8.見られてます
「おはよー」
愛里が教室に入ると、クラスメイトたちの視線が集中した。今朝は、登校途中も、なんだかじろじろ見られているように感じていた……のは、自惚れでも気のせいでもなかったようだ。
「愛里、ちょっと来て!」
と、まなかが、鞄も置かないうちから愛里を窓際の隅のほうに引っ張っていった。
「な、なに、どうしたの?」
「氷王子と、抱きあってたって、噂になってるよ?」
「はぁ!?」
愛里は驚いて、言葉も出ない。
「昨日の昼休みに、部室棟の裏に呼び出されてたでしょ? 見た人がいるとかいないとか……」
まなかは、やけに楽しそうに言う。
「ほんとのところは、どうなの?」
そんなことがあるわけないと、わかっているからこそ、追及してくるまなかだった。
「肩を抱かれた……かな?」
けれど、愛里の正直な答えは、どうせ何かでぶつかったとか見間違えたとかという、まなかの予想を上回っていたようで。
「は? なんで?」
「いや、えーと。敵もさるもの、とゆーか……」
説明しにくい事情に愛里はしどろもどろである。まなかには、伝えてもいいとは思うのだが、父の幽霊の話までしなくてはならない。すぐに話せる内容ではなかった。
そこへ、また今日も機嫌の悪そうなオーラを出して、冬馬が登校してきた。挨拶もそこそこに、やはり今日も氷のような視線を愛里に向けてくる。
「……何か、あった?」
「えっと、たぶん、お風呂の間、パパに、あっち行っててって言ったから……」
「は? パパ? なんで親が関係すんの? しかもあんたのパパって亡くなったって言ってなかった?」
まなかに畳みかけるように言われてしまい、愛里はかえってうまく説明できなくなってしまった。始業まで時間がないこともあり、まなかは後でじっくり聞くからねと、席へ戻っていった。
昨夜。いくら声だけの幽霊とはいえ、入浴中も憑いていられるのは困ると思った愛里は、
「ね、パパ」
お風呂に入る準備に取りかかる前に声をかけてみた。
「なんだ?」
「お風呂に入ろうかなって、思って」
「うん、それが?」
「だから、パパがいるのはちょっと……」
「……そ、そうか。愛里ももう年頃だもんな、そうだな、じゃ、パパはしばらくあっちに行ってるから。ゆっくり入れ。湯冷めしないようにな」
って、まだまだ暑いんですけど。幽霊には季節感がないのか、泰造だからなのかはわからないが、少々外したことを言って、泰造の霊は愛里のもとを離れていたのだった。
その間は、おそらく冬馬のほうに行っていたのでは……という愛里の予感は当たっていたようだった。時々投げかけられる冬馬の冷たい視線が痛い。
愛里は、休み時間ごとにまなかと教室の隅でひそひそ話である。冬馬の霊媒体質というところだけは、なんとか端折ってごまかした。とにかくなぜかはわからないが、愛里を助けようと父の泰造が幽霊になって出てきたと。
「それで、今もいるの?」
事情をあらかた説明し終えた愛里に、まなかは聞いた。幽霊パパがいるかどうか、興味津々である。
「声がしないとわかんないんだけど、たぶん」
と、愛里は答えた。
「そっか。周りに人がいるときに、話したりしたら可愛い娘が危ないヒトになっちゃうもんね。パパさん、けっこう気を使ってるんだ」
ふんふんとひとりうなずくまなかに、それくらいは、と思う愛理だった。
「それにしても、父の弱点を見事についたんだね、王子は」
にやりと笑うまなかは、
「……どうだった?」
と、愛里の感想を聞いてくる。
「どう、って。びっくりしたに決まってるでしょ」
「まあね。他には?」
「……別に」
冬馬にぎゅっとされた時、……なんだか胸の奥がつんとなった気がしたけど。そんなのとりたてて言うようなことじゃない、と愛里は思った。
「だいたい、私は玉三郎スカウトになっちゃったから仕方なく……」
近づきたくもない氷王子を説得しようとしているわけで。
「あ、そう。本題はそっちよね。どうすんの、これから」
ぐずぐずと脳内で言い訳を続けていた愛里だったが、まなかはさっさと切り替えてくる。
「……頼み続けるしかないでしょ」
愛里が言うと、
「弱点でもあればねー。それをネタにできるのに」
とまなかが漏らした。
……弱点? そんなのは知らないけど。冬馬の秘密、なら。ひとつ知ったところである。吹雪は覚悟しないといけないかもしれないが、それは使えるのでは、と愛里は思った。