魔法 2
「おや、リアちゃん、おかえり。やっぱり戻って来てたんだ。」
料金所の男が手を振っている。
「やっぱり?」
マーシェが問うと男は自慢げに話し始めた。
「そうそう。リアちゃんは強いうえに五感も優れててね、この料金所であんたらを待っていたんだが、来た、とかいって走っていっちまったんだよ。しかも、可愛いだろ? あの爺様の孫とは思えないほどに。
うちのレナもそこそこ可愛いがな。」
ちゃっかり娘自慢も入れている。男はどうやら小芝居娘の父親らしい。
パラ村には謙虚という二文字は存在しないのだろうか。
「あ。」
リグが小さく肩を震わせた。同時にティリアもパッと橋の方を向く。
「村の敵だー。」
二人が向いた方向、吊り橋の対岸にはまだ何も見えない。だが、皆、警戒してそれぞれ向こう岸をうかがう。
料金所の男も棍棒を手に出てこようとするがティリアに止められた。
「おじちゃんはここにいていいよー。リアが倒しちゃうから。」
にぱっと全開の笑顔を見せると、信じられない速さで、揺れる吊り橋をものともせず、駆けて行った。
「世の中、信じられないものがまだまだたくさんあるのね………。」
あっというまに見えなくなったティリアの背中を見送り、マーシェが茫然と呟く。ジンも頷いて、それに同意する。
「なんなんだろな。ま、俺たちも行くとしようぜ。」
「あ、リグはここで待っていて下さいね。」
「ああ、分かってる。」
「え、また?」
マーシェは甘過ぎると言い出そうとしたが、ジンに引っ張られ、リグの見送りを受けながら、吊り橋を渡った。
「もーおっ、何なのよ!」
喚めくマーシェは無視して、木々が倒れる音や爆音がする方向へ急ぎ向かう。
戦闘はすでに始まっているようだ。
マーシェたちがティリアを追って現れたことに気付いた魔法使いの一人が杖をマーシェたちに向け、炎を放つ。
シー・ルナは突然その場に止まり、目の前の空間に何か一筆描きのような図を空書きし、短く呟く。
炎は勢いよくうねりながら彼等を襲う。マーシェとジンはその場から横にとっさに避けるが、シー・ルナはそのまま炎に手をかざして動かない。
「シー・ルナ!?」
マーシェは驚いて声をあげた。が、そのまま、ポカンと口を開けたまま固まる。
あれほど勢いよく襲ってきていた炎がシー・ルナのかざした手の前までくると、まるでそこから別の空間であるかのように、消えていった。
「何、あれ。」
「シー・ルナの魔法じゃねぇの? 俺も初めて見た。」
シー・ルナはにこにこ笑って振り返った。
「はい。本邦初公開です。」
炎を放った魔法使いも唖然として、動きが止まっていた。そこを見逃すものはいない、ティリアは素早く大地を蹴り、間合いを詰めると、大鎚でぶん殴った。
「ぶいっ。」
ブイサインを左手でつくり満面の笑みでポーズをつける。ティリアの周りには倒された魔法使いが並んでいた。
「ん? まだ起きてる人いたんだ。」
ティリアがのんびりと言うと、伸びていた筈の魔法使いが臥せたまま右手をかざし、短く呪文を唱えた。手の平には図形が血で描かれている。
「危ない!」
ジンがティリアに駆け寄ろうとすると、ぱっとシー・ルナが手を出してそれを止めた。
「かえって危険ですよ。」
魔法使いの右手から現れたのは石の礫だった。ひとつひとつが研磨したように鋭くトガっている。
「あんなん当たったら穴だらけになるぞ!?」
言ってる間に魔法はティリアに向け発動される。
ジンは舌打ちして、シー・ルナを押し退けるようにして駆けだすが、すぐに足を止めることになった。
気合いと共にティリアが大鎚を振るう。勢いよく振られた大鎚は風を生みだし、その風に触れた石の礫はバラバラと地面に落ちていく。
「なにあれ!? シー・ルナみたいな魔法?」
「あれは復元力ですね。魔法とはまた違うものですよ。」
魔法使いはその力を見るのは二度目なので、驚きもせず、魔法は目くらまし程度だったのだろう。すでに動いている。
