第7話 見捨てられる奴には大体原因がある…………えっ?!俺は違うし!
「アキトさん! 逃げて!」
地面に倒れたまま、レンが情けない格好で叫んだ。
「言われなくても逃げるわ!」
ポイズンバタフライの群れ。
いや、もはや群れというより塊だった。
毒々しい羽を震わせながら、そいつらは俺目掛けて一直線に飛んでくる。
一匹のはぐれもいない。
全員、俺を見ている。
よし。
いや、よくない。
全然よくない。
「来んな来んな来んな来んなぁぁぁぁ!」
俺はポイズンバタフライの塊を引き連れ、森の奥へ向かって走り出した。
背後から、ぶぶぶぶぶぶぶぶ、という羽音が迫ってくる。
振り返らなくても分かる。
あれは死である。
羽の生えた死である。
毒粉付きの死である。
後ろの方でレンが何か叫んでいた。
「助けを呼んできます!」とか、たぶんそんなことを言っている。
だが、今はそれどころではない。
ポイズンバタフライに捕まれば、俺は間違いなくミイラにされる。
いや、ミイラならまだいい。
毒で動けなくなったあと、幼体の餌にされる可能性すらある。
絶対に嫌だ。
異世界転生して十年スライムを狩り続けた男の最期が、虫の離乳食。
そんな人生、嫌すぎる。
「くそっ……! こっちだ! こっちしかねぇ!」
もちろん、森の奥には他の魔物の危険もある。
だが、ここから村まで逃げ切れるとは思えなかった。
足場の悪い森。
背後から迫る飛行型の魔物。
体力のない俺。
普通に考えれば詰みである。
だからこそ、俺は村ではなく、ある場所を目指した。
十年かけて身体で覚えた、行ってはいけない場所。
魔物が近づかない場所。
近づかないというより、近づけない場所。
そこまで誘導できれば、ワンチャンある。
ワンチャンしかない。
逆に言えば、ワンチャンはある。
「頼むぞ、十年分の無駄な土地勘……!」
俺は一心不乱に走った。
そう。
一心不乱に。
全力で。
必死に。
泣きながら。
だが、誰よりも生き汚く。
────────────
一方その頃。
レンもまた、走っていた。
「先輩……!」
森の中を駆けながら、レンは唇を噛む。
思い返す。
まだ出会って数時間。
それなのに、妙に濃かった。
アキトと過ごした時間が、脳裏をよぎる。
剣を振れと激励してくれた。
ひたすらスライムを斬った。
ひたすらポイズンバタフライの幼体を斬った。
あの人は、ずっと後ろで声を張ってくれていた。
強くなりたくば剣を振れ、と。
冒険者は甘くないぞ、と。
一流の剣士への道が開かれるはずだ、と。
「……はず、って言ってたな」
レンの足が、わずかに鈍る。
冷静になって思い返せば、いくつも引っかかることがあった。
あの人は一度も前に出ていない。
ずっと後ろにいた。
ずっと幼体を釣っていた。
そして、僕が斬った。
僕が斬って。
僕が斬って。
僕が斬って。
あの人は経験値を見ていた。
「……あれ? 僕、利用されてませんでした?」
足が止まりかける。
というか、止まりかけた。
どう考えてもおかしい。
新人教育という名目だったはずなのに、なぜか自分は半日ずっと虫を斬らされていた。
しかも相手は幼体。
作業内容としては、ほぼ害虫駆除。
先輩らしいことを言っていたが、今思えばだいぶ怪しい。
いや。
かなり怪しい。
ものすごく怪しい。
「助けなくてもいいんじゃ……?」
そんな言葉が、喉元まで出かける。
だが。
レンは歯を食いしばり、もう一度走り出した。
どう見てもクズだった。
かなりクズだった。
たぶん、いや、間違いなく、僕を利用していた。
それでも。
今、あの人は自分のために囮になってくれている。
ポイズンバタフライの群れを、自分から引き離してくれた。
あの時、倒れた僕を置いて逃げることもできたはずだ。
それなのに、あの人は叫んだ。
俺の方が美味いぞ、と。
意味は分からない。
本当に意味は分からない。
けれど、あの群れは確かに先輩を追っていった。
「先輩……待っててください」
レンは森の出口を目指して、さらに速度を上げた。
胸の奥にある迷いを振り払うように。
「僕、必ず助けを呼んできます!」
その声は、誰に届くわけでもない。
それでもレンは走った。
クズかもしれない。
弱いかもしれない。
格好悪いかもしれない。
でも。
自分を助けるために囮になった人を、見捨てる理由にはならなかった。




