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6.離れろ!

 「緒方くんも笑うんだ……」そう言いそうになるのをこらえ、愛里は冬馬を見ていた。滅多に見られないであろう、冬馬の爆笑している無防備な姿を、目に焼きつけようとしているかのように。

「なあ、愛里、パパにだって事情が……」

言い訳しようとあたふたしている声を無視して、笑いを収めた冬馬が、

「伊藤の親父さんって、消防士?」

と聞いてきた。

「そうだったって聞いてる。亡くなったのは、私が二つのころだから、ぜんぜん覚えてないけど」

それでも、家にはずっと写真が飾ってあった。今でも毎日のように、母が写真の父に向って語りかけているのを愛里は知っている。

「そっか。けど、火を消すはずの消防士が、こんなに燃えてていいのか?」

冬馬には、娘に怒鳴られた消防士の幽霊が、愛里の周りで必死に弁解しようとうろうろしている姿が見えていた。性格の暑苦しさと仕事の内容は別、とは思いながら、皮肉らずにはいられなかった。

「……その親父、昨日、自転車漕いで帰る途中から、突然まとわりついてきたんだ。昨夜は、かわいい愛里の頼みを聞くまでは寝かさない、とか言って、枕もとで大声でしゃべるわ、歌うわ、もう勘弁してくれって感じ」

 そして冬馬は、愛里を呼び出した本題に入る。

「そんなわけなんで、この幽霊、引き取ってほしいんだけど」

「な、何を言ってる! 愛里の頼みを聞くまでは、絶対に離れんぞ!」

 断固として冬馬から離れないと言い張る父の幽霊。内心で、パパ、グッジョブ! と親指を立てつつ、愛里は言った。

「引き取るって、どうやって?」

「……」

どうやら冬馬にも、どうすればいいのかはわからないらしい。

「私には、声は聞こえるけど。パパの姿は、見えない。……でも、緒方くんには、見えてるんだよね? どうして?」

愛里が尋ねると、

「それはー、こいつが、霊媒体質だからだ!」

得意げに父(の幽霊)が答えた。

「れいばい体質?」

聞き返す愛里に、

「見えるんだよ、昔っから」

と冬馬が仕方なさそうに説明する。

「はあ、そうなんですか。……って、ええっ?」

遅まきながら、愛里が驚くと、

「言うなよ?」

冬馬から、思い切り冷たい口調で釘を刺された。

 そうだった、体を折って爆笑したりするから、一瞬忘れかけていたけど。彼は、氷王子アイスプリンスの異名を持つ、冷徹な人だったと愛里はうなずいた。

「でも、なんで言ったらだめなの?」

「面倒だから」

何がどれだけどんな風に見えるだの、本当か嘘か信じられないだの、いちいち騒がれるのはごめんだと、冷たい目がものを言う。

「こらぁ、離れろー!!」

耳元で大声がして、冬馬が、はっと後ろに飛び退った。

「近づきすぎだ!」

俺の娘から離れろ、と幽霊が二人の間に割って入っていた。

 今更ながらに、ずいぶん彼の近くにいたことを認識させられて、愛里の胸のあたりが急に騒めいた。氷のような近寄りがたさを除けば、極上の容姿なのだからときめいてもおかしくないと、なぜか自分に言い訳する愛里だった。

 冬馬は、顎にこぶしを軽くあて何やら考えている様子だった。それから、さりげなく愛里に近寄って肩を抱いた。

「こ、こらー! 離れろと言ってるだろうがっ!!」

幽霊が騒がしい。が、ポルターガイストが起こるわけでもなく、冬馬は、してやったりとばかりに笑みを浮かべた。

「やっぱりな。直接的な手出しはできないんだ」

「早く離れろって」

「俺に憑いたままでいるなら、こっちにも考えがある」

言いながら冬馬は、愛里の肩に回した腕に力を込めた。

「や、わ、わかった。そこは譲歩する!」

愛里の気持ちがついていかず、ぐるぐるしているうちに、冬馬と父の話はついてしまった。



 結局、幽霊は冬馬でなく、愛里のもとに留まることになったのだった。

「す、すまん、愛里……」

しおれたような声に、愛里は、

「仕方ないよ」

と、かえってさばさばと答えた。幽霊の父が出てきたからといって(それだけで、異常事態ではあるが)、目的がすんなり達成できるはずがない。

「ただし、家では声を出さないで。ママになんて言ったらいいのか、わかんないから」

愛里が釘を刺すと、幽霊となった父は大きくうなずいたのだった(注:愛里には、見えなかったが)。



 




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