15.舞の意味は
やはり鳥居をくぐるよりもずいぶん前に、泰造は、
「神域が結構きつい。離れたところで、待ってる」
と神妙に言って気配を消してしまった。
神社につくと、勝手知ったるという感じでさっさと時宗は境内に上がった。
稲荷像があるので稲荷神社と呼ばれてはいるが、実際の名前はあまり知られていない。朱塗りの鳥居の奥の境内は広く、三棟に分かれていた。
冬馬と愛里は時宗について境内を進み、東の棟に入った。案内されたところは、広い板の間で、三方を障子で囲まれ午後の光が緩く差し込んでいた。柱や天井には細かく彫が施され、思っていたよりもずいぶん格式高い神社のようだ。
「和御霊神社。時宗本家だけど、神楽の本流は僕の家。」
いつのまに袴姿に着替えてきたのか、時宗が簡単に説明した。時宗の手には、衣装にそぐわないポータブルオーディオとスピーカー一式があった。
時宗がオーディオのスイッチを入れると、しばらくして拍子木の音が響いた。
境内は一瞬にして静謐で厳かなものに変わっていた。
冬馬と愛里の見守る中、静かに時宗の舞が始まった。
拍子木の音と、かすかな鈴の音。時宗の舞の、動きには全く音がなかった。衣擦れの音さえ消されてしまったかのよう。
見ている冬馬や愛里の呼吸や鼓動も打ち消され、ただただ静けさが轍になって広がっていく。
音のない舞。何かを昇華させるような……。
「どう?」
突然声がして、愛里は我に返った。いつのまにか舞の中に吸い込まれていたような気分だ。
「緒方くん、できそう?」
舞い終えた時宗が、冬馬にやれるかと尋ねているのだった。
「これは、意味が違うだろう?」
冬馬は、時宗の舞に心を動かされなかったのか、冴え冴えとした口調で言った。
「ふうん。わかるんだ」
時宗が面白そうに言う。
「たかだか体育祭後の余興でやっていいようなもんじゃないだろう」
それに必死になっている愛里としては聞き過ごせない冬馬の台詞だったが、
「そう。今見せたのは、祓いの舞だ」
と、時宗がうなずいたので口を挟めなかった。
「緒方くんが覚えておいたほうがいいかな、と思ってさ」
時宗は言いながら愛里を見る。
「パパは、祓われないといけないようなことはしないわ!」
愛里が噛みつくように言うと、時宗はうなずいた。
「うん。今は、ね。でも、霊は不安定な存在だから、ずっとそうであるとは限らない。それに、霊が見えたり付きまとわれたりする緒方くんの体質も、もう少しコントロールできるようになるかもしれない。ま、すぐにできるような代物でもないけどね」
時宗は、悪い提案ではないと自負していた。
「巫女舞に合うように、少し簡単にしてあげるよ。どうする?」
冬馬は、しばらく考えていたが、
「わかった。……教えてくれ」
と答えた。
「緒方くん?」
愛里の問いかけに、
「親父さんを祓うためじゃない」
冬馬はきっぱりと言った。
「霊媒体質の改善と、コンテストのためだ」
冬馬がそう決めたのなら、愛里には何も言えなかった。泰造のことにしても、玉三郎コンテストのことにしても、冬馬には守る義理はない。それでもやろうとしてくれるのだから。
「そうこなくちゃ」
提案を受け入れられた時宗は嬉々として受けた。
そうして、三人には放課後に神社で舞の稽古をするという日課が出来上がったのだった。




