17.気にするな
放課後。担ぎ手たちが足踏みする神輿の上での練習も、冬馬は苦にしなくなってきていた。
相変わらず、舞の稽古に神社まで足を伸ばしてはいたが、時宗にも自分の都合があるようで、当初ほど付きっきりというわけでもなくなった。冬馬が一人で練習するのを愛里が見ている、そんな時も増えた。
静かな境内で、ただ冬馬は同じ動きをトレースしている。膝を少し落とし、見えない鈴を振るように右手を払う。
愛里は、冬馬を見ていた。なんだか、目が離せない。制服のままでは似合わないような気もする舞の所作だが、冬馬の動きはひとつひとつが綺麗だった。
「お前、飽きない?」
ふと、動きを止めて冬馬が愛里を振り返った。
「えっ?」
愛里にすれば、のめり込んで見ていた画面のチャンネルを急に変えられたかのような気分だった。
「だから……ずっと見てて、飽きない?」
聞いた内容がわかってないんだなと冬馬が繰り返すと、
「ぜんぜん」
ためらいもなく愛里は首を振った。
「なんだか綺麗で……、ずっと見ていたくなる」
真っ正直な感想に、今度は冬馬が言葉に詰まる。
無自覚なのだろう、じっと見上げてくる愛里の視線が、冬馬を知らず慌てさせた。
「男が綺麗って言われてもね……」
ぼそりとため息混じりに冬馬は言った。それが聞こえていたのかいないのか、
「緒方くん、ちょっと疲れてる?」
愛里が会話を違う方向へ持っていく。
「……そうかな?」
冬馬は稽古を中断し、板の間の隅に座っている愛里の近くへ来て、腰を下ろした。
「動いてるときは、感じなかったんだけど」
「そっちが素で褒めるから拍子抜けしただけ」
そっけなく冬馬は言った。
けれど、真剣に舞に打ち込んでいるときはともかく、動きを止めてからの冬馬の表情がどこか疲れているように愛里には思えた。それが体力的な疲れには思えない。
「なにか、あるの?」
妙に敏い愛里に、ふっと冬馬は力を抜いた。……これだから、こいつは。
「親父さんが来てから」
冬馬は言った。
「他のを抑えててくれてるみたいで、助かってた」
冬馬の語尾が過去形なのを気に留めつつ、愛里は黙って聞いた。
「ここにいても、そういうのは寄り付けないみたいだし。俺も少しは体質制御ができてきたのかもしれない。けど、抑えられてるほうにすれば、やっぱり気に食わないんだろうな」
「……それって?」
なんだか大変なことになってるのだろうかと、恐る恐る愛里が先を促す。
「時々、すごいのが、出る」
愛里には、それ以上具体的なことは言えず、そこで冬馬は黙ってしまった。
神社の神域を離れて、泰造の影響も薄れる隙を狙って、それは、出るようになった。
これまでは冬馬の周りで漂っていただけだったものが、排除されることに反発して凝り固まってきたようだった。
例えば、髪を振り乱した顔のない裸の女だったり、青黒い骨と皮だけの死斑の浮いた手だったり。それが、見えるだけでなく、突然現れて、冬馬の足首をつかんだり、後ろから臭気を浴びせてきたりするようになってきていたのだった。
不覚にも思い出しかけ、唇を引き結んだ冬馬は、ぱんと膝を叩いて立ち上がり、
「ま、もうちょっと頑張って、この舞を完成させたら何とかなるだろ」
と、楽観的に結んだ。愛里に心配させまいとして、軽く言っているように見えた。
「時宗くんに何とかしてもらえないかな?」
愛里が提案してみても、これまで一人で折り合いをつけてきた冬馬には、変なプライドがあるようで、
「さあ。頼みたくないけど」
すげなく一蹴された。
「でも」
「ま、舞を教えてもらっただけでも借りがあるから」
そもそもは仕方なく引き受けたクラスのイベントのせいではあるが。頭をよぎったそんな思いが、愛里にも伝わったのか、
「……ごめんね」
と愛里は、か細い声で言った。
「玉三郎を押し付けなかったら……」
「いまさら」
冬馬は、立ち膝に顔を伏せた愛里の頭を軽くはたいた。
「暑苦しい親子の攻撃には参ったけど。ま、前向きに体質改善できてるんだから、気にするな」
それは、相変わらず、冷たい口調ではあったけれど。
柔らかい障子越しの午後の光に、逆光だったけれど、一瞬冬馬が微笑んだように見えて。それが、愛里の気持ちを軽くしてくれたのだった。