だが、ティリアの早さには、そんなもの関係なかった。
魔法使いが気付いた時、その小さな身体は眼下にあり、ティリアはとどめに相手のみぞおちに拳をめり込ませた。
魔法使いは声にならない息をはきだし、そのまま気絶する。
「生け捕り完了ー。」
左手に持ちかえていた大鎚を背に戻すと誇らしく胸を張る。
「全員生きてるの?」
「生きてるよ。じじさまに侵入者は、なるべく生け捕りしてくるように言われてるから。でも、大鎚で手加減するの難しいんだよね。」
ティリアは困ったように首を傾げる。
「手加減も修業のうちなんだって。」
あのエグトルの話ぶりからすると、おそらく、ティリアに血生臭い事をさせたくないというのが本音だろう。
「ところでさ、さっきの、えーっと復元力? それって何?」
「ふくげんりょく?」
ティリアもまた分からないという顔をする。
「シー・ルナ?」
マーシェはティリアを指差して説明を求める。
「じじさまは『魔法なんてポン』って言ってた。」
分かりやすくていいのかもしれない。
「復元力というのはどちらかといえば神術に近いんです。」
ティリアは興味がないらしく、木に魔法使いたちをくくりつけ始めた。マーシェたちも手伝いながら話す。
「あれって神術なの!?」
「どちらかといえばですよ。似てるって意味です。」
魔法使いは術を使えないように猿轡も噛まされる。
五人全員を木にくくりつけるとそのまま放置され、彼等はリグを迎えに料金所へ戻る。
「魔法というのはこの世界の理、法則を曲げる力ですが、世界は常にそれに反発する力が働きます。」
「ふむふむ。」
「それが復元力です。」
「………それだけじゃ分からないわよ!」
シー・ルナは楽しそうに笑っている。
「気に入られたな。」
ジンは憐れみを込めてマーシェの肩を叩いた。
「冗談です。」
「このっ!!」
マーシェは拳を握りしめてイライラを堪える。
「でっ? 続きは!?」
「さっきのでも説明になるんですけどね。」
シー・ルナは頭を軽く掻く。
「詳しく言いますと、普通石は空を飛びません。」
「そりゃそうね。」
「この魔法の場合、物を地面に落とそうとする力を無視しているのですが、その力を再びその石に働かせようとする力を復元力といいます。」
「う、うん。」
「ティリアさんの周りには物を正常な形に保とうとする力が常に働いているので魔法が効きにくいんですよ。世界の復元力と同じです。あと、あれだと怪我の治りも早いんじゃないですかね?」
「へぇー……、便利ねぇ……。」
マーシェは最後の方は理解するのを諦めたようだ。 要するにそこが神術の治癒術に似ているとシー・ルナは言いたかったのだが、おそらくマーシェは気付いていないだろう。
「こういう力はドラゴンやダライスも持っているんですよ。」
「ああ、だからドラゴンの鱗には魔法耐性があるとか言ってたのか。」
ジンが思い出したように言う。
「そういうわけです。」
吊り橋の手前でシー・ルナはにこりと微笑んだ。
「あれ? おじちゃんだ。どうしたんだろ。」
ティリアが橋の対岸でウロウロとせわしなく歩き回っている料金所の男を見つけて、不思議そうに誰に言うでもなく呟く。
「お前さんの心配じゃねぇの?」
「それはないよ。リアは負けないもん。あそこまで心配されたことない。」
「じゃあ、倒れちゃいましたかね。」
困ったような顔でシー・ルナはそう言った。
「結構離れてたんだがなぁ。」
ジンもそれに頷く。
「何の話をしてるのよ。」
吊り橋を渡り始めた二人にマーシェが後ろから問いかけた。
「リグだよ、リーグ。あいつ魔法にめっぽう弱いから。」
「アレルギーなみです。」
難しい顔でコクコクと頷くシー・ルナ。
「魔法にアレルギーなんてあるの……?」
「リグは普通の人が持っている程度の魔法耐性すらないので、過敏なんです。」
