二
三時間目の講義を聞きながら、水上はこの後のことを考えていた。今日の講義はいま受けているもので最後だ。予定がなければスーパーで買い物をしてから帰るが、今日はこの後写真部の部室に行こうと思っている。
彼は部やサークルに所属していない。入学当初に興味をもった部はあったが、面倒くささが興味に勝った。そして、入学当初を逃すと入り辛いという気がする。
最近、大学生活に物足りなさを感じている。しかし、それが普通で、劇的なことなんて人生のうちで滅多に起こるものではないとも考えている。頻繁に起こったらかえって味気なく感じてしまうだろう。それはそれでいい。
たとえ部活に入って生活に変化があっても、やがて慣れ、日常の一部となるのだろう。そうなればまた物足りなく感じるようになる。だから部活やサークルには参加しなくてもいいと思っていた。
しかし、前の週に、いつも行っている喫茶店のバイトの人が写真部員だと知り、活動日を聞いて「興味があるなら、見学する?」と言われ、曖昧な返事をしてしまった。写真部に興味はあるからだ。
店員の女性は水上と同学年で学科も同じだが、学校では話したことがない。喫茶店で話すといっても互いに消極的になるので会話は弾まない。部活のことも話したことはなかった。水上が話題にするのを避けていたからかもしれない。
講義が終わった。多くの人が教室から出て行き、五分の一くらいが席に残って雑談している。入り口付近が空いてから水上は席を立った。写真部の部室に行くことに決めた。
二号館を出たとき、正面の空に飛行機雲が見えた。昼ごろから雲が少なくなり、千切れたような小さい雲が漂っている空に、白い糸のような飛行機雲が伸びている。かなり高いところを飛んでいるらしく、飛行機はかすんでいた。
大学の正門近く、一階部分が二輪車の駐車場になっているのが文化部棟で、そのなかに写真部の部室があるらしい。店員の話によると「二階の一番奥」にあるとのことなので、初めて文化部棟に入った水上でもすぐに見つけられた。
写真部の部室に行くにあたって用意したものがある。撮り終えたモノクロのフィルムだ。
家のパソコンで写真部のホームページを見たとき、『活動内容』の欄に「モノクロフィルムの現像」とあったので持ってきた。見学ならばその後入部しないと後味が悪くなるが、フィルムの現像という用事があって来たのならば用事を済ませるだけでいい。後腐れの心配はない……おそらくは。
横開きの扉の上の『写真部』と書かれたプレートを確認して、ゆっくりと息を吐いてからノックをした。扉の前で立ち止まってしまうと、また迷いはじめるからだ。もう十分に悩んだ。この後のことは中に入ってから考える。
中から「はーい」という女性の声がして、水上は扉を開けた。小柄な女性が椅子に座っていて、彼の方を向いて「こんにちは」と言ったので「こんにちは」と返した。
店員ではないが、見覚えがあるため同じ学科の人だろうと見当が付いた。
「日文二年の水上といいます。フィルムの現像がしたいのですが」
と、用意しておいた言葉を言った。
「私も日文の二年だよ。それと写真部の部長をやってます。以後、お見知りおきを」
自称部長は冗談めかして言いながら、うやうやしくお辞儀をした。彼もつられて頭を下げた。
「名前は?」
頭を上げてから聞くと、彼女は少し慌てたようにして答えた。
「あっ、言ってなかったね。私は天水っていいます。よろしくね」




