとシー・ルナの方へ滑らせる。シー・ルナは中身を確認すると、頷いた。
「確に。けれど、太っ腹ですね。」
リプレトくらいの害獣退治の報酬にしてはこれは高すぎるのだ。
「なあに、それはまだあるでの。それに、」
エグトルは探るような目付きでシー・ルナを見、話を続けた。
「リグ殿には必要じゃろ?」
シー・ルナの表情、仕草は何ら変わりはないのに空気の雰囲気だけが敵に向かった時のように変わる。
「何に気付かれました?」
「リグ殿に魔法耐性が無いことは最初から分かっておったよ。」
それでエグトルは成功報酬をドラゴンの鱗の破片にしたのだから。
「もう一つ、これは途中からじゃな、違和感があってな、感覚で感じとる程度じゃが、あの子はなんていうかのぉ。」
エグトルはシワの寄った頬をぽりぽりと掻く。
「不安定で危険というところかの。」
「それで?」
「ふん。私が危険と思うくらいじゃ、殺っておこうかとも思ったが……、お前さんはさらに恐そうじゃ。」
エグトルは固い表情を弛め、困ったように笑った。
「敵に回さないなら回さないで、恩を売りつけるのが良かろう? で、お前さんは何者かね。」
シー・ルナも警戒を解き、諦めたように一息ついた。
「私も、貴殿方の気配に気付いてから、危険だなぁとは思ったんですよ。でも、今の状況で私が仕事を断るのも不自然ですし。」
エグトルは片方の眉をおや、とでも言うように上げた。
「私らが何か分かってしまったかの?」
「ドラゴンの血を引いてますね。」
ドラゴンは害獣指定はされていないものの、人々の恐れの対象にはなっている。
「さよう。人には言えんがな。」
「ティリアさんも知らないようですが?」
「私らは珍しく先祖がえりが続いたが、もう血も薄れてリアの兄なんかは普通の子と変わらん。この血はもう消えていくじゃろ。」
知らないなら知らないでいいということだろうか。
「なんとか、この血筋を残す方法が見つかったら話す。」
「残したいんですか。」
「こんなに愉快な力を残さないでどうするんじゃ。」
エグトルは真面目に答える。
「ティリアさんは普通と違って何もいわれないですか?」
「可愛いがられとるぞ。」
人は普通と違うことを嫌うものだが、この村では村長からして異常な能力を持っていたためか、宴会芸としてみられているからか、人気がある。
「平和ですね。」
エグトルは顔中の皺を深めてにっと笑う。
「じゃから、危険な者はなるべく置いておきたくないんじゃが?」
テーブルに両肘を置き、組んだ手の甲に顎を乗せて、射抜くような目でシー・ルナを見据えた。
「私は約束というか、決め事であまり語ってはいけないんですが。」
シー・ルナはしばし思案する。
「そうですね……、我らは愚かなり、と言えばお分かりになりますか?」
エグトルはその言葉に何か感付いたらしく、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「なればただ傍観するのみ、か。」
「ええ。」
シー・ルナはそれ以上語らない。
「なぜ、お前さんはここにいるんじゃ?」
エグトルは質問を変えてきた。先程の答えはあれで十分だったのだろう。
「最初は興味本意でしたよ。」
シー・ルナは珍しく顔に苦渋を滲ませた。部屋の灯りがシー・ルナの心中を表すかのように一瞬揺れた。
「過ぎた好奇心は身を滅ぼすとはよく言ったものですね。まさに、その通り。私は今、後悔でいっぱいです。」
詫びるかのように静かに、どんな赦しも欲しないというように淡い微笑を浮かべて、シー・ルナは目を臥せた。
再び目の前の老人に目を向けると、口を開いた。
「あの子が何であるか、私の口からはまだ言えませんが、ただ言えるのは、あの子は愚かな人々の……、いえ違いますね、愚かな私達の被害者だということです。」
話はそうくくられロウソクに灯された明るい部屋が静寂に支配された。
双方とも次の言葉が見付からないのか、話だす気配がない。
「あぁ、リグ殿が起きたようじゃな。」
ティリアと同じで五感が鋭いエグトルが廊下を歩くリグの足音を聞き付けた。
「もう少し聴きたい気持ちもあるが、あまり知りすぎるのも良くないのじゃろうな。」
ようやく廊下の軋みが通常の人にも聞こえる程度に近付いたとき、その言葉でこの話題は終りとなった。
「あれ、シー・ルナとじいさん。二人で何やってんだ?」
シー・ルナは先程の暗い表情を全ていつもの笑顔に隠して振り返る。
「リグ、もう大丈夫なんですか?」
「おー、悪かったな。迷惑かけて。」
ばつが悪そうに謝るリグをシー・ルナは手招きする。
「何?」
「先程、エグトルさんに報酬を頂いたんですよ。」
紅いドラゴンの鱗の破片をリグの手の平にのせてやる。リグの右手は潰れた豆の痕が散りばめられていた。
シー・ルナは悲しく笑うが、ドラゴンの鱗に心奪われたリグは気付かない。
「わ……、すごい……。」
左手で破片を取り、光にかざすとその中には木の年輪のような筋がいくつも規則正しく滑らかなカーブを描いていた。光がそれに乱反射してキラキラと輝く。
「そういうの好きですよね。」
美しい藤の瞳を大きく見開いていつまでも覗き込むリグにシー・ルナはくすくすと笑い、手を差し出して返すよう促す。
リグは照れ隠しか、少し乱暴に破片をシー・ルナに返した。