料金所の男がしきりに早く早くと呼ぶ声が聞こえる。一行が料金所に着くやいなや、男は少々テンパった様子で全然関係ない身振り手振りを加えて告げた。
「いきなり、ぶっ倒れちまったんだよ!」
顔は動揺で真っ青だ。
「落ちついて下さい、いつもの事ですから。」
見ればリグは料金所の中で、床の上に倒れたまま上から毛布をかけられていた。動かしていいかどうかも分からず、そのままの状態らしい。
「あんたたちが行ってすぐに具合い悪そうにうずくまってよう、どうしようかと思ったもんだ。どうも出来なかったが。」
「いえいえ、ご迷惑おかけしまして。」
シー・ルナは料金所の男に礼を言うと、倒れてしまったリグを背にかついで立ち上がった。
「さ、村へ戻りましょう。ティリアさん案内をお願いします。」
空はすでに、藍色に染まり、太陽は光だけを空に残して沈んでいた。
「あ、そだ。暗くなる前にっと。」
ティリアは料金所で飼っているらしい鳩をぱっと空に放つ。
「おっ祝い、おっ祝い~。」
そう見送ると、橋を渡り出した。
「なあ、シー・ルナよ。」
「なんですか。」
「あの村は本当に金が無いんだと思うか?」
本当に金がないのなら、こう頻繁にどんちゃん騒ぎはできないだろう、とジンは考えた。
「無いと思いますよ。」
だが、シー・ルナはそう即答した。
「こんなに宴会を頻繁に開けば貯まるものも貯まらないでしょう。」
言われてみればそうだ。
ティリアは後ろを振り返る。
「あのね、村の人たちは、たくさん泣いたから、今度はたくさん笑わなくっちゃいけないんだって。」
ティリアは後ろ向きに森の中をつまずきもせず歩く。
「じじさまが宴会が一番手っ取り早いって。」
「それが宴会続きの理由か?」
ジンは眉を潜める。
「そう。いっぱい働いて、いっぱい騒ぐの。嘆いているばかりじゃ、悲しみに食べられちゃうんだって。」
ティリアは思い出すように上を見る。
突然の事に全てを奪われた人々。自然災害が原因ならば、恨みたくてもどうしようもない。
「涙は心の傷を癒してくれて、笑顔は心を元気にするのよ。」
もちろん最初は、笑えるものはそういなかっただろうが。
「って、あのじじいが言ったのか。」
「うん。」
ティリアは頭をこっくりと縦に振って、再び前を向いた。
「はあー、さすが長いこと生きてるだけあって良いこと言うわね。」
そういう理由があるなら、ジンは意外と人情家な面があるので強い文句が言えない。
「けど、ものには限度があるだろ。」
「そういう考えは力強くて好きですが。宴会芸でも考えますか?」
「一人でやってくれ。」
疲れた様子で投げやりにいう。
だが、日も完全に沈んだ頃、ティリアの案内で村に到着すれば、いくら疲れていようとも、出迎えてくれるのはパラ村独特のハイテンションなノリだった。
『おめでとうございます』
色とりどりの顔料で書かれた祝の言葉が出発時と負けないくらいの大きさで掲げてあった。
「き、……いや、もう何も言うまい……。」
害獣と戦っているときよりも、疲れているようだ。ジンは正直、宴会事は苦手だ。酒は別なのだが。
「おお、早かったですな。いや、今回の魔法使いの件は申し訳なかった。どうやら、野盗に雇われた奴らだったらしくてな、ほっといても問題ないかと思ったんじゃが。おや、リグ殿はどうかしたのかの?」
実際問題なかったのかもしれないが、ティリアがわざわざ出向いてのしてしまった。
「いえ、この子は気を失っているだけです。魔法使いの件も私たちは何もしてませんし。」
シー・ルナは麻袋をエグトルに渡す。
「こちら、リプレトの触手です。」
「おー、わざわざかたじけない。今、あの破片は家に置いてあるので、シー・ルナ殿、一緒に来てくれんか? そこでリグ殿も寝かせると良かろう。」
シー・ルナは頷きエグトルの後をついていく。
「他のかたは酒宴を用意してあるのでそちらへ。リア、案内してあげなさい。」
ティリアは手をあげる。
「はぁい。」
マーシェとジンは村の広場に案内された。