4.あれ?何かおかしくないですか
半年も滞ってしまいすみませんでした。
カラオケの室内に案内されて、男子と女子に分かれて座る。
最初から男女、男女で座ってだったら花菜は帰っていただろう。
沙織の前に航太、みちるの前に王子、花菜の前に知らない人という形だ。
何てベストな配置なの。
花菜はにやけつきたいのを我慢した。これは沙織の顔を立てた合コンだ。
花菜が変わった子認定されてしまえば、沙織も変わっているんじゃないかと思われ、航太君にマイナスイメージを植え付けてしまう。
この配置なら王子がみちるとありがちに発展しても自然に観察できるし、自分はちょっと地味目な彼とまぁそこそこ話をしていれば問題ない。
「じゃあ、まず自己紹介からね」
航太が仕切る。彼は案外こういうことに慣れているのかもしれない。
だとすれば、遊び人の可能性もある。沙織、気を付けた方がいいよ。
「俺は、渡辺航太。西高の2年。趣味はギター。よろしく」
ギターやってるんだーって沙織が呟く。頬が赤い。本当に航太君が好きなんだね。
航太君も照れくさそうにうんって言ってるし、あそこだけ空気が違うよ。
花菜の隣にいるみちるの雰囲気も尋常じゃないが。
目が狙っているんだよねー王子を。
これはもう合コンという名の戦場になるよ。いや、私が王子狙いじゃないんだからならないか。
沙織は航太君といい感じだし、花菜は初めから傍観を決めているから、みちるにはライバルがいない。チャンスである。
「俺は三崎楓。航太と同じく西高の2年。趣味はバイク。最近免許取りました」
「花菜!ちょっとヤバいよ!王子バイク乗るんだってー」
小声で花菜に話しかけつつ、興奮のあまり花菜の腕をバシバシ叩く。手加減のないそれに花菜は顔を顰めた。
「みちる……はしゃぎすぎだよ。次の人自己紹介できないじゃん」
花菜の前に座っている人が困ったような表情でみちるを見ている。
王子のあとに自己紹介なんてかわいそうだな。
「あ、スイマセン……」
みちるが我に返り落ち着いたことで、次の人の自己紹介も無事終わった。
「次、女の子の番ねー。最初は沙織ちゃんから」
航太がまたも仕切る。沙織ちゃんと呼ばれたことで沙織の頬は赤い。
何だか微笑ましい。テンプレが見れなくても来てよかったかなと花菜は思った。
「南女2年の神田沙織です。趣味は写真を撮ることです」
沙織の趣味に対して、航太が今度俺のことも撮ってよと話しかける。
趣味から攻め入るパターンね。
花菜はふむふむと心のノートに刻む。
このパターンは女の子の趣味に対し自分も興味あると近づきやすくして親密になる形だ。大体、遊び慣れしているか、軽い感じの人に多い。
「……菜、花菜!次花菜の番だよ」
「えっ」
妄想していたらみちるの自己紹介が終わってしまったらしい。
あーなんて言おうかな。
今日の花菜は傍観者予定のため、記憶に残るようなことは避けたい。
「南女2年の羽鳥です。趣味は……」
人間観察なんて言ったら記憶に残るよなぁ。
「映画を観ることです」
全然映画を観ないが、無難な趣味が思い浮かばなかったので、適当にそう答えた。
「ねぇ、羽鳥って苗字?名前?」
「!」
無難なことしか言わなかったのに、王子から話しかけられてしまった。
しまった。苗字しか言ってなかったからか。
そういえば全員フルネームで名乗っていた。苗字しか言わなかったのは自分だけだ。
「苗字です……」
できるだけ目を合わせずに答える。
「羽鳥って苗字珍しいよね。学年に1人?」
「そうですけど……」
何でこんなに食いついてくるんだろう?
花菜の苗字は確かに珍しいかもしれないが、アナウンサーにもいるくらいなのだからそこまで珍しいものじゃない。
「ふーん。じゃあ名前は?」
「花菜ですが」
「花菜ちゃんね。花菜ちゃんって呼んでもいい?」
聞く前から呼んでるじゃん!
