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7.なんで泣くんだ

 家に帰った愛里は、父の写真の前で、

「ただいま、パパ」

と手を合わせた。

「あーいーりー、なんていい子なんだ……(号泣)」

何やら幽霊の父が、感動にうち震え、見悶えているような気配である。

「こんなの、ただの習慣じゃない」

恥ずかしくなった愛里は、写真の前を離れた。

 着替えるから廊下で待っててと、見えない幽霊に頼み、愛里は部屋に入った。

 あまり信じたくはないが、声が聞こえる。気配を、感じる。父の幽霊、に間違いないのだろう、と思う。

 制服から普段着に着替えた愛里は、机の一番上の引き出しから、小さなノートを取り出した。開いたページには、古い新聞の切り抜き記事が貼ってある。見出しには、〃消火・救助活動中に消防士殉職〃と書かれていた。

 記事をしばらく眺めたあと、ノートを閉じて引き出しに戻し、愛里は、部屋を出た。

「お、着替えたんだな」

いちいち感心する幽霊パパは放置して、愛里は台所で夕食の準備を始めた。

「愛里が飯の支度?」

「ママは、午後診で遅くなるから」

愛里は淡々と答えた。

「……八重子さん、働いてるのか、そうか」

父は幽霊のくせに、伊藤家の現状にはあまり詳しくないらしい。

「あの世から見てたりしなかったの?」

愛里の疑問に、

「あの世、というか。……死んだときに、一つだけ、心残りがあって。愛里の成長した姿が見られないって。そしたら。気がついたら、昨日、あの自転車置き場に立ってたんだ」

と声だけの幽霊は答えた。

 愛里は仕方なく、父の死後、母の八重子が看護師として働きに出たことを伝える。今は、近所の小児科で働いている。午後の診療のある日は、愛里が食事当番をしているのだった。

「そうか、えらいなぁ、愛里は」

声がしみじみと言うが、愛里は「別にフツーでしょ」と、つぶやいただけだった。


「ただいまー」

と八重子が帰ってきた。

「八重子さんっ!」

「おかえりー」

思わずといった感じで父が母の名を呼んでしまったので、愛里はかぶせるように「お帰り」と大声を出した。

「なんか、声がしなかった?」

八重子が首をかしげつつ、玄関から台所をのぞく。

「気のせいじゃない? それより。じゃーん、今日は、八宝菜だよ」

「あー、おいしそー。腕を上げたね、愛里」

何とか愛里がごまかすと、八重子は機嫌よく洗面所で手を洗い、部屋へ着替えに行った。

 食事をしながら、声を出さずにひたすら耐えている幽霊の風情を感じ取って、愛里は、父のことを聞いてみる。

「ねぇ、ママ。パパって、どんな人だった?」

「んー、泰造さん? そうねぇ、何事にも一生懸命な人、かな」

そう言って、八重子は少女のようにふんわり笑う。

「いつでも全力投球? そんな感じ」

優しくておっとりした母は、今でも父が生きているように話す。

「……だから、ぎりぎりまで人助けして、死んじゃったの?」

ちょっと噛みついてみたくなって、愛里は言った。

「どうしたの、今日は?」

不思議そうに八重子が愛里を見つめる。

「……なんでもない」

ごちそうさま、と片づけを始めた愛里に、

「ね、愛里。パパはね、本当にママや愛里のことが大好きで、ずっと守ってくれてるの」

八重子は言う。

「だから、ママはずっと頑張れるんだ」

ぐしゅ。なんだか鼻水をすすりあげるような音がした。多分、泰造が男泣きしているのだろう。

「いま、なんか変な音がした?」

「あー、もしかしたら、私、秋の花粉症になったかも?」

ごまかすのも大変である。

「愛里、夏風邪、まだ引っ張ってるんじゃないの?」

母がそばに来て、、愛里の額にそっと手を当てる。

「ぶり返しやすいから、気をつけなきゃ」

「……だいじょうぶだよ」

……まったく。幽霊のくせに、パパのくせに、男のくせに。なんで泣くんだ、パパは。





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