表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/26

2.一言返し

 冗談であってほしいと思う愛里の背中に、クラス中の雰囲気がピシッと一瞬で氷つく気配が感じられた。

 振り向かずとも、わかる。氷王子アイスプリンスこと緒方冬馬その人が、開けっ放しの扉をくぐり、教室に入ってきたのだった。

 相変わらず厳しい冷気のような雰囲気をまといながらも、淡々と挨拶を返す。しゃべらないわけではないのだ。

 入学してしばらくしたころ、他人を突き放すイメージとは裏腹に挨拶を返す彼を見て、思わず愛里は、

「へえ、緒方くんって挨拶するんだ」

と口に出してしまった。それが当人に聞こえたらしく、

「礼儀だろう」

と、冷たく一蹴されてしまったことがあった。

 まだ残暑厳しい9月というのに、彼の周りは涼しいを通り越してブリザードだ。

 けれど、まなかが愛里に目線で「行け」と合図するので、もう仕方なく、愛里は彼を追った。

 冬馬は、ちょうど席に着くところだった。愛里は、

「緒方くん」

何とか勇気を出して声をかけてみる。さらりとした前髪越しに投げつけられた視線が冷たい。薄い茶色に、光の加減によっては青い虹彩が、愛里を見ていた。

「お、おはよう」

「おはよう」

冷たいけれど、柔らかなバリトンの声。

「あの、玉三郎コンテストの……」

愛里が話そうとするのを遮って、

「もう始業だ。後にして」

と、会話は終了してしまった。

 同時にベルが鳴る。ばたばたと、クラスメイトたちが席に着く。愛里も席に戻った。

 入室、挨拶を交わしつつ着席、始業。冬馬の時間には、まるきり無駄がない。いつものことではあった。

 だから、やっぱり行くだけ無駄だったじゃない、と愛里は、斜め後ろの席のまなかに恨みがましい視線を送った。まなかの方は、知らん顔をしていたが。


 昼休み。愛里は、急いで弁当を食べ終えた。

 冬馬は教室で弁当を食べ、その後はいつも消えてしまって、五時間目開始間際にしか戻らないのだ。彼と話すには、冬馬が教室から出るまでに捕まえなくてはならない。

 愛里が慌てて窓際の冬馬の席まで行くと、彼はもう弁当を片付け始めていた。

「緒方くん」

声をかけると、またお前かという冷たい空気が漂い、

「断ったから」

と一言返された。

「私まだ、何も言って……」

「今朝、言いかけただろ」

「あ、うん、でも……」

「やらない」

ぴしりと言い放って、冬馬は立ち上がった。小柄な愛里は何も言えないまま見下ろされ、上から吹雪が吹き下ろしてきたかのよう。

「そこ、邪魔」

言われて彼の通り道をふさいでいたことに気づき、愛里は慌てて通路を開けた。

 通り過ぎる背中は話しかけられるのを拒絶していて、愛里は、それ以上何も言えなかった。

 そうして冬馬が教室から消えた途端、ふうっと息つくように教室内の空気が緩んだ。

 女子たちがわらわらと愛里の周りにやってきて、

「やっぱり伊藤さん勇気あるー」

「この調子で頑張って」

「玉三郎は、やっぱり氷王子じゃないとね」

「ねー」

口々に無責任な応援をしてくれた。

 頑張るも何も、この調子じゃどうにもならないだろうと、内心愛里は思う。けれど、いよいよ玉三郎スカウトとして周りから固められ、やめるとも言えない状況に陥っていく気がした。

「あんた、責任感強いからね」

いつの間に来ていたのか、ぼそりとまなかが言う。

「そういうの、わりとわかってての無茶ぶりだから」

机を合わせて愛里と一緒に弁当を食べていたまどかだが、愛里の例のないスピードに付き合う様子はまったくなかった。おそらく、今、食べ終わったところだろう。

「貧乏くじっていうの、それを」

愛里が返すと、

「それでも、あんなに急いで食べてたし」

まなかは笑う。

「やるだけは、やるんでしょ?」

愛里が答えないでいると、まどかは、

「ある意味、チャンスじゃない?」

などと言い出した。

「何のチャンスよ?」

「王子に公然と近づける」

にんまり笑うまどかに、

「顔がいいのは認めるけど。寒いし、怖いし、いいことないよ」

抵抗するように愛里が言うと、

「でも、見た目はいいよね?」

さらに念を押されてしまったのだった。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