一
大学に行くときに通る道から大木が見える。
水上の家から五分ほど歩いたところで、二つの道の間のバス停がある広場にその大木が生えている。元々そこに生えていたのか、どこからか運んできて植えられたのかはわからない。
大木の周りには他に木がない。二時間目の講義に余裕を持って間に合うように家を出た。この時間になると車通りは落ち着いてくるが、近くに有名な神社があり、ここは駅からその神社に伸びる参詣道の一部なので、時期によっては平日の昼間でも人通りが多くなる。 この日は観光シーズンでもない平日なのであまり人はいない。人が多くても大木に気を止める人はほとんどいない。立ち止まって見上げているのは彼くらいだった。
広場の向かいの歩道で水上は歩みを止めていた。大木に目を向けるが、彼はそれが何という木なのか知らない。根元の所にある背の低い石碑になにか書かれていたかもしれないが、忘れた。ただ、落葉樹で、派手な色に紅葉しないことは去年見て知っていた。まだ紅葉の季節には早いので、少し色の薄くなった緑の葉に覆われている。
木の上の方にある一本の枝の先の葉だけ赤っぽく色づいていることに気付いた。
他の葉は色の濃淡程度の差はあるが、どれも緑色だった。一部だけ色が違う。そこだけ一足先に紅葉を始めたのだろうか、それとも、枯れているのか。
水上は上着のポケットからカメラを取り出した。黒い小さなフィルムカメラだ。ファインダーを覗いて、位置を調整して、またファインダーを覗く。ズームが出来ないので自分が動かなければならない。その過程を彼は気に入っていた。
シャッターを切らず、カメラを持ったまま学校のある方に歩いた。少しだけ進んだところで振り返り、カメラを構えた。大木がファインダーの右端に写るようにして、他のものはなるべく画面に入れないようにした。上側には曇り空が、左側の奥には壁のようにそびえる垣が見えた。
シャッターボタンを押した。シャッター音よりもフィルムを巻き上げる音のほうが大きかった。
葉の色が違う部分は写っているだろうか、と水上は思った。現像するまでそれはわからない。
カメラをポケットに入れて、もう一度大木を見た。少し離れた場所からでも赤い葉はがあるのがわかった。
こういう、ふとした時に遠くに来たと感じる。大学に通うために何の接点もなかったこの町に来たが、強いて友達をつくろうとはしなかった。友達や知り合いが多い方がいいとは思わないが、たまに、この町では自分はよそ者だと感じることがある。
水上は学校に向かって歩き始めた。少し早足になった。




