19.舞台をもらう
「ふうん。氷王子がねー」
まなかが意味深に語尾を伸ばした。
体育祭まで冬馬が時宗のところに居候することを話した反応である。冬馬の体質については触れられないので、緒方くんが乗りかかった船に本当に熱心になっちゃって……と、変な説明をしてしまった。
「ま、あんたに要らない心配かけないようにってことかな」
やるじゃん、王子。と、こういう時のまなかは、何もかも見透かしているような気がする愛里だった。
「で、でも。なんだか責任感じちゃって」
冬馬に付きまとって、無理に玉三郎を引き受けさせた。愛里がそう思っているのは明らかだった。
「愛里だけのせいじゃないでしょ。私たちみんな。それに、やっぱり緒方くんが自分で決めたんだから」
まなかはそう言ったし、賛同した泰造が盛んに拍手していたが、愛里の気分は晴れなかった。
裏庭に置いた神輿は、飾りつけも済んで完成していた。あとは、担ぎ手と冬馬次第。練習では練り歩くわけにいかず、足踏み状態でしか試せないところが不安材料だったが、仕上がりは順調だった。
その日は雨で、練習ができなかった。神輿は、濡れないようにブルーシートをかけて保護されていた。
冬馬が時宗のところに居候になったので愛里が付き添う必要性もなくなった。そのうえ、クラスでの練習もないとなると、まっすぐ帰ることになる。
「なんだか、不思議だよね」
開いた傘の中には、見えないけれど泰造がいる。
「娘と相合傘ができるなんて、パパは感無量だー」
いちいち感動して喜んでくれる泰造の存在に、すっかり慣れてしまっている愛里だった。
「ただいまー」
誰もいない家に鍵を開けて入る愛里だが、「ただいま」の挨拶は、すっかり習慣づいていた。
このところ帰宅が遅かったので、母の八重子が仕事の時も、簡単なものしか作れなかった。愛里は、久しぶりにゆっくりと夕食の準備をすることにした。
夕食の準備ができると、あとは母の帰りを待つばかり。その間に、愛里は学校で出された課題をやったりして時間をつぶした。
冬馬がそばにいない放課後は、とてもゆっくりな気がした。
「そろそろ、練習も終わるころかな?」
雨のせいで夕闇が早い。窓の外を見やると、すっかり薄墨色の世界になっていた。
「ね、パパ?」
愛里は泰造に話しかけたつもりだったのに、返事がない。
耳の後ろがきいんとして、なんだか急に寒くなった。
「まずは、舞台をもらうわね」
それは、前に聞いた知らない女の子の声。
「冬馬に、あんなところで祓いをさせたりしない」
「……ま、待って、どういうこと?」
愛里が声に出すと、すうっと寒気は引いていった。
「どうしたんだ、愛里」
愛里が震えたのを見て、泰造が声をかけてきた。
「パパ? 今、ずっといてくれてた?」
「もちろん」
では、泰造は感じていなかったのか。
「……」
「なにか、あったのか?」
愛里の態度を心配して泰造が聞いた。
「この前の声が」
「パパは感じなかったが……」
「直接、私に、声を送ってきたのかもしれない」
愛里は言った。
そう。そこにいるような気配は感じなかった。遠くで、なにか大きなものが動いたような。そこから声だけが飛んできたような。
「舞台……? 神輿!!」
突然、愛里は声を上げ、立ち上がった。
「愛里?」
「学校行かなきゃ!」
愛里はそう言って、家を飛び出した。
慌てて泰造も付いてくる。
「愛里、一人で行ったら危険だ!」
「でも行かなきゃ!」
傘を持って走る愛里に追いすがりながら、泰造は必死に念を飛ばした。こんなことをしたことはなかったけど、神域まで。学校で何かが起きている。冬馬や時宗に知らせたほうがいいに決まっている。
傘を差していたにもかかわらず、学校が見えるころには愛里はびしょ濡れだった。全力疾走してきたので、息が上がっている。
「みんなで、あれだけ、頑張ってきたんだもん」
たかがクラスのイベントといわれるかもしれない。けれど、必死になって冬馬を引っ張り出して。そして出し物を決めて。みんなで。作って、担いで、舞って……ここまで来たのに。舞台をもらう? そんなの許せないと、愛里は思った。
「愛里……」
「ごめんね、パパ。巻き込んで」
「なに言ってるんだ。パパが守ってやる!!」
「ありがと、パパ」
泰造と会話しつつも、愛里の足は教室を目指す。体育祭前とあって、まだクラスに残って作業しているところもあるようで、いつもなら閉まる校門も開いていた。
そして。
やっと教室に飛び込んだ愛里の目に、裏庭のブルーシートの上に蠢く黒い炎が見えた。
「!」




