12.余計なお世話
箒を抱えた愛里が、なんだか泣きそうな顔をしていたので、思わず声をかけてしまった。何かあったのかと聞いては見たものの、冬馬は愛里の事情を斟酌するつもりはなかった。
それなのに。
「……ねぇ、パパはここにいちゃいけないの?」
愛里が涙目で見上げるものだから、
「フツー、幽霊でいるなんて、あるべき姿じゃないだろう? けど、親父さんよりたちの悪いのがゴロゴロしてるんだから、俺達がダメだとか言える筋合いじゃない」
冬馬は、妙に饒舌になっていた。知らず、愛里の頭に手を伸ばしかけたところへ、
「……妙に冷めてて面倒くさがりな奴だとばかり思ってたが……実は、いい奴だったんだな!」
と、泰造が感動にうち震え寄ってきたので、冬馬はするりと体をかわした。
「避けなくてもいいだろう!」
憤慨する泰造に、
「パパ」
愛里は、たしなめるように言った。
「わかってるよ、愛里」
少しすねたような父の声にくすりと笑って、なんとか表情を取り戻した愛里は、
「そうだ、緒方くん」
時宗の言葉を反芻する。冬馬に伝えなくてはならないと思った。
「緒方くんも、って、言ってた」
「は? なにが?」
突然の話題の転換に、いつもの冬馬が戻ってきて、冷たく呆れたように聞き返された。
「えーと、時宗くんが」
焦る愛里に、
「だから時宗に何言われたんだ?」
冬馬は鋭く聞いた。
「……緒方くんも見えるんだ、って」
「あいつ、見えてるのか?」
「うん。なんか神社の筋らしくて、それで、思い残したことがないならここにいちゃいけないって、祓ってあげる、みたいな……」
やっと冬馬にも、愛里が教室の箒を持ったまま、泣きそうな顔で走ってきたわけがわかった。
「余計なお世話だろ」
冬馬は、言い捨てた。けれど、冬馬に説明したことで、父の暴走で少しほぐれていた愛里の気持ちがまた固くなってくる。
「俺は見えるだけだから」
冬馬は言う。
「……今まで散々いろんなの見てきた。思い出したくないようなの、ばっか。引きずられないように、必死だった」
ああ、だから、彼は冷たさで心を守ってきたのかな、と愛里は思った。見えることを隠して、ずっとクールな鎧をまとっていたのかもしれない、と。
「おやじさんが、なんで今ここにいるのかなんて、どうせ本人にもわかってないんだろ?」
泰造は、嬉しげに「わが友よ」とばたばたと冬馬の上空を泳いでいる。
「こんな明るい霊、見たことない」
猛アピールする泰造を見上げながら冬馬は言った。
「悪さする気はなさそうだし」
ぶんぶんと首を縦に振る、大人のくせに子供みたいな幽霊。精悍な消防士のスタイルが滑稽に見える。
「暑苦しくて鬱陶しいけど。ま、大丈夫だろ」
そう言って、冬馬は、愛里が後ろ手に隠していた箒を奪い取った。
「緒方くん?」
なぜ冬馬が箒を欲しがるのかわからない愛里に、
「返してきてやるよ」
と、冬馬は背を向けて裏庭から校舎に向かった。
「ついでに鞄も取ってきてやるから、ここで待ってろ」
振り向きもせず、そう言って。
「あれ? なんで緒方くんが?」
箒を返しに来た冬馬に、時宗が不思議そうに声をかけた。
西日の入る教室に一人、机に軽く腰を預けて時宗は立っていた。
彼がまだいるだろうと予想して、愛里から箒を取り上げた冬馬だったが、時宗ののんびりした言い方が癇に障った。
「伊藤さんは?」
重ねて聞く時宗に、
「さあ? 廊下に放り出してあったから、持ってきただけだ」
と、冬馬は答え、「1-7」と書いてある箒の柄の部分を揚げてみせる。
「伊藤さんに何かあってからじゃ遅いんだけどなー?」
掃除用具入れに箒をしまう冬馬に向かって、体をねじって茶化すように時宗が言う。
「何かあるのか?」
全く動じずに聞き返す冬馬は、音を立てて、用具入れの戸を閉める。
時宗は、つまらなさそうに言う。
「あるかも、しれないから言ってるんだよ。憑きモノありなんて、ろくなもんじゃないでしょ」
「そうだな」
「あー。やっぱ、王子、手ごわいな。降参」
時宗は、両手をあげて肩を竦めた。
「祓わないといけないにしても」
冬馬は言った。王子と呼ばれたことも、いい気はしないが無視をした。
「もう少し、待ってくれ。……たぶん、コンテストを成功させたら、納得するだろうから」
なんで自分がこんなことを言っているのか、冬馬自身が不思議だった。
「いーけど。伊藤さんが、辛くなるだけかもしれないのに?」
「時宗」
凍てつくように冷たい声と視線で冬馬は、時宗を呼んだ。
「お前がこんなにおしゃべりだとは知らなかった」
そして、愛里の机の横にかかっていた鞄をとり、教室を出ようとした冬馬に、
「僕も、緒方くんが、誰かに肩入れしてるの初めて見たよ」
と、時宗が言った。
冬馬は一瞬立ち止まったが、それ以上何も言わず教室を出て行った。