と突っ込みを入れたいが、記憶に残りたくない花菜は我慢する。
何だろう?王子がやたらと構ってくるのは気のせい?
ここでのありがちは、みちると王子のはずでしょ?
ちょっと気が強いみちるは王子に一目ぼれ。王子に積極的にアプローチをかけるが、王子は靡かない。
王子が自分に振り向いてくれないことに苛立ちを感じたみちるは好きでもない男の告白を受けて(告白がないと成り立たないテンプレパターン)付き合おうとする。
そこへ王子がやってきて「みちるは俺のだから」と言って男から引き離す。
「私のことなんか興味ないくせに!」とみちるは激怒するが、王子に抱きしめられt
「花菜ー、ドリンク何にするー?」
「っと、ウーロン茶」
ヤバい。今テンプレ想像してた。
沙織の言葉で現実に戻ってきた花菜は、落ち着けと心の中で念じる。
今日は沙織と航太君の仲を取り持つための合コン。私は数合わせ要員。
みちると王子がくっつくのがありがちテンプレートなんだから私に構うわけがないじゃない。
考えすぎ、考えすぎ。
「沙織、私取りに行くよ」
「えーいいよ」
「いいよいいよ、航太君ともっと仲良くなりたいんでしょ?飲み物取りに行く時間ももったいないじゃん」
沙織が持とうとしていたお盆を手に取り、耳元で話す。
「それに私、歌うの苦手だし」
皆が何を飲むのか確認して花菜は部屋を出た。
ドリンクバーは1階の受付前にあり、花菜たちのいる部屋は2階。
お盆があるとはいえ、一度に6つのグラスを持って上がるのは緊張する。
全部のグラスに飲み物を注ぎ終わり持ってきたお盆にのせると結構な重さである。
「よっ」
お盆の淵に手を置き一気に持ち上げる。
何とか持っていけそうだ。
よろよろしつつも落とさないように慎重に運ぶ。
「花菜ちゃん」
階段を下りてきた人が花菜の持っていたお盆を代わりに持つ。
誰かが手伝いに下りてきてくれたんだろう。
きっと地味目なあの人だろう。そういう気遣いはポイント高いよ。花菜は名前ももう覚えていない彼にお礼を言おうと前を向いた。
「ありが……と……うございます」
あれ?何かおかしくないですか。
目の前にいるのは王子。爽やかスマイル付きで。地味子には眩しすぎて目を逸らした。
「一人で全員分持つの重いでしょ?ごめんね、すぐ気づかなくて」
「い、いえ。自分で取りに行くと言ったので」
さすがイケメン。こんな地味なヤツにも気を使うとは……。
これが中途半端なイケメンだったら『お前みたいなブスにちょっと優しくしてやったからって勘違いするなよ』オーラが出ていてウザいうえに面倒臭いのだが、王子からはその雰囲気すらない。
花菜と隣になるように王子が歩幅を合わせる。
「花菜ちゃんはカラオケ好きなの?」
「いえ、全然」
カラオケで好きなことと言ったら歌い方でその人がナルシスト入っているかどうかを見極めることと、歌のうまさで人の反応がどう違うのか観察することです。と心の中で付け足す。
「っ、じゃあ今日は歌わないの?」
王子は軽く吹き出したあと面白そうに花菜のことを見る。
「そのつもりです」
「来た意味ないじゃん」
ぶはっと王子らしからぬ(勝手なイメージ)笑いが起きる。
そんなに歌わないのが面白いんだろうか?
「一人で歌うのが嫌なの?」
まだ面白いのか、王子は笑っている。
「はぁ、まぁそれもあります」
「じゃあ一緒に歌う?」
は?
今なんて言ったよ?
一緒に歌うなんて拷問だ。
みちるの睨むような視線に耐え、自分の下手くそな歌声を皆に披露し、王子が歌が上手くて(花菜の勝手なイメージ)さらに下手くそだと思われるところまで想像してしまった。
「え、遠慮しておきます……」
丁重にお断りした。
読んでいただきありがとうございます。