18.体育祭まであと少し
練習を終えて境内をでると、辺りは暮れかかっていた。
まだ日中は汗ばむものの、朝夕は過ごしやすくなって、日暮れもずいぶん早くなった。山際に残る茜色もゆっくりと紫の雲に吸い込まれていくようだった。足元には長い影が二つ。
鳥居へと続く砂利道を歩きながら、
「ね、パパにできるだけそっちに行ってもらおうか?」
と愛里は冬馬の背中に声をかけた。
「遠慮する。燃え尽きそうだ」
冗談めかして断られ、愛里は数歩早足になり、
「でも」
と、冬馬の鞄に手をかけた。
「いいよ。親父さんには、むしろそっちにいてもらった方が安心だし」
冬馬は歩く速さを変えずに言った。するりと冬馬の鞄が逃げていく。
「なに? それ」
「いまんとこ、たいして実害はないから。気持ちいいもんじゃないけど、ま、大丈夫だから」
諭すように言う冬馬に、愛里はそれ以上言えなかった。
神域を出てからは、いつものように泰造が二人に合流し、愛里の家の近くで冬馬と別れた。
「ねえ、パパ」
「ん? なんだ、愛里」
親ばか全開の泰造は、いまだに愛里が話しかけただけで盛大に嬉しげだ。
「緒方くん、ちょっと疲れてるみたい」
愛里が言うと、
「……ま、頑張ってるみたいだからな」
泰造の声は珍しく複雑に揺れていた。
「できるだけ、ついててあげたりとか、できないかな」
愛里には泰造の姿が見えないので、どっちに向かって頼めばいいのかがわからない。声が聞こえたと思う方向をじっと見つめた。
「愛里のほうがパパは心配なんだ。パパが二人いればな」
泰造は少し迷っているようだった。
「だって。パパとか巫女舞とかで、抑えられちゃったのが、反発してきてるんでしょ? そんなの、すごくつらいに決まってる」
愛里のほうが辛そうだったので、泰造は仕方なく、
「あー、わかった。できるだけ、な?」
と冬馬のそばにいることを請け負った。
「ただ、あいつが嫌がりそうだけどな……」
ぼそりと呟きながら、泰造は、プライドの高い冬馬に気づかれないないよう遠くから見守ることにしたのだった。
体育祭まであと少し。クラスの神輿の仕上がりも、冬馬の舞の仕上がりも秒読み段階。
何事もありませんように、と祈るばかりの愛理だった。
その夜、お風呂を終えた愛里が、洗面所で髪を乾かしていると、
「とらないで」
と声が聞こえた。
泰造は、もちろん冬馬の所だ。声も可愛い女の子の声に聞こえた。
「冬馬のそばは、居心地よかったのに」
「……誰?」
愛里が静かに誰何しても、何も見えない。それでも、幻聴ではないと、わかっていた。
「わたしたちには、もう名前なんてない。でも、追い払おうとするものには、抵抗する。これは、警告。あなたも、あの変わった消防士も、あの舞台も。みんな邪魔なの」
「時宗くんだって……」
邪魔だというなら、彼らにとって都合の悪いことを教えた時宗が一番なのではと、愛里は口を挟んでしまった。
「彼は、無理。わたしたちでは太刀打ちできない」
「愛里っ!!」
当然嵐のように泰造の声がかぶさってきた。
「大丈夫か、愛里?」
いつのまにか、女の子の気配は消えたようだ。
「パパ……? なんで?」
「一番に自分の娘の心配しろ、って。あいつに追い返された」
「じゃ、緒方くんは? 大丈夫なの?」
一歩間違えば危ない状況にあったというのに、冬馬を心配する娘。泰造は、小さくため息をついて、
「そっか。小さかった愛里にも、そんな風に心配する相手ができたんだな」
と、しみじみと言った。
「そんなんじゃ……」
「大丈夫。あいつなら、しばらく時宗のところに居候するらしい」
「え?」
愛里は耳を疑った。冬馬は、時宗に頼るのを嫌がっていたはずなのに。
「パパがあっちに行ったことで、決めたみたいだったな。すぐに時宗に電話して、無理やり承諾させたみたいだ。ま、そそのかして舞を伝授した時宗にも責任があるし。あと数日のことだからって。で、パパは、愛里のところへさっさと帰れって言われたんだ」
泰造は滔々と説明した。
「ほんと、早く帰ってきてよかったよ。あの髪の長いお嬢さんが、結構やばい状態になってきてたからなー。霊感のない愛里にあれだけはっきり話しかけるって、相当念がこもってたなー」
話し続ける泰造に、愛里は半分上の空だった。
……体育祭まで、あと少し。




