少し前の物語
広い草原の中にポツリとたたずむ一軒家。地面に突き刺された二本の棒の間には紐が通され、そこにばたばたと白いシーツがはためいていた。
「ねぇ、母さん。父さん、今日帰ってくるんでしょ?」
金がかった茶色の髪を二つのおさげにした少女が、下からたずねてくる。
「そうよ。手紙に書いてあったものね。だからこうやって父さんのシーツも干したし、町に食糧もいっぱい買いに行ったのだしね。」
「今日はご馳走ね。」
「ふふっ。期待してなさぁい。」
小麦色の髪の女性は娘の頭を軽く撫でてやる。
「母さん、母さん!」
元気良く草原を走って来るのは、少女と面立ちの似た短髪の少年だった。
「あら、どうしたの?」
「今日は五個も穴掘ったんだぜ。今度こそ父さんを捕獲するからな!」
少年は誇らしげに、にかっと笑う。
「……また、父さんにお仕置きされても知らないわよ?」
呆れ顔で息子を諭すが、聴いていないようで、再び走り去っていく。
「もう一個くらい作ってくるー。」
「後で塞いでおきなさいよー。」
「毎回、飽きないよね。父さん、一回も落とし穴に嵌ったことないのに。」
「本当に、誰に似たのかしら? 」
「父さんじゃない?」
「そりゃあね。」
やれやれと溜め息をつきそうな母親の袖を少女がピコピコと引っ張る。
「それより、父さんあのお話してくれるかな?」
「ああ、少し前のお話ね。」
「うん。」
「帰ってきたらお願いしてみなさい。」
「はぁい。」
少女はスキップしながら少年の方へ向かって行った。
「さてと、私はご馳走の準備でもしますか。」
空になった董編みの洗濯籠を片手に持ち、家の中へ入っていこうとしたが、遠くの方から娘に呼び止められた。
「母さん! 父さん帰ってきたー!」
指差されている方向を見ると小さく人影が見えた。だんだんと大きくなるにつれ、輪郭もはっきりしてくる。
「えぇっ! まだご飯の準備出来てないわよ?」
近付いてくる男性は、息子が作った落とし穴を難無くかわし、逃げ回る少年をムンズと掴んで、少女を反対の手で抱き抱えてやる。
「お前なぁ、久々帰ってきた旦那にそれはないだろ。」
近くまでやって来て溜め息混じりに呟いた。
「おかえりなさい、あなた。今回の旅はいかかでした?」
「ん。まあまあかな。大きな仕事も一つやったし。」
わざとらしく丁寧な言葉を使うことに半分呆れつつも少女を下に降ろし、ずっしりとした感のある皮袋を妻に渡した。
「はい。いつもご苦労様。」
「ご苦労様ー。」
「ご苦労!」
二人の子供達が真似をする。
「お・ま・え・は! 親に向かって生意気なんだよ。」
少々偉そうな物言いをした少年に軽くこめかみの部分をグリグリと両手のゲンコツて押し付ける。軽くとはいってもこれは結構痛い。
「冗談! 冗談です! ごめんなさい!!」
「まったく、お前は。」
苦笑混じりに、少年を解放してやる。
「ねぇ、父さん。今日もあのお話、してくれる?」
「魔法時代の話か?」
「あ、俺もその話好きー。」
「分かった、分かった。じゃあ今日は特別な話をしてやろう。」
それは実際に起こった話。今の子供達には信じがたい話だけれど。