「だってドラゴンの鱗だぜ? カッコイイだろ?」
まだ笑いつつ、シー・ルナは破片を小さな袋に戻すと、それに紐をくくりつけてリグに渡した。
「首にかけて持っていなさい。それには魔法耐性がありますから。」
「えっ。売らないのか?」
驚いて、受け取ろうとしないリグの首にシー・ルナが紐をかけてやる。
「もともと、この為に仕事を受けたんですから。」
「……ジンが怒るんじゃね?」
小袋を軽くつまんで、戸惑うリグにシー・ルナは害の無さそうな笑顔でスッパリ言い切った。
「了承済みです。」
リグの脳裏にはがっくりとうなだれて諦めるジンの姿が易々と浮かび上がった。
「ああ、そう……。」
リグは少し考えたあと、首から下げた小袋を服の下にしまう。
「ま、いっか。」
軽く呟いて、シー・ルナを見る。
「ありがとう。」
リグか本当に嬉しそうに微笑むから、いつもの張り付けたような笑顔は崩れて、シー・ルナの顔も思わず綻ぶ。
「どういたしまして。」
「なんだか疎外感を感じるのぉ。」
エグトルが片肘をついてどっぷり二人の世界に入っている光景を見ながらつまらなさそうに溢した。
「いいがな。ところで、今広場で宴会やってると思うが、行くかの?」
「そうですね。大丈夫だったら、リグも行きましょう。ジンやマーシェさんも先に行ってるんですよ。」
「おぅ。」
リグは軽い返事を返すと、いつものマントを部屋に取りに行き、いつもの格好になって戻ってきた。
「別に普段の格好でかまわんと思うんじゃが……?」
リグは暗い色のマントをお披露目でもするように、両腕を左右に開いて、首を傾げる。
「いつもの格好だけど…?」
応えるや否や、エグトルはシー・ルナに指をビシッと指し、大声で主張した。
「今は春だぞ!! もっと若々しい、燃えるような色の服を着せんかーいっっっ! 保護者だろうが!!」
かく言う元気な老人は原色真っ赤を基調としたコーディネートをしていた。
シー・ルナと別れたマーシェとジンはティリアに連れられ二度目の宴会場へと到着した。
「スゴイわね。」
昨日は、まだ最初の方は歓迎されていたが、今日はマーシェ達がつく頃にはすでに半数以上は出来上がっていた。
シラフの者達も宴会の出しものに忙しいようだ。すでにプログラム六番と黒板には書いてある。一体いつから行われているのやら。
「そっか、お前ら先に部屋に戻っちまったんだよな。後半はずっとコレだったぞ。」
「宴会芸の進行速度から言うとー、リアが飛ばした鳩が村に着いて、宴会準備が整いしだい開始したってカンジだよね!」
ティリアは悪気なくそう分析した。
「リアはまだ参加登録してないの。だから、お客さん、そこら辺にあるもの何でも抓んでいいから後はセルフサービスでよろしくね!」
そわそわした調子で機関銃のごとく、一気に巻くし立てるとティリアはあっと言うまに特設舞台に駆けていった。
「別に祝ってもらいたいわけじゃないけど………、一応、私達の祝賀会なのよね?」
「……ああ、一応な。」
二人はやいのやいの騒ぎまくる村人の中、ポツネンとたたずむ。
「とりあえず、飯にするか。」
「そーね。」
お腹が空いてた二人は切り替えも早く、用意された猪肉のバーベキューや木の実のパンに舌鼓を打つ。ジンは早くも酒に手が伸びている。
「あー、弱いんじゃなかったっけ?」
今朝のやりとりを思い出したマーシェは、からかいも含めて非難する。
「誰がだ。」
ジンは半眼で睨みつける。普通の人だったら及び腰になるかもしれないが、長年ダグの凶悪面と暮らしてきた彼女にはかわいいものだ。
「今日だって寝坊したくせに。」
怯む様子もなく言い返す。どころかポチャリと酒のコップに野菜を入れた。
「こっ……っ!」
酒の中をマジマジと見るジンはそれを一気にあおった。
「あ、飲んだ。」
「ふんっ。」
何故か勝ちほこったかのようにコップをテーブルに置く。
「うん、スゴイよ。あたしには到底マネ出来ないよ。」
「なにか、すっごく馬鹿にされてる気がするのは、単なる気のせいか?」
マーシェの対応が気に食わなかったらしい。ジンは眉を寄せる。
「大丈夫! あなたの感覚は正常だわ。」
マーシェもやめればいいのについつい煽る。長年ダグと言い合いをしていたクセが抜けない。
さらにジンが言葉を返そうと口を開いたとき、元気な声が邪魔をした。
「たっだいまー! 登録してきたよー!」
ティリアは猛スピードで走るような勢いのスキップをしながら右手をぶんぶん振っている。
「だああああ!」
近くへ来ても突っ込むような勢いのティリアを二人は避ける。
そんな二人の心配はよそに、ティリアは一歩分ものスペースを残し、ピタリと停まる。
「とうちゃーく。」
ティリアはご機嫌に三十九と書かれた紙をマーシェ達に見せた。
「へっへー。出場番号もらって来た。」
「三十九番もあんのかよ、あの宴会芸は。」
昨日もあれだけ騒いだのに飽きないものだとジンは呆れる。
「まだまだ並んでたから、お姉さん達も、もらってきたら?」
ティリアが提案するも、マーシェもジンも出る気はまったくない。
「面倒くせぇ。」
「あら、リグと出ればいいじゃない。」
マーシェは企むようにニマニマと笑うのを堪える。
「漫才で。」
「人を怒らせたいわけか、ああ、そうなんだろうな。」
ジンはわざとらしく言って、右拳を撫でる。




